第178話 呪いの劣等能力者③


「いいですか? 数日は安静にしてもらいます……と言っても無駄なんでしょうねぇ」


 祐人の病室で明良は諦めるような顔で、だが茶化す様でもなく、溜息をつく。

 あのあと、祐人たちは志摩たちと合流すると近くの大学病院まで移動し、機関所属の医師による左腕の緊急手術を祐人は受けた。

 そして、一晩明けた早朝に明良が病室を訪ねると、祐人は左腕にギプスをはめながら既に私服に着替えており、精悍な顔つきで窓の外を眺めていた。


「はい、明良さん。あちらに渡航する準備はいかがでしょうか? もし、機関で無理なら……」


「準備は出来てるわよ」


 明良の後ろから日本支部支部長秘書の垣楯志摩が、姿を現して中華共産人民国行のチケットを胸の前で揺らしている。

 さらにその後ろからは瑞穂とマリオンが入室してきた。


「あ、垣楯さん」


「個人的には反対ですが、大峰様の許可が下りました。まあ、瑞穂さん……と四天寺家の強い要望があった、とだけは伝えておきますね。今回のあなたたちの渡航については……機関は関係ありません。もちろん、あちらで何をしようが、何があろうが、です」


「ああ……すみません。でも機関には決して迷惑はかけませんので……」


「あら? 堂杜君、ちょっと勘違いしないでね」


「え? それは……」


「今の話は……表向きは、ということです。さらに言えば、これは大峰様の言葉を借りますと……機関の仕業ではないか? と思わせるぐらいが丁度いいんです。それとあなたたちが行くのは、正直、ありがたい。もちろん、その前提条件として……」


「なるほど……証拠を残さなければ、ですね?」


「そういうこと。まあ、大峰様の言いようでは、物的証拠がなければ、で、構わないとのことよ」


 そう言いながら頭が痛そうに溜息する志摩。

 祐人は志摩の話を聞き、あの食えない支部長の顔が頭に浮かぶ。

 機関にしてみれば今回、闇夜之豹に舐められっぱなしだ。この情報は正確、不正確も含め数々の組織に伝わっているだろう。

 機関としては、このままにしておくことはできない。

 もちろん、どこの組織もそう睨み、機関の動向を探っているはずだ。

 あの闇夜之豹相手に一体、どんな能力者を使い、どんな手段で報復するのか? と。

 そこでまさか、Aランクの瑞穂とマリオンがいるとはいえ、今回、襲われた新人組がすぐに報復に赴くなんてことはどこも思わないだろう。

 機関がそんな人選をするほど、人材不足でもないのは知れ渡っているのだ。

 日紗枝がそこまでして自分たちに機会を与えてくれることには感謝しつつ、それと同時にこういった計算も忘れていないところに祐人も感心してしまう。

 志摩の横では瑞穂が苦笑いし、おどけて見せた。


「……分かりました。どんな形であれ証拠は残しません。あ、物的証拠だけは、ですね」


「ただ、危ないと思えばすぐに引いてください。大峰様も自由にさせるのは3日間のみだと、きつく仰っていました。いいですね?」


 祐人は神妙な顔で頷く。

 日紗枝も闇夜之豹相手に、さすがにそれ以上は無理だと考えているのだろう。

 ここでは言及されていないが、既に自分たちの後釜の人選も終わっているのではないか、と祐人は推測した。


「それと、貴方たちのフォローに機関職員数名を一緒に潜伏させます。また、このことは中国支部には伝えていません。あり得ないとは思いますが、万が一、中国支部の人間とかち合った時には、戦闘は避けること。そして、すぐに連絡をください。こちらのルートからそれとなく、伝えておきますから」


「分かりました、それで飛行機の時刻は?」


「今日の昼過ぎよ。すぐに行ってください。これが偽造パスポートとチケットね。名前がそれぞれ違うから注意して」


「じゃあ、祐人、行くわよ!」


「祐人さん……怪我は大丈夫なんですか?」


 志摩からそれぞれ、チケットを受け取ると瑞穂は意気揚々とマリオンは心配そうに身体中に包帯を巻いている祐人に顔を向ける。


「問題ないよ! 行こう、瑞穂さん、マリオンさん」


 祐人の言葉に二人は頷くと早速、機関が回してくれたタクシーで病院を出発した。




 病室に残された志摩と明良は、祐人たちを見届けると志平たちを群馬にある空き家に届けるために歩き出す。


「ご苦労様です。垣楯さん」


「いえ、神前さんも大変だったでしょう。それにしても……ああは言いましたが、堂杜君たちは大丈夫でしょうか? 正直……今回のこれは無茶が過ぎるのではと、私は反対だったんです。瑞穂さんたちの実力は分かっていますが……ましてや堂杜君はランクDで、しかも重傷を負っているわけですし。大峰様が瑞穂さんたちの意を汲み取ったのは分かりますが……やはり」


「大丈夫でしょう、祐人君たちなら」


「……。随分と自信があるようですけど、何故です? 神前さん。そう言えば、今回、従者であるはずの神前さんは瑞穂さんについて行こうともしませんでしたね」


 明良は目を閉じて、ニイと笑った。


「何もすべてについて行くのが従者の役目ではありませんよ。それに……」


「……それに?」


「……私がここに残り、その後の後処理に力を入れられるのも祐人君のおかげですので。彼がいれば……彼が大丈夫と言うのなら、私も大丈夫だと思うんですよ。彼はそういう少年です」


「……」


 志摩は明良の言葉に耳を傾けて、瞳の奥を光らせる。


「いやあ、それと本気で私も考えないといけませんからねぇ」


「何がです?」


「いや、四天寺家次期当主の婿殿になるかもしれない人物には、私としても心証を良くしておかないと、てね」


「はあ!? それは……」


「冗談ですよ、半分ですが……」


 明良は楽し気な、志摩は驚きの顔で病院の廊下を進んでく。

 志摩が驚くのも無理はない。

 四天寺家当主の婿とも言えば、それだけで機関も無視できない人物となる、ということでもあるのだ。

 明良は瑞穂たちのアリバイのフォローのために学校に戻ると言い、志摩は志平たちと出発することになった。




「お疲れ様、志摩ちゃん。それで……どうだった? うん、うん……」


 日紗枝は今、支部長室から志摩と連絡を取っている。


「それにしても、今回も嫌な大人全開ね、私は。さも、瑞穂ちゃんたちの気持ちを考えてのようなふりして……内実は試しているんだからね、堂杜君を」


“そんなことはありません。瑞穂さんたちのために、細心のフォローはしているんですから……。現地には本命の能力者も同時に派遣しますし”


「それが嫌な大人って言ってるのよ~。ああ、これが瑞穂ちゃんにバレたら絶対嫌われるわね。まあ、その時は、その時で……考えましょうか。それで話を戻すけど、堂杜君の戦った相手は死鳥で間違いないのね? しかも、今回も互角に渡り合ったと……」


“はい……そのように言っていました。これは神前さんも同意していましたので間違いはないかと思います。ただ、死鳥本人がいませんでしたので……私も完全に確認が取れているわけではないです”


「前の説明だと、死鳥の止水は古傷で以前のような力はなかったみたいだ、ということだったけど……どうなのかしら?」


“と、言いますと?”


「それが本当なら……そんな人物に闇夜之豹がここまでして雇おうとするのかしら? ってことよ。考えてもみて。理由はまだ分からないけど、拉致しようとしたのは新人とはいえ、ランクAのマリオンさんよ? ましてや四天寺家の客人として扱われているマリオンさんを拉致するのに、かつて超人的な強さを誇った死鳥を頼るのは分かるけど……」


“……かつての実力もない死鳥を頼らない、ということですね。もし、それが……かつての通りの実力を有していたとするなら……その死鳥と互角に渡り合った堂杜君は……”


「……。新人試験の不死者の襲撃と撃退、ミレマーという国一つを潰しかけたスルトの剣が討伐された事件、そのすべての場所にいた少年……か。いや、私もバルトロさんの仮説に毒されてきたかもしれないわね……」


“……”


「とりあえず……今回、闇夜之豹に堂杜君たちがどのように仕掛けていくか、注意深く確認するようにお願いね。ちょっと内容が不味いようだったらすぐに介入していいから。まさか闇夜之豹を相手に、私も試すようなことをするとは思わなかったけど……でも、そうでもしないと試せないほどの存在なのよね……」


“……分かりました。私も中国にこれから入ります”


「申し訳ないけど……お願いね。他には何かあったかしら?」


“いえ……あ、神前さんが冗談でしょうけど、瑞穂さんのことで面白いことを言ってました。何でも、次期四天寺家当主の婿に……”


「ええ!? 明良君がそんなことを!? それは驚きね……」


“半分、冗談と言ってましたが……”


 志摩は雑談レベルのつもり言ったものだったが、思ったより深刻に反応した日紗枝に戸惑う。


「そうね、半分になるわ」


“は……?”


「四天寺家当主の伴侶はね、大峰と神前の承諾がないと成立しないのよ。それも、その承諾を得るには数百年続いた不文律があるの」


“……それは?”


「力よ。純然たる力……四天寺家の当主と比肩しても劣らないほどの力を持つことが求められてきたわ」


“……まさか、ちょっとした冗談だと思いますが”


「……そうね、ちょっと吃驚したんでついね、うん、うん、ではお願いするわ。では……」


 日紗枝は電話を切ると、支部長の椅子から立ち上がり支部長室から見える新宿副都心のビル群に目を向けた。


「そんな四天寺家の重要なことを……冗談で言うかしら? しかも、あの明良君がねえ」


 フッと肩の力を抜いた日紗枝は右手に持つ堂杜祐人のランク取得時の試験結果と依頼先での調査書類に目を通す。


「堂杜祐人君……か。これは私も真剣に彼を測らないといけないかしら? それでもし、仮説通りの実力を秘めているとするのなら……本部はどう動くか。上位ランクへの変更と交換条件に堂杜君をどうにか取り込もうとするでしょうね。それにしても……不死者、スルトの剣の2つの案件の当事者だとしたら……」


 日紗枝の独り言を吐きながら、その目にただならぬ迫力を宿すのだった。



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