第5章前半 アキト VS ゴウ
「そこにいつまでも居られると、他のお客様の迷惑になるのよ。地下室を開けるから、お宝屋面白劇場はそこでやってよね。・・・いいわね?」
店先で沙羅から迫力を増した声で宣告された。
アキトたち4人は仲良く声を揃えて「・・・はい」と答えるしかなかった。
それ以外の回答が許されないのは、沙羅の顔を見れば明らかだった。
彼女と共にアキトはエレベーターで喫茶店”サラ”の地下に移動する。お宝屋3兄弟も黙ってついてくる。
エレベーターから降り廊下に出ると、何故かゴウが先頭にたって歩き出した。
度々利用してきた勝手知ったる地下室だというのは想像できる。ただゴウから、軽薄と単純、豪胆さが混ざった何とも表現しようのない気配が漂ってきている。
イヤな予感がする。悪いことしか起こりえないと断言できる。
ドアの前を二つ通りすぎた時、沙羅がゴウに声をかける。
「ゴウ君、そっちじゃないわよ」
振り返り様にゴウが答える。
「いいや、向こうだ。格技場を使わせて貰うぞ」
視線をアキトに移し、暴論を吐く。
「ふっはっはっははーーー。アキトよ。男同士、拳で語り合おうじゃないか? ああん?」
「意味わかんねーぜ」
「そうだな。俺が負けたら、もうお宝屋に戻れとは言わない。だが貴様が負けたら、大人しくお宝屋に戻るんだ」
話を訊けと言いかけたが、叫ぼうとしていた口を閉じる。
このままでは何も変わらない。何も変わらないということは、お宝屋に付き纏われトレジャーハンティングを邪魔され続けるということだ。
勝てるなら勝負を受けるべきだろう。
そう、オレには勝算がある。
ゴウは、オレが格闘技を習っていたのを知らない。
「いいぜ。相手になるぜ」
「アキトよ。後悔しても知らんぞ」
「ゴウ、オレと闘いたいのか、闘いたくないのか、どっちなんだ?」
ゴウはオレの話を聞かず格技場へと歩きだし、好き勝手なことを言い始める。
「ふっはっはっははーーー。腕がなるぞ。楽しもうじゃないか。そうだ、アキトが戻るなら、レーザービームをもう一門装備してもいいなー」
「ちょっと、ゴウにぃ。大口径は無理だからね。いくらアキトくんが望んでもダメなの! 予算内に収めるないと、来年困ることになるの!」
オレの話は聞かないのに妹の話は聞くのか・・・
千沙の話なら聞くしかないな、とも納得しかけている。
「それは、アキトも含めて後で相談すれば良いさ。だけどゴウ兄、僕はオリビーを大きいのにすべきだと思うよ。アキトもそう考えるに決まってるしね」
3人の会話に色々と突っ込みたい。オレはレーザービーム砲を欲しがっていない。そもそもトレジャーハンティングにレーザービーム砲自体が不必要だ。
3人の妄想は留まるところを知らず、様々な方向へと話を広げている。
仲良しお宝屋3兄弟のまとまらない会話に口を挟むのも面倒なので、アキトは肩の関節を伸ばしたり、手首を捻ったりとアップしながら歩く。
廊下の突き当りにある大扉に沙羅が軽く触れると、音もなく左右に開いた。
地下格技場は天井が高く、バスケットボールの公式試合ができるぐらいの広さがある。床は磨き上げられ、程良い弾力がある板で設えてある。
なぜ、喫茶店に幾つもの地下室があるのか?
なぜ、情報屋が格技場を持つ必要があるのか?
