第59話 戦い前夜②

 

 祐人達は、些細なことでも何か気づいた事があれば、これからは互いに意見を出し合うように、と瑞穂が提案し頷き合う。

 すると、祐人達のいる部屋のドアがノックされる。

 それに気づき、瑞穂は「どうぞ」と言うと、ドアが開き、そこには明らかに高級軍人の制服を着た風格のある人物が立っている。後ろには、先程、祐人を案内してくれた護衛隊長のテインタンが控えていた。


「マットウ将軍!」


 瑞穂は立ち上がると、それに倣って、祐人とマリオンも立ち上がる。


「ああ、済まない。会議が長引いてしまってね。楽にしてくれていい。新しい護衛の方が機関から来たと聞いたのでね。挨拶に来た」


「そんな、こちらからお伺いしましたのに、わざわざ、申し訳ありません」


 瑞穂は丁寧に応対する。マリオンも頭を下げたので、祐人も慌てて頭を下げた。いつもは、そんな素振りは見せないが、やはり瑞穂はこの辺り、良家のお嬢様然としている。


「いや、機関にはこちらから無理を言って、護衛を頼んだのでね。こちらから伺うのが筋だろう。うん? 君かい? 新しい護衛の方は」


 マットウが祐人を見て、笑みを見せる。太陽を浴びて、褐色になった顔に皺を作り、祐人に話しかける。年齢は五十台半ばと聞いているが、その表情は経験豊かな初老の学者のような感じを受ける。


「あ、はい。堂杜祐人と申します。全力で護衛をしますので、よろしくお願いします」


「君のような少年が……。彼女たちが来た時も驚いたが、機関には優秀な若者が多いようだね。こちらからもよろしくお願いするよ」


 そう言い、マットウは手を前に出す。祐人はすぐにその手を握り、握手を交わす。学者のような風貌だが、やはり軍人というに相応しい、武骨な手をしていた。祐人はマットウから、数々の修羅場を潜り抜けた人間特有の雰囲気を感じ取る。


「ちょっと、話そうか。少しぐらいならいいだろう?」


 マットウはそう言い、テインタンに振り返ると、テインタンは時計をみて軽く頷いた。

 瑞穂はマットウを先程、作戦会議をしていたテーブルに導いて座ってもらった。そして、瑞穂たちも席に着く。テインタンはそのままマットウの後ろに、微動だにせず控えている。


「この度は、護衛の役割を引き受けて頂き、申し訳ない。だが、今回の国連でのスピーチは、今後のこの国の行く末を、変えることになる。いや、変えるためのものだ。どうか、力を貸して欲しい」


 マットウが軽く頭を下げる。その態度に驚き、祐人達は恐縮する。一国の軍の大派閥の長が、自分達のような若い少年、少女に礼を尽くしているのだ。


「マットウ将軍、もちろん全力で守らせて頂きます。機関は、能力者という人種が雇われて、暗殺を担うような能力者ばかりではないことを知らしめるために、私たちを派遣しました。私たちは、それを証明するために全力で働きます」


「そうか、すまない」


「それで、今後の予定を伺いたいのですが」


「うむ。明日に、ここから北に五十キロほどのところにある、ミンラという町に行く予定だ」


「ミンラ、ですか?」


「ちょうど、ここに地図があるかね? そう、その地図をこちらに広げてもらえるかな」


 マットウの指示でマリオンが地図をテーブルに広げる。


「今、我々がいるヤングラがここだが、ミンラは北へ行き、ここがミンラだ」


 祐人達は、地図上のマットウの説明に応じて動く、指先を追いつつミンラに行くのに使う道を確認する。ミンラは地図でも見た限り、非常に小さな町で戦略的な価値が分からない。祐人も、護衛をする者として、ミンラに赴く理由を聞く。


「マットウ将軍。何故、ミンラに赴くのですか?」


「ああ、実はここは私の故郷でね。しかも、私の娘がいる。国連のスピーチでアメリカに発つと当分、愛娘の顔が見られない。その前に顔を出しておこうと思っていてね。はっはっは! どうも、娘には弱くてね、いや~、親ばかで申し訳ない」


 この非常に緊迫した状況で、娘に会うために里帰りと言われ、祐人は思わず顔が引きつる。思わず、後ろに控えるテインタンに目をやると、テインタンは祐人の目を躱すように、あらぬ方を見ている。何だか、空気は伝わってきた。


