第239話 トーナメント戦2戦目 大きな意味


トーナメント初戦の次の日。

まもなく、トーナメント2戦目の開始の合図が出されるようだった。


「いやー、ワクワクするねぇ! 昨日も大興奮だったからなぁ」


「静香さん……純粋に楽しんでますよね、この大祭を」


「そうですね……」


 ニイナとマリオンは静香の鼻息の荒さに苦笑いをした。ニイナは大型モニターに映し出されている対戦表を見ながら、それぞれの参加者の特徴を確認する。


トーナメント2戦目


第1試合会場

 三千院水重 VS ダグラス・ガンズ

第2試合会場

 ジュリアン・ナイト VS 虎狼

第3試合会場

 ヴィクトル・バクラチオン VS 天道司

第4試合会場

 てんちゃん VS 堂杜祐人


“それでは! トーナメント第2戦スタートです!”


 四天寺の司会者が大きな声でトーナメント第2戦の始まりを宣言すると、観覧席から大きな歓声が上がった。

 祐人応援組もそれぞれにモニターに集中する。その中、ニイナは真剣な表情で思案するように顎に手を当てた。


「マリオンさん」


「何ですか? ニイナさん」


「朱音さんの言ってたことなんですけど……実はちょっとは真実味があるんじゃないかなって私は思ってるんです」


「え!? それは、四天寺家に敵意のある参加者が隠れているってことですか?」


「はい。たしかに、朱音さんが堂杜さんをとても気に入っているのは本当でしょうけど、それで、いくら何でもこんな入家の大祭を開くでしょうか? 分家の方々に認めさせる必要があるという四天寺家の特殊事情は分かりますし、堂杜さんをなし崩し的に婿に迎えてしまえ、という作戦も理解できるんですが……それでも、あの時に朱音さんが言っていた四天寺家に良からぬことを考える人間がいるかもしれない、というのは、大いにあり得る話だと思うんです。それが、名家と呼ばれる家だったり、何らかの権力を持つ家には……」


「……」


「私も四天寺家ほどではないかもしれませんが、それに近いものを見てきました。それにマリオンさん、覚えていますか? テインタンのこと」


「たしかに……」


 マリオンは思案するような表情になった。というのも、ニイナがそのように言うことに説得力があったからだ。

 ニイナの実家も、父はミレマーという国において、元は軍閥の盟主という立場から現在は一国の首相に就いている。

 そのため、ニイナの家には数々の多種多様な人間が父親であるマットウに面会にやって来た。

 その中には、明らかに自己の利益を得るためだけに近づいてきたという人間たちも多数含まれていたのだ。

 さらに、ニイナの言ったテインタンのことである。それはマリオンももちろん覚えている。

 ミレマーが軍事政権とマットウ派の軍閥とで二分されていた時、マットウの最も信頼していた右腕でもある副官のことである。

 そして、そのテインタンは軍事政権が雇ったマットウ暗殺を請け負う能力者に操れていたのだ。マットウ護衛の依頼を受けていた瑞穂やマリオンはそれに気づき、テインタンの精神的拘束を解いた経緯があった。


「朱音さんが堂杜さんを狙っているのは間違いないと思いますし、事実、この大祭で何とかしようとしているのは確実だと思うのですが、だからといって、あの作り話のようなことが起こらないということではないと思います。もちろん、絶対ということではないですし、四天寺家も警戒しているはずですけど」


「じゃあ……朱音さんが祐人さんに大祭に参加してもらうように依頼をかけてきたのは、あの時の説明通り、本当にそれを警戒してのもの……ということ?」


「分からないです。……私も経験上、そう考えてしまうだけかもしれません」


 この時、マリオンは朱音の持っているもう一つの顔のことを思い出す。


「……そういえば、朱音さんは『精霊の巫女』と……」


「精霊の巫女? それはどういう立場なんですか?」


「いえ、精霊の巫女というのは立場を表したものではないです。私も詳しくは知らないのですが、精霊使いの中に稀に生まれてくる、精霊との感応、交信が特に秀でた女性のことを指す言葉のようです。精霊に認められ、愛され、精霊を通じてこの世界を見ることができる……そういった精霊使いを指すと聞いたことがあります」


