其ノ五

 「ホレホレ、兄者、何ボサッとしておるか。早く参られよ!」

 「はぁはぁ……ま、待ってくれ、華名! ちょっとお前、はしゃぎ過ぎ」

 「精神年齢数百歳のクセに」とは、かろうじて口に出さない。

 この歳になって社会人として働いていれば、女性に年齢の話がタブーであることくらいは、さすがに心得ているからな。

 ……ちなみに、ただ今の日時は、あの話し合いの翌日の土曜の朝10時であり、俺達──俺とカナの身体に宿った華名は、関東最大規模のテーマパーク、「ねずみーらんど」へと遊びに来てたりする。


 いやぁ、朝起きた時、同じ布団に「カナ」が寝ているのを見た時は、一瞬マジで焦ったぞ。

 まぁ、すぐに昨晩のことを思い出し、もしかしたら一晩寝たら元に戻ってた……的なことを期待して、そっとカナを起こしてみたのだけれど。

 「ふわぁ……おぉ、おはやう兄者。気持ちのよい朝じゃのぅ」

 ──やっぱり、そんなにうまくはいかないようだ。orz

 「こらこら、いくら何でもそんなに露骨に落胆されると、わらわも傷つくぞよ」

 「あ、あぁ、すまん」

 そうだよな。ある意味、この華名だって犠牲者と言えるんだし。


 少なくとも昨夜話した限りにおいては、華名(本来は御先祖様だし、「さんを付けろ、デコ助!」と言われるかもしれんが、まぁ今更だし)は、理性的でかつ情に厚い性格に思えたし、子孫の中に転生することをあまり歓迎してる風ではなかった。

 前世の──歴代の記憶を持ったまま転生するということは、ある意味「不老不死」に近いのかもしれない。

 それを追い求めてやまない人もいるが、少なくとも数多のフィクションに於いて「不老不死」は、「祝福」と言うより「呪い」に近い扱いを受けている。華名も、その長い生のあいだに、苦しいことや嫌なことは多々あったに違いない。

 とは言え、すべて俺の想像に過ぎないし、たとえ彼女の不憫さに思い至った今でも、薄情と言われようと、俺にとってはやはりカナの方が大事だ。


 ホテル近くの喫茶店でモーニングセットを食べた後、いったん俺達は自宅へ戻ることにした。

 ちなみに、モーニングは「トースト+ハムエッグorオムレツ+ドリンク」という組み合わせだったので、昔の人(かつババア)な華名の口に合うかやや心配だったのだが、平然とした顔で、パクついていた。

 「当たり前じゃろう? 言ったはずじゃ。妾は、ずっと加奈子の中から見ていたと。むしろ、ボンヤリとしか知覚できんかった食べ物を味わうことができて、大満足よ」

 「威張って言うようなことでもないと思うが。それと頬っぺにケチャップ付いてるぞ」

 「む……」

 「ほら、じっとしてろ。今ふいてやるから」

 ついいつものクセで、カナ──の姿をした華名の口元を紙ナプキンでフキフキと拭う。

 やったあとで、見かけはともかく実精神年齢はン百歳の華名だから、「子供扱いするな」と怒るかと思った(最近はカナですらそういうのを微妙に嫌がるし)が、妙に大人しくされるがままになっている。

 「ほれ、取れたぜ」

 「うむ、感謝するぞ、兄者。知識としては知っていても、やはりこのふぉーくとないふの扱いには、慣れておらぬでな」

 「まあ、その身体の持ち主のカナも、箸以外の扱いはいまひとつ不器用だけどな」

 ふたりで顔を見合わせて苦笑する。

 「にしても、本当にコーヒーでよかったのか? カナは、こういう時いつもオレンジジュースか紅茶を頼んでるけど」

 「だからこそ、たまには違うものも口にしてはと思ぅての」

 しかし、身体と言うか舌はカナのままなのに……ブラックコーヒーなんか飲んで、大丈夫か?

