第132話 女学院と調査と⑦
「なんだよ、誰もいないじゃないか。それにいいのか? 勝手にこんな屋上に来て」
一悟は校舎の広い屋上に来ると、ぼやく。
「ここに来るように言われたんだよ。昼食時は誰も来ないからって言ってたよ。あ、そう言えば水戸さんは?」
「ああ、水戸さんは、お嬢様からお誘い攻勢を受けて困ってたよ。俺も一緒に行きたかったなあ。そこからがお嬢様がたと仲良くなる突破口になるのに……」
静香は、その気さくな態度が好印象で隣のクラスでも人気らしい。一悟も悪い印象ではないらしいが、まだ、お嬢様がたにとっては一緒に男子と食事というのはバーが高いらしい。
「で、そちらはどうなんだ?」
「ああ、何というか、茉莉ちゃんがすごい人気で……」
「ははは、白澤さんはすげーな。どこに行っても人気者は人気者ってことだな」
「うん」
「それで、祐人の仕事仲間は紹介したのか?」
「ああ、したよ」
「……どうだった?」
「どうって?」
「だから、白澤さんの反応だよ」
「うーん、普通ににこやかにしてたよ? ちょっと、ご飯を一緒に行くのを断ったから、少し怪しがっているような感じだったけど……」
「ほほう……にこやかね……まあ、いいや。それと白澤さんのことだ。もう、こちらのことを少しおかしいと感づいているかもな」
「え、そうかな!?」
「ああ、間違いない。特にお前はすぐに顔に出るからな」
「……」
「まあ、フォローは入れておくわ。それだけ人気があるなら、お前たちと引き離すことぐらいは出来そうだしな」
「う、うん」
そこに、屋上の出入り口の扉が開いた。
「祐人、待たせたわね」
瑞穂とマリオンが姿が現す。
そして、その後ろには……ニイナもいた。
「あ、瑞穂さん。え!? ニイナさん!」
ニイナも一緒に現れて祐人は大きな声を出す。
「ええ、瑞穂さんと相談して、ニイナさんには来てもらった方が、余計な説明も省けると思いまして」
既にニイナも祐人たちが能力者なのは知っている。どの道、今回のことも話す予定であったことでもあるし、考えてみれば、今、ここに来てもらうことに別に問題はない。
因みに茉莉はあの後、大勢のお嬢様がたに学院内の食堂に連れて行かれたらしい。
「そうか……そうだね。あ、紹介するよ、こっちが話をしていた袴田一悟」
「袴田一悟だ、よろしく!」
「四天寺瑞穂よ」
「マリオン・ミア・シュリアンです。よろしくお願いします」
「私はニイナ・エス・ヒュールです。私は能力者じゃないので、袴田さんと同じ立場ですね」
互いに簡単に挨拶を済ませると、一悟は3人の少女を見渡し、何とも言えない表情を見せる。
(こりゃあ……すごいな。これじゃ、白澤さんも心中穏やかではいられないわ。しかし、こんな希少な綺麗どころが祐人の周りに?)
一悟は無言で祐人の頭を殴る。
「痛! 何だよ、一悟!」
「何でもない……」
何にもない屋上なので、気を利かしたマリオンは持参したトートバッグから大きめのレジャーシートを取り出して、床に広げる。
「立ち話も何なので、こちらで話しましょう。あと、お茶しか用意してないです」
「おお、マリオンさん、ありがとう」
マリオンの広げたシートに、全員座る。
「じゃあ、早速だけど、祐人。今後の呪詛の発信源の調査についてだけど」
瑞穂が口を開き祐人は真剣に頷いた。
「うん、まず、簡単にこれからすることを説明すると……全部調べてもらう」
「全部?」
瑞穂が眉を寄せて聞き返すと、祐人の話に全員が注目する。
「うん、そうなんだ。呪詛かけられた人間の地位や立ち位置、家族構成、交友関係、普段の趣味趣向から、生活パターン、全部だよ。まあ、優先順位としては地位、立ち位置、家族構成からかな。そして、その視点は常に呪詛にかけられた人間が不幸になることによって得をする人物、もしくは組織を常に意識すること」
「なんだか、探偵みたいな仕事だな」
「いや、一悟の言う通りだよ。能力者って言ったって、常に目的や意図があって事象を起こすんだよ。何の理由もなく、事は起きない」
「愉快犯だったら?」
