第231話 トーナメント戦11
英雄の眼前に姿を現したてんちゃん。
背は高くもなく、体も華奢で、トーナメントに勝ち上がってきた他の能力者のような精強さは感じない。また、メキシコのプロレスラーが愛用しそうなマスクをしており、そのマスクもセンスを疑うもので、見ようによっては垂れ目のライオンのような印象を受ける。
「何だ、このふざけた野郎は……」
これが思わず漏らした英雄の正直な感想であり、大多数の意見と言えよう。
しかし、英雄も馬鹿ではない。
この相手がとんだくせ者であることは分かっている。何故なら、つい先ほどまで自分に一切、気づかせもせず、ずっと影に扮して身を隠していたのだ。
尋常ではない。
だが……英雄は怯んでなどいない。いや、それどころかこの相手を視認して、より大きな怒りが湧き出てくる。
「おい、てめえか……俺の可愛い妹のシャワーを覗いたってのは!」
「!? ななな、なんのことじゃ……だ!? 言っていることが、さっぱり分からんぞ。そんな根も葉もない言いがかりはやめてくれないかのう?」
明らかに狼狽えながら反論するてんちゃん。
「この糞野郎……あからさまに狼狽えてんだろうが!」
「な、何のことだか。証拠もないじゃろ……だろうに。ひどい濡れ衣だぞぉ。わし……私はお前の妹など見たことも会ったこともないぞ」
「俺の妹がしっかりとてめえのそのいやらしい目を確認してんだよ! てめえがいくら白を切ろうと無駄だ! その後、お前がラウンジに逃げ込んでんのも分かってんだ!」
「……ほほう? あの娘がの? 中々、よい目をしておるな、この儂の姿を捉えるとは。いや、そうか、どうやらその今のお前さんと同じ能力の持ち主か……。ふむ……そう考えると、その能力はお前さんよりも……。ふんふん、それは、それは」
「何をグダグダ言ってやがる!」
「いや、そのお前さんの妹に忠告をしておいてくれ」
「あん!? 何を言って……」
「今、お前さんが使っている能力をあまり使ってはならんとな。あの娘には危険すぎる」
「……!?」
英雄は顔色を変えた。
まるで、黄家の人間のみが知ることを言い当てられたように。
「てめえ、一体、何を……」
「良いか? 必ず伝えておけよ。あの娘はすでに無意識にその能力を使っておるぞ?」
「ぬうう! 黙れぇ!」
英雄が霊短剣を放つ、が、軽く躱すてんちゃん。
「おっと……危ないのう。せっかく忠告してやってるのに」
「……おい、覚悟はいいな」
「おいおい……まったく何でそうなるんじゃ」
「てめえは今、自分で俺の妹のことを覗いていると言ってるだろうが! このホラ吹き変質者がぁぁ!!」
「……あ!」
「馬鹿にしてんのか! てめえ、ぶっ殺してやる! ジジイのようなしゃべり方しやがって!」
英雄は猫のように低い体勢をとり、今にも襲い掛からんとしなやかで強靭な脚に力を籠める。ケットシーの持つ特徴が英雄に力を貸しているのだ。
しかし、そこで今の相棒であるケットシーから声がかかる。
“おい、待てニャ! 黄家の坊や”
「こんな時に何だ!? ケットシー!」
“本気でこいつとやる気かニャ?”
