少女たちの体育祭
第417話 プロローグ①
夏休みが終わり学校も普段通りのサイクルが始まると吉林高校では一年で最も忙しい時期に差し掛かっていた。
それは生徒のみならず教師たちも同じである。
放課後、職員室の並びにある大会議室では各学年の担任、副担任が勢ぞろいしている。
吉林高校で最も重要な案件が話し合われる教員全体会議である。
吉林高校は各学年AからFまでの六クラスがあり、総勢四十人近くの先生が各議題を話し合い順調に消化していった。
室内はロの字に長机が並べられており、正面には校長の高野総一郎を始め教頭の菅仲(すがなか)先生、各学年主任たちが座っている。
「では生徒会から出されました部室棟の空調は二回に分けて新しいものにしていくということでよろしいですね」
教頭の菅仲先生がそう言うと皆にこやかな表情で同意した。
ファシリテーターである菅仲先生は穏やかな性格の先生であるためか会議の雰囲気も良く話が進んでいく。
ちなみに菅仲先生は生徒たちからはあの校長の下でよくやっているということで『まったりバーコード』『対ストレス最終兵器バーコード』『調整型バーコード』と呼ばれ愛されている。
そしてここには体育教師である燕止水ならぬ燕鴻鵠(えんひろまと)も参加していた。
最近は生徒の間で「燕先生」もしくは「ひろまと先生」で定着し、一部の女子生徒と運動部員から絶大な支持を得ている。
止水は会議に参加しながら感慨深い気持ちになる。
闇社会で生きてきた止水にとって今が一番、充実しているのではないかと思うほどだった。
(私もこんな場所に呼ばれるようになったのだな。後で志平たちにも報告してやらねばならん)
「ええ、では今日のメイン議題、吉林高校祭についてですね」
「ム!」
「来たか」
「ククク……」
菅仲先生がそう言うや先生たちの目が変わる。会議室の空気が一変して緊張感に包まれ、今までの和やかな空気が殺伐としたものになった。
眼鏡をかけている教員は光の加減なのか外からは目が確認できなくなり、いつもは優しい女性教員たちも両肘を立てて顔の前で指を絡める。
「こ、これは?」
この時、止水が驚愕する。
闇社会で生き数々の強敵と死闘を繰り広げてきたがこれほどのプレッシャーは中々、経験したことはない。自分と同格かそれ以上の相手と戦場で遭遇したような感覚だ。
(いや、気のせいではない! 数名の教員から凄まじい氣風でこの俺が息が詰まりそうだ)
止水の額に戦慄が走り普段から見慣れている教員たちを見回す。
すべての先生が人が変わったような雰囲気を出しているが特に一年の担任の列からの熱量が凄まじい。
(なんという……町田先生、村山先生、小金井先生、三鷹先生、小平先生、え? あの穏やかな武蔵野先生までが、まるで猛虎のような覇気を!)
ちなみに町田先生がA組、村山先生はB組、小金井先生はⅭ組、三鷹先生はE組、武蔵野先生はF組で、すべてが一年生の担任たちである。
中でも止水を驚かせたのは女性教諭の武蔵野先生だ。
生徒とはゆっくり丁寧に話し、いつも柔和な表情の可愛らしい先生なので男女の生徒問わず大人気の先生だ。吉林高校に来たばかりの止水にも色々と教えてくれていた親切な人である。
そして何よりも恐ろしいのは若くして一年の学年主任を任されている高野美麗である。
明らかに格が違う。
止水が全身から汗を滲ませている中、菅仲先生はなんの変りもなくいつもの毒のない口調で会議を進めていく。
「ええ、文化祭の部は例年通り生徒会にお任せするとしまして本題の体育祭の部ですが今回は新任の燕先生に責任者をお願いしましたので燕先生からご説明をお願いします」
「ほほう、なるほど」
「前回は話し合いという名の不毛な議論で朝を迎えましたからな」
「さてさて、聞かせてもらいましょうか、その体育祭の案というやつを!」
(ここで俺の発表なのか⁉ この教頭は何も感じていないのか?)
止水が肌を刺すような圧迫感の中で硬直していると菅仲先生は「あれぇ? どうしたの? 燕先生」という感じで首を傾げている。
「きょ、教頭、先輩方は一体何者……」
「ははは、燕先生、いつものことですので慣れてください。吉林高校祭は毎年盛り上がるんですよ」
「いや、そうではなくて皆、何者……」
「特に体育祭の部が有名でなんと二日間もありましてな。これも吉林高校の伝統で」
「だからそこではない!」
「ああ……すみません。実は燕先生に伝えていませんでした」
止水の質問に菅仲先生が申し訳なさそうな表情をする。
菅仲先生が小声になり止水の耳元で説明する。
(む、やはり何かこの学校には秘密が……)
「実は体育祭での成績が先生たちの昇給に大きくかかわりましてですね、それで先生たちの気合の入り方がこのようになるんです。すみません、先に言うと燕先生にいらぬプレッシャーがかかってはと思いまして黙っていたのです」
「は?」
(……何を言っているんだ? この人は)
「ごめんなさいね」
お茶目な感じでバーコードが謝ってくる。
一瞬だけ殺意が湧いた止水だったが何とかおさめる。
(だから、そういうレベルではないのが分からないのか⁉ 明らかに俺を超えた氣を持つ者が数名いる。今まで何故、気づかなかったのだ。いや気づかせなかったというのか⁉)
「まあまあ、燕先生、いつも通りで大丈夫です。それでは本年度の吉林高校祭、体育の部について燕先生、よろしくお願いします」
「……くっ」
のほほんとした教頭の声色に止水もなんだか諦めがついた。
(この方はある意味、大物なのかもしれない)
見た目では全員、笑みを浮かべているのだが漏れ出る氣の量、質ともに表情とはまったく違うことを伝えてくる。とても待たせてよい状況ではない。
「分かりました」
そう止水は理解した。
(ここは戦場だ!)
止水は説明のために決死の表情で立ち上がった。
ちなみに校長の高野総一郎は終始プルプル震えながら、お茶をすするだけであった。
________________________________
ご報告!
魔界帰りの劣等能力者13巻が4月1日に発売することになりました!
大幅に加筆して黄英雄のその後も描いております。
是非、お手に取ってくださいね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます