第185話 呪いの劣等能力者⑨
「ぬう……! ロレンツァ、大丈夫か!?」
「はい、問題ありませんが……」
アレッサンドロとロレンツァは瓦礫の山となった部屋の中を見渡し、しかも水滸の暗城そのものが傾いた状況に呆然とした。
これだけ相手が派手に仕掛けて来るとは想定外であると同時に、今の現状から機関の送り込んだ能力者がどれだけの実力を秘めているのかが分かったのだ。
そして……徐々に二人の体は怒りに打ち震えだす。
「やってくれるではないか……。機関はこの国と戦争も辞さんということか。それならこちらもそれなりの対応を取らせてもらう!」
「あなた……見てください。機関の送り込んできた連中ですが……」
ロレンツァが瓦礫の中から水晶を浮かばせて引き寄せ、それをアレッサンドロに見せるとアレッサンドロは驚きの顔になった。
「これは!? オルレアンの小娘ではないか!? な、舐めた真似を……。だが、愚か!」
「どういたします? あなた」
「生贄の小娘が来ているなら闇夜之豹など捨て駒にして構わん! すべて妖魔化させて娘を捕らえるぞ! アバシは何をしている? 状況を説明させ、闇夜之豹たちすべて小娘のところに向かわせる」
アレッサンドロは傾いた部屋の中から、通信機を拾い上げて指揮を任せたアバシに連絡をとる。
だが……中々、応答がない。
アレッサンドロはイライラしてくるが、この状況だ。指令室も混乱しているのだろう。
ここにきて一瞬、冷静になったアレッサンドロの中で一旦、身を隠すか、という考えが浮かぶ。
確かに、今、目の前に自分たちの悲願を達成させることが出来る生贄がわざわざ、ここまで来ている。しかし、ここまで容赦なく大技をぶつけてきた連中は、相当な覚悟をしてきているだろう。 人のことは言えないが、他国に来て国家の極秘施設を破壊までしたのだ。機関の本気度が分かる。
機関はこちらがマリオンを狙ったのは知っているはずで、それでそのマリオンを派遣までしてきたことを考えれば、こちらが考えている以上に戦力を整えてきていることも想像できた。
(ここに出てきている奴ら以外にもいるはずだ。であれば、闇夜之豹を盾にして、今は身を隠し……奴らが去った後に時間をかけて立て直しても良いか。さすがに奴らもいつまでもは、ここにいることは出来ん。作戦としては、スピード勝負のはず)
今まで、アレッサンドロはこの慎重さで乗り切ってきた。
アレッサンドロは決して過信はしない。
錬金術師であり薬師であるアレッサンドロ、占い師にて呪術師のロレンツァ、その能力は非常に高い。
だが、実戦闘能力としては、戦闘特化できる高位の能力者たちに比べれば分が悪い。それを知っているからこそ、張林のような小役人を使い大国中国という後ろ盾を得たのだ。
しかも、時間と手間をかけて徐々にこの国の中に自分たちの手駒になる人材を各所に配置するまで根を張った。
(ここで無理をせずとも、じきにこの国は私のものになる。あの張林の小役人に主席の椅子を用意してやろう……。あの阿保ならば容易くコントロールできる。もし邪魔になれば……他の者に首をすげ替えればいい。我々には時間があるのだからな)
洗脳をする手もあるが、一般人に対してアレッサンドロたちには能力的にそれらは得意ではない。薬で洗脳は可能だが、出来上がるのは操り人形のような、自我が不安定な人間が出来上がる。
それでは逐次、指示を出し続けねばならず、政治家の職務は厳しいのだ。
また、あの認識票は霊力、魔力を持つ能力者に限定したアイテムであり、それらを持たない一般人たちには使えない。
スルトの剣のロキアルムのように一般人の脳に直接、自分の魔力を送りこみ操る方法はアレッサンドロたちには出来ないのだ。
だからこそ、飴と恐怖を実体験させて手駒を増やしてきた。時間は少々かかるが、それで十分にコントロールが可能ということを知っているのだ。
「ロレンツァ、一旦、引くか……?」
「まあ……フフフ、それもよろしいでしょう。長い時をかけて……機関に嫌がらせをするのも楽しいというもの。心休まることのない時間をいつまでも与え続けてあげますわ……」
「ここでアズィ・ダハーク様を顕現させて、アズィ・ダハーク様御自ら小娘を喰ってもらうことも考えたが……時間は数分だ。上手く時間稼ぎをされれば、機関の能力者数人を殺す程度で終わってしまうことも考えられる。先ほど、探りに来た契約人外どもにこちらの意図を知られたのは痛いが、我々には時間がある。それにそれが分かったところで、そう何度も、この国に仕掛けてはこれんだろう」
