第156話 機関の決断②


「大峰様……よろしかったんですか? 堂杜君たちに任せて。死鳥と呼ばれた止水は古傷を負っていて、以前のような力は出せていないと言ってはいましたが、相手はあの死鳥です。それに、堂杜君の情報はどこからのものか……少々、その信頼性が分かりません。友人? とは、いかなる人物なのかも……」


 志摩は車の中で日紗枝にその真意を探った。

 今、すでに日紗枝と志摩は機関の研究所を後にしている。先ほどの祐人からの提案は、最終的な決断として初手は任せる、という形で日紗枝は承諾したのだ。

 そして、日紗枝はその祐人の言う情報の出所についても深く詮索せずにいた。


「いいのよ。どちらにせよ、全力で動く前には何らかの調査や探りは必要だったわ。それに……これは堂杜祐人という少年を知るのにいい機会になるとも思ったのよ。私はまだ懐疑的だけど、バルトロさんからの仮説の検証にもね」


 日紗枝はニッと笑い、志摩に視線を移した。


「それに死鳥の件だけど、もし本物なら、堂杜君たちの言っていることの可能性は高いと思うわ。死鳥が姿を消す以前のような実力を持っているとしたら、それこそ明良君たちはほぼ間違いなく全滅よ。十数年前に【天衣無縫】王俊豪がまだランクAAの頃……当時の黄家の当主を破った死鳥を撃退したという情報を聞いた時には、とんでもない奴が中国支部に現れたと驚いたものだわ。その時は死鳥を取り逃がしてしまったけど、死鳥は深刻な重傷を負っていたとのことよ。そう考えれば、古傷で、って言うことは分かる話だわ。偽物なら元々の実力、そういうところでしょう」


「……なるほど、そういうことでしたか」


「それに……確かに色々とありそうだわ。あの少年は」


「何か、感じたのですか?」


「勘よ、ただのね。それに何と言うのかしら……こう、彼の話には不思議な感覚を覚えるのよ。堂杜君の話は信用してもいいと思わせる何かがある。まるで、以前から彼を知っているみたいな、既視感のようなものが、ね」


「……それは」


 日紗枝がこのようなことを言うのは珍しい。志摩は日紗枝の言いように真剣な表情を作る。日紗枝はいい加減なところはあるのは否めないが、人を見るときは慎重で警戒心を忘れない人物でもあった。機関の支部長という立場にまで上り詰めた日紗枝である。そういった人物観察眼は持っていても不思議ではないのだが、その日紗枝が理由もなく信用してもいいと言っているのだ。

 それともう一つ、日紗枝は非常に勘が良い。これは能力者全般に言えることだが、日紗枝のは、その中でも群を抜いていると志摩は思っていた。この鋭さのおかげで日本支部支部長の職責を十分にこなす資質を示している側面もあると。

 そして、志摩はそれは精霊使い特有のものかもしれないと考えている。というのも精霊の巫女といわれる朱音にも同じことが言えることもあったからだった。


「それとね、面白い情報が入ってきているわ。しかも意外なところから」


「それは?」


「中国大使館の近くに20人近い子供たちが、連れてこられたそうよ。旅行者のように装っていたようだけど、その保護者は間違いなく中国の工作員だわ」


「……まさか、人質というのは!」


「まだ分からないわ。ただ、調べる価値はありそうよね。このタイミングでそんなわけの分からない動きをしているのは妙だしね。それともう一つが意外なんだけど……」


「……」


「朱音さんからの情報で、今回の襲撃者が使っているホテルが分かったわ。今もそこにいるみたいね」


「朱音様から!? 何故、朱音様が? いえ、瑞穂様が動いていることを考えれば、四天寺家がそれに助力してもおかしくはありませんが」


「そんな甘い人じゃないわよ、朱音さんは。いくら瑞穂ちゃんが一人娘とは言っても、それで四天寺家やその分家まで動かす人じゃないわ。だから意外だったのよ」


 志摩は驚きつつも神妙な顔になる。


「これは……何でしょうか? こちらが指示を出す前から、どんどん、事が大きくなってきている感じです。いえ、この事態はかなり大きいものです。ですが、それを我々、機関が対処をする前に、周りが先に動き出している」


 日紗枝はその志摩の言葉に小さく頷いた。


「そして、見ようによってはその中心に、あの堂杜君がいる。朱音さんがこう言っていたわ。堂杜君によろしく、って。あの人が他人に対して、こんなに気にとめるのは珍しいことよ。機関の助言役でもある精霊の巫女が一人の少年に、こんな対応……」


「……!」


「バルトロさんの話は置いておいても……私も興味が湧いてきたわ。あの堂杜祐人という少年に……。志摩ちゃん、あの子のトレースはお願いするわ。フォローという形で動いてあげて。それで何か分かったら報告を頂戴ね」


