第57話 召喚士③

 

「まず、ダミーも含めて4つの部隊でこの町から西へ移動を開始したの。こちらが主要な街を繋ぐ道で、私たちはこの道の南側にある山間の道をマットウ将軍と移動。そして、この辺りで襲撃を受けたわ」


 今、祐人は瑞穂とマリオンに直近で受けた襲撃の詳細をテーブルの上に広げた地図で説明を受けている。祐人は真剣な顔で、説明を聞きながら地図を見ている。


「ふむ……」


「召喚された妖魔は、まずこの道を塞いで、私達の移動を止めた後に、この道の北側と南側の山側から、それぞれ襲って来たわ」


「数はどれくらい?」


 祐人はマリオンに顔を向ける。


「はい。正確には分かりませんが、まず、正面にはガーゴイルも含めて素早いのが50体程度で、北側、南側からは魔獣タイプを中心に30体ずつといった感じです」


 マリオンの説明に祐人は目を見開く。


「そんなに……。下級妖魔とはいえ、すごい数だね。それを澱みなく操るなんて相当な召喚士だな。その話が本当だとすると……あくまで推測だけど、まだ実力を隠している可能性も考えないといけないな」


「まさか! あれで余力を残しているっていうの? それは本当なんでしょうね? それに一体、何の意味があるのよ、堂杜祐人!」


「確かに、中途半端なところがあるのは、感じてましたけど……手を抜くなんてことは……」


 祐人の推測に、マリオンも瑞穂も驚く。二人とも暗殺の標的がいて、何故、手を抜くのか分からないということらしい。

 この時、祐人はこの二人の反応を見て、ちょっと話が逸れるが召喚士について伝えておかなければならないことがあると気づいた。それは、今後の戦い如何で、二人の身が危険に晒されかねないと気づいたからだ。

 祐人の言った意味は、この召喚士が手を抜いていたという意味ではない。確かに戦い方は不審な点は多く、本気度を疑うところがあるが、今の話は召喚士という能力者たちのことで、気を付けなければならないことを指摘したものだったからだ。


 瑞穂とマリオンは掛け値なしに優秀だ。単純に実力だけなら、ほとんどの人外を退け、あらゆる能力者の中でも上位に食い込むだろう。

 だが、戦いにおいては、実力通りの結果がでるとは限らないことを祐人は知っている。命を懸けた戦いの勝敗は、様々な要素を持ち、ちょっとした知識の欠如がその命運を左右することがあるのだ。

 そしてその知識とは、主に自身の経験と、戦友との経験の共有がものを言う。祐人は、瑞穂とマリオンが負傷するところなんて見たくはない。だから祐人は自分の知る知識は、いくらでも二人に伝えておこうと思う。


「ああ、まだ推測だよ? でも召喚士のほとんどはその霊力、魔力を触媒として、自身と契約した人外を召喚するのは知っているよね? 当然、その召喚する人外の数やその人外の格が高くなるにつれて、その触媒の量も比例して必要になる。それでいて、召喚時間は無限ではなくて、召喚中はずっと霊力、魔力を与え続けなくてはならない」


 瑞穂とマリオンも頷く。それは、召喚士の能力発動時の基本である。であるが故に、召喚士は人外の召喚中に極度の集中の持続が求められる。


「で、さっきのマリオンさんの言う通り、召喚士が最も力を発揮するのは、相手に発見されず、自分が集中できる場所で召喚した人外を操ること。だから、召喚士は相手に見つからないように隠密スキルに長けている、ということなんだけど……」


 この時、祐人は以前、共に戦った女召喚士の戦友を思い出す。

 彼女とは魔界で出会った。

 彼女は魔界でも名の通った召喚士で、魔界に住む人間たちの王国から、破格の待遇で再三の出仕要請を受けていたが、その要請に全く興味を示さなかった変わり者だった。

 だが、その女召喚士は、王国に魔神が襲って来た際に、祐人と共に戦ってくれ、その魔神討伐で大いにその力を発揮してくれた。


(アマンダさん、どうしてるかな? 相変わらず、召喚方法の研究をしてるのかな? でも、あの人は例外中の例外で、召喚士なのに逃げも隠れもしなかったな……)


 祐人は、いつか、その女召喚士から言われた言葉を思い出しながら、瑞穂とマリオンに告げる。


「召喚士がもし、見つかった時は? または最初から身を隠すこともできない場所で、戦わなくてはならなくなった時はどうする? そういった事態は、戦いに身を置いていると、必ず起きうることなんだ。だから、召喚士は常に考えているんだよ。その時はどうするかって」


 瑞穂とマリオンは祐人の言うことにハッとするが、その意味を即座に理解する。偏った特徴をもった能力者は必ず、その能力に死角をもつものだ。

 特に瑞穂は彼女自身、精霊使いであるため、得意レンジは中距離から遠距離の戦いが得意だ。ということから、精霊使いはその反面、近接戦闘が苦手と言われている。それは確かに事実だが、そんなことは精霊使いも分かっている。そのため、精霊使いの名門である四天寺家はその弱点を補うために、独自の体術を体系化している。

 であれば、召喚士達が、その自身の弱点をそのままにしていると考えるのは、甘い考えだ。瑞穂とマリオンは祐人の話を受け入れた。この辺り、二人の頭の回転は速い。

 祐人は真剣な表情になった瑞穂とマリオンを見て、静かに話を続ける。


「だから……ある一定のレベルを超えた召喚士は、決して全力では戦わない……」


「…………」


「身を隠せず、相手と戦う羽目になった時の余力を必ず残すんだよ。そして、そうなった時の隠し玉を必ず持っている。それは、ほとんどの場合、自身の持つ最強の召喚……。敵を目の前にしても集中だけを保っているだけで、自身を守り、または自身を逃し、敵を粉砕する人外をね」


 瑞穂とマリオンは祐人の話に、気を引き締めた。別に油断をしていたつもりはない。着任した当初は、少々そういったところもあったかもしれないが、敵と遭遇し一戦を交えてからは、そうしたつもりはなかった。

 だが、油断が無くても、敵に対して常に考えを巡らせなければ、取り返しがつかないこともあり得るのだ。今は、この格下のランクDとはいえ、この同期の話をしっかり心に焼き付けた。そして、瑞穂はこの同期でランクDの少年の評価をさらに上げた。

 だが、それと同時に、瑞穂とマリオンはこの少年の知識の深さには疑問が出てきた。それは同じ歳のはずの、この少年が何故、ここまで召喚士について詳しいのか? ということ。


 それともう一つ……。

 むしろ、こちらの疑問の方が大きい。

 何故、この少年の言葉はこんなにもすんなり、自分の中に入ってくるのか?

 これでは自分は、以前からこの少年を信頼しているかのような感覚だった。

 瑞穂とマリオンは祐人の顔を見つめてしまう。


 ……別段、何も感じない。

 いや、ずっと見ていると、さっき初めて会った時のように少しだけ、イラッとしてしまう。

 何か、大事なことを伝えてもらっていないような、水臭いような、もっと自分と親しく接するべきというか、距離感を取るところが頭にくる。

 でも、もしかして、思ったより、意外と、見た目と反して、気の迷いかもしれないが……この少年を……もっと頼っていいかも。

 そして、頼っても欲しい……。


「ごめん、話が逸れたけど、もう一人の霊力系能力者の……あれ? ど、どうしたの? 二人とも……顔がちょっと赤いけど……」


((ハッ!))


「何でもないわよ!」「な、何でもないです!」


「そ、そう? じゃあ、もう一人の霊力系と思われる能力者のことだけど……」


 突然、瑞穂とマリオンに大きな声を出されて、祐人は思わずタジッとするが話を続ける。


「当然だけど、その霊力系能力者は、何らかの理由があって霊力を出してることになるよね? どんな感じだった? 何か、スキルの発動とか感じた?」


 何とか心を落ち着かせた瑞穂とマリオンは、祐人の問いに顔を見合わせる。


「そうね。実は私とマリオンも、警戒をしていたのだけどスキルの発動は何も感じなかったわ。それと、その霊力も何て言うのかしら? 薄く漂っているような、感覚を研ぎ澄まさなければ気づかないくらいのものだったわ。まるで、薄い霊力の霧の中にいるみたいな……」


「はい、私も気づいたのは襲われ出して3回目くらいです。それですぐに新手だと思って、それに対処しなければ、と気を付けたのですが何のスキルの発動も無く、今に至っています」


「とにかく、薄気味の悪い奴らなのよ! 相当な実力者なのは間違いないのに、こちらを追い詰めてこようとはしないし、複数いるはずなのに一斉には襲ってこない。一体、何を狙っているんだか……。その霊力も広範囲に漂っているだけで、何かを起こしてくる風でもないし、どこから流して、漂わせているのかも分からいのよ」


 二人の話に祐人は首を傾げる。


「うーん、その最後まで戦ってこない姿勢は確かに妙だよね……。でも、その霊力を漂わせていることには、何か狙いがあると思うんだよね……」


 祐人は、改めて瑞穂とマリオンに説明された地図を眺めて、その地形を確認する。そこは典型的な山間の道で見通しが悪く、大小の山が乱立していて道も左右にうねっている。


(敵召喚士が動きながら、精巧なダミーを作りつつ、他の能力者と何らかの連携をして居場所を探られないようにしていると考えたけど、それだけじゃ説明つかないな……)


「こんな地形で広範囲に霊力を漂わせようとしたら、山自体が邪魔でかなりの時間がかかるし……その召喚士もこちらを把握しながらの襲撃となると、相当難しいと思う。あまり離れると……自分の召喚した人外も感知できないし……」


 召喚士は召喚した人外から、そこまで遠くに離れられない。

 それは、単純な命令且つ、召喚時にそれに見合う触媒(霊力、魔力)を与えた時は別だが、臨機応変に動かす時は随時、触媒を与え続けなくてはならないからだ。当然、その場合は、自身が召喚した人外の位置も把握していなければならない。

 どの人外に、この場合の触媒は魔力だが、その魔力を振り分けるか、召喚士は常に緻密に考えながら動かすことを考えるからだ。


「そうですよね。召喚士は人外の位置の把握のために、離れるにも距離に制限があるし、目の役割を果たす人外をスイッチしていっても、これだけの召喚数ですと人外の把握は、ある程度、近くにいなければ感じ取れないと思いますし……」


 召喚した人外が近くにいれば、目で見ていなくとも召喚士は、どこにいるのか把握できる。それは、その召喚した人外の放つ霊力、魔力を感知できるからである。

 そのため、召喚士はこの霊力、魔力の感知能力が高いほど優秀と言え、この感知能力が鋭敏なほど、遠距離から人外を操作できる。


「これだけの数を感知しながら……だもんね。魔力量も相当だけど……うん? 感知能力か! もしかすると! これ霊力の霧の役割は!」


 祐人が地図から目を離し、頭を上げる。


「祐人さん、何か分かったんですか?」


「いや、まだ推測なんだけど……」


「いいわ、話してみなさい。堂杜祐人」


「うん。二人とも霊力と魔力は反発し合うのは知ってるでしょう? 霊力を漂わせているのは、もしかすると、それを応用して、召喚士の感知能力を高めているんじゃないか、って思うんだ」


「「え?」」


 瑞穂とマリオンは祐人の言うことが分からず、呆気にとられたような顔になる。

 マリオンは祐人の言う、漂わせた霊力で感知能力を上げる、ということを考える。

 魔力主体の召喚士が、薄く漂わせた霊力の霧の中で感知能力を上げるとは……。


「それは……? あ……なるほど! もしかすると!」


「何? マリオン、どういうこと? 何か分かったの?」


「あ、はい、多分、祐人さんが考えていることは……」


 瑞穂は祐人に説明を求めるように顔を向けると、祐人はニッと笑い、瑞穂に説明する。


「真っ白の半紙の上に、墨汁を落とせば、僅か一滴でも目立つということだよ」


「は?」


 だから何? という瑞穂の顔。


「でも、祐人さん。じゃあ、霊力を漂わせている能力者はどこに?」


「それも……この仮定が正しいと想定してから、地図を見て、何となく居場所は分かったよ。まあ、消去法なんだけどね」


「え!?」


「本当ですか!? 祐人さん!」


 マリオンはすごい! と祐人に尊敬の眼差しを向け、両手を胸の前に合わせる。


「ちょっと! 今のもそうだけど、さっきのは……どういう」


「そんなマリオンさん……そこまで褒められるほどのことは……」


 祐人は、感動して自分のところへ近寄ってきてまで向けてくる、マリオンの眼差しに照れながら答える。

 瑞穂はマリオンの動きに、一瞬、ムッとするが、まだ祐人の話が分からない。


「それで、堂杜祐人。最初から説明を……」


「でも、これで次回は対策を練れるよ!」


「はい! 祐人さん」


「だから……」


 祐人はマリオンに褒められたせいか、自信のある無邪気な顔で瑞穂に顔を向ける。


「四天寺さん! これで敵に大技をかましてやれますよ!」


「だ、だから……堂杜祐人」


 瑞穂は俯き、顔に影を作りながら、肩を僅かに震わせている。


「はい? 何です? 四天寺さん」


 意気揚々と祐人は瑞穂に問いかける


「最初から……」


「は?」


「説明しろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「は! はひ――――!」


 こうして、祐人達は次回の敵の襲撃に備え、作戦を綿密に組んでいく。

 そして、マットウ将軍の出発の時を待った。

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