第127話 女学院と調査と②


「じゃあ、堂杜君たちは私が呼ぶまで、ここで待っててくださいね」


 聖清女学院の1年1組の教室の前で、このクラスの担任のオットリ感のある女性の先生

に言われ、祐人たちは頷いた。担任の先生はニコッと笑うと先に教室の中に入って行く。

 ここに来て祐人は極度に緊張してきた。それは茉莉も同じようで、表情が硬い。もう一人の編入生である花蓮は前髪で顔の大部分が隠れているため、よく分からないが、自然体に見えるので意外と大丈夫なのかもしれない。

 中で担任の先生が色々と説明しているのが聞こえてきて、クラスが騒めくのが聞こえると祐人は余計に不安になった。

 当たり前だがすべて女の子たちの声しか聞こえない。


(うわー、慣れないなぁ。それにしても、ここに瑞穂さんとマリオンさんがいるのか~。なんか変な感じだな。取りあえずは、呪いの調査をどのように進めていくかは、メールで大雑把にはしてあるから、あとは校内でどのように動いていくか……か)


 事前に必ず同じクラスに編入するようにしていると瑞穂から聞かされている。授業が終わり次第、呪術の調査を始める予定だ。

 すると、横から珍しく茉莉が弱々しい声を出す。


「祐人、さすがに緊張してきたわ。挨拶とか考えてきたのに、全部、忘れそう。転校生って、こんな気持ちなのかな? これから、転校生が来たらこちらから気を使ってあげないといけないって思うわね」