「はい、アズィ・ダハーク様にそこまでお願いするのは本来、臣下としてあるまじき行為。私たちは、完璧な段取りと状況を作り上げてお招きするのがよろしいでしょう。ただ、手を打っておかなければならないのは……上海の世界能力者機関中国支部です」
「そうだな……あの計画を急がせよう。完成間近の新認識票があれば、効果が不安定になるだろうSランク以上の能力者にも通じる。これを使い中国支部の能力者どもを取り込まねばなるまい。だが……それで新闇夜之豹が立ち上がる。ククク、上手くいけば、王家も黄家も手駒にできるか……」
「はい……それでそれが上手くいけば、機関そのものも」
「フッ……では、すべての闇夜之豹のくびきを解き放て。その命尽きるまで、暴れてもらおう、我々の隠れる僅かな時間を稼いでもらうためにな!」
「はい……では」
ロレンツァが42本のチェーンに繋がれた認識票を取り出す。
そして、ロレンツァの全身からどす黒い魔力があふれ出てきた。
と、その時……それを莞爾として見つめるアレッサンドロの手にある通信機にようやく応答があった。
アレッサンドロはロレンツァを目で制止する。
今更、妖魔化するだろうアバシと連絡をとる必要もなかったが、効率よく身を隠すためにアレッサンドロは外の状況を聞いておくか、とその通信機に耳をあてた。
「アバシか、外の状況はどうなっている?」
「……」
「おい、聞いているのか!?」
「……お前が伯爵か?」
「は……!? 貴様は誰だ!? 誰に向かって口をきいている! アバシはどうした!?」
すぐにアバシではないことに気づき、この水滸の暗城の主である自分に向かって不遜な口調の若い男の声にアレッサンドロは声を荒げる。
「待っていろ……今から、そちらに行く」
「……! 貴様は機関の能力者か!?」
ロレンツァはアレッサンドロのその言葉に目を広げ、すぐに認識票に魔力を注入し始めた。
「……違うな。僕はお前らにとって、機関の能力者というのとはちょっと違う」
「何だと……?」
アレッサンドロはこの機関の能力者であろう若い男の言っている意味が分からない。
「僕は……呪いだよ。お前らにかかった呪いそのものだ」
その声は淡々としていて、会話をしようというものではない。
ただ一方的にアレッサンドロに告げているだけ。
アレッサンドロの体はこの声に薄気味の悪さを感じ取ったのか、勝手にスーと体温が下がるのをアレッサンドロは感じた。
「お前らの決して解けることのない呪いがそちらに行く。だから……待っていろ」
そこで通信が切られた。
「この……!」
「あなた……?」
「どうやら調子に乗った身の程を知らぬ、機関の劣等能力者が指令室まで来ているらしい。ふん、急げ、ロレンツァ。妖魔化した連中をここへ!」
「そ、それが……」
「……どうした?」
アレッサンドロの指示にロレンツァは焦るような表情を見せる。
「どの闇夜之豹も反応しないんです。私の魔力が届いていません」
「……何!? それはどういうことだ!?」
「分かりません……もしや、いえ、そんな馬鹿なことは……」
「どうした、何がある?」
「この認識票の唯一の弱点は霊力、魔力の強すぎる者に効果が薄れることと……仙氣にあてられると術式が狂う、ということです。前に伝えましたが死鳥と戦った小僧は仙道使いです。そして、その小僧はここに来ていました」
「馬鹿な……いくらなんでも、闇夜之豹すべてをこの短時間で倒すわけがなかろう! しかも、その小僧は死鳥との戦いで重傷を負っていると言っていたではないか!」
「はい! ですが、それしか認識票を狂わすことなど!」
「……!」
アレッサンドロは悪寒を感じ、すぐさま自分の横の壁の中にあるスイッチに駆け寄った。まだ生きているか分からないが、緊急の防御システムの起動スイッチである
万が一の場合に備え、自分たちが逃げられるように、この部屋に来るまでの廊下に幾重の分厚い合金製のドアが閉まるようになっているのだ。
アレッサンドロがスイッチを拳で叩くと、部屋の外からその特別製のドアが閉まる重低音が聞こえてくる。
その音にアレッサンドロは、僅かにホッとしたような表情を見せた。
そして、建物自体が斜めに傾いてはいるにも関わらず、倒れもしていなかった重厚な本棚が横にスライドしていく。
スライドが終わると、その本棚のあった場所に隠し階段が現れた。
「ロレンツァ、行くぞ!」
「はい!」
アレッサンドロとロレンツァが現れた階段に飛び入ると、本棚が元の位置に戻る。
斜めに傾いているために、通りづらくなった階段を二人が急ぎ下りだした十数秒後……二人の背後から特別に作らせた分厚い合金のドアが吹き飛んだような、轟音が鳴り響いた。
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