第16話ランク試験④

 

 瑞穂と英雄の一触即発の事態を免れて、落ち着きを取り戻した会場前方のステージに主催者らしき人達が現れた。そして、その内のスーツ姿の女性がステージ中央のマイクの前に立ち、笑顔で声をあげる。


“本日は皆さん、遠いところからお越し頂き、ありがとうございます。私はこの度の新人試験の責任者、大峰日紗枝と申します。どうぞよろしくお願いします。特に受験者の皆さんは、明日からの試験を前にしっかり英気を養ってくださいね!”


 その明るい発声に会場の雰囲気も和み、皆、前方に集中する。


“細かい話は後程しますし、長い挨拶をしても仕方がないので早速、乾杯しちゃいましょう!”


 何だか明るいなぁ、と会場の最後方から苦笑いしつつ祐人は聞いている。

 だが、そう思いながらも祐人もそこは育ち盛り。乾杯がされると早速、お皿にたくさんの料理を乗せてテーブルに持ってきた。久しぶりのご馳走に祐人の胃袋が喜びに震える。

 祐人は目を瞑り、フルフル震えながら拳を作った。

 そして、必ずやランクを取得して帰ることを心に誓う。


(輝かしい高校生活と真っ当な住居を僕は手に入れるぞ!)




 祐人の胃袋も一服し、時間がある程度進むと、新人試験についての細かい説明が始まった。


“ご歓談中ですが、これから試験のスケジュール等を説明します。皆さんはそのまま聞いて下さい。今回の新人試験には世界各国から、三十八人の受験者にお越し頂いています。ご存知の通り、試験内容は『体術』、『法術・能力の完成度』、『基礎霊力・魔力』、『筆記試験』、『判断力・勘』の5科目から成り立っております。それぞれにランク判定を行い、最後に総合ランクを決定します。その総合ランクが最終的な皆さんのランクとなります。ランクはSSからFまでの9ランクですが……新人試験ではAランクが取得できる最高ランクです。また、試験科目毎にアロケーションが異なっています。アロケーションは先程の順番で言いますと『体術』5%、『法術・能力の完成度』30%、『基礎霊力・魔力』25%、『筆記試験』20%、『判断力・勘』20%になっています”


 参加者達は、落ち着きながら頷いている。

 一人を除いて。


「え? 筆記試験なんてあんの? しかもアロケーションって……。一番目は体術だったから……。えー! 僕の唯一得意な科目が、たった5パーセントォォ?」


“明日、朝から筆記試験をこの大広間で実施します。昼食を挟んで夕方に基礎霊力・魔力測定。2日目は午前中に体術、夕方に能力の完成度、最終日の午前中に判断力・勘になり、その夕方にランク取得者の発表と認定証の発行、その後に新規ランク取得者による祝賀パーティーという段取りです。今までの新人試験でのランク取得率は平均38%です。今試験で多くのランクホルダーが誕生することをWIOは心から願っております”


「筆記試験なんて聞いてないよ! 何? どんな問題? せめてマークシートであってくれ!」


“ここで! 今回、新人試験に特別ゲストの試験官を招いていますので紹介します!”


「大体、何だよ、筆記試験って。事前に問題集でもよこせっての」


“拍手をお願いします! サー・アルフレッド・アークライト氏です!”


 この紹介に会場中が静まり返った。そして、壇上にブラウンの髪をした若い紳士が現れ、ゆっくりと中央に向かい、そして目を瞑り軽く会釈をする。


「アルフレッド・アークライトって……まさか! 剣聖!?」


「SSランクの? そんなすごい大物がゲストって……」


「十人の【魔神殺し】の一人……生ける伝説が? 行方不明だと噂では聞いていたけど……」


 会場はシーンとした空気から一気に盛り上がる。

 頭を抱えている一人を除いて。


「あわわ、それにしても筆記試験のアロケーションが20%って……そんなに重要なの?」


“それでは引き続きご歓談を!”