「精霊を通じてこの世界を……」


「はい、そのため、精霊の巫女は意識、無意識にかかわらず、その行動に大きな意味を持つことが多いと……」


「大きな意味……ですか」


 ニイナは何かが引っかかるような表情を見せる。

 ニイナはマリオンの話を聞くと、これまでの自分が知る限りの状況を整理し始める。ニイナは本来の気質として、こういった捉えどころのない話は好きではない。

 大きな意味、などというなんとでも解釈できる話は状況判断に邪魔とまで考える思考の癖があると言ってもいいところがある。

 状況判断とは起きた事象、そしてそれぞれの人物や組織の向かおうとするベクトル、これらを精査して状況を見極めるのが必要だと思うからだ。

 そしてリスクとは、その状況の中で起き得る可能性を見定めたときに出てくる。

 今、ニイナの持つ能力者たちの情報はまだ少ない。そのため、まだまだ何かを断じるということはできない。

 ただ、それとは別に朱音の言っていることは起き得ることだと考える。それは能力者云々の話ではなく、人間ならばその思考は同じだからだ。

 だが、ニイナが引っかかったのはそこではない。

 ニイナは、瑞穂やマリオン、そして、祐人たちのような常識では測れない能力者たちと出会い、関わったことで、その捉えどころのない理屈、理論を軽視できないものとして認識し始めてきているのだ。

 そのために引っかかった。


(大きな意味……ですか。では、朱音さんが堂杜さんを気に入ったのも、堂杜さんを招くためにこの入家の大祭を催したことも、今後に大きな影響する何かがあるということになってしまう……。ダメね、やっぱり捉えどころがなくなってきてしまう。でも……)


 ニイナは思う。

 スルトの剣や伯爵という怪しげで、謎の能力者たちがいた。聞けば、放っておけば世界に対しても大きな災厄を招きかねなかった連中だという。

 それらに偶然か、祐人や瑞穂、マリオンは関わり、最後は撃退しているのだ。

 スルトの剣……この件については祐人がどのように立ち回ったかはまだ分からないところがニイナにはある。だが、大きな役割を果たしたに違いないと、何故か思う。

 それはいつかクリアにしたい。いや、絶対に知ろうと思う。

 それはさておき、そのように考えれば、必然的に祐人という人間は誰からも注目に値する能力者であるはずなのだ。実績も実力も含め。

 その意味で今の祐人の無名さ、評価の低さは異常だとニイナは考える。

 それは、何かがおかしい。何かが祐人を無名たらしめている。周囲の人間たちの策動か、もしくは祐人には何かあるのか、もしくはその両方か。


(でも……堂杜さんは数度、この世界の裏で起きた大きな出来事の中心にいたの。これは本当に偶然? それともそれが堂杜さんの星周り?)


 そして……その祐人が、今、朱音の要請によってこの入家の大祭に参加させられている。

 “大きな意味”というものをもたらす精霊の巫女によって。


「ニイナさん?」


 マリオンが黙り続けているニイナを覗き込む。


「マリオンさん……考えすぎかもしれないけど、この大祭はやっぱり注意が必要かもしれないです。堂杜さんから目を離さないようにしましょう。ちょっと、私らしくないですが……何かあるなら、きっと堂杜さんがその中心に引っ張られる……そんな気がするんです。あ、もちろん、瑞穂さんのことも忘れてないですが」


「……え? 祐人さんが、ですか? ……!? これは!」


 このマリオンの返事と同時に凄まじい轟音が発生した。


「何ですか!? まさか……何か始まってしまって」


 轟音のみならず、地響きまでが観覧席にまで届き、ニイナもマリオンも顔色を変える。

 見れば観客のみならず、四天寺家の司会者までも固まってしまっているのが分かった。

 全員が度肝を抜かれたように、異常に画面が揺れている一つの大型モニターを凝視している。

 その皆の視線の方向で原因となる試合会場が分かった。

 すると……静香がすっと立ち上がり、ポツリと呟く。


「堂杜君……すげえ」


 まるでそれを合図にしたように会場全体が大歓声に包まれる。


「おおおお!! 何だ!? あいつは!?」

「おい、あいつを調べろ! 何者だ! 普通じゃないぞ! あと、その相手もだ!」

「初戦からすごい奴とは思っていたが……!?」

「はあーん!? あれでランクDィィ? 嘘だろ!?」


 マリオンとニイナが祐人の第4試合会場を映すモニターに集中すると、モニター内に映る土ぼこりが静まりだし、その状況が段々と見えてくる。

 そこには……大きなクレーターのような大穴の中心に立っている……祐人がいた。


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