まったく想像もつかない。だが今は、目前に迫った闘いに集中すべきだ。
ゴウ達とは反対の壁側に陣取り、アキトは鞄を置き上着を脱ぎ捨て、ルーラーリングを外し、スペースアンダーのみとなる。
柔軟を始めると、アキトは柔らかく均整のとれた体に、しなやかな筋肉を持っているのが、スペースアンダーの上からでもわかる。
ゴウは格技場の端から端までダッシュをしていた。何本か終えたところで、歩いて息を整えている。最初から全力で闘うために体を暖めたようだ。
ゴウとは何度も手合わせをしている。当然ゴウの手の内は把握している。逆にゴウはアキトの手の内を知らない。アキトはゴウから技を教わっていただけで、自分の技をみせていないかったのだ。
今まで、一度もゴウに勝ったことはなかった。
それはそうだろう。
ゴウに教わっている技で勝てないのは当然だ。
だが、今回は練習ではない。
自分の技でもって、オレはゴウに勝利する。
自信を胸に、アキトは格技場の中央に堂々と歩を進めた。
ゴウは、ゆっくりとアキトの元へと歩きだそうとした時、翔太がゴウにアドバイスをする。
「そうそう、ゴウ兄。アキトは、なんとかっていう空手流派の黒帯でね。下段上段の回し蹴りと、相手の突進を止める中段前蹴り、それに横蹴りが得意だよ。あと接近戦では膝蹴りも使ってたね」
「おお、そうなのか」
そう、翔太は同じ学校で3年間一緒に過ごした同級生で、一番長い時間を過ごした友人だ。そして、アキトの特技を翔太は良く知っている。
だが、まだ有利だ。
初見の技を見切るのは難しい。
なにより、見せたことのない技は空手だけじゃない。
ゴウの右ストレートにタイミングを合わせて繰り出せる技がある。そして、そのタイミングは体で覚えている。
再度ゴウが歩き始めると、千沙が茶色のブルゾンの襟首を掴んで止めた。
「ゴウにぃ」
千沙は大人しくて言動は弱気だが、ときに大胆で強引な行動をとることがある。今もそうなのだが、襟首を掴んだことでゴウの首が絞まっていて苦しそうにもがいている。
「上半身は裸になって、ね。アキトくんは、柔道でアカタテハ星域地区の中量級の優勝者なの。えーっとね。得意技は左右どちらでも出せる内股と~。あと右組手の連絡技が凄くて、大内刈り、内股、払い腰、小内掛けと4つの技を連絡できるの。でも内股か払い腰のあたりで相手を投げちゃうの。それから~。寝技はあまり使わなくて、間接技と絞め技を良く使ってた。大会では何人かが絞め落していたよ。ちなみに、お宝屋から離れていた3ヶ月間に昇段審査にいってなければ、まだ二段のはずなの」
嬉しそうに千沙が語るのを難しい表情でゴウは聞いていた。そして腕組みし、偉そうな口調で言う。
「ふむ、良く理解できたぞ。アキトは性格が悪くて秘密主義だということだな・・・。千沙、上着を持っててくれ。それにしても、アキトは俺とのスパークリングで、一度たりとも空手や柔道の技を使ったことはない。世の中を斜に構えて見る癖もあるしな。どれ、すこし性根を鍛えなおし、性格を矯正してやろう」
なんで空手と柔道の技を使ったことないだけで、そこまで悪し様に言われなくきゃならんのか? が、しかし、問題はそれよりも千沙だ。
「・・・千沙。なんで、そんなに細かく知ってんだ?」
「大会には必ず応援に行ってたの・・・。でも、ミーハーなファンに思われたくなくて黙ってたの・・・。卒業したら、一緒にお宝屋で働けるって聞いてたし・・・。それとね・・・戦っていたアキトくん、カッコよかったよ・・・」
頬を真っ赤にし、両手で顔を隠した千沙は本当に恥ずかしそうだった。
千沙と翔太は双子で、千沙とも同級生だった。だから、ある程度自分のことを知っていてもおかしくないと納得していたが、それがストーカー気質からきていたとは知らなかった。
千沙のことは嫌いじゃないが、色々な意味で一緒の船に乗っていてはいけないと、アキトは誓いを新たにする。
そこに、緊張感のまったく感じられない口調で、沙羅がルールを説明しはじめる。
「そろそろ、いいわね。これからゴウ君対アキト君の拳での語り合いを始めます。ルールはいつもの喫茶店サラ方式を採用するわね。要するに、勝敗は降参か気絶などで戦闘不能となった場合だわ。それと危険と判断した場合には試合を止め、私が勝敗を宣告します。もちろん公正に判定を下しますから安心してね」
喫茶店サラ方式って何だよっとの考えが頭を過るが、目の前の戦いに集中することにする。
アキトとゴウは格技場の中央で5メートル離れて対峙した。2人とも自然体で構えをとっていないが、緊張感が漂っている。
沙羅と翔太、千沙は壁際に並んで2人を見つめている。
そのまま1分ほど時が流れた。
4人が沙羅に視線を集める。
沙羅はヘーゼルの瞳を揺らし、キョトンした表情をみせたあと、皆の視線の意味に気づき長い黒髪を弄りながら平然とした口調で言う。
「あら、はじめていいわよ」
沙羅の言葉に、場の緊張感が霧散しそうになり、対峙している2人が脱力しそうになる。
しかし何とか持ち直す。
アキトとゴウ、2人の間の空気が重く、圧力を増していく。
翔太と沙羅、2人の間には賭けが成立していた。
