20160528:私の月光の王子様
私はただ、恋しい背中を追い続けた。
「待ちなさいって言ってるの!」
4WDの運転席で、シートの背もたれに身を落ち着ける。
ハンドルだけは足で固定。小石に跳ねる車体は、固定と同時、足を引っかけてどうにか耐える。
構えたバズーカのトリガーを絞る。反動でのけぞりながらも弾道は視界に入れたまま。
二輪を操るアイツの前で大きく広がったネットは、けれど、かいくぐられて砂煙を上げた。
「待て、るかっ!」
エンジンが高く鳴り響く。アイツは身軽に軌道を反らす。
「ちょっ」
視界を埋める砂煙に、まともに突っ込む羽目になる。
「視界が晴れたら」
ハンドルを切れない。この体制ではタイヤが滑る。
「おまえだって、気付くだろ」
バズーカを助手席へと放りだし、慌ててシートに滑り降りる。
「ソレは、俺じゃない」
切れ切れに散らされた言の葉は、たぶんきっと、空耳だったと思うけれど。
ブレーキをかけ、ハンドルを切る。砂煙と講義のような音を立てて止まった車の進行方向、遙か彼方を、もう一つの砂煙が去って行く。
「じゃぁ、一体、誰だって言うのよー!!」
特徴的なオッドアイ、忘れられない丸い声、月を映したような銀髪に、十人居れば十人共が振り返るような整った顔なんて、そうそう何人も居られたら困る。主に、私の心臓が。
「私の王子様はー!」
答えてくれる声は、なかった。
*
季節外れの蛍が現れたと情報が入ったのは、もう三月も前の事だった。清流を模した保護ドームで、卵が孵化し、幼虫が川の中を泳ぎ回り。春先までは順調だった。
気候プログラムは気温を上げ始めたところで、水はまだ冷たく、空気は暖かみを欠いていた。成虫になるにはあと三月かかるはずで、徐々に上がった気温はその頃、汗ばむほどになるはずだった。
研究員にあごで使われ、調査員に名を連ねる私が保護ドームに訪れたのは一週間前。運命の、一週間前。
「蛍がいるって事はどういうことか判るか?」
眼鏡が高飛車を煽るアイテムに見えた。あごを上げて、私を『見下ろす』体で言う。
禁制の火薬式は、調達コストは十分高いが、威力はそれに見合っていた。
「光ると綺麗」
「馬鹿か」
光が飛んだ。何処からか昇りゆく太陽の光を反射して、一直線に飛んで、刺さった。
私が手を上げる後ろの壁、私の直ぐ横に、ナイフが。
「馬鹿で悪かったわね」
どうしよう。火薬式の威力は映像で見ただけだけど、知っている。小さいモデルに見えたけど、当たれば十分痛いだろう。
私は調査員ではあったが、戦闘は専門外だった。だって誰がこんな所を襲うだなんて想像したの。最寄りの町までヘリコプターで一時間。ない道を辿って車で半日かかる、辺鄙な礫砂漠に立てられた、研究用の環境保全ドームだなんて。
だから、武器なんて携帯してない。
火薬式の銃を持ち、投げナイフをいくつも携え、こちらを睨む、エリート気取りの鼻っ柱を砕くためには。
足下を探る。じりじりと壁に沿って動いてみる。
ナイフが飛ぶ。壁に刺さる。
私の脇に。
「水だよ、水!」
「安全な水と、汚染のない植物。この価値が判らないとでも?」
「俺たちには『清浄』が必要なんだ」
合点がいった。
「衛生教のみなさんね?」
化学物質、核汚染、排気ガスに人体改造。そんな『不自然』を排除して、古の健康的な『生』を手に入れよう……科学を犠牲にしたとしても。そんな、はた迷惑な新興宗教。
沈黙は肯定だろう。
脇腹にナイフが当たる。さっき刺さった投げナイフ。投げて刺すためのものだけあって、良く研いであるのだろう。執拗な思想と一緒で。
このナイフを、取れないか……?
「判るか、ならば話は早い。このドームは我々が次世代をはぐくむために使用させてもらう」
「ハイ、ソーデスカ、で帰してもらえたりするのかしら?」
三度、光が。
刺激のような痛みが頬に走った。
「もちろん、報告されても困るな、つまり」
銃口が上がる。……たぶんまっすぐ、私の胸に。
手を下ろしてナイフを引き抜き身を翻す。同時に発砲音が――鳴らなかった。
月光だと、思った。
銀髪、白い肌、そこだけ輝くオッドアイ。木々の隙間、差し込んだ光が彼だけを照らす。
左手から血を流しながらも、まっすぐに何事もなかったかのように立つ男の下で、二人の男が伸びていた。やけに鮮やかな紅い斑点を伴って。
「帰ってこいと、本部から連絡が」
「あ」
通信機に手を伸ばして、再び前を見たときには。
月光はもう、何処にもなかった。
*
王子様だと、直感した。
誰も居ないはずの保護ドームで、夢のように現れて、私を。
*
そして昨日、本部で彼を、見かけたのだ。
……あの容姿を見間違えるはずが、ない。
*
一旦は諦めざるを得なかった。
チェイスに費やした休暇は終わり。明日にはまた、調査員の任務が始まる。
安全運転で本部に戻る。自室の扉を無造作に。
……銀色が。
「やぁ」
軽く上げられた左手に違和感を感じながらも、その、銀色と、オッドアイ。
「邪魔させてもらったよ。フィフスの最期を見たのはキミだろう? 少し話を聞かせて欲しくてね」
フィフス。
私は思わず、呟いた。
鏡には、恋しい背中が映っている。いや、恋しいと思った背中に、そっくりな、別の。
季節外れの蛍が一匹、銀色の周りをくるりと回った。
*
太陽は何処から昇るのだろう?
出会ったと思った王子様が消えた世界で。
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