巡恋華

嵐山之鬼子(KCA)

其ノ壱

 俺には、妹がいた。


 ──いや、こう書くと、某涙腺崩壊必至の泣きゲーみたいだな。

 訂正しよう。俺には妹が、現在進行形で「いる」。いや、いるんだが……。


 チラと、その「妹」に視線を向けると、少しくたびれたYシャツ(当然俺のだ)一枚羽織って俺のベッドの上に寝転がりながら雑誌を読んでいた「妹」が顔を上げる。

 「ん? どうした、兄者? 何か考え事かえ?」

 「……なんでもない」

 「ふむ、大方、わらわの雌鹿のように優美な肢体に見とれておったのじゃろ? フッ、美しさは罪よのぅ」

 「ちげーーよ、バカ!」

 「フフフ、よいよい。シたい盛りの若い男の前に、このように肌も露わな姿をさらすとは、妾も少々配慮が足らなんだ。ささ、特別に許す故、獣の如くたぎった兄者の欲望を、蒼い果実たる妾の身体を貪ることで思う存分満たすがよいぞ」

 「カナの姿で、そんなコト言うなぁ!!」

 はぁ……どうしてこーなった?


 そうそう、念のため断わっておくと、妹と言っても正確な意味での「実妹」じゃない。

 就職したての頃だから、もう5年前になるのか。

 従兄夫婦が事故で亡くなり、その娘が天涯孤独の身になった時、親族会議でいい年した大人連中が醜い言い争いとともに互いにその子を押し付けあってたのを見かねて、「俺が引き取る!」って言っちゃったんだよなぁ。

 それ以来、俺こと藤堂陣八は、その娘──加奈子とひとつ屋根の下で暮らしてきたのだ。

 加奈子は、当時8歳という幼さにも関わらず、非常によくデキた子で、両親を亡くして寂しいだろうに、ロクロク面識もなかった(親戚の集まりで数回会ったくらいだったか?)俺に引き取られても殆ど泣き言も言わなかった。

 ……なに? 相手が8歳でお前が23歳なら、「妹」と言うより「娘」じゃないか?

 えぇい、言うな! 気にしてるんだから。まだまだ近所の子供とかにも「おじさん」じゃなくて「お兄さん」と言われたい年頃なんだよッ!

 まぁ、それはともかく。

 俺の両親並びに弟も既に鬼籍に入ってたから、その日以来、兄ひとり妹ひとりで、この世知辛い世の中を懸命に生きてきたワケだ。

 無論、最初の頃はそれなりに行き違いとかトラブルとかもあったさ。でも、そんななかで互いにハラを割って話し合い、また日々の生活を共にすることで、俺達は本物の「家族」「兄妹」に、徐々になっていくことができたんだと思う。


 そして、今日──4月7日に、加奈子は無事に13歳の誕生日を迎え、同時に中学校の入学式を迎えたワケだ。

 「ねーねー、お兄ちゃん、どう? 似合う?」

 とある私立学園の今年から設立された中等部に見事に合格した加奈子は、早めに摂った朝食のあと、真新しい制服に着替えて嬉しそうに俺に見せびらかす。


 「うむ、かぁいいぞ、カナ。さすがは我が妹!」

 言っておくが、確かに俺も多少シスコンな傾向はあるものの、カナが可愛いのは世界の真理だからな?

 背中の半ばくらいまで伸ばした黒髪はツヤツヤ&サラサラ。

 やや細身の卵型の顔には、小造りなパーツが整然と並んでいる。

 人形のように整った顔立ちは、それだけなら冷たい印象を与えかねないのだが、いつもホワンとした微笑を浮かべているおかげで、見る者をまるで春の野原にいるような優しい気分にさせてくれる。

 背丈は145センチちょっとと同年代の女の子達よりはやや低めだが、なに、成長期なんだし、まだまだ伸びるだろう。

 オマケに、小柄な体の割には、体つきそのものはそれなりに女らしい曲線を描き始めている。小5の頃からブラジャーも付け始めたみたいだし、はっきり聞いたわけじゃないが毎月の“お客さん”もそのぐらいから来てると思う。

 ──いや、イヤラシイ目で見たり、してませんヨ? ぼかぁ、あくまで保護者としてですねぇ……。


 コホン……と、ともかく!