 興奮冷めやらない会場を前に、マイクを置いた日紗枝は主催者のテーブルに向う。既に主催者テーブルには各能力者の家から派遣されたお付の者や受験者の父兄も来ている。

 日紗枝も主催者として挨拶周りは重要な仕事だ。笑顔を作り応対する。


「いやー、まさかあの剣聖とは! よくお連れすることが出来ましたな。いったいどんな裏技を使ったのですかな?」


「いえいえ、電話をしただけですよ」


「は?」


「電話で今回の新人試験のゲスト審査員として来て下さいと。快く受けて下さいましたわ」


 その話題の中心の剣聖アルフレッドの周りには、ここぞとばかりに人で溢れ返っている。

 これを機に何とか剣聖との繋がりを持ちたいと考えている者が多いのだろう。

 その剣聖がチラッと日紗枝を睨む。その眼は明らかに「何が快くだ!」と言っているが、日紗枝は平然と受け流していた。


 ある程度、剣聖は質問とお招きの攻勢を受けた後に「失礼……」と言ってワイングラスを片手に、多くの視線を伴いながら会場の後ろの方に向う。

 その剣聖の向う方向には筆記試験の情報を得ようと必死になっている私服姿の新人受験生がいた。


「お話し中に申し訳ないが、いいかな? 君、名前は?」


 祐人は他の受験生と熱心に話をしていたが、声を掛けられ振り返る。


「へ? あ、はい。堂杜祐人と言います」


「あ、祐人さん。じゃあ私はこれで……」


 祐人と話をしていた受験生は、気を利かせてその場から離れようとする。


「ああ、マリオンさん。有難うございました。とても参考になりました」


「ふふふ、いいえ、明日からお互い頑張りましょうね。では……」


 シルクのような金色の髪を揺らし、碧い瞳の少女はどういたしましてとその場を離れた。


「失礼したね。私も祐人君……でいいかな? 私はアルフレッド・アークライト。初めまして」


 頑強そうな右手を差し出す英国紳士。その手をとっさに握り、祐人は挨拶を返す。


「あ、初めまして。あれ? あなたはさっきの……剣聖!?」


「アルフレッドでいいよ。いや、先程の喧嘩騒ぎで君が仲裁していたのを偶然拝見していてね。その君の勇気にとても感心していたんだよ」


「あ……いや、たまたま近くにいたからで……気が付いたら間に入っていただけです」


「ははは、謙遜することはないよ。何てたって、相手は四天寺家の令嬢と黄家の嫡男だ。両者とも能力者の家系では名家中の名家。しかも、あの二人は両家で数十年来の天才と言われていて、機関からもその将来を有望視されている若者達だからね」


「うへ? そう……なんですか? そんな有名人たちの前に僕は……」


 驚き、気まずそうに冷や汗を流す祐人。


「そんなに気にすることはないよ。今回は皆、優秀な受験者が多い。どの家からも自慢のご子息、ご息女達が参加している。機関では早くもゴールデンエイジと試験前からもてはやされているぐらいだ。失礼な物言いで申し訳無いのだが、君の家は能力継承の家系なのかな? 堂杜とは、あまり聞き覚えがないのだが……」


「あ、いえ……僕は天然能力者です」


「ほう……。今回、私は体術の試験官をすることになっている。そこでお手合わせしよう。体術は得意だろう? ん? この霊力は君のかい? これは……変わっているな」


「あ、これは特異体質で……勝手に出て困っているんです。ははは……え? アルフレッドさん。何で僕が体術を得意だって分かるんですか?」


「いや、何となくね……私も体術は得意な方だからかな? まあ、そこで君には伝えとこうかなと。ここ数年で、このランク試験の内容も変わってきているんだ。以前の試験にはアロケーションというものは無かったんだよ。私は反対だったのだがね。というのも、これはある種の能力者にとっては実力通りのランクが、例外的に出ないこともあるんだ。そういった能力者が参加するというのを想定していないんだよ。組織も長く存続していると、お役所的になっていくのは仕方のないことかもしれないがね」


