第67話 つかの間の移動
ヤングラを出発し、約3時間が経過した。祐人はグエンの運転する軍用ジープの助手席で地図を確認する。
「もうすぐ、テインタンさんの言っていた敵の襲撃ポイントだけど……」
祐人たちはヤングラを出発する前日に、テインタンからこの辺りでの襲撃の可能性が高いことと説明を受けていた。だが、それはあくまでこちらの予想にすぎない。敵がこちらの想像通りに来るとは限らないのだ。
祐人もそれは理解しているので、敵が何時来ても良いように現在地と周辺の地形を常に確認していた。
今回の祐人たちが立案した作戦には、周囲の地形を頭に叩き込むことが大前提である。そして、襲撃の始まりが作戦開始の合図となる。祐人はその際に使う無線機を確認した。
「四天寺さん、マリオンさん、念のため無線機の作動確認をしてくれる?」
「分かったわ」
「分かりました」
祐人が軍用の無線機のスイッチを入れて周波数を合わせる。
「良好よ」
「私も問題ありません」
「オーケー。じゃあ、作戦は昨日、話した通りにね」
瑞穂とマリオンは頷く。そして、瑞穂はスイッチを切ると祐人に顔を向けた。
「でも、堂杜祐人」
「何?」
「勝手に周波数まで変えていいの? 味方部隊にも聞かれたくはないのは分かるけど……」
「うーん、大丈夫でしょう。別に足を引っ張るわけでもないし、用心することに越したことはないよ。それにこれも盗聴されそうになった時の時間稼ぎでしかないから。作戦が始まれば、味方部隊もそんなことに構っていられないし……皆、生き残るのに必死なんだから」
祐人は笑うが、瑞穂とマリオンはその祐人の用心深さに、実戦の空気の一端を感じることが出来た。出来る準備は最大限にする……それは命のやり取りをする者のなくしてはならない鉄則なのだ。
「それと、堂杜祐人……」
「あ、四天寺さん」
話を続けようとする瑞穂を祐人が遮る。
「四天寺さん、作戦中は僕のことは堂杜か、祐人で構わないよ。なるべく時間のロスはなくしたいし、毎回、フルネームは呼びづらいでしょ?」
瑞穂は祐人の申し出に目を大きく広げた。
「そ、そうね、作戦中は不便だものね! うん、うん、仕方ないわね……。じゃ、じゃあ、祐人……にしようかしら? マリオンもそう呼んでいることだし! 統一するってことで」
瑞穂は大きく、そして何度も顔を縦に振っている。
「うん、そうして」
祐人が頷き、前を向いて肩から背負う無線機のパックを確認している。
何故かちょっと嬉しそうにしている瑞穂の横でマリオンが面白くなそうに口を尖らす。
「瑞穂さん、別に……堂杜でも良いんじゃないですか? それに私は“さん”を付けてます」
「な! マリオン! わ、私は祐人の方が文字数が少ないと思って! それだけよ! 作戦中だし!」
「むう……別にいいです。作戦中だけですし……」
「そ、そうよ! 効率を考えての話なんだから……ハッ」
瑞穂は気付いたような顔をする。
「あ、ちょっと! ひ……祐人!」
「うん? 何? 四天寺さん」
祐人が振り向く。
「それよ! あ、あなたも私のことは、み、瑞穂でいいわ!」
「え? ああ、でも……いや、うん、じゃあ瑞穂……さん、でいいかな?」
「べ、別に……さん、はいならいわ……よ」
瑞穂はごにょごにょ言っていると、普段、大人しいマリオンが珍しくガバッと割って入ってくる。
「瑞穂さん、でいいんじゃないんですか? 私もマリオンさん、ですし、それに作戦中だけ! ですし!」
「そ、そうだね、瑞穂さん、にするね」
マリオンは笑顔で祐人に言うが、妙に迫力があったので祐人は気圧されるように返事をする。やたらと作戦中だけ、と強調してくる。
横で瑞穂がちょっと涙目でマリオンを睨んでいるように見えるが、気にしないでおくことにした。
祐人は、この辺りの空気の読み方は茉莉で学んだ。
(でも、なんだろう? マリオンさんの笑顔に……癒しがない……)
祐人は、マリオンの筋肉だけの笑顔に、弱弱しい笑顔で返し、逃げるように前を向いた。
「マ、マリオン~」
瑞穂が大物を釣るチャンスを逃した釣り人のような顔をして呟くと、マリオンは笑顔で、
「いきなり、女の子の呼び捨ては良くないですから……私も、さん付けですし……」
「マ、マリオン……あなた、変わりすぎよ……」
「瑞穂さんもです……」
「「…………」」
目が合う二人の少女。
この二人だけに分かるお互いの変化があるようだった。
「「フフ……フフフ……フフフフフ……フフフフフフフフフフフフフフフフフ……」」
ジープの後部座席からゴゴゴゴゴという、擬音が聞こえてきた気がして助手席に座る祐人は固まるように前を向いている。今、決して後ろを向いてはいけない気がする。
(な、何!? 背後から闘気が! 何なの? 何が生まれてるの?)
祐人は震えた手で、地図をひたすら見る作業に没頭することにした。
(早く敵! 早く出てきて! 敵! お願い!)
祐人は心から、敵の襲来を待ち望んだ。
すると突然、祐人たちを乗せたジープの運転手のグエンは鼻歌を歌いだす。
「いや~、作戦中に不謹慎ですが、若い方を乗せて運転すると楽しいですな~」
横で震える少年と、ただ、微笑むことを止めない少女たちと同じ車中で、唯一人グエンは上機嫌で楽しそうにしているのだった。
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