「そ、そうですか、そうですよね、やっぱり、会いたいですよね……」


「おお、堂杜君、分かってくれるか! こう毎日が忙しいと、どうしても娘が気になるんだよ。それに、同じ年頃の瑞穂君とマリオン君を見ているとなぁ、余計、会いたくなってしまってな。うちの娘はな、親の私が言うのも何だが、ここにいる瑞穂君とマリオン君にも劣らない美少女だぞ? はっはっは!」


「ははは……」


 瑞穂とマリオンは、既に諦めたような表情で愛想笑いをしている。どうやら、今までの任務でも同じようなことがあったのだろうと、祐人は想像した。

 何とも、護衛泣かせの人らしい……。


「だが! 堂杜君!」


 突然、マットウが眼光鋭く、祐人に迫力のある軍人の声を出す。祐人も驚き、背筋を伸ばす。


「は、はい!」


「いくら可愛くても、私の娘の気を引こうなんて考えるんじゃないぞ。あの子は、難しい子でな、そんじょそこらの男では相手にもされないからな!」


「は? ははは……肝に銘じておきます」


「うむ! 肝に銘じておきたまえ。はっはっはー」


 瑞穂は真剣な顔で、機嫌よく笑っているマットウに今後の警護のことを伝える。


「マットウ将軍。ミンラへの移動は承知しました。ですが、将軍もお分かりでしょうけど、この移動時に敵の襲撃が来る可能性は高いです。そこで将軍のお考えを聞きたいのですが……」


 マットウは瑞穂の問いかけに、顔を引き締めて瑞穂に顔を向ける。


「うむ、それはそうだろうな。テインタン」


「は!」


 マットウが護衛隊長に声をかけると、テインタンは祐人達が座るテーブルの横にやってきた。そして、地図を前に移動時のプランを説明する。


「我々は、この道を使い移動を致します。四天寺様の言う通り、敵はこの機会を逃すとは思えません。それで我々の予想ですと、この辺りで襲ってくるのではないかと考えています」


 テインタンは地図を指示しつつ説明をする。


(襲われるのを分かってるなら、移動しなければいいんじゃないの? まあでも、どこにいても、これからは襲われる可能性があるから同じか……)


 などと考えながら、祐人達は、その移動の際の道を確認する。

 テインタンの指し示す場所は、ヤングラから出て、ややミンラに近い場所であった。そこは地図で見る限り、前回に襲ってきた地形のようにちょうど、山々に囲まれた地点であった。


「カリグダが雇った敵はマットウ将軍の暗殺を目論んでいますが、カリグダは表立っては暗殺を政権側が手を下した、といった証拠は残したくない筈です。そう考えると、人里から最も離れたこの地点が可能性が高いと考えます」


「今回は、ダミーの部隊は出されないんですか?」


 祐人が質問すると、


「はい。それは考えたのですが、今まで敵は必ず、我々本隊を襲ってきました。前回のダミーも見事に見破られています。もちろん、スパイの存在も含め、盗聴や敵の斥候には気を付けていますが、敵は能力者……限界があります。であるなら、戦力分散をしない方が良いと考えました」


 マットウはテインタンの話を聞きながら、ティーカップを傾け、祐人達を見渡す。


「君たちにはすまないと思っている。私が護衛対象としては優等生ではないと思われも仕方がない。だが、どこにいても襲われるのであれば、なるべく一般市民を巻き込むような真似はしたくないのだよ、私は。これが我が儘であるのは重々、承知はしているのだがね」


 瑞穂はマットウの言葉に、護衛の責任者として思うところはあるが、静かに頷いた。


「いえ、分かりました。私たちはマットウ将軍の護衛が仕事です。その仕事に最後まで従事したいと思います」


 マットウは瑞穂の言葉に頷くと、立ち上がった。


「テインタン、後をよろしく頼む。私はこれで失礼させてもらうよ。現場に行けば、もちろん、君たちの言う事に従おう」


「は!」


 マットウは、そう言うと部屋から出て行った。祐人達は立ち上がり、マットウが出ていくのを見送った。マットウが出ていくと祐人達は着席し、テインタンはその祐人達に顔を向ける。そして、一旦、部屋を一望しながら、瑞穂を見つめる。