翔太はアキトの勝ちに、沙羅はゴウの勝ちに・・・。
先に沙羅がゴウの勝利に賭けた・・・訳ではなかった。先に翔太がアキトに賭けたのだ。
「アキト君にお宝屋に戻ってきて欲しいなら、翔太君はゴウ君に賭けるべきよね?」
沙羅の質問への翔太の答えは単純明快である。
「いやいや、心情と賭けは別物だよ。損はしたくないからさ」
翔太から冷静な視線を、千沙から熱い視線が、アキトに注がれている。
一人の少女からは心情的に揺れ動く応援と、一人の女性から打算的な応援と、一人の男性からどっちが勝っても損がないという理由の関心の薄い応援を背に、ゴウは床をけった。
5メートルの距離が一瞬して縮まる。
182センチの筋骨隆々の体格から迫るプレッシャーは半端でなく、その位置での迎撃は無謀。アキトは後ろへと跳躍しつつ、牽制を兼ねた右中段前蹴りを放つ。
ジャンプした分アキトの右脚は高い位置への攻撃になる。ゴウの喉元へと迫る蹴りがまともに命中すれば、一撃でKOできる。
咄嗟にアームブロックを十字ブロックに変更し、ゴウはアキトの蹴りに初見にも関わらず防いだ。
ゴウの格闘スタイルはボクシングで、ジムに通っていた当時、プロにならないかと誘いがきたほどだ。しかし、トレジャーハンターになった際の護身術としてボクシングを習っていただけで、ゴウの目的はブレなかった。
ゴウは体を小刻みに揺らしながら、アキトに的を絞らせずフェイントを織り交ぜて迫る。
アキトは左右どちらかにステップしてから下段回し蹴り、または後ろに跳躍して中段前蹴りで、ゴウの突進を止める。
十数度に渡り同じ攻防が繰り返された。
不利なのは明らかにゴウだった。
下段回し蹴りはゴウの脛、膝にヒットし、中段前蹴りは腕にダメージを蓄積させていた。
「思ったより実力差があったのね」
沙羅の呟きに千沙は泣きそうな顔で反応し、翔太は言葉で反応した。
「いやいや、そうでもないさ。ゴウ兄はアキトの攻撃を全部防御していて、アキトは自分から攻撃できないでいる」
「攻撃できない?」
「アキトは、自分からは一度も攻撃していないんだよね。ゴウ兄に受け切られたり、躱されたりしたら、自分が攻撃されるからさ。ゴウ兄の攻撃の回転は速いから一度巻き込まれると簡単には抜け出せない。アキトには相当プレッシャーがかかっているだろうさ」
翔太の分析通りだった。
アキトはゴウにタイミングを合わされ、しかも攻撃を見切られつつある。
ゴウはアキトの下段回し蹴りには脚を上げ脛で防御し、中段前蹴りは脚を伸ばしきる前に十字ブロックでガードする。
そして、遂にアキトの攻撃が見切られる。
ゴウの突進をアキトは左下段回し蹴りで迎撃したが、ゴウの右足は、鋭く速い踏み込みでアキトの蹴りの威力を殺す。次の瞬間、ゴウのアッパー気味の右ボディーブローがアキトの左脇腹に突き刺さる。
苦悶の表情を浮かべるアキトへ、畳みかけるように左右のフックをボディーに放つ。左フックをアキトは腕でブロックしたが、右フックはボディーの同じ場所に会心の一撃があたる。
千沙は悲鳴をあげてから、小さく呟く。
「・・・痛そうだよ~」
ゴウが、とどめとばかりにアキトの顎へ左アッパーを放つ。
ヒットしていたら間違いなく決定的な一撃となっただろうがボディーと違い、顔へのパンチは避け易い。アキトは顔を捻って躱し、バックステップでゴウとの距離をとる。
逃がすまいと、ゴウは距離を詰めるようにダッシュする。
アキトは右に移動し右下段回し蹴りの態勢に入るが、タイミングを体で覚えたゴウは左足を鋭く踏み込ませて、左ボディーブローを狙う。
アキトの右脚は僅かに上がっただけで、すぐに床を掴み右フックをゴウの横顔を叩き込んだ。
アキトのフェイントにゴウは引っ掛かった。
だが、相撃ちだった。ゴウの左ボディーブローもアキトの右脇腹を捉えていたのだ。
相撃ちのダメージにより、ゴウは床に片膝つき、アキトはよろけて後退する。
ほんの半瞬早くアキトがリスタートし、右脚での横蹴りをゴウの顔に叩き込もうとする。
しかし、ゴウの十字ブロックが間に合った。脚の力は腕の倍以上といわれているが、ゴウはアキトの蹴りを受け切ったのだ。
ただアキトが優位にある。
片膝を床についているゴウに、右脚を戻した勢いを殺さず、アキトは体を捻り左上段回し蹴りにつなげる。
ゴウは右腕で頭部をブロックしつつ、横に転がって蹴りの勢いを受け流す。
千沙は泣きそうな表情をしている。
「まだまだだよ、千沙。泣くには早すぎるさ」
「でも・・・アキトくんもゴウにぃも痛そう」
「いやいや、痛いのはこれからさ。ゴウ兄の耐久力が尋常じゃないのは知ってるだろ。そして、アキトにゴウ兄を攻めあぐねている。勝負の行方は分からないし、まだ時間がかかるよ」
ゴウが立ち上がると二人の距離は5メートルほど離れていた。
体を小刻みに揺らしながらゴウは突進する。
もう少し落ち着け、と言いたいが、こちらに考える余裕を与えないための突進だろう。
アキトはタイミングを計って、左右に揺れて当てにくい顔面ではなく、胸部へと右横蹴りを放つ。
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