「その可能性も否定はできない。もし、それだと一番厄介で絞り込み対象が異様に広くなってしまう。ただ、その場合は、愉快犯は必ず他にも呪詛を仕掛けているはずだ。そういった被害者を探すしかない。でも、それでも必ず、思考パターンや術者本人の嗜好がある、そこから辿って犯人を絞っていく。だから、みんなで色々な視点で話し合うのは、すごく重要なんだ」
祐人の話を聞くと、とりとめもない話に聞こえ、瑞穂たちは顔を曇らす。
「けど、僕の予想だけど、今回は愉快犯ではない可能性が高いとは思ってる」
「何故です? 祐人さん」
「うん、先日聞いたその法月さんの容態だけど……そこから想像するとこの呪いは非常に強い呪詛だよ」
祐人は深刻そうな顔をし、瑞穂とマリオン、そしてニイナも胸に痛みを感じて唇を引き締めた。今、法月秋子は総合病院に搬送された後、あらゆる検査でも異常は発見されずに原因不明の病気として大学病院に転院した。
何よりも、体の衰弱が酷いらしい。
「まず、呪詛だけで相手の命を奪うほどのものは僕は聞いたことがない。呪詛による二次災害で事故や自殺で亡くなる例はあるけど、呪詛自体ではそこまでの力はないはすなんだ。そう考えると、今回の呪いはその強さとしては最高ランクに属するほどのものだよ。ということは術者はぽっと出のにわか術者じゃない。愉快犯になる呪術者は大抵、力を得たばかりの、力を試してみたいと思う、素人に毛が生えた連中が多いからね」
「じゃあ、この呪いは……」
一悟が顎に手を当てる。
「うん、プロの仕業と考える方がいいと思う。ということは、必ず狙いがあるはずだ。その狙いを少しでも掴み、予想を立てていく」
「相手が絞り込めたらどうするのよ? 祐人」
「もちろん、そこに乗り込んで……術者を叩く。最悪でも、術に使った祭器や触媒を浄化、破壊をする。そうすればこの呪詛は消える」
その祐人の言葉に一悟とニイナは緊張した顔になる。一悟とニイナは能力者ではない。だから、相手を特定した後のことについては、力にはなれないだろう。だが、今、自分の友人がその得体の知れない術者と最終的には戦闘を辞さないと言っている。
正直を言うと、現実離れをしていて、そして恐ろしくも感じてしまった。
「今、言うことではないかもしれないけど……その上で、もう一つ厄介な……考えられることとして最悪な場合が想定できる。これは、相手を意外と簡単に絞りこめたとしてもあり得ること」
「……それは何よ、祐人」
「相手が強大な能力者集団、もしくは組織に所属している場合だよ」
「!」
「こういう可能性はあるんだ。まだ、先のことではあるよ? ただ、依頼を受けて呪詛をこなすような組織だってある。この場合は、敵が分かっているのにそう簡単には手を出せない。こちらの戦力と敵の抱える戦力、そして相性等も考えないといけない」
祐人はマリオンの用意してくれたお茶を飲む。
「まあ、これは考えすぎかもしれないけどね。ただ、呪術師は一般的に戦闘向きではないから、単独で依頼を受けていないこともあり得るってだけだよ。用心棒の存在とかね」
祐人はそう言って、若干、俯きかけている瑞穂とマリオンに笑顔で声をかける。
「でも、まあ、大丈夫だよ、瑞穂さん、マリオンさん」
「え?」
瑞穂とマリオンは祐人を見つめるた。
「だって、僕たちを誰だと思う? あのミレマーで死線を掻い潜って来た瑞穂さん、マリオンさんに対抗できる能力者なんてそうはいないよ、ねえ? しかも、今の話は全て仮定の話。絶対、瑞穂さんたちの友達を助けよう!」
瑞穂とマリオンはその祐人の言葉に……体が軽くなったような感覚になる。
「ふう、ふふふ、そうね。まったく祐人はこういう時、いつも性格が悪いのよ」
「そうです。何通りかの事態を既に予想しているのはさすがですけど、いつも最悪の事態のことばかり話すんです!」
「あはは……そうかな?」
そこに一悟が声を上げる。
「それはあれじゃね? こいつの周りは基本的に最悪の事態しか起きないから思考が腐ってんだよ。祐人の人生ゲームは軽くインフェルノモードだからな」
「何ですと!?」
一悟と祐人の掛け合いに、ニイナは吹き出してしまう。
「堂杜さんは、それっぽいですよね。いつも、平穏がなさそう……」
