第250話 四天寺襲撃⑥


 四天寺を襲撃してきた仲間の一人が袖のない皮製の衣服から出る筋肉で膨張した腕で大剣を地面に突き刺し、その柄に腕を乗せてあくびをかいた。


「なんだぁ? こっちにはこんな雑魚を送ってきたんか。俺たちも舐められたもんだ」


「海園! あの剣はヤバいです!」


「分かってる! こっちはいいから、お前はそっちに集中してろ!」


 天道司とミラージュ・海園は互いに背を合わせながら、それぞれの前方にいる異様な雰囲気をまとう襲撃者を睨む。

 海園の前には大剣を扱う男、司の前には両脇上空に両腕が翼、下半身が鳥の姿の魔獣ハーピーを2体、使役する頬のこけた男が立っている。


「フフフ、私たちの足止めですか? それとも本気でやり合うためにきたのですか? 何にしても外れくじを引かされましたねぇ。お若いのに可哀想なことです」


 海園と司を取り囲む二人は、まるで戦闘中だとは思えない態度でそれぞれに苦笑いをしている。

 それに対し、真剣そのものの海園と司は相手から目を離さずに小声でやり取りをする。


「……どうします? 海園。こいつらただものじゃないですよ?」


「どうにもこうにも、ボスにやれと言われたんだ。やるしかないだろう」


「はあ~、何でこんなことに。これも海園が大祭に参加するって言わなければ……」


「う、うるさい! どちらにせよ、いつか戦う連中だろうが。ここで戦うか後々に戦うかの違いだろ」



 この数分前。

 剣聖アルフレッドの指示で大祭参加者が泊る屋敷近くに現れた襲撃者に当たれと言われてこの場までやってきた。するとすぐにこの堂々と姿も隠さずに移動をしているこの襲撃者たちを発見する。そして、その向かう方向は間違いなく四天寺の重鎮たちがいる観覧席の方向だった。

 海園と司は発見するや否や、すぐにこの襲撃者に仕掛けた。

 正面からは距離を置いた司が自身の体に巻くベルトから護符を取り出し、全面の空中に投げ相手の動きを鈍くする結界術を展開すると、海園は凄まじい瞬発力で横に跳躍し、この襲撃者二人の側面から複数の手裏剣を放った。

 この二人の息の合った連携は明らかに相手の先手をとった奇襲攻撃になる……はずだった。

 ところが、この奇襲に対し襲撃者たちは慌てた様子すらなく歩き続け、上空に張り付いた護符を突然現れたハーピーによって切りさき、続いて背中に大剣を背負った男がその大剣の柄を握ると小枝のように振り回し、その風圧で海園の放った手裏剣の軌道を逸らしたのだ。

 いとも簡単に攻撃を防がれたことに二人は目を見開くが、すぐにその場を移動し次発の攻撃態勢を整えようとする。しかし、それよりも敵の動きは素早かった。

 大剣を持った男は海園のまさに移動しようとする前方に立ちはだかり、司には2体のハーピーが両足の鋭い爪で襲い掛かる。

 この敵の動きに連携を諦めた二人は、個々に戦闘に突入し、海園は大剣の男と司は2体のハーピーと激しくぶつかり合った。

 そして今、二人は襲撃者にとり囲まれる状況に追い込まれたといい。


 司はハーピーを従える頬のこけた男を凝視する。


(どうやら、この男は魔力系契約者のようですね。あのハーピーは召喚ではなく従えているということですか。道理で戦闘における判断が柔軟なわけです。しかもこの男もその位置取りに無駄がなく、中々したたかです。海園の方も苦戦しているようですし……)


「海園、一対一は分が悪いです。何とか2対1に持って行かないと。あなたの幻影でそのチャンスを作ってください」


「そうはいってもな。俺も今はあいつで精一杯だ。司の言う通り、あいつのあの剣は相当にヤバい。どんなものか分からないうちは、かすり傷でも命取りになる可能性がある」


「では、まとまって動きましょう。うまく乱戦になるように誘い、一瞬でも2対1の状況になったら私が仕掛けます。そうしたらお願いしますね」


「……分かった」


 二人の小声のやりとりを見ていた大剣の男はニヤリと笑う。


「おい、二人とも相談は終わったか? んじゃま、やるか。俺もまだこの剣に慣れてないからなぁ、一瞬で勝負がついたらすまんな。お前らの作戦も無駄になっちまう。お、そうだ、名乗るのを忘れてたな。俺はドベルクだ、そっちの不健康そうなのがマリノス、まあ、お前らが死ぬまでの短い間だが覚えておいてくれ。お前らも誰が自分を殺したのかくらいは知って死にたいだろう?」


