第13話 ハルカ
それはいつのことだっただろうか。
いつものようにアーマード倫理観は目の前に立ち並ぶ美少女たちを屠っていた。
むせかえる血の臭い。悲鳴。断末魔。
そんな中で微動だにせずアーマード倫理観を見つめる一人の少女がいた。
「―――一つ、よろしいでしょうか」
少女はアーマード倫理観が振り上げた鉄の拳を前にアーマード倫理観を見据え、言った。アーマード倫理観は少し眉を上げた。
「何だ」
「美しいことがすなわちドスケベだと言いましたが、それを損なった場合はどうなるのですか」
アーマード倫理観は、興味を惹かれその振り上げた拳を下ろしその少女を見た。
「おもしろい質問だ――無論、美しくない女はドスケベに値しない」
「分かりました、では――」
少女はおもむろに自らの顔を大きく撫でた。
いや、撫でたのではない。少女の手には小さな鋭い鉄の破片が握りしめられており、その軌跡にそって少女のまなじりから唇の際までがざっくりと醜く切り裂かれた。
「こうやって美しさを損なった場合はどうなりますか」
一瞬の静寂の後、アーマード倫理観は声を上げて笑った。アーマード倫理観はその美しさを自分で捨てる少女を見たのは初めてだった。
「―――面白い、お前は見込みがある。名前は何という」
「ハルカです」
ぼたぼたと血が流れ、ハルカの片目の視界も赤くにじむ。うずくような痛みが響く。
「よし、貴様は今日からH06号としてドスケベアーミーの訓練生となるがいい」
控えていたドスケベアーミーすら驚愕していた。それはアーマード倫理観が西関東地区で美少女狩りを始めてから前例のないケースだった。
ハルカはその顔に大きな傷を残したが、ドスケベアーミーとして訓練を受けた。それは時に過酷なものであったが、生きていくためとハルカは割り切った。
ただ、時折徴収されたドスケベ品の中に色鮮やかな衣装や、見たことのない服装の女性を見かけたときだけ何故か胸がズキリと痛んだ。
そしてあの日が来た。
その日、ハルカを含む部隊は、レジスタンス組織「関東ドスケベ軍」の基地を制圧する予定だった。途中までは全て予定通り進んでいた。そう、途中までは。
けたたましく鳴り響く銃声。
ハルカたちドスケベアーミーは、農奴を装った関東ドスケベ軍に回り込まれ窮地に追い込まれていた。
関東ドスケベ軍の戦闘員数は、恐らく内通者により過少に報告されており、またその内通者によってドスケベアーミーの戦術も全て関東ドスケベ軍は知り尽くしていた。
少数部隊で先行していたハルカたちはあっという間に壊滅状態になり敗走した。
さっきまで横にいた同志が、一人、また一人と血を流し、倒れていき、それでもハルカは逃げた。
逃げて、逃げて、本隊の皆にこのことを伝えなければならない。多摩川の関所、そこまでいけば応援を要請できる。ハルカはただただ走った。
多摩川の関所まであとどれくらいだろうか。農村のはずれの小屋で倒れこむようにハルカは休息をとっていた。
その時、小屋の扉が開いた。
そこに立っていたのは関東ドスケベ軍のレジスタンスだった。
その男たちの下卑た顔は今は思い出せない。男たちは、傷つき疲れ果て武器もないハルカをその小屋で凌辱した。
それはほぼ拷問に近いものだった。腕を、背中を木の枝で執拗に殴られた。体には異物を押し込まれた。足は焼けた火箸を当てられた。
この地獄が続くならいっそ―――
「何やってるんだ!!やめろ!!」
紗のかかったような遠い意識の向こうで誰かがハルカにのしかかっていた男を引きはがし、そして殴りつけていた。
「こんなのはドスケベの解放じゃない!ただの暴力だ!」
叫ぶ声は、ハルカを見て泣いているようだった。大きな布がハルカにふわりと掛けられた。
それから、関東ドスケベ軍とハルカを助けた男――ドスケベ解放同盟の間でどういう話があったのかはよくわからない。
ハルカはタカシと名乗ったその男のトラックに乗っていた。
「――いいの?」
「何がだ?」
「――私は、ドスケベアーミーだったんだよ?」
「そうだな」
ハンドルを握るタカシは表情を変えない。
「俺はドスケベを理由に暴力を振るうやつが許せない、それだけだよ」
ハルカは無意識に顔の傷を触っていた。
ドスケベアーミーになりたかったわけではない。自分はただ、生きたかったのだ。
「――変な人ね」
そうつぶやくとハルカは窓の外へ顔を向けた。海の匂いがしていた。
そうして、ハルカはドスケベ解放同盟のメンバーとなったのだった。
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