第310話 黄家②


 祐人は車の中で琴音と秋華に挟まれた状態で三十分ほど経つ。

 その後ろの車からニイナは三人の頭がどう考えても近いことに気づいており、表情は澄ましたものだが時折、歯を食いしばるような仕草をする。


(秋華さんと一緒に来たもう一人の子、四天寺家の大祭で見ました。ということはあの子も能力者ですね。何のために来たのか……ふむ、大体、分かってきました)


「アローカウネ」


「はい、ニイナお嬢様」


「ごめんなさいね、変なことに巻き込んで……。しかも変な芝居までさせて」


「いえいえ、私はニイナお嬢様のいるところが私のいるところと決めています。私としましても四天寺様やその他の乙女同士のお出かけならば目を瞑りますが、あの堂杜なるケダモノ……少年についていくと聞いてはジッとなどしてはいられません」


「うん? ケダモノ?」


「いえ、けったいな……少年と海外にまで行くと聞いて驚きましたので。私は彼をニイナ様から名前だけしか聞いていませんでしたから」


「ああ、ごめんなさい。彼は同じ学校の人で、ちょっと縁があって友人になったのよ」


 祐人の説明をしていてニイナは微妙な違和感を覚える。というのも祐人とはミレマーで会っているはずなのだ。学校で初めて会ったわけではない……そのことを自分は覚えていないのだが。


「友人……ああ、ニイナお嬢様はお優しいです。ちょっとすれ違った人型の生き物を友人と表現するとは」


「は?」


「はい?」


「はあ~、何でもないわ。でもアローカウネ、あなたはミレマーで堂杜さんと会っているはずよ。覚えていないのですか?」


「私が彼とですか? いえ……記憶にないですね。それは彼が言っていたのですか?」


 アローカウネの記憶にない、という言葉を聞くとニイナは眉根を僅かに寄せる。


「そうです、彼は瑞穂さんとマリオンさんとお父様の護衛に来ていたのです。これは瑞穂さんたちも言っていましたから間違いありません」


「なんと……能力者とは聞いていましたが旦那様の。ですが、やはり会った記憶にないです」


自分は祐人とはミレマーで会ったことがある。

そしてアローカウネも会ったことがある。

マットウもテインタンも皆、祐人と会ったことがある。

それなのに……、


(誰も祐人を覚えていない……)


「たしかに旦那様の護衛に来られた、ということであれば私と顔を合わせていてもおかしくはないですが……うん?」


「どうしました? 思い出しましたか?」


「あ……いえ」


 一瞬、顎に添えた手を離すとアローカウネはハッとしたように首を振った。

その様子を見てニイナは何故か胸が締め付けられるような気持ちになる。

今、アローカウネはきっと自分と同じことを感じている、と思うのだ。


「ニイナ様、ひとつお聞かせください。何故、あの少年についてきたのでしょうか? いつもニイナ様には困らされますが、今回は正直、苦労しました。旦那様にも嘘にはならないようにうまく説明するのは大変でした」


「う……こ、今回は友人として見過ごせなかったのです。堂杜さんのことは瑞穂さん、マリオンさんからもお願いされていましたから。二人はミレマーの恩人でもありますし」


「ふむ、そうでしたか。あのお二方は私の見るかぎり将来有望な才女とお見受けしましたが……残念です。ですがまあ、ニイナお嬢様が惑わされていないのであれば問題ないです」


「は?」


「異性の趣味は人それぞれ。もしニイナお嬢様がご乱心していればどうしようかと考えておりました。その時はこのアローカウネ、たとえ相手が能力者としても相打ちの覚悟で……」


「オッフォン! あ、あとで茉莉さんにも連絡入れておかなくちゃ、メールでしか伝えてないから」


これ以上、話しているとアローカウネがヒートアップすると感じ取ったニイナは聞かなかったように流しつつスマートフォンを取り出した。


「ニイナ様、確認ですが、これから向かう黄家とは能力者の家系でよろしいのですよね」


「そうよ、それがどうしたの?」


「それがどうしたの? ではありません。ニイナ様、本来、能力者とはこんな簡単に繋がりができる人間たちではないのです。いうなれば表の人間たちではないのです」


「……む」


 アローカウネの言うところは本当である。ニイナも祐人や瑞穂たちと出会って繋がったことで、この普通ではないことを忘れかけていたのかもしれない。


「お父上も能力者の暗殺者に狙われた時、数々の伝手を使い、やっとの思いで能力者機関に渡りをつけてもらって四天寺様たちを派遣してもらったのです。というのも知れば知るほど能力者という人間たちは危険極まりない人種なのです」


「でも堂杜さんや瑞穂さんたちは……!」


「分かっております。すべての能力者が危険な人間たちと思っておりません。特に機関に所属している能力者たちはまだ良いと思います。さらに言えば将来、この繋がりは非常に有益である可能性もあります。ミレマーにとっても、ニイナ様個人にとっても、です。ですから今回のニイナ様のわがままも最大限、聞き入れようとしたのです」


「アローカウネ……」


 ニイナはアローカウネのそういった打算的な考えを聞いて驚くが、そういう切り口で物を考えるのが国家中枢近くに所属する大人なのであろう、と思う。

 ニイナが一瞬、少女らしからぬ政治家のような顔を見せるとアローカウネは嘆息しながら笑みをこぼした。


「ニイナ様、そんな顔をなさらないでください。これをお伝えしましたのはあくまでニイナ様の長所である冷静さと理論だての上手さを忘れて欲しくなかったからです。というのもその方がご友人たちのお役に立てるとアローカウネは思うのです」


「……え?」


「今、ニイナ様はハイスクールの学生でしかありません。ですからニイナ様は今回、ご友人のために動いただけの、ただの高校生です。だから好きに、自由に、そして正しいと思うことをやりましょう。お父上もそういう経験をして欲しいと思ったからニイナ様にハイスクールを提案していたのですから」


 ニイナはハッとしたようにアローカウネの皺の深い笑顔を見つめる。


「知り合いが能力者だとか関係ありません。ニイナ様のご友人のためというのならアローカウネも最大限の協力をいたします。ニイナ様は思ったように友達を大切にしてください」


 ニイナの脳裏に幼き頃に失った母ソーナインやマットウ、そしてグアランの顔が浮かぶ。

 自分の親たちであり、それぞれは親友だった。互いに互いを大切にしていた友人だった。

 ニイナは心が温まっていくのを感じるとアローカウネに大きく頷いた。


「アローカウネ、私は友人のために私のできることをしたいわ。まず、頼りない堂杜さんが詐欺まがいのハニートラップにかからないように見張ります」


「承知いたしました。それではアローカウネもあのケダモノ……堂杜様がニイナ様の好意を勘違いしないように見張って参ります」



 この言葉にニイナが盛大にこけた。



 しばらくすると祐人たちが乗る車は黄家の屋敷に到着した。



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感想はすべて読んでおります。力になっています。


あと今、連載中の「紋章の支配者」もよろしくお願いいたします!

ノーストレスでクスっと笑える物語をコンセプトに書きました。

評価、ご感想も受け付けておりますよー。

この作品、カクヨムコンに参加しているのですが、私のカクヨムでの知名度は低いわ、宣伝もどうしたらいいのか分からないわで、ここでお知らせしました笑

目標が「読者選考を通過」なのですが、自信がまったくないっす。

何卒……覗いてください(五体投地)


短編では「四大英雄の無名の弟子」というのも出してます。


もちろん「魔界帰り」の更新も頑張っていきます。

今後ともよろしくお願いいたします!






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