 外見だけじゃなくて気立てもすごくいい。ちょっとおっとりさんで、天然気味ではあるが、それもまた立派なチャームポイントだ。

 また、働いていてあまり家のことをしてる暇のない俺に代わって、小学生時代から家事全般──料理や掃除、洗濯などを、文句ひとつ言わずにやってくれている。

 近所に住む俺の友人からは、「どっちが保護者がわかんないわねぇ」と呆れられたくらいだ。

 それなりに名の通った私学に受かったことからわかるように成績も優秀だし、時々ドジっ子なところがあるとは言え、運動神経だって悪くない。

 正直、俺があと10歳若かったら(そして兄妹として暮らしてなければ)、恋人になるべく全力でアプローチしていたであろう超優良物件なのだ。

 将来「カナちゃんをお嫁にください!」と言ってくる男に対し、「お前なんぞにカナはやらん!」と父親代わりの兄としてガチで殴りあいをするためだけに、俺は近くの拳法道場に週一で通ってるくらいだ。

 俺が拳法を習い始めた動機を聞いて、例の友人(その道場の跡取り娘)は思い切り脱力していたが、掌中の珠を奪われる義兄の気持ちは、パンチの一発二発じゃ済まなくて当然だろう?


 「しかし、今日からカナも中学生か……初めて会った時は、こ~んなにちっちゃかったのに。月日が経つのは早いもんだなぁ」

 「やだ、お兄ちゃん。5年前だもん、いくら何でもそんな小さくないよぅ」

 うふふ、あはは、と笑い合う俺たち。

 そのあと、入学式に出るカナをクルマで送ってから出社する俺。さらに、今日は特別に5時で早退する許可ももらっている。

 会社の連中も、俺が妹を溺愛していることをよく知ってるので「ああ、またか」で済まされてしまうのは、いいんだか悪いんだか。


 入学祝いを兼ねたその日の晩飯は、今の俺にデキる精一杯として、高級ホテルのレストランのディナーを御馳走した。

 俺は普段より多少は上等なスーツに着替え、カナも制服を脱いで、ちょっとだけ背伸びしたお洒落なワインレッドのワンピースに白いボレロを合わせ、足元にはヒールがやや高めのハーフブーツをはいている。

 ぶっちゃけ、下手なアイドルなんてメじゃないくらい可愛い。いや、マジで。その証拠にレストランのお客も男女問わずカナに注目してるんだぜ。

 「モデルかなぁ?」「子役俳優なんじゃない?」って囁き声も聞こえるしな。


 「誕生日あーんど入学式おめでとう、カナ」

 「ありがとう、お兄ちゃん」

 俺達は軽くワイングラスを掲げて乾杯する。無論、カナのグラスの中身はノンアルコールワインだ。

 実はカナの数少ない欠点が「酒乱」なのだ。今年の正月、本人の懇願に負けておとそを少しだけ飲ませてみたらエラい惨事に……。以来、俺はカナにアルコール絶対禁止令を出している(まぁ、未成年なんだから当然と言えば当然だが)。

 にこやかに食事と会話が弾んだのは良かったんだが、俺はカナの様子がどこか寂しそうなのが気掛かりだった。どうやら悩み事があるみたいだ。

 余人ならわからないだろうが、俺にはわかる──何故なら、俺は、藤堂加奈子の「お兄ちゃん」だからだ!

 とは言え、さりげなく水を向けてみても、カナはことごとくかわしてしまう。

 しばし考え込んだ後、俺は正面からブツかることに決め、少なからぬ出費を覚悟しつつ、ホテルにツインの部屋をひとつとった。


 家に帰ればカナは、自室と“日常”という殻に隠れてしまうだろう。兄思いの“良い子”なこの娘は問題を自分で抱え込むクセがある。

 幸いにして明日は土曜日だし、今夜はひとつ部屋の中、とことん兄妹で話し合おうと思ったのだ。

 もっとも、あの後、「あんなできごと」が控えていると知ってたら、絶対そんな馬鹿な真似はしなかったろうが。

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