第342話 幻魔の間④


「あ、秋華!」


 英雄が祭壇の前の浩然の横に立つ。


「英雄様、下がっていてください!」


 浩然は胸の前で神霊封じ込めの印を結ぶ。


「だ、黙れ! 何とかしろ! 楽際!」


「分かっております! 浩然! 印の切り替えが遅いぞ!」


「は、はい!」


 楽際が浩然に苛立ちを隠さずに叱咤する。

 すると再び、秋華から暴風がまき散らされる。




 今、秋華は何もない空間を走り続けている。

 先に何があるのか、方向感覚はない。

 ただただ、本能に従い逃げてるのだ。


(怖い……何が来ているの)


〝どこへ行く? 何故、逃げるのだ〟


〝欲しいのだろう? 我々の力が〟


(来ないで! 分かるのよ、あんたたちは暴れたいだけでしょう!)


 秋華の目から涙がこぼれる。


(もう、あんなことはごめんなの! 私のせいで誰も傷つけたくないの!)


 秋華は前方からの嫌な波動を感じて左方へ走る。


〝おかしいではないか。お前ら黄家は我々の力が欲しいのだろう? だから力を貸してやると言っているのだ〟


〝怖かったのだろう? 突然、命を狙われて。だからお前は我らを呼んだ〟


(呼んでなんかない!)


〝見事な器だ……お前なら私の依り代になれる。最高の力が手に入るぞ。何も恐れることはなくなる。お前は私で私はお前になるだけだ〟


(誰があんたたちに! 誰があんたたちに!)


 秋華は自分に憑依させれば終わる、と分かっている。

 こいつらは知っている。

 自分の精神力の弱さを。

 支配する気迫が足りないことを。


〝さあ、もう逃げ場はない〟


 何もない空間のはずなのに目に見えない行き止まりに秋華はぶつかった。

 これは七年前と同じ。あの時も逃げに逃げこの場所で捕まったのだ。


(ああ……)


〝さあ、受け入れろ!〟


 振り返ると強大な何かが靄(もや)のように浮かんでおり自分を包み込もうとしている。

 すると自分の足が自分のものでなくなっていく感触を覚える。

 秋華はその場で蹲る。

 耳を押さえて目を瞑る。

 そして、すべての感覚を遮断して口を結んだ。


〝何だい、またお前かよ。まーた、そうやってびびって現実逃避か。進歩がねぇなぁ〟


 突然、背後から声が聞こえてきた。

 今まで自分を追いかけてきた連中とは違う声。


(え? 誰?)


〝その反応も前と一緒だぜ、超ウケんな〟


 恐怖で正常な状態ではない秋華は頭がうまく回らない。


(でも……この声、どこかで聞いたことがある)


〝お前、逃げるにしてもな、逃げ方がしょぼいんだよ。それに誰とか聞いているうちはそのお前の家の術は扱えねーぞ。うん? お、どうやら助かりそうだな〟


(え⁉ それはどういうこと? あなたが助けてくれるの?)


〝ちげーよ! チビ!〟


 そう言うとその声の主は消えた。




 暴風で目を細めながら祐人は孟家の人間たちの印を見つめる。


(あ、あれは)


 それは堂杜家に伝わる封印、結界術の印と酷似している。


(封印? 結界? どういうものなんだ? あれは堂杜では霊力を注入する際に使用するものだ)


 霊剣師の家系はむしろ中国に多い。源流はむしろ中国なのだ。

 堂杜家は中国から伝わってきた霊剣師の術と日本の修験者、忍びの源流の術が混ざっていると聞いたことがある。そう考えればこちらに似たような印があっても不思議ではない。

 この時、琴音が暴風の中に霊圧が含まれ出したのを感じとる。


「これは……堂杜さん、秋華さんが!」


「な! 秋華さんの足が消えて行く」


 秋華の体が作り変えられていくかのように足が消え、その代わりに透明の違う足の輪郭が浮かび上がる。

 大威はそれを見ると前に出る。


「楽際! 手を貸す! 英雄も来い!」


「はい!」


「大威様! ですが大威様はお体の調子が」


「回復したばかりで本調子ではない。できればまだ体に負担をかけたくはないが仕方あるまい!」


 大威が参加すると秋華の周囲に展開している魔方陣の数が増した。


「ぬう! 何という強い圧力だ! 一体、どれだけのレベルの幻魔が来ているのだ⁉」


「十数体来ています! しかも、その中には〝名持ち〟もいるかもしれません!」


「むう! 英雄が憑依に成功したク・フォリンほどのものもか! 秋華は随分と人気者だな」


「申し訳ありません、浩然がまだ未熟な故……」


「仕方あるまい! まだ孟家に来て日の浅い、修行中の身だ。英雄だって似たようなものだ」


 すると押され気味だったが大威が参加したことで何とか秋華の霊圧を押し返す。しかし、途中で拮抗している様子だった。


「大威さん! 楽際さん!」


 いつの間にか大威たちの背後に来ていた祐人が叫ぶ。


「堂杜君⁉ 下がっていないさい! こちらに来ても君は役には立たない!」


「堂杜、邪魔をするな!」


「いえ、単刀直入に聞きます! その術は霊力を注入するものですか⁉ 私の知っているの術に酷似しています!」


「何⁉」


「どうして君がそれを⁉ いや、そうだ! 圏、天、堅、地の順で印を結び、楽際の目の前にある基幹魔法陣に霊力を注入するんだ」


「分かりました!」


 祐人は霊力は扱えないが訓練に訓練を重ねて堂杜家管轄の封地の結界、封印術の再強化はできるようになっている。

 まさにそれと同じ要領だ。

 祐人が大威と楽際の間に入り参加する。


「これは⁉」


「なんと! 凄まじい霊力量だ!」


 祐人が参加すると秋華を囲う魔法陣の大きさが倍増する。


「いけるぞ、楽際!」


「はい、浩然、押さえ込んだら秋華様に近寄る幻魔のリンクを切れ!」


「分かりました!」


 一気に幻魔の霊圧が収まっていく。

 ただ傍観を決め込んでいる俊豪も「ほう……」と感心した表情を見せた。

 そして、事態は収束した、




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