第344話 憑依される者にまつわる者たち②



 英雄はいまだに毅然とした態度を示している祐人の顔を見ている。

 祐人はその英雄の視線に気づき英雄と目が合った。

 だが英雄は何も言わず、しかし祐人から視線は外さずいる。


(何だ? 怒って……はいないな)


 祐人は英雄の態度に居心地が悪かったが、それだけではない不可思議な印象を覚えた。

 すると英雄が口を開いた。


「堂杜」


「うん?」


「父上の質問に答えられないならそれでも構わない。ただ一つだけ教えろ」


「何をかな」


「お前には成さねばならない使命があるのか」


 英雄の口調としては珍しく静かなものだった。

 それは祐人の知っている英雄とは違う、初めて見る英雄の表情だ。

 今までは自分をただ見下す、というか視界にも入れていないという印象だった。

 それが今は堂杜祐人を初めて認知し、この時に限って言えば対等の人間として相対しているようだった。


「あるよ」


 祐人は英雄の視線を外さず、真剣な表情で答えた。

 英雄は祐人の目を見つめる。


(この目だ……)


 すると英雄は頷き、目を逸らした。


「そうか、ならいい」


 英雄はそう言うと黙り、それ以上は何も発しなかった。

 この二人のやりとりを大威と雨花は見つめる。

 そして雨花はほんの僅かに瞬きよりも長い時間、目を閉じた。


(そうですか……親の言葉は届かなくとも、同世代の少年が英雄の何かに触れたのですね。まったく、ときに親は無力ですね)


 雨花は大威に視線を移し、大威は頷くと再び口を開いた。


「秋華の件で、皆に相談がある。私は秋華の幻魔降ろしを行うことを考えている」


                 ◆


 琴音は未だ目を覚まさない秋華をベッド脇から見つめていた。


(秋華ちゃん)


 秋華は出会ってからというもの、それこそ毎日と言っていいくらい連絡を取り合った。

 もちろん、その理由は祐人の件であった。しかし、そう毎日、祐人の話題だけで話せるものではない。

 二人はいつも最初に祐人の話をし、その後、他愛もない世間話や自分の考えなどをとりとめなく話し合う仲になった。

 そしてそれが琴音には楽しくて仕方がなかった。何でも話せる友人を得た、ということを実感するだけで琴音は心と体が軽くなった気分にもなったものだった。


(秋華ちゃんがこんなリスクを背負っていたなんて。家の事情から他人には絶対に言えない事柄なのは分かっています。でも……)


 具体的なことは分からずとも友人として秋華の持つ不安や強がりを少しも気づいてあげられなかった自分が情けないと思ってしまう。

 琴音は眠る秋華の手を握る。


「早く良くなって目を覚ましてください」


 まるで祈るように呟くと孟家の浩然が帰ってきた。


「琴音さん、秋華様のご様子はいかがですか」


「あ、いえ、特に別条はないです。ただやはりまだ目を覚ます気配はないです」


「そうですか……」


 浩然は細かい装飾が施された古びた箱を持っており秋華の横の小さなテーブルにそれを置いた。


「琴音さん、そんなに根を詰めないでくださいね。これは黄家と孟家の事柄ですから。三千院のご息女であられる琴音さんに被害が及ぼうものなら大変なことですので」


「被害だなんて……私はただ秋華ちゃんが心配なんです」


 その琴音の様子を見ると浩然はまるで元気づけるように笑みを見せる。


「大丈夫です、琴音さん。いえ、私はまだまだ未熟で義父から毎日、どやされていますが、私も孟家の人間として全力で秋華様のお役に立つつもりですから!」


 浩然が一生懸命に明るく振舞い、自分を元気づけようとしているのを感じて琴音は少しだけ笑みを見せる。


「今回は不運が重なっています。いきなり襲撃していたあの訳の分からない奴らが悪いんです。あいつらのせいで秋華様の自己防衛本能が過剰に反応したんだと思います。ですから、これからは私たちがしっかり秋華様を守ればいいんです! うん! あ、僕は戦闘はからっきしなので黄家の方々にしてもらうことになりますが……」


 最後はばつが悪そうに頭を掻く浩然に琴音は思わず笑ってしまう。


「あ、でも私も命を懸けてでも守りますよ!」


「はい、でも私も友人としてお手伝いします」


 二人はそう言い、お互いの目が合うと笑顔を見せた。


「あ、琴音さん、申し訳ありませんが、これから秋華様に色々と処置をいたしますので……」


 浩然がそう言うと、琴音はその意味を理解して頷いた。


「分かりました。外に出ていますね」


 処置とは何か術式のことだろう。さらに言えば、孟家と黄家にだけ伝わる者である可能性が高い。つまり、部外者には見せられないということだ。

 琴音は秋華の手をもう一度握り、完調を祈るような仕草をすると浩然に頭を下げて部屋を出て行った。

 浩然は琴音が出て行くのを確認すると、ベッド脇に座り古びた箱に手を伸ばす。


「さてと……」


 箱に霊力を流し、何かを唱えると自然とその箱は四方に大きく開いた。


「まったく……上手くいかないものです。蛇たちも強化してやってあの様ですか。まあ、ただ大体のきっかけはこの目で確認できましたから良しとしましょうか」


 そう言う浩然は笑顔のままだ。


「次は……成功させますよ」


 浩然が箱の中からペンのような祭器を取り出す。


「魔神の顕現を……ね」


 浩然の笑顔は同じ笑顔のままだが、喉の奥を鳴らすようなものに変わったのだった。




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