「はあ。で、そのある種の能力者……って」


「そうだねぇ……。色々あるが、例えば……道士のような仙道の使い手とか、かな?」


 ギクっと祐人はするが、何とか平静を装った。

 剣聖はニッと笑う。


「彼らはね、強力な能力を持っているが、享楽的で浮世離れしている人達が多いから、機関には興味を示さないんだ。実際、どこにいるのかも掴ませないしね」


 剣聖は軽くワインに口をつける。


「例えばの話だよ? おっと、あちらで怖い顔した主催者がいるから私はいかなくちゃ。今回は道化役、という大きな使命も仰せつかっていてね。じゃあ祐人君。試験を楽しみにしているよ。よいランクが取れるといいね。では」


 剣聖は、その長身を翻し去って行く。そのちょっとした動作も板についているという感じだ。

 その後姿を祐人はジッと見つめていると、そこで周囲の雰囲気にハッとする。

 今、周りから……嫉妬と羨望の眼差しが、自分に集中していることに気づいた。


「あの子は何? 剣聖と親しそうに……」


「さっきの子だよ……ほら、あの格好」


(うわぁ、また目立ってしまってるよ……もう!)


 祐人は、より端の方に移動する羽目になった……。


 最前列の主催者テーブルに、今試験で最有力家系の一つ、黄家の一行が挨拶に来ていた。

 ところが、そこに剣聖がいないので、日紗枝はすぐにアイコンタクトで剣聖を呼び戻したのだった。その時、当受験者である黄英雄は剣聖の姿を追い、会場を見渡す。

 すると、その剣聖が自分達よりも先に会話をしていたのが、さっきの私服の受験者と気付き、英雄はワナワナと震える。


「あの低能力者ぁ……」


 試験前から低能力者と呼ばれた祐人はというと、もう機関にあてがわれたホテルの部屋に戻ろうかと考える。説明も終わったのだから、何も最後までいる必要は無いだろう。何より、ちょっと疲れてしまったというのもある。

 そう考えると、祐人はすぐに目立たぬように出口に向かった。だが、そこでもまた祐人に声がかかる。


「やあ、もう帰るのかい? 堂杜君」


「はい? あ、あなたは、あの時の……えーと、神前さん?」


 にこやかに笑い、明良は頷く。


「先程はうちの姫がまた迷惑をかけてしまったね。すぐにでもお礼と謝罪に来たかったのだけれど、ちょっとゴタゴタしていてね」


「いえ、こちらも出すぎた真似をしました。すみませんでした……」


「そんなことは無いよ。こちらも助かった。ああなると、いつもは中々止められないからね。危なく会場が焦土になるところだったよ。今回は珍しいパターンだったかな? ははは」


「あはは(全然笑えないんですけど……)」


「ん? もし答えづらかったらいいのだけど、喫茶店の前で会った時も感じたんだが……この霊力は君のかい? ずっと出ているように感じるが、君の能力と関係があるのかな?」


