第2話

 このイベントの責任者である以上、来てくれた知り合いにはもちろん知り合いの知り合いにだってしっかりと挨拶をしておかないと。


 それが誠意であり、これからのチャンスを広げていくことになるからね。


 おっと、今日は望外のお客も来てくれているようだ。


「やあ麻由さんじゃないか、珍しいね。こんな健全なイベントに来てくれるだなんて」


「そうね、健全で初心者向けでまるでおあつらえたかのように新入生たちの出会いの場になってるわね」


 彼女の名前は羽田麻油。 ここらでは有名だ。


 W大学に通っていて家が金持ちで本人もなかなかの美人。 


 顔も広く、セレブ層や芸能人達とも交友関係を持っているそうだ。


 ある一定の距離を置いて僕とは友人でもある。


 本来なら真っ先に人脈を築きたい人間ではあるが、とある事情と理由により必要以上には親しくならないようにしている。


 健全に生きている僕としては彼女や彼女の周りの人間達とは色々な意味で価値観が合わないのだ。


 だからこそ今回のような新入生が対象の『周辺の大学に通う学生達の親睦を図る』という健全なイベントに彼女が居るなんて思いもしなかった。


「おや〜?やはりお気に召してはいないようだね。それなのに何故ここにいるんですか?」


「友和……私のところのバカが後輩を連れてきたいっていうからこんな退屈なイベントにつき合わされたのよ」


「友和……ああ、あの少し面長の……」


 思い出した。 最近彼女とよく一緒に居るという男だ。 


「まったく……また喧嘩したのかい? 君達は」


 先ほども言ったが羽田麻由という女性はここらではちょっとした有名人だ。


 そして当然のことながら真田友和という彼女の友人もここ最近ではよく僕達の話にのぼっていた。


それは彼が羽田麻由の友人と思われれているからだ。


 実は羽田麻油という女性は取り巻きを作らない。 


 彼女のようないわゆる上流階級に属するような人々とも親しい人間には当然のことながら取り巻きがつくものだ。


 同じような価値観、もしくは同じ階級に属する者。 


あるいはその階級に属したい友人達が必然的に周囲に集まり取り巻きというものを形成する。


 それは花の蜜に蝶や虫が集まるようなもので自然であるし、また当たり前でもある。


 もちろん全ての蝶や虫たちと付き合う必要は無い。


 だが基本的に社交的でもある彼女は不思議なことにそういう取り巻きを少数でもはべらせたり共に行動することはしないのだ。 


 別に彼女自身が嫌われているわけでも孤立してるわけでもない。 


 実際にクラブやイベントで見かける度に彼女にお近づきになりたい人々が周りに集まっていた。


 でも彼女はその人々を優しく受け止めてはくれるが決して近くに居させようとはしなかった。


 そういう意味でも彼女は有名でもあったのだ。


 だがここ最近、そこに一人の例外が現れる。


 それが件の真田友和君だ。


 別に特別イケメンでもなく、洗練されたセンスや仕事をしているわけでもない普通の学生。

 

 北陸の出身で真面目な人柄ではあるらしいと彼と同じ大学に通う友人からはそう報告を受けている。


 確かに彼女の周りには居ないような人間ではあるけれど、特別珍しい人間でもない。


 それでは恋人同士なのかと言われれば、どうもそうでは無いらしい。


 前に彼女との関係を問われた彼は困った様子で『師弟関係?』と答えたそうだ。


 また噂好きの友人達から聞いた二人の会話は『教師とできの悪い生徒』または彼の言うとおり『師弟関係』というような様子で、どうにも風変わりな間柄なんだそうだ。


 とはいえ、彼も別に師弟関係とは言っていても言われっぱなしでは無いらしく、ホールや会場の隅でちょっとした喧嘩をしているのをたまに見かけてはいた。


 だが数日から一週間もすればまた一緒に行動をしている。


 というわけで真田友和という人間は僕も間接的には知っているというわけだ。


 まあ人それぞれ価値観は違うし、直接会話をしたわけでもない。


 文字通りただ顔は知っているというくらいかな?


 同学年ではあるけれど互いのクラスが離れているので交流が全く無い同級生という喩えが一番わかりやすいかもしれない。


「今度は喧嘩じゃ無くてあいつが全面的に悪いわ。あのバカ、私をほっぽいて後輩探しに行ったのよ」


「ははは、別にいいじゃないか……男同士の友情なんて得てしてそういうもんだよ?」


「男同士では無いのよ……今回は!」


 確かに自分から頼んで着いてきてもらいながらほったらかしにするのはあまりよくないことだとは思うけれど……。 


 その物言いになんとなくピンっときた。


 なるほど良くも悪くも彼女もまた彼を気に入っているようだ。


「ああなるほどね……だからそこまで機嫌が悪いわけだね。そりゃここらで君は有名だからね」


 麻由さんの眉がピクリと動く。  


「そりゃ自分の取り巻きが自分を放っておいて他の女の子に靡いてるから怒って帰ったなんて噂が流れでもしたらそりゃ帰れないよね……恥ずかしくてさ」


「……別にそんなんじゃないわよ。あいつなんてただの友達よ、いいえもうただのごぼうに格下げだわ」


「はははっ、それは手厳しいね」


 いくら彼が面長とはいえそこまで長くは無いだろうというツッコミは無粋なのでやめておく。


 なかなか可愛いところがある女性なんだな〜という感想も本気で怒るだろうからやめておこう。


 ともかく彼女ほどの顔役が(とりあえずとはいえ)居てくれるのなら今回のイベントの評判はさらに上がるだろう。


 あとは彼女や彼がいつも以上にハッスルして喧嘩しないことが心配なくらいだ。


「あまり騒ぎを起こさないでね」


「……わかってるわよ」


 それだけ言うと、飲んでいた酒を一口で飲み干し、彼女は僕の横を通り過ぎていった。

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