そんな夢を見たから。
アルタナ
夢を売る商人の話
ある日の夢で目覚めますと、私は市場のようなところにおりました。
「ような」と言いますのも、それは完全に市場とは言えないから似たものを探したまででございます。何故なら、人がそこら中に倒れておりましたから。
はてさて、これは地獄絵図か何かでしょうかと首を傾げれば、聴こえてくるのは謎の音。どうやら、目の前に倒れた男が音源であるようで。
恐る恐る近付いてみれば、すぅすぅ聴こえる謎の音。そう、呼吸音が漏れておりました。生きているならば安心か、と胸を撫で下ろしかけたところで気付きます。
(そういえば、何故このように人が路上で眠っているのでしょう)
まだ安心はできないと思いながら、ゆっくりと歩き始めました。
暫く歩けば、一軒の店に明かりが点いているのが目に入りました。はて、何の店かしらと首を傾げながら店の前に行きますと、何やら「夢屋」という看板が掲げられております。
はて、どのような御方がいるのか見てやろう。そうして、不思議に思いながら店内へと入りますと、おりましたのは店主らしき一人の男にございます。
「ここは夢屋で間違いないでしょうか」
「ええ、そうです。私は夢屋にございます」
確認の為に口を開けば、肯定で返されましたので、そのまま言葉を続けました。
「夢屋というのはどのような商売でありますかな」
「名の通り、夢を売るのでございます。どのような夢も揃いますとも。貴方様の望みの夢は一体如何様でございましょう」
夢の中で夢を見るとはこれ奇妙。しかしながら私の興味はそちらに向かっておりましたので、どれ、夢を叶える夢というものを注文いたしました。
すると店主から投げ出されますのは謎の球体。突然のことに驚きまして、掴んでしまえばもう最後。ふしゅうと煙が噴き出して、私はすぐさま夢の中。
はてさて、夢の中の私は注文通りしっかりと夢を叶えた姿のようで、人に囲まれ、丁度いい塩梅の財を成し……というように生きるのに困らぬどころか、全く満ち足りた生活というものをしておりました。夢が叶うとはこのように心地が良いものなどということも思いましたとも。
しかし全ては夢であります。暫くすれば、夢屋の天井が見えておりました。
そうなれば襲い来ますのはがっかりやら脱力感と決まっております。暫しそうしたものに浸かっておりますと、ふと夢のお代というものを払っていないことが意識の底より浮かんでまいりました。
重い腰を上げ、寝起きの身体でゆらゆらと進みますと、入ってきたのは店主の驚いた顔。
「貴方様、もうお目覚めなさったか」
如何にもばつの悪そうな顔で此方を見つめますので、どうしても気になってつい言葉を漏らします。
「はて、どうしてそのような顔を?」
「貴方様が起きてきたからでございます」
「ふむ。何か不都合がありましたでしょうか?例えばお代をまだ払っていない事などありますが」
「いえ、それは頂きましたが。目覚めたというのが稀なのです」
またもや首を傾げる事となりました。お代は一体何であったのでしょう。
答えは店主の口から出てまいりました。
「私の夢のお代というのは、目が覚めました時のあの感覚にございます。抜けた力を頂くのです」
聞いた事も無いお代に、とても奇妙だなぁなどという事も思いましたが、まぁ良い夢だったのでお礼を言いますと、店主は更に奇妙な顔を致します。
「どうしてそのような顔をするのでしょうか」
「いえ、夢を叶える夢というものは存外売れないのですよ、貴方様」
今度は私の顔が奇妙に歪む番でありました。
「ならばどのような夢が良く売れるので?」
「そりゃあ貴方様、自由になる夢だとか、大富豪なんかになる夢でございます」
存外荒唐無稽な夢が売れるのだなぁという事をぼんやり考えておりますと、私の頭には更に一つの疑問が泳いでおりました。
「そういえば、望みの夢を売るのはもしかして……」
「嗚呼、お気づきになってしまいましたか。御名答。望みの夢を売った方が、抜ける力も大きいのでございます」
「それで文句は出ないのでございますか」
「ええ、出ませんとも。お疲れでいらっしゃいますから」
「疲れる?」
「はい、大体の御客様は現実に疲れておりますが故に、一度夢を買ってしまえば朝までぐっすりと眠ってしまうのでございます。ですから、いちゃもんを付けられる訳もないというわけであります。良い商売でございましょう?」
店主はそう言って笑みを浮かべました。道理で私が起きていた時にあのような顔をしていた訳でございます。
私は失望もせず、怒ることもございませんでしたが、ただ
(夢を売るという商売は、人の思うよりも夢が無い商売なのだなぁ)
と、目覚めるまでそのような事を考えておりました。
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