「あ、これは特異体質でして……出ちゃうんです。コントロールも出来ないんですよ。能力とはあんまり関係ないんですけど」


「へー、勿体無いね……というか変わっているね。そういうのは初めて聞くな。それにあまり関係ないって……じゃあ、君の能力はこの霊力を使わないのかい?」


 明良の質問攻めに祐人は困惑した表情になる。


「あはは、ごめんごめん。警戒させてしまったようだね。そんなつもりは無かったんだけど。本当にただ、お礼と謝罪をしたかっただけなんだよ」


「あ、いえ……」


 そこに祐人と明良は、覇気のある良く通る声に会話を中断させられる。


「明良。こんな所にいたの? もう飽きたから帰るわよ。あら? あなたはさっきの……」


「ああ、瑞穂様。彼は堂杜君です。ちょうど、先程のお礼をしていたんですよ」


「な、何よ、お礼って。あ、あの時は……」


「申し訳ありませんね、堂杜君。瑞穂様はちょっと男性不信の気があってね。許して下さい。根はやさしい方ですので。そうだ! 今度、食事でもどうかな? 瑞穂様も同席で」


「ちょっと! 明良!」


「あ、気になさらないで下さい! 僕が勝手にしたのは間違いがないので。食事も結構ですから。じゃあ、僕は部屋に戻りますので、ご丁寧に有難うございました」


 祐人は頭を下げながら、そそくさと退室する。


「あらら、振られてしまったかな?」


「振られたのはあなたでしょ。でも、四天寺家との食事を断るなんて……身の程知らずね」


「瑞穂様が素直にお礼を言わないからですよ。それに四天寺家とか知らないんじゃないかな? または興味が無いのかも知れないですね。天然能力者のようですし」


「……ふん、そんなの、ただ無知なだけでしょ」


「また誘います?」


「馬鹿馬鹿しい! 部屋に帰るわよ。あなた達のホテルは別でしょ? 早く行きなさい」


 明良は「はい」と返事しながら、本音はお礼と謝罪が出来なかったことを気にしている少女に、微笑ましくも困ったように見つめた。


「そういえば、日紗枝さんとはお話しできました?」


「久しぶりにお話できたわ。日紗枝さん、忙しそうだけど元気そうで良かった。今度はゆっくり食事でも一緒に出来ればいいのだけど……」


「試験中に時間が取れるかも知れませんよ。立場もあるでしょうけど、親戚なんですから、そこまで気を使わなくても大丈夫です。日紗枝さんももっとお話したいでしょうし」


 大峰家は神前家と共に四天寺家の分家にあたる。一人っ子の瑞穂は、幼少の頃から日紗枝を実の姉のように慕っていたのを、比較的、歳の近い明良は知っていた。

 しかし、最近は能力者機関の支部長の仕事が忙しく、会う機会がまったく無かった。

 明良に「そうね……」と答えて、瑞穂達一行もその場を離れた。






 祐人や瑞穂があてがわれたホテルの部屋に戻り、パーティーも閉会して一時が経つ。


 その試験会場になった巨大ホテルの敷地は広く、ホテルの建屋から離れれば、敷地内と言えどさすがに薄暗い。

 そのため、夜になると、ほとんど人気がないのだが、その敷地内のホテルの建屋が一望できる場所に、ロングコートを身に着けた三人の異国人がホテルを睨みつつ寛いでいた。


「何でこんな所まで来ちまったかねぇ。せっかく、雇ってもらった仕事がこれでパーですわ」


 三人の中で最も小柄の男は、汚れが目立つコートを風に靡かせて大きな鼻で嘆息した。

 それに対し銀髪を掻き揚げた三人で唯一の女性が応答する。


「まあ、そう言うな。我々の予想が正しくて、あの資料を見たとすれば……十中八九、奴はここに来る。コミュニティの爺様方が今回の件には大層、腹を立てているんだ」


「へーへー。しかし、何でまあ、三人も要るんか? 相手は聞いたところ長生きはしちゃいるが、その実はひよっ子だって話だぜ? その馬鹿が殺った能力者の奴らも、へな猪口ぞろいだって話じゃないか」


 この会話に参加していない身の丈二メートルはあろうかという大男が、えらく小さく見えるノートパソコンを弄りながら座っている。


「今、連絡が入った……。コミュニティも奴の能力は、こちらの予想通りと言っている」


「やはりな……それで我々が感知できなかった理由がはっきりした。そうなると、少々厄介だな。奴を目視で確認しなければならなくなる」


「この写真一枚だけだが、なあに、会えばすぐに分かるさ。ヘンテコな能力があってもな」


 銀髪の女性は無言で頷き、切れ長の目でホテルの方に顔を向けた。

 そして、大男がノートパソコンを閉め、ゆっくりと立ち上がる。


「油断は禁物だ……」


「ケッ、図体はでかいくせに、慎重なこって」


 大男は無表情のまま、猫背のため実際はもっと大きいだろうと推測される体を翻した。


「見回りをしてくる……。連絡方法はいつも通りに……」


「分かった」


「あいよ」


 そう言うと、三人はそれぞれに闇夜に溶けて消えた。

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