第228話 トーナメント戦⑧


 誰の目にも明らかな水重の圧勝劇に観覧席のみならず、四天寺家の集う席でも沈黙が支配した。それだけ一方的な戦いであり、また水重の表情もなく容赦もない戦い方に妹の琴音以外は畏怖の感情すら覚えたのだ。

 同じく圧勝をした祐人の時には歓声、水重の時には沈黙。それがある意味、この二人の戦い方を表現しているのかもしれない。

 また、同じ精霊使いである四天寺家の人間たちは精霊使いの身が理解する驚きに包まれえていた。


「あらあら、今の……分かりますよね? 瑞穂」


「……分かるわ」


 朱音の問いかけを正確に理解した瑞穂は表情を硬くしている。

 瑞穂は身内以外で初めて、自分と同じステージに立っている精霊使いを見た。

 そして、大峰、神前の当主たちも同様だ。

 その中で最高齢であり、先代の四天寺当主の時代から大峰家の当主として仕え、最も経験

豊富な左馬之助も唸るように言葉を絞り出す。


「なんと、あの者……水と風の精霊を……」


「あの三千院の者は二系統の精霊を同時に行使したか……」


 左馬之助の言葉を遮るように、四天寺家の重鎮たちの背後から威厳のある声が聞こえると、その場にいるすべての人間が身を正し、その言葉を発した人物に頭を下げる。

 それと同時にこの人物が発した「2系統の精霊の同時行使」という言葉に、そこにいる精霊使いたちはあらためて愕然とした。

 通常、精霊使いたちは一度の術の発動で一系統の精霊を扱うことが通常である。熟練された精霊使いでも2系統を操ることは非常に難しい。実際、世界能力者機関日本支部支部長にしてランクSの卓越した精霊使いでもある大峰日紗枝でも2系統の同時行使はできない。

 2系統の精霊の同時行使を可能にしてる精霊使いは、確認されているもので僅か数名。そして、それらすべて各精霊使いの家系の当主クラスの者たちだけだ。

 今、その多系統の精霊を同時行使可能な稀有の精霊使いの一人であるこの人物が口にしたことで三千院水重の精霊使いとしての格を印象付けた。


「あなた、遅いですよ? もうすでに始まっていますのに」


「うむ……」


 四天寺家現当主にして機関のランクSS筆頭格に挙げられる四天寺毅成は軽く頷き、朱音の横の席に向かう。

 その毅成の足が止まり、懐かしい顔を見つけて眉を上げた。


「【剣聖】、久しいな」


「はい、お久しぶりです、【雷光使い】」


「おい……その呼び方はよせ」


「フフフ、はい、毅成様。では私のことも剣聖ではなくアルフレッドでお願いします」


「……フッ」


 嘆息するように毅成は笑みを見せ、朱音の隣に腰をおろした。

 水重の試合結果にどよめいていた観覧席では、毅成の登場に気づき、そのどよめきは増した。

 機関での戦闘系能力者における5人のランクSSの一人であり、必ずその筆頭格として名前の挙がる人物でもある四天寺毅成は、能力者たちにとって、もはや憧れや目標のさらに先にいる存在でもあるのだ。


「で、状況は? 明良」


「はい、現在、試合が終了したのは2試合、勝者は堂杜祐人様と今の三千院水重様になります」


「ふむ……む? 堂杜? それは確か……」


 毅成は眉を寄せる。


「ふふふ、あなた、お話しましたでしょう? 祐人君は一番乗りで勝利したのよ、しかも圧勝で。瑞穂も大喜びよ、ね!」


「ちょっ、やめてよ! お母さん」


「もう……いい加減、照れることないじゃない」


「だから……!」


「…………」


 我が事のように嬉しそうにしている妻と顔を真っ赤に染める娘の姿を見つめると……毅成はピクピクとこめかみを動かし拳を固める。

 その顔には「入家の大祭など! 瑞穂に相応しい相手は自分が測るつもりだったのに!」という声が漏れ出てくるようだった。

 だが、そんな毅成をまったくもって見ていない母娘のやりとりは続く。

 余計に体を震わせる四天寺家当主。

 その当主の様子に顔を青ざめさせる四天寺家重鎮の面々。


「あ、そうだ! あなたも見てくださいな、さっきの祐人君の勇姿を」


「いや……あとでいい」


「明良、見せてあげて」


「はい、承知しました」


「いや……だから、あとで……」


「ほら、始まったわよ! あなた」


「……」


 半強制的に毅成は祐人の試合映像を見せられる……が、すぐにその目が真剣なものに変わっていく。

 そして、最後の決着のところで毅成は一瞬、目を広げ、そして徐々に目を細めた。


(……!? 今の……この足の運びは、あいつに似ている?)