「大丈夫です。この部屋には結界を張りました。相手からの透視、盗聴の心配はありません。盗聴器具の類も電波遮断されます」


 それを聞きテインタンは大きく頷いた。


「皆様、マットウ将軍を許してください。将軍は多くは語らないですが、今回のミンラへの移動は、ご息女に会うだけが理由ではないのです。もちろん、それもあると思いますが」


 祐人達はテインタンに、怪訝そうに顔を向ける。テインタンはテーブルに座り、その理由を説明する。


「先程の将軍の話の通り、ミンラは将軍の故郷です。そして、それと同時に将軍の重要な政治的地盤でもあります。そのため、どうしても常に気にかけておく必要があるのです」


 祐人は、テインタンの話に嫌な予感がする。


「ミンラで何かあったのですか?」


「はい。というより、現在進行形の話なのですが……。実は、ミンラの隣にあるジーゴンという村があります。とても貧しい村です。ですが、そこは軍事政権の首相であるグアランの故郷でもあるのです」


「え!? それは……」


 祐人達は驚いてしまう。そんな近くに敵のナンバー2の故郷があるとは。


「そのため、グアランは自分の生まれ故郷ということで、ジーゴンに優先的に国費を投入して自身の出世の恩恵を与え始めているのです。道路の整備や市場の新設等、再開発をすると、グアラン自ら指揮をとっているんです」


 祐人は眉を顰めるが、テインタンの話にマリオンは納得したように頷く。


「なるほど、故郷に錦を飾るためにですか……。まあ、成り上がりの人がやりそうな話ですね」


「はい……。ですが、それは表向きです」


「どういうこと?」


 瑞穂は怪訝そうにテインタンに質問すると、祐人は考え込むように腕を組んだ。


「まさか、そのグアランはマットウ将軍の地盤の切り崩しにきていると……。マットウ将軍の地盤はミンラを中心に広がっているはず……。その中心のミンラの隣にグアランが、人気取りとも取れる政策をぶつけてくるのは、マットウ将軍としては看過できない事態だよね。民主化を推進するマットウ将軍の大きな地盤が揺るぎかねない」


「あ……」


 瑞穂とマリオンはそれが、どういう意味を持つか理解した。祐人の察しの良さにテインタンも少々驚くが、大きく頷いた。


「そういうことです。それで、マットウ将軍はミンラ周辺の地盤固めを確固にしておく必要があるんです。ましてや、もうすぐ国連でのスピーチを控えていますが、マットウ将軍のなさることは、そこで終わりではありません。いえ、むしろそこからがスタートと言っても過言ではないんです。そう考えれば、どうしても放っておける事案ではありません」


 魔界と言われる魔來窟の向こう側の世界では、人外だけでなく人間たちも多く住み、複数の国家が形成されていた。

 祐人がその魔界で3年間逗留していた際に、このような国家間の政治闘争に巻き込まれ、嫌気をさしたことがあった。

 そこでは、人間に仇なす人外という、共通の敵がいるにも関わらず、その水面下では勢力争いをし、中にはその勢力争いを利用されて人外に操られた勢力もあった。

 そういった政略の裏についての経験が、祐人の思考回路に組み込まれている。一つの行動が複数の意味を持つことが多々あるのだ。

 瑞穂は、この手の話は得意ではないが理解力はある。祐人やテインタンの話を聞き、軽く息をついた。


「良く分かりました。マットウ将軍にも言いましたが、私たちは自分の仕事をするだけです。テインタンさん」


「ありがとうございます。今後とも、将軍をよろしくお願いします。皆様、明日は早朝にここを発ちますので、ご準備をお願いします」


「はい」


 テインタンは頭を下げて退出しようと席を立つが、気付いたように瑞穂に顔を向ける。


「あ、四天寺様、申し訳ありません。明日の移動の際、将軍の警護ですが、我々はどうすればよろしいですか? いつも通りでよろしいですか? 何か、作戦があればそれに従いますが」


「そうですね。作戦はありますが、そちらはいつも通りでお願いします」


「おお、作戦があるんですね! 分かりました!」


 テインタンは、驚いたように、そして喜びに溢れた反応で返事をするが、それに対し瑞穂は、目を半開きで応答する。


「……まるで、今まで作戦がなかったような反応ね」


「あ! いえ! そういう意味ではございません! 敵もそろそろ時間的に考えて、本気で仕掛けてくる可能性がありましたので! それで……どのような作戦なので? 今まで通りで、我々は邪魔ではないのでしょうか?」


