第130話 女学院と調査と⑤
祐人たちが編入された1年1組の授業の合間の休み時間は、非常に賑やかだ。
今、試験生である編入生の席にクラスの大半のお嬢様がたが集まっている。
それは試験生への質問攻めから、数々のお誘いのオンパレードとなっており、ちょっとした芸能人が街中でファンたちに囲まれているようにひしめき合っている。
お嬢様がたの雰囲気も相まってそれは華やかで楽しそうに見える。
一人を除いて。
「……」
祐人は一人、自身の席でガランとした自分の周囲を半目で見渡していた。
隣の席のニイナも席を外している。
(うん、誰も来ないね……僕のところには)
先程のニイナの件でお嬢様がたの心を鷲掴みした茉莉の周りはクラスの大半が集まり、大きな人だかりを作っていた。また、花蓮の周りにも茉莉ほどではないが、笑い声や色々な話題が振りまかれている。
「ちょっといいかしら」
その祐人に声がかかった。
祐人はドキッとしながらも声を上げる。
「はい! もちろん!」
祐人はついに自分に声がかかったと、喜びと緊張で声のかかった後ろに振り向いた。
「昼休みに今後の相談をするから、この校舎の屋上に来てくれる?」
そこには瑞穂が腕を組み、祐人を見下ろしている。
ちょっとだけ表情が不機嫌そうなのが分かる。
「あ……瑞穂さん」
「何よ、その悲し気な顔は……」
「そ、そんなことないよ! わ、分かった、昼休みね」
「何? 祐人は他の女の子に声をかけられると期待していたの……?」
「してないです! びた一文!」
「ふふふ、何か……不満でもあるんですか? 祐人さんは……」
「はう!」
肩が跳ね上がった祐人のすぐ横にいつの間にか現れたマリオンが笑顔で見下ろしている。
祐人はその笑顔のマリオンを見上げた。
「目が全然笑ってないんですけど」
「……何ですか?」
「何でもないです!」
「祐人、あなた、何故、ここに呼ばれたか忘れてないでしょうね? あなたは私に雇われてここに来てるのよ? つまり、仕事で来ているの」
「も、もちろん、忘れてないよ!」
瑞穂とマリオンは並び立ち、不可視の気迫を放ちながら祐人を見下ろし、腕を組んでいる。
「はは……は」
乾いた笑い声しか出てこない祐人。
そこで祐人は気付いたように瑞穂に顔を向けた。
「そう言えば、瑞穂さん、ニイナさんが何でこんなところにいるの? 正直、驚いてるんだけど……」
祐人の質問に瑞穂とマリオンは互いに顔を合わせる。
そして、瑞穂は嘆息するようにニイナが転校してきた経緯を祐人に説明した。
「そうだったんだ……いや、びっくりしたよ。まさか、こんなところで……」
「そうね、ニイナさんが転校してきた時は私たちも驚いたわ……。でも、ニイナさんは私たちのもう一つの顔を知っている信用のおける人だし、色々と頼れるとは思うわ」
「……」
祐人は瑞穂の言うことを理解する。これから、元々の目的である呪詛の調査の途上で色々とお世話になるかもしれない。学校側に不自然と思われる行動を祐人たちがとった時に、フォローもお願いできる。もちろん、一般人であるニイナには極力、迷惑はかけたくはないが。
「そうだ、それと近い理由で昼休みの時に一人、連れて来たい奴がいるんだけど、いいかな? ちょっと紹介しておきたいんだけど」
祐人のその申し出に瑞穂とマリオンは首を傾げる。
「それは誰?」
「うん、今回、試験生として隣のクラスに来ている僕と同じ学校の袴田一悟っていう奴なんだけど、唯一、僕の家の事情を知っている人物なんだよ。今回の件でも協力してくれると言っている。もちろん、依頼の直接的な協力ではなくて、僕が動きやすいようにしてくれるというものだけど」
瑞穂とマリオンは祐人の話に眉を寄せる。
「その人は信用のおける人物なの? 口の軽い人物だったら……」
「それは大丈夫だよ。大事なことは口の堅い奴だから、信用してくれていいよ」
「……確かに私たちも学校側に不審には思われたくないし、信用がおけるのなら……うん? じゃあ、あの綺麗な子も……あなたの裏事情は知らないのね?」