「当り前だ! 何を言って……」
“やめとけニャ。こいつとやり合うのは馬鹿げてるニャ”
「……なに!? それはどういう意味だ」
“とても勝てる相手じゃニャいと言ってるんだニャ。逃げるための猫だましなら分かるが、戦うのにこれほど馬鹿げた相手はニャいな”
「えーい、うるさい! 愛妹のシャワーを覗いた奴を前にして、しかも瑞穂さんをかけた戦いで逃げるなんて出来るかぁ!」
怒りが頂点に達しているのもあるが、この入家の大祭に参加した意味から考えて、英雄にケットシーの言葉を受け入れるという選択肢はない。
“まあ、忠告はしたニャ。あとは知らないからニャ。あ~あ、できれば他の奴に代わってほしいニャ”
「くたばれぇ! この変質者が!」
英雄が動く。
その瞬発力はケットシーから受け渡されたもので、常人の目には速すぎて見えないものだ。またそのスピードを生かすケットシーの愛剣であるレイピアを片手に持ち、一瞬でてんちゃんの間合いに入ると、レイピアを前方正面、てんちゃんの胸に突き出す。
それに対し、てんちゃんは英雄の動きに片眉を上げて目に力を込めたようだった。
この動きだけを以てしても、黄英雄が新人にして機関の定めるランクAを取得したことが分かるものだった。
能力者といっても、目の前の相手を見失うほどのスピードで動ける者など中々いる者ではない。
実際、観覧席では大型モニターを通して見た英雄の能力や動きに、感嘆の声が漏れていた。
この黄家の嫡男を見た者は改めて、黄家の固有伝承能力【憑依される者】に畏怖の念すら覚えた。
入った! と英雄は確信した。
さすがに急所を外したのは、慈悲ではなく、瑞穂の前で血なまぐさいところを見せたくないだけだ。というより、相手を倒した後にそれを決め台詞で使うつもりだっただけ。
だが……英雄の強化された聴覚に耳障りな老人の声が聞こえてくる。
その声は明らかに自分の真横から発せられたものだ。
「ふむ、良い筋をしているの。だがちょっと、直線的すぎるのう。お主、自分のスピードに動体視力が追いついてないのじゃ。だから、安易に直線的な動きに頼る。本来はその力も借りているはずじゃろうに」
「!?」
突き出したレイピアは文字通り空を切り、凄まじい突風を前方に巻き起こす。
その英雄の真横には腕を組み、英雄の動きの欠点を教え諭すように語っているてんちゃんが立っていた。
「良いか? お主はその人外との感応力を全身にバランスよく行き渡らせなければいかん。才能だけに頼っておるから、そうなるのじゃ。まあ、才能豊かな若者がよく陥るところではあるがのう」
「なに!? ハアーー!!」
英雄が全力で小剣を横に薙ぐ。
するとてんちゃんは、ゆっくりとした動作で英雄の握る小剣の柄を手のひらで受け止めた。
英雄は目を剥く。
何故なら、まるで自分自身が、そのてんちゃんの手のひらに剣を預けにいったような感覚を覚えたからだ。
そして、何故か全身が動かないことにも、理解が追いつかない。
英雄は全身からにじみ出る冷たい汗を感じとる。
「馬鹿者……お主は今、戦場だったら死んでおるのだぞ? 儂の声が聞こえた時点で回避行動にも移らぬとはのう。お主、だいぶ修練を怠っていたの? いかんじゃろ、それではせっかくの才能も宝の持ち腐れじゃ」
「な、何なんだ? お前は!?」
「うん? わしはてんちゃんじゃ。今回、嫁を探しに来た二十歳の若者じゃ」
「嘘をつけ! 明らかに歳を偽っているだろう! 二十歳の若者がそんな話し方をするか! しかも、自分で若者アピールもするものか!」
「……ハ!? 私はてんちゃんだ。今回、歳の近い嫁を探しにきたんだぜ?」
「今更、遅いわ! すぐに四天寺家の運営に話をして、そのマスクをとるように言ってやる! いや、その前に俺の『ク・フォリン』で……」
「むむむ、それは困るのでっと一週間ほど眠ってもらおうかの」
「……!?」
ここで英雄はてんちゃんの手刀を後頭部に受けて意識を失った。
「まったく……黄家は何をやっとるのかのう。嫡男だからといって甘やかせすぎじゃ。戦いに負けて次があるわけがなかろうに。それにの、最強の技があるなら、いつでも出せるように準備をしておかなくてはのう」
そう言うとマスクの中から下品な笑い声を漏らす、てんちゃん。
「ぐっふっふ~、あと3回勝てば、幼な妻ゲットじゃのう~。いや~こんなもんで手に入るとはおいしいのう……ぐふふ、ぐふふふふふ。いや~、美麗にはいい情報を流してもらったわい。感謝、感謝、大感謝! おっと、いかんいかん、年甲斐もなく鼻血が……」
てんちゃんは鼻を摘まみながら重力のない地表を歩くように第7試合会場をあとにする。
「じぇいけい妻に“はい、あーん、てんちゃん”が目の前じゃ!」
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