 茉莉が形のいい眉をハの字にして、右手で左手を握っていた。


「そうだね、これは独特な雰囲気だよね。僕なんて自己紹介で自分の名前を噛みそうだよ」


 ただでさえ緊張していた祐人だが、何でもそつなくこなす茉莉まで緊張していることに、余計に緊張の度合いが増してしまう。


「……二人とも大丈夫、なんて事はない。挨拶すれば、あとは適当に話は進んでいく」


 二人の様子を見てか、いや、前髪で見てるのか分からないが、花蓮がニマ~と笑いつつ祐人と茉莉を見上げた。

 茉莉は花蓮を見つめて、小柄で、どちらかと言うと一番、か弱そうな容姿をしている花蓮の物言いに感心する。


「わー、蛇喰さんはしっかりしてるわね。でも、ありがとう。そうよね、緊張してもしなくても状況は変わらないものね。蛇喰さんのおかげでちょっと落ち着いたわ」


 そう言い、茉莉が花蓮にニッコリ笑うと、花蓮は照れるように顔を僅かに赤らめるが、胸を反らしてニマ~と笑って鼻をならした。


「私のことは花蓮でいい。苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないから」


「え? ああ、うん。じゃあ花蓮さん、私のことも茉莉でいいわ」


 花蓮は頷き、満足そうにする。


「あ、じゃあ、僕も祐人でいいよ」


「男は別」


「……!?」


 花蓮は微妙な顔をしている祐人を無視するように、教室に目を向ける。


「私はこういうことに慣れている。呼ばれたら私が先陣をきるから、二人は私に付いて来て」


「お……おお、蛇喰さん、頼もしい!」


 祐人が称賛すると、花蓮は鼻をならした。恐らく嬉しいのだろう。

 すると、教室から担任の先生の声で「三人ともどうぞ」と声をかけられて花蓮を先頭に祐人と茉莉が続いた。




 祐人たちが廊下で待っていた時の教室内では、担任の説明もあまり耳に入らないお嬢様たちがまだかまだかとそわそわしていた。


「うふふ、瑞穂さん、祐人さんの学生服姿は初めてですね」


「まあ、そうね。制服なんてどこでも同じでしょうけど」


 教室の最後尾にいる瑞穂とマリオン。祐人を待ちわびているようなマリオンの言葉に、そっけなく答える瑞穂だが、マリオンには瑞穂の心うちが透けて見える。

 いつも一緒に登校してくる二人だが、今朝はいつも以上に身だしなみに時間をかけていたのだ。


「それにしても……三人も来られるんですね。しかも、うち二人が女の子なのは聞いていませんでしたので驚きました」


「え!? そうなの、マリオン?」


「もう……瑞穂さん、聞いてなかったんですか? 今、説明してましたよ」


「そ、そう。でも、どこから招いたのかしら」


「さあ……」


「あのー、瑞穂さん、マリオンさん、すみません、これはどういう状況なんですか? 先週はミレマーの式典で丸々、お休みをしてまして、よく分からないでのですが……」


 瑞穂の横からニイナが不思議そうに首を傾げていた。


「あ、ニイナさん、そうね、ニイナさんは今日初めて聞いたのよね。これはね……」


 瑞穂が簡単にこの状況を一から説明をする。


「そ、そうなんですか!? 驚きました。それでこんなに騒いでるんですね」


 そう言うニイナの横顔を瑞穂とマリオンは見つめていた。

 何故なら、これから呼ばれる生徒の中には、祐人がいる。

 ニイナの記憶からは消えてしまっているが、本来はニイナにとって再会と呼べるものなのだ。

 実は瑞穂とマリオンは、祐人が来るということはニイナも祐人に出会うことに気付き、祐人のことを、ミレマーでのことをニイナに伝えるべきか、事前に話し合っている。

 だが、結局、伝えないことを決めた。それは悪意からそのように決めたのではない。当初、瑞穂とマリオンは伝えることを考えていたのだ。

 でも、それは少し違うのではないか、という考えに至った。

 それは説明が難しいのだが、逆にニイナに失礼な気がしたのだ。

 何故なら、自分たちは偶然の力も働いたかもしれないが、祐人を自力で思い出しているのだから……。

 それをニイナには事前に教えてしまうという、そのことが、ニイナがもし本当に祐人を思い出すようなことがある時、自分だったら……と二人は考えた。

 そうだとしたら……悔しいだろうな、と。

 きっとニイナも自分たちにそう思うに違いないとも。

 なんとも理屈としては成り立ってはいないとは思う。でも、瑞穂とマリオンはそのようになると確信したのだ。

 もし、万が一だが、ニイナが祐人を思い出したのだとしたら……、

 その時は正々堂々とニイナと向き合うだけだと、瑞穂とマリオンは思っている。

 それが二人のプライドでもあったと言えた。


 説明をしていた担任もその生徒たちの浮ついた状況に苦笑いし、早々に説明を終え、試験生たちを呼んだ。

 すると、教室前方の入り口から小柄の少女を筆頭に、祐人が入室してくる。

 お嬢様たちから、緊張と期待の入り混じった声が沸き上がった。


「殿方よ、殿方が来られましたわ」

「は、はしたないですわよ」

「わたくし……震えが止まらないですわ」

「だ、大丈夫ですわ、英子さん。とても穏やかな人だけをお呼びしているそうですから」


 このような教室内の中、瑞穂とマリオンは食い入るように祐人を見つめていた。

 久しぶりに見た祐人は、緊張しているようで歩き方がぎこちない。

 でも、それは紛れもない祐人だった。その祐人が他校のものだが制服姿で自分たちの通う学院の教室内にいるということが、何とも不思議で……。


「瑞穂さん、マリオンさん、ど、どうしたんですか? ニヤニヤして」


 ニイナに軽く引き気味に言われ、二人はハッとした顔でいつものように構える。


「あ、なんでもないです、ニイナさん。おほほほ」


「ちょっと、私はニヤニヤなんてしてないわよ」


「そ、そうですか?」


 そこに大きな感嘆の声が上がり、瑞穂とマリオンは前を向いた。

 祐人たちが入室すると、お嬢様とはいえ同じ年頃の少女たちである。この物珍しい訪問者たちに好奇心で目を輝かし、至る所で声が上がった。特に祐人は男なので視線が集中する。だが、その大きな感嘆の声は、三人目の入室者に向けられた。

 それは茉莉である。

 茉莉は緊張しているようだったが、その栗色の髪を靡かせ、姿勢良く登場した途端、お嬢様たちのその注目をすべて奪ったのだ。


「な、なんて綺麗なのかしら……」

「ええ、一瞬にして教室が華やいだように感じましたわ」

「素敵……」

「四天寺さんとシュリアンさんとお並びになりましたら、どれだけ素晴らしいのかしら」

「ニイナさんもいますわ」


 お嬢様独特の雰囲気もあり、茉莉は小声ではあるが同性からの誉め言葉に若干、狼狽えている。

 そして、瑞穂とマリオンというと……違う意味で目を丸くしていた。


「マ、マリオン……気付いているわよね、あのすごい綺麗な子の……」


「は、はい、あれは、祐人さんと……同じ制服です」


「まさかとは思うけど、同じ学校というだけで関係はないわよね? あれだけ綺麗な人が」


「はい、まさか祐人さんと仲が良いということはないと思います。さすがに」


 そう言いながらも嫌な予感が二人の少女にほどばしったのだった……。




「はい、皆さん、お静かに。それでは、このお三方がこの度、当学院に来てくださった試験生の皆さんです。それでは自己紹介を順番にお願いしますね」


 すると、誰に言われるまでもなく花蓮が堂々とした態度で一歩前に出た。

 教室内に呼ばれる前に言っていた通り、緊張した様子は見えない。

 その小柄ながらも物怖じしない姿に祐人も茉莉も緊張が和らぎ、花蓮がいてくれて心から良かったと思った。

 その花蓮が髪の毛で目が隠れて見えないが正面に顔を上げた。


「ははは、はじべましで! じゃばびがれん、でぶ!」


 膝の力が抜け、前と後ろに倒れそうになる祐人と茉莉。

 花蓮は噛んだ舌をおさえ、しゃがみこんでいる。


(うおい! 噛みすぎでしょう! どんだけ緊張してんの? さっきの頼もしさは何だったんだ、この子は……)