瑞穂は人だかりの中心で四苦八苦している茉莉の方にチラッと目をやった。
祐人は誰のことを指しているか理解して頷く。
「うん、知らない。僕の家のことは、前に瑞穂さんとマリオンさんにも言ったけど、極力誰にも知られないようにしてきたからね……。一悟が僕のことを知ったのは、なんと言うか、色々と重なって知られたもの……いや、というより一悟には伝える気になったんだよ、僕が。だから、主に一悟のフォローは茉莉ちゃんたちに、僕のことがばれないようにしてくれるものになると思う」
祐人の話を聞き、瑞穂とマリオンは若干、考えるような顔をしたと思うと、ブツブツ独り言のように呟く。
「そう……あの幼馴染は知らないのね、祐人のことを」
「知らないんですね……祐人さんから伝えられてもいない」
二人の様子に祐人は何だろう? と見つめている。
「分かったわ! 祐人の事情も。じゃあ、その人も連れて来なさい。祐人のことを、あの幼馴染に知られないようにするというのは重要な役割だわ! じゃあ、そこで大まかな役割分担と今後の調査について意見を交わすわよ」
マリオンも大きく頷いた。
「そうですね! 幼馴染に知られるようなことがないようにしてもらわないと! あ、もちろん、祐人さんが動きやすいようにですよ?」
「う、うん」
心なしか二人の機嫌がよくなったように見える。というより何か余裕が生まれたという感じか。
「それと祐人」
「なに?」
「あとで改めて、私たちにあの幼馴染を紹介しなさいね」
「そうですね。先程、挨拶はしましたけど、祐人さんから正式に紹介してください」
妙ににこやかな瑞穂とマリオン。
「あ、分かった。そのつもりでいたんだけど、あの調子で中々、近づけない感じだったから」
「瑞穂さん、何の話をしているんですか?」
そこにどこかに行っていたニイナが教室に帰って来た。
自分の席の隣で祐人と瑞穂たちが話しているのを見かけて、話しかけてきたのだ。
「あ、ニイナさん、今、祐人とちょっとね」
「祐人……」
ニイナは瑞穂の祐人への親し気な呼び方に反応するが、すぐに頷き、少々、小声にして声を上げる。
「あ……そうですよね。瑞穂さんたちは、ミレマーで一緒……。ということは、堂杜さんは瑞穂さんたちと同じ機関の……」
ニイナは祐人たちを見渡すと、祐人たちも黙ってニイナを見つめ返す。
「そうなんですね……。すみません、私は祐人さんのことはあまり覚えてなかったんですが、そういうことなんですね。あ、大丈夫です、私はその辺のことには深入りしませんので」
そう言い、ニイナは微笑んだ。
そして祐人に顔を向ける。
「堂杜さんはじゃあ、裏方でミレマーのために動かれていたんですね。本当にありがとうございます。それなのに先ほどは、ご迷惑をおかけしました」
ニイナは祐人に頭を下げた。
「あ、ニイナさん、気にしないで下さい。僕はまったく気にしてませんから」
瑞穂とマリオンは何とも言えぬ表情でその姿を見つめている。
祐人は慌てて、ニイナに声をかけると、ニイナは屈託なく笑う。
「はい、では気にしないことにします」
「え? あはは、そうそう、それでお願いします」
普段、この学院でいるときと比べ、随分とニイナはくだけた応対をした。この学院で、この素のニイナを知っている唯一と言っていい瑞穂とマリオンは、ちょっと驚くが、何も言わずしている。
それは、何かを見守るような様子にも見える。
ニイナはそこでピンときた、というような顔をする。
「ひょっとして、堂杜さんがここに来たというのは偶然じゃないんですか? 何か、理由があるんでは?」
中々、鋭い。
瑞穂とマリオンは苦笑いをし、ニイナには元々、今回の件は伝えておくつもりでもいたので「後で話すわ」とだけ伝え、祐人たちは互いに頷くと休み時間の終了間際に、自分の席に戻っていった。
その様子をお嬢様たちの僅かな隙間から、茉莉は確認している。
そして、花蓮は前を向きながらニマ~と笑った。
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