 案の定、カップを口に運んだ華名は、何とも言えない珍妙な表情になり、無理矢理ゴクリと飲み干している。

 「か、過去に、職業柄、苦い薬湯なぞを口にした記憶も多々あるのじゃが、珈琲とやらは格別に苦いのぅ。兄者は、よぅもそんなに美味そうに飲めるものよ」

 「ん? そーか? この店はブレンドも結構イケるんだが……ホレ、砂糖とミルク、入れてみろよ」

 ブラックの味に懲りたのか、華名は砂糖をふた匙とミルクを多めにカップに投入している。

 「ふむ……おお、コレなら確かに妾にも旨いと感じられるぞえ」

 聞くところによると、ひとつ前の転生は明治初期の田舎の神主の娘だったらしい。都会ならカフェのひとつやふたつはあったのだろうが、生憎と生身でコーヒーを味わうのは、これが初体験だとか。


 まぁ、そんなちょっとした騒ぎの後、家に帰って着替えた後、俺達は此処ねずみーらんどに来たわけだ。

 俺は普段着に近いポロシャツとスラックス。

 華名の方は、しばらくカナのタンスをゴソゴソ漁っていたかと思うと、黒のノースリーブシャツにデニムのミニスカートを着て、下には行き先を考慮してか3分丈のスパッツを履き、水色の七分袖スプリングコートを羽織っている。

 フェミニンな服装が多い普段のカナとは随分違った印象だ。髪型も、後ろの少し高めの位置で結わえたポニーテイル(いわゆる侍ポニテ)にしてるので、活発な印象がある。

 「へぇ、例の術使って振袖でも作って、着てくるかと思ったぜ」

 「たわけ! 遊園地に行くのに、動きにくい格好をして何とする。

 それと誤解してるようじゃが、アレは衣服自体を変化させておるワケではないぞ? 自らの所持する、別の衣服と瞬時に交換しておるだけじゃ。

 ま、まぁ、確か箪笥の奥には昨年の十三参りで着た振袖があるから、兄者が見たいと申すのなら、着替えるのもやぶさかではないが……」

 「あー、それはまた別の機会にな。ま、いいじゃないか。その格好も可愛いし、似合ってると思うぞ」

 「!! ま、真実まことかえ?」

 「いや、嘘ついても仕方なかろう。俺は確かに自他共に認めるシスコンだが、今のお前さんにカナとは違った魅力があることを認めない程、狭量ではないさ」

 「そ、そうか……」

 相手は年上の婆様(のはず)だからサラリと流されるかと思ったが、赤くなってると言うことは、もしかして褒められ慣れてないのか? いや、確かに昔の日本男児は、余程の好色男でもない限り、気安く女性を褒めたりしなかったのかもな。


 実は、このテーマパークに来るのは、カナの誕生日に合わせて以前から計画していたことだ。

 楽しみにしていたカナに申し訳ないという気持ちがないではないが、この土日は華名に家族──兄妹として接すると約束したのだ。

 華名は少なくとも嘘はつかないと思う。だからこそ、(彼女の言葉から考えると)カナを戻すために少なからず無理をするであろう華名の願いに応えるために、遊園地に付き添うぐらいの代償ことは俺もやるべきだろう。

 ──もっとも、(転生を経ているとは言え)精神年齢数百歳に及ぶはずの御先祖さんが、こんなにはしゃぐとは予想外だったが。

 「こ、コレは仕方ないのじゃ! 妾がこれまで生きて来た時代に、このように刺激的な娯楽施設なぞなかったし……」

 俺の生暖かい視線を感じたのか、言い訳をするロリバァさん。

 「──それに、妾にはそもそも娯楽に興じている余裕なぞ殆どなかったからのぅ」

 ? なんだろう。今、凄く寂しそうな顔をしていたような……。

 「兄者! 次は、あの”みすてりーだんじょん”とやらに入ろうぞ」

 思い切り俺の腕を引く華名の表情に、すでに翳りはない。

 だから、俺は気のせいかと、その場はそのまま受け流してしまったのだ。

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