 その変わっていく毅成の様子にクスッと朱音は笑みを見せる。


「明良、今の最後のところ、もう一度……」


「ああーーっと!! 第3試合はすごい接近戦だぁぁ!」


 突然、四天寺家の実況が響き渡ると同時に観覧席からも歓声が上がる。


「あなた、他の試合も見てくださいな。あなたが大祭の主催者なのですから」


「……」


 朱音はそう言うと、大型モニターの方に顔を向け、それに大分遅れて毅成も同じ方向に目を移した。




 第3試合会場では、ジュリアン・ナイトが対戦者であるミラージュ・海園を追いかける図式になって数分が経つ。


「あんた、すごいね!? ようやく、捉えたと思ったのに! 機関にも所属してないよね?あんたみたいな能力者がいるなんて、本当に世の中は広いよ!」


「……ふん、よくしゃべるガキだ」


 ジュリアンは鎖に巻かれ鞘に納められたままの剣を海園の至近から振るうが、海園の姿はまたしても消え、右後方からクナイが飛来しジュリアンは剣の平でそれを弾く。


「そっちか!? まったく、どれが本体なんだか、ここまで掴ませないなんて!」


 ミラージュ・海園は機関に所属していないため、情報が少ない。

 出身不明であり、偽名の可能性は高いが、その名前と東洋人の面影がみられることから、日本人の血が入っていることは想像できたが、それもどうかは分からなかった。

 だが、おのれ自身で幻影ミラージュと名乗り、今のところその能力もそれに準じた戦いをしているところから、自分自身の力に相当な自信があるのか、または無名の自分を売り込みに来ているのかもしれない。


 また、かつて機関発足時にランクSの能力者を2代続けて輩出した名家中の名家だったイングランドのナイト家から来たというジュリアン。

 ナイト家は既に隠居しているかつてのSランカー、ランダル・ナイトの一人息子ブライアン・ナイトが若くして逝去した後、機関とも距離を置き、能力者たちの世界から姿を消したと言われていた。

 ところが、そのナイト家からブライアン・ナイトの息子と名乗るジュリアンがこの入家の大祭に参戦してきた。

 今現在、ナイト家を知る者も減ってきているが、その過去を栄光を知る人間たちには少なからずの驚きを覚えた。特にナイト家に伝わる『トリスタン』の称号を受け継いだランダル・ナイトの戦いぶりを見たことのある左馬之助などは声を上げて驚いた。

 とはいえ、ナイト家は第一線から退いたと言われている家系。

 そして、ミラージュ・海園は無名。

 この機関にも所属もしていない両者がトーナメント戦に勝ち抜くまで、正直、誰も注目などしてはいなかった。

 だが、今……

 この二人の戦いは見る者が見れば分かる。

 互いに才気に溢れ、また、今現在の実力は既に、どの機関の支部に所属してもエースに成り得る雰囲気をまとっていることを。


「これは……堂杜祐人、三千院水重にも驚いたが……」


「はい、左馬之助様。私も過去の入家の大祭は知りませんが、この度のこの大祭にこれほどの才気溢れる者たちが集まろうとは思いませんでした」


 大峰家当主の早雲は大型モニターから目を離さずに左馬之助の言わんとすることに同意する。

 ジュリアンの鞘に納めたままの剣による剣撃は常識では考えられない速度であり、かつ自由奔放。それに対し、そこにあるもの、と、そこに無いもの、を織り交ぜ、戦いを変幻自在に操る海園。


「資料を見れば二人は16歳と20歳の若者だと? 本当か?」


「一応……年齢だけは偽ることを禁じていますので、本当だと思いますが……。見た目もそれくらいに見えますし……」


「むう……特にあのミラージュ・海園という者の戦いの運びは、普通ではないぞ。幻術能力だけではない。戦いの間と場をコントロールしておる! どういう能力者だ!? これで無名とは……信じられん。本当にフリーの能力者なのか?」


 この左馬之助の指摘は正しい。

 海園はまるでその戦いのフィールドを我がもののように、まるで戦いなれたホームグランドで戦っているように、動き、反撃し、時にはジュリアンを誘っている。


「確かに……とんでもないですね。ですが、一見、派手な接近戦ですが、どちらも決定打に欠けている、といいますか、踏み込みが弱いようにも見えます。……剣聖はどう思われますか?」


 早雲は顎に手を当てつつ、同じくこの第三試合を観戦しているSSランクのアルフレッドに顔を向けた。

 アルフレッドはモニターを見つめる目を細めつつ早雲に対し、自分の考えを述べた。


「はい、恐らくですが……これでどちらも本気で戦っていないということでしょう。いや、大した若者たちです」


「ほう……」


「警戒しているんですよ、お互いに。戦ってみて分かったのでしょう、想像よりもはるかに高い相手の実力が。となると、下手に動けば予想外の攻撃を受けるかもしれない。つまり、相手が本気になるタイミングを測っているんです。ジャブは互角……では、次のパンチはいかなるものを持っているのか? それによって、自分の持つパンチの出し方が変わる」


「むう……確かに、その通りだな。わしも参加者の実力を低く見積もりすぎていたようだ」


「ですが……そろそろ動くでしょう。このまま、いつまでも探っているだけでは勝負はつきません。どちらかが、仕掛けるでしょう」




「くう! また偽物!」


 幾度となく繰り返される偽物への攻撃にジュリアンは段々と苛立ちを隠さなくなった。

 ジュリアンは足を止める。


「……頭にきた。もう終わらせる」


 今までどこかにやけた表情で戦っていたジュリアンから浮つきが消え、暗く鋭い視線が本物か偽物かも分からない海園に向けられる。

 すると、ニヤッと海園も不敵な笑みを帰した。

 ジュリアンは鞘に収まり鎖で雁字搦めにされている剣を、海園にゆっくりと向ける。


「やっとか……。どう見てもそれが怪しいと馬鹿でも分かる。それが解放されない限り、こちらも、動きようがないからな」


「後悔するよ?」


「そういうセリフは吐かない方がいい。俺はそう言った連中が恥をかくところを何度も見てきたからな!」


 そう吐き捨てると海園は、どこから出したのか、両手の指に複数の短剣を挟み、重心を低くした構えを見せた。



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