ドスケベマン

さいのす

プロローグ

第1話 ドスケベマン(1)

近未来。

黄金に輝くかと思われた文明の栄華は、その実を結ばなかった。

発展した社会の中で、人々の争いは苛烈さを増し、それはすでに政治ではなく暴力による主義主張の争いとなっていった。

それはほぼ蠱毒のようなものであり、力のない民衆は全てそれらに振り回され、略奪され、暴力を受け、文明はやがて衰退していった。

その蠱毒のような長い争いで、関東地区でただ1人だけそれらすべてを勝ち抜き、すべてに負けず、すべてを倒した者がいた。


ドスケベキング。


そう名乗る人物はこの世のドスケベなものをすべて管理すると言い放った。

エロ漫画、小説、写真集、ゲーム、それに付随する様々なドスケベなもの。

ドスケベキングは関東地区の頂点になったとき、ありとあらゆる民衆からそういったドスケベにまつわるものを奪い取り、ドスケベシティと呼ばれる自分の統治する城塞都市へと集めることを宣言した。

民衆の持つドスケベなものはドスケベアーミーと呼ばれるドスケベキングの私設部隊が奪い取り、そしてそれは時に暴力や殺戮も伴った。


人々は略奪を繰り返すドスケベアーミーの影におびえた。

服装も体のラインの出ない厚手の布による貫頭衣のようなものになり、食事も食べているときにドスケベになりそうにない、粗末なチーズマカロニや麦粥、雑草などを食べるようになった。

夫婦で暮らしていても、そこにドスケベがあれば容赦なく引き裂かれた。

ドスケベシティ以外の地域はドスケベを奪われ人生に潤いも持てない砂漠のような世界となったのである。


「誰にも見られなかったか」

浅く息を吐きながら若い男が小屋に隠れたまま呼びかける。

「大丈夫だ」

呼びかけられた者も若い男性だ。周りを伺いながら、もう一人の男の隠れる小屋へと滑り込むように入る。

「ドスケベが手に入ったってのは本当か」

小屋にいた男が問いかけると、入ってきた男は少し上気した顔で頷く。

「ああ、前世代の遺物…これだよ」

「これ、To Heart2じゃねえか!」

思わず大声を出した男の口を慌てて塞ぐ。

「大きな声出すなよ…ちゃんとPC版だ。ノートPCもある」

がさりと音を立てて紙袋を見せる。

重たそうな紙袋の口から、ちらりとFM-Vというロゴが見えた。間違いない。

「それにしても、タカシ…こんなもの一体どこで」

タカシと呼ばれた、小屋に入ってきた男はため息をついた。

「……じいちゃんが隠してたんだ」

重い空気が流れる。タカシの祖父がドスケベアーミーに殺されてから1か月。

村のみんなに頼まれてはドスケベな絵を描いていたタカシの祖父は、前時代末期に絵描きをしていたという。

前時代末期、ドスケベキングの思想統制に対しても強固にあらがい、今ははるか遠くなってしまった南関東の海辺でドスケベな本を買うために真冬の早朝の刺すような海風にも耐えたという。


「…とにかく、これがあればしばらくはドスケベを食いつなげる。その間に…」

タカシが言葉をつづけようとした瞬間、小屋の外から空気を切り裂くような発砲音がした。


「ヤアヤアヤア!!こそこそドスケベを集めるゴキブリ諸君!!」

軍服姿の男はにこやかに声高らかに呼びかけた。

「こんなところにレジスタンスのアジトがあったなんてネエ!」

「ドスケベアーミー…!」

タカシの背中に冷たい汗が一筋流れる。

監視はなかった。祖父はこれを完璧に隠しきっていた。

発信機や盗聴器、密告、ありとあらゆることに警戒してこれを持ち出してきたのだ。

「そしてご協力ありがとうございマス、お友達のヨシオくん!!」

窓の外の声とともに、目の前の慣れ親しんだ親友がゆっくりと銃をタカシに向ける。

「お前、まさか…うそだろ…!?」

「仕方なかったんだよ…今なら助けてくれるっていうから…」

震える銃口をタカシに向けるヨシオ。

どうする。どうすれば。

泥のような一瞬に必死に思考を巡らせるが、答えは出なかった。

タカシはヨシオを突き飛ばし、紙袋を抱えたままドアの向かい側、小屋の窓へと突進した。

「待て!!」

ヨシオが叫び、乾いた銃声と火薬の匂いが横をかすめる。

タカシは銃声を背に窓際のテーブルを蹴って、窓の外へ転がるように飛び出した。

そのままの勢いで紙袋を抱きしめたまま受け身を取る。

「う…」

身体を引き上げ立ち上がろうとしたその瞬間。


「残念でしたネエ」

ひやりとした鉄の塊が額に押し付けられた。

その突きつけられた銃越しに、ドスケベアーミーの男が厭らしく笑った。

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