第337話 堂杜祐人と襲撃者⑯
秋華の異変に孟家の浩然(こうぜん)が顔を青ざめさせて立ち上がり、楽際(らくさい)が神妙な顔で頷く。
慌てて浩然が秋華の様子を確認しに動いた。
この瞬間、敵が迫る。
どれも弾丸のようなスピードで琴音は祐人の指示通りに反応できず、うずくまる秋華を抱きしめた。
祐人は秋華が真の狙いと分かっている。つまり自分たちを足止めに来た奴らよりも三人目が重要。三人目はわざと半瞬、遅れて右の壁を蹴り明らかに祐人の背後へ向かっている。
(狙いが秋華さんと分かっている以上、お前らの作戦に付き合うか!)
テーブルの上に陣取る祐人は敵と激突前につま先で足元を蹴る。
すると綺麗に並べられていたナイフやフォークが祐人の周囲に跳ねた。
「ハァッ!」
祐人はその場で舞うかのように飛び込んできた敵に強烈な後ろ右回し蹴りを繰り出す。
だが敵は反応していた。右腕で防御し加えてその右腕を左手で補助する。
先ほどの激突で祐人の打撃力を理解した対処だった。
足場が悪いとはいえ堂杜祐人の回し蹴りに反応したということは実戦慣れしたハイレベルな能力者といっていいだろう。
事実、この男たちは裏では名の通った暗殺者であり三人とも『蛇』のコードネームで知られていた。
祐人を担当した蛇はそのリーダー格であり、特にこの男のみを『蛇』と呼ぶこともある。
蛇は祐人の右足を受けたと同時に次の一手を考えていた。祐人の打撃力は常人では即死レベルのものだ。しかし、自分は耐えうることができると知っていた。
いや、むしろこの時を待っていたと言っていい。
己の術の対打撃に対して絶対の自信。
事実、先ほど祐人に吹き飛ばされた時のダメージはほぼない。
自分の能力は〝軟体〟。
この男には骨格というものがない。
いや、正確にはあるのだが通常状態で骨が粉々に砕けている。
それを常時、霊力を駆使して、砕けている骨を繋ぎ合わせ骨格を形成している。
つまりこの男の身体は曲がらぬ方向などない。また、その特性からこと打撃に対しては飛びぬけた防御力を誇る。打撃のエネルギーは体の中で薄まりほぼ吸収してしまう。
しかし、それを明かすときは敵の意表を突くときのみだ。
日々、一般人と変わらずに背筋を伸ばし、人間らしく関節を動かしているが、それこそが擬態。
この男にとって戦闘の一手目で常人と同じ関節可動域を見せていることがまさに布石。その常識を確認させた後、この二手目が必殺の瞬間なのだ。
(我々が足止めなどと考えているのならそう考えればいい)
今も蹴りを受け止めるふりをしているだけ。
実際はそのまま腕と首に巻き付き、頸動脈に暗器を突き刺す。
(すでに我らが術中にはまっているのだぞ、小僧! 俺は暗殺者。相手を生かしておくなど考えたこともない!)
祐人の蹴りが腕に接触する直前、祐人の右脚の軌道が僅かに変わる。繰り出した右脚の膝を折って足の裏を見せた。
(なに⁉)
次の瞬間、蛇の右腕、左手に灼ける様な痛みが走る。
「グウゥ!」
蛇は目を見開く。
なんと先ほど祐人が浮かせたナイフとフォークが足の裏に乗っており、それが自分の右腕を貫き、さらには左手にまで及んでいた。自分は打撃には強いが斬撃にはその限りではない。
(あの瞬間にこれを狙っていたのか⁉ まさか、俺の術まで見切って……)
「どけ! 蛸男!」
祐人はそのまま足を振りぬき、蛇は貫かれたナイフとフォークに導かれるように飛ばされ右腕、左手を壁に縫い付けられた。
「ぬあ!」
不本意にも蛸男と言われた蛇は壁に縫い付けられたまま祐人を睨みつけると驚愕する。
何故なら他の二人もそれぞれの壁に縫い付けられているのだ。この少年は自分への回し蹴りと同時に他の蛇たちへもナイフとフォークを放っていた。
(な、なんて奴! 情報より……いや、話が違う! しかも我々の術を見切っていた⁉)
この時、王俊豪は空中から落ちてきた一本のフォークを掴み、何事も無かったように肉料理へ刺した。
「騒がしい……まるで曲芸師だな」
そう言うと肉を口に運んだ。
隣に座る亮は驚きを隠せない表情だ。
「す、すごい……技術だけじゃない。空間把握能力がずば抜けているんだ。これでもしパワーがあるなら……」
そう言うとチラッと俊豪に視線を送る。
SPIRITのイーサンは微動だにせず、自然体でワインを飲みほした。
「あなたたち、よくこの状況で食べたり飲んだりしてられるわね」
ナタリーが俊豪とイーサンの図太さに呆れたような声を上げると、目の前に座る亮と目が合い、両人とも深いため息を漏らした。どうやらこの瞬間、お互いに共感できる何かがあったらしい。
「ふふ、ありがとう、堂杜君。ふむ、この方たちはどうやら『蛇』ね」
「蛇?」
「東アジアを中心に活動している、フリーの能力者よ。まあ、傭兵といったらいいかしら」
雨花は祐人の活躍に微笑みつつ襲撃者たちを見回す。
すると秋華に駆け寄って秋華の様子を見た浩然が大きな声を上げる。
「楽際様! 秋華様が!」
「まずい……出てきそうになっている! はやく、地下の幻魔場(げんまじょう)へ運ぶのだ」
「はい!」
襲撃者よりも深刻と言わんがばかりに黄家、孟家の人間たちの顔色が変わり、王俊豪は眉を顰めた。
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