第22話ランク試験 巻き返し①
試験二日目。
午前の部の体術試験が既に始まっていた。
椅子を並べれば千人近い人が入れるホテル内最大のホールの中央に、試験官と受験者が広めに場所を取り、特設武道場で実戦さながらに組み手を行っている。
その武道場は、能力者用に作られた非常に頑丈なもので、重機を以ってしても破壊することは不可能という特別製である。
その武道場の周りに、順番を待っている受験者達は椅子を並べて座り、他の受験者の体術試験を見つめていた。中には落ち着かないのか、立って腕組みをして動かない者や裏の方で体を動かしている者もいる。
能力者に体術というのはあまり因果関係があるようにみえないが、人外との戦闘を主流とするランク保持者達には非常に重要である。
術が優れていてもそれを生み出す土壌の一つはやはり肉体である。実際、各能力者の家系でも有名どころでは独自の体術を体系化しているところも多い。
では何故、現在の体術のアロケーションがたった5%なのか?
それには理由がある。
時代を追うごとに、どの系統の能力者もその術を発展させてきたが、その中には肉体強化の術も含まれている。
そのため、たいした訓練をしていなくても、その霊力、魔力によって飛躍的に肉体を強化している者が多い。歴史のある能力者の家系では体術そのものがまだ重要視されているが、そういった風潮も徐々に薄くなってきていた。
こういった経緯もありランク試験においても重要度が落ち、そのアロケーションが5%にとどまっている。
しかし、試験は試験。受験者たちはたとえ5%でも、真剣そのもので体術試験に備えていた。
その受験者の中の一人である祐人は今、非常に焦っていたりする。
それは、今朝になって発表が遅れていた昨日までの試験結果が全員分開示されたのである。
祐人の成績はというと……筆記試験三十二点でダントツの最下位。
霊力測定に至っては祐人の名前が無い。
目を疑い、そんな訳は無いと張り出された紙を良く確認すると……その一番下から更に独立した下方に、ようやく自分の名前を見つける。
そこには……
堂杜祐人 ーーーー 測定不能。
祐人は、体術試験を受けている受験生を囲むように座って見つめている他の受験生達と一人離れたところで力なく眺めている。
祐人以外の試験を待つ受験生たちは、試験官があの剣聖が直々に行っているということもあって、なるべく近づき、この貴重な経験を糧にしようと夢中で試験に集中していた。
しかし、一人祐人は遠い眼差しで生気のない顔をしている。
「あ~あ、今のままだと僕はランク貰えないんだろうなぁ。筆記試験は仕方ないと思うよ? だって本当に分からなかったから。それよりも霊力が測定不能って一体……。まさか! ただ出ているだけ、というのがバレたとか? だとしたら仕方ないのか……」
祐人は大きく溜息をつき、悪い想像を振り払うように頭を振った。
「駄目だ! ランクを取らなくては。今後の人間らしい生活のためにも!」
それに、祐人にとってはそれだけではない。これでランクを取得して生活が安定すれば、茉莉や一悟、静香といった大事な友人達との時間も今まで以上に作れる。
堂杜という家に生まれたことで、確かに普通の人の人生とはちょっと違うかもしれないが、祐人だって自分の高校生活を守りたいと思っているのだ。
祐人が気を取り直し、試験に集中すると突然、受験生達から大きな歓声が上がる。
今、試験官である剣聖と対峙しているのは艶やかな黒髪を後ろに束ね、四天寺流道着を身に着けた勝気に相手を睨む少女だった。
両者は一端離れる。
「まだまだよ!」
「いや……驚いた。四天寺の姫は体術も天才のようだね。しなやかな動きに騙されるところだった。まさに剛拳。精霊使いにして、この近接戦闘力か……本当に末恐ろしいよ。でも、これ以上は衝撃に武道場が持たないね……。良く分かった。では、次の受験者」
終始、このように試験が進んでいる。
数分だが剣聖と実際に拳を交えて、その実力を剣聖自身が測るというものだ。
全員、術での肉体強化が許されているとはいえ、祐人も目を大きくして、たった今、試験中の少女を見た。
(四天寺さん凄いよ! 本当に凄い!)
試験を終了した瑞穂は特設道場を降り、タオルで汗を拭いている。そこに間髪入れずに英雄が近づいて何か話しかけているが、瑞穂はあからさまに無視していた。
祐人はその様子を遠くから見て苦笑いした。すると、その瑞穂がこちらに顔を向ける。
祐人は目が合ったように感じたが、昨日のホテルの廊下での一件も思い出されて、勘違いだと思い、気にしなかった。
既に次の受験者が、剣聖との手合わせをスタートしていた。主催者の大峰日紗枝や他の試験の試験官たちも見学に来ていて、受験生と同じように熱心にその剣聖の体術試験を見つめている。
剣聖が見せるその体術は、たとえ新人試験のものであっても、それだけ貴重なものなのだ。
祐人の近くにはもちろん誰もいない。ジャンピエールとの一件以来、さらに誰も祐人には近寄って来ないのだ。それについては既に祐人も半分諦めてもいた。
そのような状況の祐人に、先程一瞬だけ目があったように感じた瑞穂がこちらの方に歩いてくる。
祐人は自分に向かって来ているわけではないと思い、意識を完全に武道場に向けていると……その瑞穂が祐人の目の前に立った。
「あれ?」
「あれ? じゃないでしょ、堂杜祐人。あなた、頑張らないともう後がないんじゃないの?」
祐人は、不思議な生き物を見るような表情をする。
「……何よ」
「いや、僕の名前を覚えているんだなと思って……。ああ……えっとね、僕は諦めてなんかいないよ。どうしてもランクを取得したいからね」
「ふーん。ならいいけど。私も自分の代で脱落者がでるのは気分が悪いから。それとね! 名前は明良が言っていたのを、たまたま! 覚えていただけよ」
「あはは、ありがとう。四天寺さん。頑張るよ」
祐人は、瑞穂の親切心と勇気に感動に近い感覚を持った。皆から避けられている者に話しかけるのは如何に大変なことか祐人は知っている。
瑞穂はそれを堂々とその自分のところまで来て、言い方は不器用そのものだが励ましにきたのだ。思わず祐人も自然と微笑んでしまう。
他の受験者は、何故あの四天寺瑞穂がわざわざあんな奴に話しかけているのか? と不思議がった。
「そうよ、頑張りなさい」
瑞穂は祐人の笑顔を見ると、一瞬だけ頬を緩め、その場から去ると会場の壁際に並べている椅子に座った。周りにいる受験者達は、その何気ない行動に威厳と風格すらをも感じ取ったのかついつい瑞穂に目が行ってしまう。
どうやら瑞穂人気はさらに増したようだった。
それと逆に、英雄の視線は非常に険しい。その刺々しい瞳はひたすら祐人に向けられていた。
一方、当の瑞穂はというと今までに感じたことのない心持ちだった。
何故、わざわざあの少年に話しかけに行ったのか自分でも分からない。そして自分自身、驚いたことに自分が僅かだが微笑んでいることに気が付いた。これは自分でも信じられない。
だが、決して悪い気分ではなかったのだ……。
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