 陽気でざっくばらんに不穏なことをいうドベルクは不敵な笑みを見せながら大剣を引き抜くと、その切っ先を海園たちに向けた。それに対し海園も2本の短刀を両手に持ち構える。


「ふん、調子良さそうだな、おっさん。俺らは名乗らないがな。悪党に教える名は持ち合わせていないんでな!」


「おっさん!? このガキんちょめ! ちょっくら、お仕置きだな!」


 これを合図にドベルクが猛然と襲いかかってくる。これと同時に司の前にいるマリノスが従えるハーピーも上空に急上昇するとドベルクに合わせるように頭上から海園と司に迫ってくる。


「私たちは百歳を超えてるんですから、おっさん、でもいいでしょうに」


とマリノスは嘆息し、


「もう! 海園は何で相手を挑発することしかしないんですか!」


 と司が大きな呆れ声を上げた。

 海園と司はドベルクの突進に対し、二人で横方向へ走り出す。それはマリノスに挟まれている状況を回避するためだ。

 頭上から迫るハーピーに対し、司振り返りざまに護符を四枚放つ。その護符は空中に貼りついたように制止し、その四枚の護符を点に長方形の霊力の網が出現する。するとハーピーはその網に絡み取られてその動きを制限されてしまう。


「ほう……」


 マリノスがその司の機転に感心する。

 だがこの間にも側面に外されたドベルクは大剣を肩の上に掲げつつ、鋭いステップで海園たちに肉迫してきた。

 これに対し海園は体を翻し、後ろ走りで体をドベルクに向ける。その走りは後ろ走りにかかわらず通常の疾走と何ら変わりのないスピードだ。

 ドベルクが大剣を振り下ろす。それに対し海園は受け止めようと短刀をクロスさせた。


「はん! それは悪手だな、ガキんちょ!」


 ドベルクはかまわずに大剣に力と体重を乗せる。そのような短刀で受け止められるような代物ではないのだ、この剣は。

 ドベルクの剣が短刀ごと、海園の頭から腰に掛けて一刀両断に切り裂く。


「何!?」


 だが……ドベルクは目を広げた。何故なら、あまりに切り裂いた実感がなさすぎる。すぐにドベルクは自分の切ったものが幻影であることを理解した。

 すると、いつの間にか海園と司はその場から消え、ドベルクから見て前方左側に位置取りをしてこちらに体を向けている。

 ドベルクはこの二人が明らかに何かを仕掛けようとしていることに気づくと同時に、二人と自分たちのいる位置も把握した。

 それは海園と司から見て自分、ハーピー、マリノスが一直線上に並んでいのだ。


(俺たちをまとめて攻撃する気か! とすると大技か!?)


 咄嗟にドベルクは大剣の平を向けて、全身を守ろうと防御態勢に入る。

 攻撃が来る。ドベルクは豪胆な男だが、相手を舐めるような男ではない。全身の霊力を体前面に集中させてさらに己の防御力を上げた。

 ところが、この時、この瞬間に……ドベルクは完全に敵に一杯食わされたことを悟った。

 攻撃は来た。だが、その攻撃は前方左側から出はなかったのだ。

 今、ドベルクの右側面から飛来してきた護符5枚が頭上に等間隔で浮遊し、その下方にいるドベルクの体の自由を奪う。


「むう! あれも幻影だったのか!」


 ドベルクにはいつから、どこからが幻影で現実なのか分からなかった。ドベルクはこの戦闘で初めてゾクッと鳥肌が立つ。

 そして、同じく右側から海園が飛び込んできた。海園はドベルクに張り付くように右肩に両足を着地させると、両手の短刀をドベルクの首元に突き刺そうと振り下ろす。

 だが、そのまさにドベルクの体に短刀が入る瞬間、海園は自身の三半規管に異常をきたす。周囲がグワングワンと回るように、海園は上下左右を見失った。


「ハーピーの超音波ですか! ハア!」


 事態を見極めた司がさらに護符を放ち、海園をその超音波から守護する。

 しかし、このわずかな時間にドベルクは体勢を整えてしまった。ドベルクの大剣を握る拳に力が入る。海園はすぐに跳び退き司の横に着地した。


「チッ……あと少しだったんだが」


 ドベルクは血が流れる自分の首先に手を当てて、海園と司に鋭い視線を向ける。その視線を受けると、海園も司も背筋に冷たいものが走り、顔を強張らせる。それだけの気迫がドベルクにあった。

