第183話 呪いの劣等能力者⑦
「意外としぶといわね、あの結界。あと少しな気もするんだけど。マリオン、そちらはどう?」
しかめっ面で機関が用意してくれた通信機器で瑞穂はマリオンに連絡をとった。
“はい、祐人さんの遊撃のおかげで大分、浮足立っているみたいです。東側の敵を一掃して、今は施設北側に着きました”
通信機からは日常と何ら変わりがないマリオンの声色は、とても今、戦場のど真ん中にいるとは思わせない。
“あ、祐人さんが今、北側の闇夜之豹に仕掛けました”
「もう? まったくどんなスタミナをしてんのよ、あいつは。それで祐人は何か言ってた?」
“はい、そのままどんどん好きな術を打ちまくって欲しい、と言ってました”
「ふむ……分かったわ。それにしても……すぐに本丸に討ち入らずに、敵の戦力を根こそぎ潰す気なのね、祐人は」
“相当、頭に来ているようでしたから……”
「それは私も同じよ! 結界が壊れるまでぶち込んでやるわ。試したい術もすべてね……ふふふ」
“……み、瑞穂さん、怖いです。あ、合図が来ました、私も行きますね!”
「ふ、普通よ! それより……何をする気なの? マリオン」
“いえ、ちょっと強めの浄化の術を闇夜之豹の部隊に展開するだけですよ?”
「え!? 妖魔でもない人間に浄化術をぶつけるって、効果なんてあるの!?」
“あ、命に別状はないです”
「え? 命って……あなた」
“ただ、ちょっとだけ……全身が砕け散りそうな苦痛が走るだけですよ? 神の純粋で強い神聖さは、人間にはつらいんですよね。私たちはそういう修行を経てエクソシストになってますけど、人間は業が深い生き物ですから……。ましてやあの人たちだと……ふふふ、大変だと思います。あ、ではまた! 瑞穂さん。ハアア! ディバイン・アース!!”
そこで通信が切れた。
「……。あんたの方がよっぽど怖いわよ!」
独り大声を上げるが、瑞穂は息を吐き、遠方に見える水滸の暗城を睨む。
「……マリオンも相当、怒ってるわね、普段、温和な人間がキレると……ちょっと相手に同情するわ。じゃあ、私も再開しようかしら? 今度は……大地の精霊たち、お願いね”
天才と謳われ、世界中の能力者たちが注目する次世代の精霊使い、四天寺瑞穂の周囲に凄まじい数の精霊が集められる。
瑞穂は精神を集中して、術の完成までに霊力を惜しみなく投入した。
「天を支える母なる大地よ、育め、慈しめ、そして、すべてを土に返せ! いけぇぇぇ!!」
精霊使いに詠唱の必要はない。この詠唱は四天寺流の精霊との感応力強化に編み出されたものだ。特に戦略級の大技を放つ際に紡がれることが多い。
「結界は大地の下まで張ってるのかしら!?」
今、瑞穂から見て2キロ先の水滸の暗城の手前から巨大な地割れが出現し、大地が唸りを上げて襲い掛かった。
「特殊部隊は完全に沈黙! 北に配置した闇夜之豹の部隊が通信途絶しましたぁぁ!」
「ば、馬鹿な……」
アバシは入ってくる次から次へと入ってくる通信兵の悲鳴にも似た凶報に新しい指示が出せないでいた。
呆然とし、口を大きく開けて事態の進む速度に頭が追いつかない。
今は止んでいるが、遠方から仕掛けてくる敵の能力者にたどり着くなど、それ以前の問題。
「敵は……機関は如何ほどの戦力を投入してきたんだ!? 闇夜之豹が……我らが誇る闇夜之豹が……こうも容易く蹴散らされ……」
「アバシ様!」
いい加減、聞き飽きた通信兵の悲鳴。
アバシは通信兵に僅かに震えながら、うつろな目を向ける。
「西側の……死霊使い特化の闇夜之豹も壊滅しました……」
「……! な、何が起こっている? 私は夢でも見ているのか? 30分も経たずに……敵の姿も捉えられず……。これでは伯爵様に何と言えば……!」
さらにこれでは終わらなかった。
指令室内にいる術感知能力者が小声でブツブツ何かを言い続けている。
その横で感知能力者のお付きのオペレーターが耳を傾けていると、その顔がみるみる青く染まっていった。
「は!? 何だって!? アバシ様! 報告します!」
「……次は何だ?」
アバシは力のない返事を返す。
「東側から今までに感じたことがない強大な力が生まれている。規模にして戦略級の……え?」
報告の途中で感知能力者が小声でさらにブツブツ言いだした。すると体を震わし、その場から逃げようとするのを力ずくで押さえる。
その配下の異様な様子を見ながらも、さすがにアバシも驚愕した。
「戦略級だと!? で、では……機関はSランク級の能力者を!?」
アバシは体を司令官のデスクに両手を叩くように置く。
ようやくここにきて、敵の目的が見えてきたのだ。
自分たちの想定とは全く違う、この敵の目的が。
「完全に見誤った! いや、伯爵様もだ! 何ということだ! 何ということだ! 甘いのは我らだった! 機関はやる気なのだ! あいつらは小さな戦果を持ち帰る気などない! あいつらは我々を殲滅する気だった! それでは戦力の逐次投入をした我々は、下の下の策をとったことになる! ああ、私も出るぞ! 残った闇夜之豹を中央に集中させろ、私が直に指揮をとる!」
そうアバシが指示を飛ばしたと同時に、力ずくで感知能力者を押さえていたお付きオペレーターが力を失ったように感知能力者をとり逃がしてしまう。
「アバシ様……」