「まあ、小柄で可愛い!」

「ええ、愛くるしいです。目が見えないのが残念ですわ」

「ああ、早くお話ししたい!」


 だが、お嬢様たちには好印象だったようだ。


「はい、では次の方ね」


 花蓮に続き、祐人の番になると、祐人は教室内に広がる全員乙女たちという光景に頭がクラクラしてしまう。

 祐人に注目し、シーンとした教室。

 その雰囲気に飲まれ、緊張がマックスにまで高まる祐人だが、意を決して声を振り絞った。


「あ、ど、堂杜祐人です。み、短い間ですが、よろしくお願いします!」


 祐人は深々と頭を下げる。

 いまだにシーンとした教室内。


「噛みましたわ」

「噛みましたわね」

「殿方って、もっとお強いイメージでしたけど……」

「やはり、人から聞くのと実際に見るのでは違うのですね」


 お嬢様たちからの微妙な反応に渇いた笑いになる祐人。

 どうやらお嬢様たちが期待していた男性像と違ったらしい。


「あはは……」


 若干、残念なそうにし、ざわついているお嬢様たちの様子を眺めながら、祐人は、教室の最後尾に瑞穂とマリオンを見つけた。

 祐人はその瑞穂とマリオンは目が合うと、何故か二人は難しそうな顔をして腕を組み、こちらを凝視している。


(何だろう?)


 祐人は首を傾げるが、よく見るとその視線は自分と茉莉を行ったり来たりしているように見えた。


(ああ、なるほどね。茉莉ちゃんは目立つから。まあ、後で紹介すればいいか。それよりも今後だよな)


 今回の試験生制度は、夏休みまでの一ヵ月弱の期間である。この短い間に敵の居場所を特定しなければならない。

 それを考えれば、これから、密に連携して呪いについての調査と話し合いが必要なので、できれば祐人は瑞穂たちの近くの席に座りたいと思った。

 その方が今後、何かと都合がいい。幸い瑞穂もマリオンも最後尾の席なので、その辺りに座らされる可能性が高いだろう。祐人はそう考えて、見てみれば、後ろの方に空いた席がチラホラとある。

 教壇の横にいる祐人から見て、最後尾の右の窓際に空席が2つ並んでおり、マリオン、空席、瑞穂と並んで、その隣にはこちらを大きな目でジッと見ている異国の少女が座っていた。そのやたらと、こちらを大きな目で見ている少女のところから左にも空席が並んでいる。


(まあ、あの窓際の辺か、瑞穂さんとマリオンさんの間に座らせてもらおう……って、うん? あれ? あれれ? 今、見たことある人がいなかった?)


 祐人の視線が左最後尾の空席から右に移動していくと瑞穂の隣に座る異国の少女にとまった。

 瞬時に祐人の顔が驚愕に染まっていく。

 危なく声が出そうになり祐人は口を押さえた。

 その様子に気付いた瑞穂とマリオンは何故か半目になっている。

 祐人は、どういうことか!? と、すぐに瑞穂とマリオンの方に目を移した。

 途端に瑞穂とマリオンは祐人の視線を受けないように同時に顔を背ける。

 祐人はわけも分からずに完全に動揺してしまっていた。


 何故なら、そこに座っている少女はミレマーで出会った……ニイナだったのだ。


 祐人は世界能力者機関の依頼で赴いたミレマーでニイナに出会い、そこでニイナの祖国ミレマーに対する想いを知り、そして、実父であるグアランの仇をとろうとしたニイナに代わり、祐人がニイナの実父の仇でありミレマーの敵となったスルトの剣の首領ロキアルムを倒している。

 祐人は、そのスルトの剣との戦闘で能力を開放し、祐人という存在はニイナの記憶の中から消えた。


 そのニイナが明らかにこちらを……自分の方を見つめている。


 今、何故、ニイナがここにいるのか、祐人は聞いていない。

 祐人の記憶では確か、あの後、ニイナはアメリカの大学に入学すると言っていたはずだ。

 祐人は……自分でも理由は分からないがニイナの視線と合わないように、ニイナの方を見ないように、ただ前方に目を向ける。

 その祐人の様子を瑞穂、マリオン、茉莉はそれぞれに見ていた。

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