「はい、承知いたしました」


 そう言いながらも日紗枝の表情に曇りはない。それは日紗枝の勘が言っているのかもしれない。

 あの少年はこの事態……その中でも見える事態と見えない事態を含め、すべての現状を好転させていく存在であるということを




 今、瑞穂は祐人を見下ろし、言葉を発した。


「何か言いたいことは?」


「……ありません」


 今、祐人は日紗枝たちが去った応接室のソファーの上で……正座をしていた。

 そして、その前には腕を組み、仁王立ちしている瑞穂とこの状況下で笑顔を絶やさないマリオンが立っていた。

 その後ろでは明良が苦笑いをしてコーヒーを啜っている。


「本当にあなたは馬鹿なの!? 私たちがあなたに気を使って色々と内緒にしようと努力したのに、自分からペラペラと!」


「いや、二人のプレッシャーが……」


「祐人さん?」


「あう!」


 マリオンが笑顔のまま中腰で祐人に顔を近づけた。そのブルーの瞳に光は灯ってなかったりするが。


「祐人さんの悪いところが、今回ではっきりしました」


「え?」


 祐人は顔を上げて瑞穂とマリオンを見つめた。


「祐人さんは何でも一人で済ませようとするところがあるんです」


「その通りよ! 本当に頭に来るのよ、そういうところが!」


「祐人さんは、周りに気を配りすぎなんです。少しでも、周りに迷惑がかかると思ったり、心配させる可能性を感じるとすぐに、自分で隠密裏に片付けようとするんです」


「あ、で、でも今回は……ほひょ!」


 瑞穂とマリオンの冷たい視線に、背中だけが飛び上がって逃げてしまいそうになる祐人。


「祐人! あなたのそういうところは、直すべきよ。ましてや、今回はここにいる全員が当事者と言っていいのよ? あなたのことだから、言えないこともあるんでしょうけど、今回のような回りくどい方法は、もう止めなさい」


「これは瑞穂さんの言う通りです。それに……私と瑞穂さんは祐人さんが思うほどやわじゃないです。祐人さんから私がどう見えているか、何となく分かりましたが、それでも私たちはランクAの能力者なんです。自分の身ぐらい、自分で守るつもりでいます!」


「……!」


 祐人は瑞穂とマリオンが結構、本気で怒っていることが分かり、顔を硬直させた。

 実は正確に言えば、二人のこの感情の本質に怒りはない。

 瑞穂やマリオンにも思うところがあるのだ。すべては分からないが祐人の置かれている状況は特殊なのだろうということは分かっている。だから自分たちに相談がないところが問題ではない。

 瑞穂とマリオンが最も反応しているところは、祐人は危険を前にすると自分たちと一線を置く、ということだ。結果として、一人で突っ走る。

 これがどうにも納得できない。

 今まではいい。色々と祐人にも事情はあった。そして、今すぐにすべてを晒せとも思わない。だが、そうではないのだ。

 言葉にはできない。実際、二人の少女にも今の感覚を確固たる言葉にできていない。

 だが、瑞穂とマリオンは思うのだ。

 祐人が危険だと思った時にこそ、自分をそばに置いてほしい、と。

 瑞穂とマリオンはそういった衝動に駆られているだけなのだが、これが表に出てくると説教という、いつもの形になってしまう。


「……うん、ごめん。これからはできる限り、何でも話すようにするよ」


「そこじゃない!」

「違います!」


「ヒ! ひゃあ、ほういうひみですふぁ?」


 瑞穂とマリオンに両頬を片方ずつ摘ままれる涙目の祐人。


「まあまあ、瑞穂様、マリオンさん、堂杜君も反省しているようですし、その辺で許してあげたらどうですか?」


「明良、まだ足りないわ! こいつはこうでもしないと分からないのよ!」


 苦笑い気味に明良は祐人をかばうと真剣な顔になり、顔が横に広がっている祐人に話しかけた。


「堂杜君、さっきの情報だけど、詳しく教えてもらえないかな。作戦を立てるにしても状況を把握したい。特に当面の問題の止水の人質の件について」


「え? 明良さんも……」


「もちろん、僕も手伝うつもりだよ」


 祐人は伸びた頬を摩り……暫くして頷いた。


「はい、まずこの情報ですが……」


 祐人から語られるその内容に……明良は驚きを隠せず、目を大きくする。


「け、契約人外までいるんですか……堂杜君は」


 その呆然とする明良に瑞穂は大きくため息をしながら、


「祐人と話すときは、一旦、常識を捨てたほうがいいわよ、明良」


 ガストンの名前は当然出さなかったが、自分には調査、潜入の得意な仲間がおり、その者の調査した内容であると前置きし、祐人は止水の背景を説明しだした。



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