「何だ! 俺は前線に出ると!」
「いえ……敵の術が来るそうです……今」
「……は?」
この会話の直後……大きく大地が揺れ、すべての視界が斜めに傾いた。
体に響く轟音と地揺れに、指令室内は阿鼻叫喚の坩堝と化し、同時に指令室内のアバシと兵たちは指令室内の備品と共に下方に落ちていった。
今、大きく裂けた大地の上に位置する5階建ての水滸の暗城が大きく斜めに傾いたのだ。
「な、何なの!? 何が起きているの、これは!? あの闇夜之豹が駆逐されていく!」
十数分前、祐人たちに遅れて到着した世界能力者機関日本支部から派遣された面々は、今もなお、進行形で起きている目の前の現実が信じられない。
水滸の暗城の南方から日本支部支部長秘書、垣楯志摩は愕然としていた。
彼女の使命は、この闇夜之豹との戦闘でランクDである堂杜祐人の能力を確かめることを主眼に置きつつ、何かあれば即座に戦闘に介入し先行した祐人、瑞穂、マリオンを回収することだった。
すぐに介入する準備を整えておくとはいえ、闇夜之豹を相手に新人三人を先行させて仕掛けさせることなど本来、常軌を逸した判断と言われても仕方がない。
だがこれは「ランクDの堂杜祐人は機関のS級危険指定されていたスルトの剣を一人で壊滅させた可能性がある」という、これもある意味、常軌を逸した情報を機関本部の幹部バルトロから受け、今回の判断がなされた。
日本支部の長、日紗枝も当初はこの突飛もない話に懐疑的にとらえ、この調査自体に積極的ではなかった。
ところが事態は思わぬ方向に転び、投資家たちとその家族を襲った呪詛やマリオン襲撃など経て、最終的に闇夜之豹で試されるようになってしまった。
そうは言えども相手は闇夜之豹だ。志摩も場合によっては戦闘を回避して、撤収しても構わないと日紗枝に言われている。
そして志摩もその指示を当然と考えていたのだ、
それほどの組織力を持っているのだ、大国中国の誇る能力者部隊闇夜之豹は。
「こ、こりゃあ……」
「……これを新人たち3人で?」
「し、信じられん。四天寺家のご息女は……あの距離から、まるで戦艦の砲撃ではないか」
「いやいや、それよりもだ! 先行している奴はランクDって言ったよな! こちらからは把握すらできないが、闇夜之豹がどんどんやられているぞ! 一体、どういう部類の能力者なんだ!? 相手は闇夜之豹なんだぞ!? 【岩壁】は! 【瞬】は! 【百眼】に【四本腕】は! 恐れられた闇夜之豹の死霊使い共はどうしたんだ!?」
この日のために連れてきた7人の能力者たちも志摩の後方で度肝を抜かれているようだった。
「あの遠距離攻撃しているのは瑞穂さんで間違いないわ。ということは前線に出ているのは堂杜君とマリオンさんだろうけど、マリオンさんは相手が妖魔の類を除いては守りに偏った能力者よ……。じゃあ、やはり……最前線で闇夜之豹を潰して回っているのは堂杜君に……し、信じられないわ!」
ここに来ている中で唯一の非戦闘系能力者でありランクAAと日本支部の誇る人材、多門菜月(たもんなつき)が、地面に綺麗に配置した石を眺めている。
「北側にいた闇夜之豹と思われる能力者6名もやられたみたい……」
菜月は肩までほどの長さのグレーの髪の毛を垂らしながら、地面に水滸の暗城を模したのリンゴほどある大きさの石の北側に置いた小石6つを横に除けた。
「マ、マジかよ! 仕掛けたと聞いてから30分も経ってないぞ。志摩さん、誰なんだい? このランクDは!」
「……分からないのよ。だから、多門さんを呼んだの、それを知るために……ね」
志摩は日紗枝に連絡を繋ぐ。
“志摩ちゃん? どう? 状況は。堂杜君たちは無事なの?”
「大峰様……圧倒的です。彼は……私たちは今、とんでもないものを見せられてます」
「……どうしたの? 志摩ちゃん」
「堂杜君は圧倒的です! 闇夜之豹42名を前にしてほぼ一人で既に約半分を再起不能に追い込んでます! しかも、ものの30分も経っていません! もうその戦闘力は何と比べて……なんと形容していいのか!?」
「……! それは!? 詳しく教えて!」
「はい……あ、ちょっと待ってください! あ、あれは!? な、何をする気なの、瑞穂さん!?」
そこに水滸の暗城の東側2キロ付近、まさに瑞穂のいるところから、凄まじい霊力が弾けたのを、志摩を含む全員が感じたのだ。
闇夜之豹たちもさすがにこれを感じたのか、菜月の下に配置してある20個近い小石がそれぞれが勝手な方向に散りながら動いている。
どうやら混乱しながらも回避しようと動いているようだった。
そして、とんでもないものを目にする。
志摩たちの前方でモーゼの十戒の海が割れるシーンのように水滸の暗城の真下の大地が割れ始めたのだ。
この状況に志摩は呆然としてしまい……だが、理解する。
(な、なんてチームなの……この3人は!? たった3人で、こんな!)
驚くべきは堂杜祐人だけではないのだ。いや、堂杜祐人も今、はじき出している実績から見れば規格外も甚だしい。
ただ、その堂杜祐人の存在感にすら埋没まではしない少女がいる。
志摩たちは堂杜祐人に続き、その計り知れない力を秘めた若い精霊使いの術に度肝を抜かれたのだった。
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