 だが、ドベルクは次第に肩を揺らし始め、ついには大笑いをし始めた。


「ハッハッハー! おめーら、すげーな! いや、本気で言ってんだ! この俺がまんまと乗せられてしまった!」


 そこにマリノスが呆れたように近づいて来る。


「何を笑っているのですか。あなたのせいで私の可愛いハーピーが消えてしまったではないですか。どうしてくれるんですか?」


 どうやらハーピーの超音波攻撃はハーピーに多大な負担をかけるようであり、一度放ったところでハーピーは消滅してしまっていた。


「いや、すまん、マリノス。でも、お前の契約人外たちはまだいっぱいいるだろう?」


「そういう問題ではないです」


 そのやりとりを眺める海園と司の表情は硬い。


「海園、ひとつ思い出しました」


「何をだ、司」


「この二人のことですよ。この二人はかつてこの世界に名を馳せた能力者たちです。先ほどから引っかかっていたのですが、今、確信に変わりました」


「かつて……? そんなに有名な奴らなのか」


「はい。この人たちは100年ほど前に活躍した猛者たちです。【鍛冶師】ドベルク、【万の契約者】マリノス……私も知識だけですが、間違いないでしょう」


「100年前だと!?」


「海園、少し戦い方を変えましょう。ここで私たちは死ぬわけにはいきません。命を懸けるのはやぶさかではありませんが、それはここではないです。今は四天寺の援軍かボスが来るのを待つのが良いでしょう。それとただ待っていてはジリ貧になる可能性もあります。観覧席の方に戦いながら移動しましょう。あちらに行けば味方が多くいますし、四天寺も動かざるを得ません」


 海園は司の提案に驚き、振り返るが、司の表情は単に死を恐れた人間のものではなく自分の目的を果たすための覚悟が見える。


「……分かった。何も戦い方は一つじゃない。あちらに行けばこいつらも倒しやすいかもしれない。けどな、それも至難の業だぞ? こいつらを相手に移動するのは」


「もちろん、覚悟の上です」


 そう言うと司も真剣な顔で頷いた。

 するとドベルクが上機嫌な様子で声を上げてきた。


「おい、さっきのお前の戦いぶりに免じて、俺をおっさんと言ったのは許してやる。それとな、ここで見逃してやってもいいぞ? 今回は別にお前らが目的でもないからな。俺たちは四天寺家に連なる連中を皆殺しにするだけだ」


「……!?」


 思わぬドベルクの提案に海園も司も驚く。


「ドベルク……またそういうことを」


「ただし条件がある。もっと強くなってこい。ここで殺すにはもったいない奴だ、お前らは」


「何を! 馬鹿にしてんのか? 随分と上から目線だな!」


 海園が気色ばむ。


「おいおい、お前らにとってこれは好条件だと思うがなぁ。分かるだろう? お前らぐらいになれば!」


「!」


 途端に辺りが振動する。自然現象などではない。ドベルクの発する霊力がそうさせるのだ。

 海園も司も顔色を変えた、いや、変わらざるをえない。それだけの厚み、重量感がドベルクの霊力にはあった。

「俺もこんな〔ダーインスレイブ〕のレプリカに頼った戦いでお前らを殺りたくないしな」

 ドベルクが見せた戦の猛者の表情。それはボスである剣聖にも感じたものだ。

 しばしの静寂。

 だが、この静寂は破られた。

 それはここにいない第三者の声によって。


「おーおー、何じゃ? 派手な霊力じゃのう」


「!」


「!?」


「ちょっと、変態仮面! 何で敵に話しかけるのよ! ここは避けてすぐに安全なところへ連れていくのが普通でしょ!」


 秋華が血相を変えて怒鳴ると、てんちゃんこと纏蔵は肩に英雄を担ぎつつ頭をかく。


「おお、そうか! いや、これが最短の道だったのでのう。ついうっかり」


「秋華さん……やっぱりこの人は信用しない方が。覗き魔ですよ?」


 琴音はてんちゃんが生理的に合わないらしく、引き気味だ。


「じゃあ、そういうことでお主らはここで戦っておるがよいぞ。では行こうかのう」


 何事もなかったようにその場を通りすぎようとする秋華一行。

 すると、ドベルクはハッとしたように声を荒げた。


「おい、待て。お前らは何だ? いや、お前だ! そこのふざけた仮面をかぶってる奴。そう簡単に行かせると思ってんのか」


 秋華は大きく息を吐く。


「そりゃ、そうよねぇ」


「うん? 儂はてんちゃん、二十歳じゃ。なんか用か? 小僧」


「今度はこの俺が小僧呼ばわりか……。まったく、今日はなんて日だ。しかも、ジジイだろうがお前。まあいい、この俺に気づかせずにここまで近づいたんだ。ちょっと遊んでいけ!」


 ドベルクの超重量の霊力が弾け、周囲に爆音が鳴ったような錯覚を誰もが覚える。


「爺さん! どこの誰かは知らないが、俺には分かるぞ! あんたとは久しぶりに楽しめそうだ!」


 ドベルクは嬉々とした表情で纏蔵に迫り、神剣ダーインスレイブのレプリカを上段から振り下ろした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る