第23話 N香の目撃〜真実

「ああ、それはどうも。」

 そう言ってぷいと横を向いてしまった。


 え?それだけ?

 N香はア然とした。

 何がどうなってあんなリアクションになるの?

 人から愛の告白されたら、ありがとうとか、エーびっくりとか、何かあるでしょうよ。


 もしかして、ちょっと、情緒不安定なのかな?


 紳士は肩を落としてはいたが、興奮のあまり鼻息が激しくなっていた。

 二階から見ていた人や、玄関ホールで立ち止まって拍手をしていた人達も、気まずい雰囲気に耐える筋合いもないわけで、しらーっと立ち去りかけていた。


 しかし次の瞬間、事態は一変した。


 受付カウンターの奥の事務所から出てきたらしい一人の女性看護師が、すこし慌てた様子でやってきた。


「L子さん! L子さん! ご家族の方からお電話ですよ! あらやっぱり、またそんな格好して。

 また入院患者のフリしてS辺先生に会いに行ったんじゃないかって、妹さんが心配されていますよ!」


 ええええええええー?!

 ちょっと待って、L子先生入院患者のふりしてたって?

 しかもおじさんのことわかってたの?


 再び玄関ホールに沈黙が訪れた。


 L子先生は顔を真っ赤にしてもごもご言っている。

「あ、えっと、それはあの……」


 老婦人が

「ふふふ、ばれちゃったわね」

 とほくそ笑んでいる。

 何?おばあさん知ってたの?


 N香が老婦人に呆れていると、

「だってL子先生、ここでよく見かけるから、私見ちゃったのよ。玄関から入ってきては、トイレでパジャマに着替えて、コインロッカーに荷物を預けて、それから中庭で散歩してるとこ。やっぱりそういうことだったのね。」


 なんていうことだろう。

 長い間、お互いに想い合って、想いを伝えないまま遠くから見つめていたなんて。

 奇跡だ。

 素敵過ぎるじゃない。


「じゃ、さっきのあのそっけない態度は、一体どういうことだ?」

 ズボン破れの営業マンが、口をとがらせる。


「私は、わかる気がするわ。」

 ネックレスの持ち主の女性が腕組みをして言う。

「だってすぐに認めちゃ面白くないじゃない。」

 営業マンが

「へえ、そういうもんなんですかぁ。」

 と応える。


 この二人どういう関係なんだろう?


 N香は不思議に思いながらも事の成り行きを見ていた。


 事情を知らない看護師が、L子先生の肩に手をかけて、受付カウンターの方へ連れて行くところだった。


 すると紳士が追いかけていき、

「看護師さん、彼女、今日は私と約束してたんです。」

 と言って、L子先生の手をとった。

 息は荒く、目が潤んでいる。

 看護師が怪訝な顔で、

「失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」

 と尋ねた。

「S辺といいます。」

 紳士は恥じらいながらも堂々と答えた。

 看護師は

「え、S辺って……S辺先生?」

 と、困惑した様子だったが、紳士が

「私から彼女のご家族にお話しましょう。」

 と申し出たので、共に事務室の方へ向かうことになったようだ。


 L子先生は何も言わなかったけど、とっても嬉しそうな表情だった。

 頬を赤らめて、まるで少女のようだ。

 紳士は優しい笑顔をL子先生に向けて、心配要らないですよ、と声を掛けている。


「なんだかひと安心ですね」

 N香がネックレスの持ち主に向き直り、握りしめたままだったネックレスを差し出した。

「ああ、どうもありがとうございました。」

 女性はネックレスを受け取ると、ペコリと頭を下げた。


 さて、そろそろ診察の受付を済ませなきゃ、遅くなっちゃう。

 心なしか、胃痛が和らいできた気もする。

「では。」

 会釈して受付カウンターへ向かおうとしたときだった。


「君のおかげだよ! 山根くん!」

 と、再び紳士の大きな声が、ロビーに響き渡った。

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