 テインタンは、慌てて両手を広げ、瑞穂に体を向ける。そして、話題をそらすように、作戦の話に戻す。普段、冷静な護衛隊長の顔はやや引きつり、作り笑顔で汗をかいている。


「ふー、まあいいわ。別に邪魔ではないわ。私たちの作戦は……」


 瑞穂が作戦の内容を大まかに説明をしようとすると、祐人が笑顔で自信満々に割り込んでくる。


「作戦は、僕が考えたんですけど、マットウ将軍の周りを四天寺さんとマリオンさんに固めてもらって、その間に僕が敵の索敵を行います。僕はスピードと体力には自信があるので怪しいと思われるところから、その一帯を全力で探します。そして、敵召喚士らしき気配を感じたら、四天寺さんに連絡して応援に来てもらいます」


 誇らしげに、そして嬉しそうに語る祐人を見て、瑞穂とマリオンは一瞬、目を見開くが、その後は冷ややかな反応で聞いている。テインタンは祐人の話を聞いて考えるように、顎に右手を添えた。


「なるほど……。堂杜様が来たことで戦力が増しましたからね。しかし、それでは堂杜様の負担が大きいのではないですか?」


「ははは、そんなことはないですよ。ランクDでしかない僕が呼ばれた理由の一つが、この体力ですから。全力で走り回って、逃げ回っているはずの召喚士を慌てさせます。そうすれば、召喚された妖魔の動きも鈍りますし、四天寺さんたちにも余裕が作れると思います。もう一人いると思われる能力者も気になりますが、要は召喚士です。次回こそは召喚士を見つけて、叩くつもりです」


「確かに! 敵召喚士さえ無力化させれば、今後の護衛も楽なものになるでしょう!」


「はい! 任せてください。僕は20キロぐらいの距離は全力で走り続けることができますから!」


「おお、そうですか! さすがは能力者ですね。我々の部隊でも、そんな距離を全力疾走のまま移動できる者はいません。よく分かりました。明日は我々も将軍を守るために死力を尽くします。何かありましたら、その都度、ご連絡ください」


「分かりました!」


 テインタンは感心したように頷き、祐人たちの部屋を後にした。

 テインタンが出て行くのを見届けて、マリオンは祐人に不審そうな顔を向ける。それに合わせて瑞穂も同じような表情で祐人を見る。


「祐人さん。どうして……」


「そうよ、堂杜祐人。何故、あの護衛隊長に……嘘を?」


 祐人は先ほどまでの、笑顔を改めて表情を引き締めると瑞穂たちに答えた。


「うん、ちょっと用心が過ぎるかもしれないけど……。今度の作戦の件は僕たち以外に漏らさないほうがいいと思ったんだよ」


「まあ、それもそうだけど、テインタンさんは護衛隊長よ?」


「そうです。ここは作戦を明かして協力させた方が……」


「うん、でも今までの襲撃の話だと、敵は毎回すべて正確に本隊を狙ってきている。それは何らかの情報網を持っているのは間違いないよ。それは、さっきも言っていたけどスパイの可能性も否定できないし、敵の能力の可能性も否定できない。この部屋は大丈夫だけど……この部屋に外から入ってきた人までは分からない……」


「……」「……」


 瑞穂とマリオンは祐人の考え真剣な顔になる。


「それに、敵の内側で何が起こっているのか、または敵が何を考えているのかは分からないけど、時間的にもう余裕はないのは確か。状況が変わって、次回は本気で攻めてくる可能性も否定できない。となれば、諜報だって今まで以上に真剣にしてくるよ。ましてや、そういったタイミングで僕という護衛が加わって、敵にしてみれば、こちらの状況を詳しく知りたいはずだし……」


 祐人が窓の外に顔を向ける。一瞬だが少し嫌気がさしたような表情をするのを、瑞穂とマリオンは見逃さなかった。


「これは護衛とはいえ、戦いだしね……。疑わなければならないことが多いんだよ。テインタンさんも、もちろん例外じゃないんだ。まあ、僕の性格が悪いだけ、とも思うんだけどね……」


