第3話 ドスケベマン(3)

倒れた数名の兵士たちを見た他の兵士たちもやがて事態を理解し、その銃口をタカシからドスケベマンへ向けた。

いや、向けようとした。

しかし砂埃と疾風とともにドスケベマンはまだ立っている兵士たちの間を駆け抜けた。

駆け抜ける最中、凄まじい速さで手刀を、蹴りを、突きを的確に兵士たちに食らわせ、そのたびに糸の切れた人形のように兵士たちが倒れていく。

何人かはそれを狙って銃を撃つが、その弾丸は味方に当たり、タカシを取り囲んでいたはずの兵士たちは半ば恐慌状態となっていた。

風が凪いだ瞬間、その場に立っているのはドスケベマンと、いまだタカシから銃口を外していなかったウィップマニアンだけであった。


「貴様…ただ者ではないデスネ…?」


ウィップマニアンは突然現れた正体不詳の男と、それに対する兵士たちの無力さへの苛立ちをあらわにしながら問いかけた。

ドスケベマンのマスクに覆われた顔の下の表情は見えない。

返事をせずに、ただドスケベマンはウィップマニアンと対峙していた。


せっかくの手柄が、わけのわからない男に台無しにされたことがウィップマニアンにとっては非常に不愉快だった。

ドスケベ生産をしていた老人を嬲り殺し、隠されているだろう遺品のドスケベも村のバカな若者を脅せばすぐに情報が出た。

後は戦闘能力のないこの若者を殺せば終わる、非常にローリスクでハイリターンな手柄だったのだ。

未だ村数個しか任されていないウィップマニアンが、アーマード倫理観の側近に成り上がる数少ないチャンスだったのだ。

それをこんなわけのわからない男がたった一人で台無しにしたことが非常に不愉快だった。


先に動いたのはウィップマニアンだった。

「キエェァァーーーーッ!!」

金切り声をあげ、腰についた鈍く光る持ち手を引き抜く。

引き抜かれるとともに滑るように伸びたそれは、金属製のムチであった。

鋼鉄の蛇、その頭にはまるで蛇の牙を模したような凶悪な太い針がついている。

「危ない!」

タカシは思わず叫んだが、ドスケベマンは首をかしげるような最小限の動きで食らいつこうとする蛇の頭を避けた。


「その程度か」

事もなげに言い放つドスケベマンにウィップマニアンは憎しみに満ちた声をあげた。

「まだだァーーー!!!」

飛びかかってきた鋼の蛇は、今度はまるで生きているかのように軌道を変え、そのままドスケベマンの腰にがっちりと巻き付いた。

「……フフフ、このムチはカーボンメタルでできていマス。一度とらえた獲物は逃がさない、そう、蛇のようにネエ!!」

捉えたドスケベマンを銃で撃とうとした、その時。


みしり。


ウィップマニアンの持つ鞭が音を立てる。

ドスケベマンは巻き付いた鋼の蛇を凄まじい腰の力で引き寄せようとしていた。

「な…な……」

「離れないならそれでいい……!」

強く腰をひねると、持ち手を握りしめたままのウィップマニアンの体が宙を舞った。

地面に叩きつけられたウィップマニアンは体を起こそうとしたが、そのまま今度は逆方向に投げられる。

腰の前後運動で、まるでおもちゃのようにウィップマニアンは前後に叩きつけられていた!

何度目かに叩きつけられた瞬間、脱力した手から鞭の持ち手が離れ、10メートルほどその慣性のままにウィップマニアンは転がった。

「あ…あ……」

もはや呻くことしかできないウィップマニアンは、それでもまだ残った意識の中、近づいてくるドスケベマンを視界にとらえ、そのまま動かぬ体を引きずり逃げようとした。


タカシはまるで幼いころ祖父から聞いたおとぎ話のヒーローを見ているかのように現実感なくドスケベマンを眺めていた。

肩口からの出血は多く、全裸グラビアプリントされたマイクロファイバーバスタオルはなかなか血を吸わない。

イラストの上を血のしずくが球のように転がっていく。

出血の多さからか頭がくらくらし、目の前がチカチカしていたが、タカシはドスケベマンをその目に焼き付けなければいけないと直感的に感じていた。

ドスケベのために、その身を振るうマスクの男。

自分の祖父を嬲り殺したときの面影はなく、もはや虫の息のウィップマニアンへドスケベマンが歩いていく背を見つめながら、タカシの意識は徐々に遠のいていった。


タカシが目覚めたのは、どこかの廃墟であった。

抱きしめていたFM-VとTo Heart2はそのままで、あたりに人の気配はなかった。

ただ、肩口に巻かれたあの全裸グラビアイラストのバスタオルが、ドスケベマンが確かにいたことを物語っていた。

しばらくの間タカシは何か考えに耽った後、紙袋を持って立ち上がった。

その足取りはタカシ自身も驚くほど迷いがなかった。

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