「ああ、分かってもらえる、ニイナさん? こいつが最悪なのは、そのとばっちりをこちらにも飛ばすというところなんだよ。だから、ニイナさんも気を付けてね。俺はそりゃあもう、ひどい目にあってるから」
「ふふふ、はい、気をつけます」
「ちょっと!」
「まあ、いいわ。戦いになると言うなら心置きなく暴れるわよ。私の知り合いに手を出したことを心から後悔させるわ」
「はい、私もです」
瑞穂は不敵に笑い、マリオンも胸の前で両手で拳を作る。
「何はともあれ、まず調査ね。祐人に言われてた法月家のことについては既に明良に頼んであるから、もうすぐ調査結果が来ると思うわ。それからはどうするの? 祐人」
「うん、念のため学院の中で休んでいる人のリストが欲しいかな。それとその原因と理由も。あとは法月さんの交友関係も一から洗おう。それと、マリオンさん」
「はい」
「マリオンさんは大変だとは思うけど、学院敷地内に邪気がないか調べてくれる? 僕も呪詛のスペシャリストではないけど、もしかしたら呪詛の中継地点や中継人物がいるかもしれない」
「分かりました、ちょっと敷地内は広いので数日かかると思いますが。それと中継人物?」
「うん、過去に僕が経験した呪いなんだけど、相手を呪うのにその人物の所持品や髪の毛等の身体の一部を使うことはよくあるんだけど、他にはその被害者への悪感情を利用してくる場合があるんだ。そうすることで、呪詛を強めていることもあり得る。中継にされている本人は気付かないけどね」
「ということは……秋子さんと仲が悪い人物とかを探すんですかね?」
「それが一番、分かりやすいかな。このお嬢様がたが通う学院の生徒では、あまりないかもしれないけどね。まあ、法月さんの交友関係調査のついででいいから」
「分かりました!」
「後は……」
「俺たちか?」
「そうだね、一悟とニイナさんは僕たちが動きやすように、さり気なくフォローをお願いするよ。ちょっと、巻き込んでしまって申し訳ないけど……」
「気にすんな、お前のとばっちりには慣れてるわ。白澤さんと水戸さんが厄介だからその辺を中心にフォローするわ。それにこれは、その法月さんっていう、女の子が苦しんでるからな。それは俺も許せんわ。男なら我慢させるが」
「はい! 私は先生とかに気を付けておきます」
「ありがとう! じゃあ、まずはこれで動こう。何か掴んだら共有しよう。場合によっては瑞穂さんの四天寺家の力を借りて、僕も頼りになる友人たちがいるから、そちらにもお願いしてみる」
「え? 祐人さんの友人って?」
「は? 祐人に頼れる友人? 誰よそれ」
マリオンと瑞穂が祐人からは想像できないセリフに違和感を覚える。
その途端、横にいる一悟が異常に引き攣った顔になる。
「お前、まさか……それは……」
「……うん。いや、場合によってはだよ?」
「何? 誰なの?」
瑞穂は気になって仕方がない。一悟の反応も含めて。
「いや、何というか……」
マリオンも気になる。
「教えてください、祐人さん」
「あ……いや、それが……人間ではないんだけどね?」
「「「は?」」」
ニイナも含めて、呆気にとられる。
一悟は顔を両手で覆い、さめざめと肩を震わし祐人の代わりに応える。
「……祐人と仲がいい、息するトラブルメーカーさんたちだよ。いや、俺の黒歴史を作った、歩くトラウマメーカーさんとでも言うかな……」
「そこまで言うか? 否定が出来ないのが何とも言えないけど」
肩を落とす一悟の説明に余計、わけが分からなくなる瑞穂たちだった。
その後、祐人からのたどたどしい説明を受けて、瑞穂とマリオンは驚愕する。
「あ、あなたは……どこまで非常識な!」
「こんなことが……有数な契約者の家系でも聞いたことがありません」
その横ではニイナは考え込むような仕草をする。
「ミレマーに現れた救世主たちって……まさか……」
祐人は額から汗を流しながら、瑞穂とマリオンの視線を全身で受けるのだった。
「ははは……」
このような中、突然、祐人の顔が強張る。
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