 瑞穂とマリオンは祐人の言うことは分かる。その意味で自分たちはまだ甘いのかもしれないと思い直した。自分達には自分たちの任務がある。それを完遂するためにはできることをすべてしておくべきだろう。能力者としての修練は欠かしてこなかったが、これは実戦なのだ。

 祐人が軽く嘆息して、苦笑いする。


「あんなに自然に作戦の内容を聞いてくると……。余計にね、疑いたくもなるんだよ……」


「え……」


「……まさか」


 祐人は、自分の話で深刻そうにしている二人に笑いかける。


「いや、用心だよ。全部ね。でも、その用心をせずに四天寺さんとマリオンさんが危険な目に遭ったら、嫌だしね……」


「な!」「え!」


 またしても、不意を突かれたような顔で瑞穂とマリオンは祐人を見てしまう。

 祐人は二人の表情に気付かずに、テーブルに向かい腰を掛けた。


「じゃあ、作戦の細部の確認だけど……って、あれ? ど、どうしたの、二人とも? ま、また顔が赤いよ? もしかして、本当は体調が悪いの?」


 流石に、こう何度も顔を赤くしている二人を見ると、祐人も何かあるのではないかと心配になる。


「何でもないわよ!」「な、何でもないです!」


「のわ!」


 瑞穂とマリオンの気迫に椅子から落ちそうになる祐人。


「大体、生意気なのよ! 堂杜祐人! 私を誰だと思ってるの!」


「そうです! 私もそんなにヤワじゃないです! もっと信用してください!」


「う、うん! ごめん! も、もちろん、二人の能力が僕よりすごいのは知ってるよ?」


「そうじゃなくて!」


「そうです! そうじゃないです!」


 瑞穂とマリオンは祐人に迫ってくるようにテーブルに両手を置く。祐人は仰け反るように二人の反応に目を大きくし、冷や汗を流した。


「え? え? ご、ごめん! 何?」


「「もっと私を……」」


「頼りなさい!」「頼ってください!」


「へ? う、うん、分かった」


「「!」」


 瑞穂とマリオンは自分が口走った言葉に驚いたのか……何か悶えるようにしている。その二人の意味不明な行動に、祐人は黙ってみるばかり……。


(……な、何なんだろう? プライドに障ってしまったのかな? これからは気を付けよう。……うん、ちょっと怖いし……)


 当の瑞穂とマリオンは、自分が祐人に対し、何てことを言ってしまったのか? と依然として悶えている。

 腹が立つやら、恥ずかしいやら、もどかしいやらで、どうしていいか分からない。


(私は何で、こいつにこんなことを思うの?)


(私、祐人さんに何で変なことを言って……ううん、思ってしまうのかしら?)


((う~、何なの? この気持ちは……))


 二人は自分の中から、何かが思い出されて来るような、不思議な状況なのだった。

 それは、とても大切なことのような気がする。

 そして、それはこの少年の横にいるために必要なことのように感じている。この依頼中だけでなく、今後のことも含めて。

 だが、二人は今、突然湧き上がった強い衝動で言ってしまった、自分の無意識の言葉の恥ずかしさにその考えは消えてしまったのだった。




 テインタンは祐人たちの部屋を出た後、自身の警護室に戻りながら報告をしている。

 だが、テインタンは一人。

 携帯電話も無線もその手に持っていない。ただ、歩いて、口を動かしているだけだ。


「……はい、そうです。己の力を過信し、作戦とも言えぬ作戦で、すでに自分の手柄だという風に、自分に酔った小僧でした」


 テインタンは、ただ前方を見ながら口を動かす以外は歩いているだけだが、その顔はいつもの真面目な護衛隊長からは想像もできないほど……醜悪なものだった。

 テインタンは瞳を灰色に変えて、醜く口の片側を吊り上げる。


「はい。フフフ、所詮はランクDの新人です。世界能力者機関もとんだ人材不足ということでしょう。あの小僧は次の襲撃の際に殺して……はい……。え!?」


 テインタンは突然、立ち止まり、感動した面持ちで目を見開いている。


「カリグダがその条件を飲んだと! では! ……はい、もう時間稼ぎの必要も……はい。承知いたしました……。もちろん……マットウの命も……」


 テインタンは再び歩き出す。


「お仰せのままに、ロキアルム様。すべては……スルトの剣……のために……」


 それを言うテインタンの顔は、すでに警備隊長のその人に戻っていた。

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