第88話 マットウの依頼

 夜が明けての早朝、マットウ邸の瑞穂たちの部屋に祐人は呼び出されている。祐人はまだちょっと頭痛の残る状態で、瑞穂とマリオンの説教を受けていた。

 因みにマットウとニイナの部屋には、何があってもすぐに気付けるように、昨夜の間にマリオンが結界を張っている。


「祐人聞いてるの? 依頼相手の、しかも今回はマットウ将軍という大物のご令嬢と変な噂がたったら、機関の顔に泥を塗るのよ? そんなことになったらリーダーの私の責任にもなるじゃない!」


「いや、だから、ニイナさんとはちょっと話をしただけで……」


「祐人さん! 問題は事実でなくても、噂がたつような行動が問題なんです!」


 普段、優しいマリオンに言われると、少々、怖いと思う祐人。


「そ、その噂をたてようとしてるのが、あの執事のジジイ……アローカウネさんで、過剰に反応しているあの人が問題で……」


「祐人!」「祐人さん!」


「ひ!」


「本当はニイナさんが綺麗だから、声をかけたんでしょう!」


「そうです! 昨日、お話した感じで分かりました。あのお嬢様然とした雰囲気に引き寄せられたんじゃないんですか?」


「そ、そんな……それにお嬢様っぽいって言ったら、2人だってそうじゃない……?」


「え? そ、そう?」「え? そ、そうですか?」


 先程まで舌鋒鋭かった二人の少女が突然、柔らかい表情になる。


(あ、あれ? チャンス!)


「そ、そうだよ! だから、全部、アローカウネさんがニイナさんを大事に思うばかりに、あんな誤解を招くような言い方を!」


 この祐人の発言中に、この上ないタイミングでドアからノックされる音が聞こえた。

 その音で我に返った瑞穂は「どうぞ」と応答する。


「失礼いたします。皆さま、ご朝食の準備が出来ましたので、食堂の方までお越しいただければと存じます」


 祐人が、瑞穂とマリオンの説教から逃れようと畳みかけようとしたところ、この現状を作ったともいえる、祐人の天敵アローカウネがすました顔で入ってお辞儀をした。


(ぬぬぬ、また、タイミングを計ったみたいに……わざとじゃないだろうな? この人)


「あ、分かりましたわ。すぐに準備してそちらに参りますわ」


「わたくしも、そう致しますわ」


 と変な話し方になった瑞穂とマリオンは、「ほほほ」と社交性の高い笑顔をこぼした。その変わりようについていけない祐人は、二人を反目で見つめる。

 アローカウネは祐人がソファーに小さく座らされて、二人の少女に責められていたことを確認するように祐人を見つめると、ニヤッと笑った。


「あ! 今、笑ったよ! 瑞穂さん、マリオンさん! この人、今、すっごい悪い顔で笑ったよ!」


「それでは、食堂でお待ちしております」


 祐人を無視し、必要以上に華麗にアローカウネは瑞穂とマリオンにだけ向かい、再度お辞儀をした。


「承知いたしましたわ、アローカウネさん」


「ええ、後ほど」


 アローカウネは瑞穂とマリオンをまるで、お姫様のように扱うと部屋を出て行く。


「ぐぬう! あのおっさん、絶対、話を聞いてたよ!」


 祐人が憎々し気に、アローカウネの出て行ったドアの方を睨んだ。


「祐人! 訳の分からないことを言ってないで、あなたは先に食堂に行ってなさい」


「あ、うん、分かった」


 瑞穂にそう言われ、祐人は立ち上がり、部屋を出ると渋々と一階の食堂に足を進めた。


「ああ、まだ頭が痛いよ……。バーボンって度数、どれくらいなんだろう?」


 昨日、遅くまでマットウに付き合わされた祐人は、頭を軽く抑えた。ただ、用意された3本のバーボンは1本だけ空け、残り2本を残しマットウが寝てしまったので、祐人は胸を撫で下ろしたのだった。

 それでも祐人にはきつかったが。


(マットウ将軍が言うほどお酒が強くなくて良かったよ……うぷ)




 マットウ邸の食堂で朝食も終わり、本日の予定をマットウとニイナも含めて祐人たちは話していた。

 当初、朝食に遅れてきた瑞穂とマリオンが、祐人がそんな服、持って来てたの? というくらいの可愛らしい姿で来たので、マットウを始めニイナもアローカウネも褒めちぎり、二人は上機嫌だった。


「で、祐人君」


 昨日からマットウは祐人のことを名前で呼んでいる。


「はい?」


「頼んでいた護衛の話だが、今日昼過ぎからお願いできるかな?」


「あ、分かりました」


 祐人はそう返答すると、瑞穂たちに振り返った。

 瑞穂は祐人に頷くとマットウに顔を向ける。


「マットウ将軍、念のために私たちにもどこに行くのだけは、教えていただけませんか? マットウ将軍のご意向は分かっておりますが、万が一を考えると私たちも居場所くらいは把握しておきたいのですが」


「ふむ……」


 珍しくマットウが渋い顔を見せた。そして、しばし考えるようにマットウは顎髭をさする。


「うむ、分かった……では、行き場所はアローカウネに地図を渡しておくとしよう」


「ありがとうございます、マットウ将軍」


 そこにアローカウネがマットウの背後に近寄った。二人は小声でやり取りをする。


(よろしいのですか? 旦那様……)


(うむ、考えてみれば、もうすぐあの場所の意味はなくなる。いや、過去のものにしなくてはならない。もう、そこまで来ているのだからな……。ニイナを連れて行っても良いとも思うが……私が帰って来た時にはもうすべてが明るみになるものだ)


 アローカウネは無言で頭を下げて、瑞穂たちに顔を向ける。


「今、場所を承りました。後で地図をご用意しましょう」


 そう言うアローカウネとマットウをニイナは静かに見つめていた……。

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