宇宙海賊キャプテン・パリー

第178話 取引相手

 レインウェル基地北東部。山々の間に作られた仮設道路を、ツバキ小隊の装甲輸送車両は進んだ。

 狭く曲がりくねった道路の上、〈音止〉を牽引した車両は速度が出せず、ゆっくりと誰も居ない道路を行く。


「酷い道だな」

「レインウェル基地攻防戦の最中に作られた仮設道路ですから、利便性は二の次だったのでしょうね」


 ハンドルを握るイスラは視界の悪さに辟易しながらも安全第一で運転する。

 タマキは指揮官席で周辺地図を確認しながら車両の向かう先を予想するが、道路の先は山に囲まれた盆地地帯で、そこは新年攻勢における統合軍・帝国軍双方の砲撃によって焼け野原となっているはずだった。


「目的地は何処ですか?」


 タマキは運転席と指揮官席の間の助手席に座るユイへと遂に尋ねた。

 これまで道順は示しても正確な座標について口を割らなかったユイは、端末をちらと見て、それからやはり回答を拒んだ。


「つけば分かる。このまま進めば良い」

「基地を出たら話すと言ったはずです」

「道順は示している。問題はないだろう」


 タマキは業を煮やすが、ユイにとっては伝えるべき情報は伝えているつもりのようで、2人の会話は一向に進展しない。

 ユイの秘密主義はいつものことだ。

 されどそれでもタマキは少しでも情報を引き出そうと、質問を変えて尋ねる。


「荷物の受け渡しに来る相手は誰ですか?」

「分からん」

「そんなはずはないでしょう。技研関係者ではないのですか?」


 黙秘しようとした彼女へタマキは鎌をかけるように尋ねたが、それは明確に否定される。


「違う」

「だったら誰ですか」

「――分からん。アレを正確に表現する手段がない」

「妙な言い方です。危険な相手ではないでしょうね」

「保証は出来ない。真っ当な人間じゃないことだけは確かだ」

「大丈夫でしょうね」


 その問いかけにユイは答えようともしなかった。

 タマキは不安を抱えるが、運転席のイスラは楽観的に笑った。


「うちの天才おチビちゃんがここまで言うってこた相当やばい奴だぜ。こりゃ楽しみだ」

「楽しめるものですか。本当にこのまま進んで大丈夫でしょうね」

「分からん」


 ユイは結局最後まで荷物の受け渡しに来る人物について語ることは無かった。

 それでも不明瞭とは言えコゼットの指示を受けていたタマキは、やむなくそのまま車両を進めるようにとイスラへ示した。


          ◇    ◇    ◇


 周辺警戒をリルと交代したナツコは、荷室に戻ると〈ヘッダーン5・アサルト〉の装備を解除した。

 突然の出発だったので荷室に積み込めた装備は最低限。

 エネルギーパックの備蓄も少なかったため警戒塔に上がるのは1人。加えて荷室内で〈R3〉を装備し、低出力状態で待機するのが1人。

 カーブの多い山道で警戒に当たっていたナツコはすっかり気分を悪くしていて、装備解除を終えるとトーコから酔い止めを受け取り、直ぐにそれを飲み込んだ。


「これ、何処へ向かってるんですかね」


 ぐったりとしたナツコの問いかけに、トーコは端末に周辺地図を表示させてから答えた。


「まだ分からないかな。山奥に進んでいるようにも見えるし、もしかしたらレイタムリット基地方面に抜けるかも知れない。少なくともしばらくは山の中だね。

 山中にある対空砲陣地とか警戒拠点も避けて通ってるみたいだし」


 少なくとも車両を停めての休憩はしばらくないという事実を、トーコはオブラートに包みつつ伝えた。

 それがなんとなく伝わったナツコは、毛布を持ち出しくるまると座席に深く腰掛けた。


「うん。到着までどれくらいかかるのか分からないし休んでた方が良いよ」

「そうします」


 ナツコは頷いて、折りたたんだクッションを枕にして休憩し始めた。

 トーコもしばらく出番はないだろうから休もうかと準備を始めると、そこへ〈ヘッダーン5・アサルト〉の点検を終えたカリラがやってきて声をかけた。


「トーコさん。お忘れのようですけれど、掛け金の支払いは滞りなきようお願いいたしますわ」

「掛け金?」


 トーコはぽかんとして聞き返したが、直ぐに賭けのことを思い出した。

 ナツコがレインウェル基地滞在中にツバキ小隊全員に1勝するという目標。その最後の壁として立ち塞がったフィーリュシカに、ナツコが勝利できるかどうか。

 ツバキ小隊では唯一、トーコがナツコ側に賭けていた。

 だがそれは無効だとトーコは主張する。


「ちょっと待って。本当なら今朝フィーと最後の模擬戦をする予定だった」

「ですが急な任務で出来なくなったでしょう? だとしたら賭けはわたくしたちの勝ちですわ」

「いいや違う。賭けは無効だよ。ナツコは次の1戦で勝利する予定だった。それが無くなった以上、勝敗はつけられない」

「条件はレインウェル基地を出発するまで、でしたから、今朝出発した時点で勝敗は明らかですわ。そもそも50回以上負けていたナツコさんが、次の1戦で勝利できるはずもありませんもの」

「50回負けたのは事実だけどそれと次の勝敗は関係ないでしょ。装備も整えて万全の状態で挑むはずだった」


 2人は互いに譲らなかった。

 トーコは元より負けるのが嫌いだし、カリラも賭け事で負けたくはなかった。


「あ、あの。賭けてたんです?」


 1人、賭けのことを知らないナツコが、椅子に体を預けたまま問いかける。

 賭けのことを秘密にしていたトーコはまずいと思ったが、カリラの方が勝手に説明する。


「ええ。フィーさんとナツコさんの模擬戦結果に皆さん賭けていましたわ。ちなみに、ナツコさん側に賭けたのはトーコさん1人です」

「秘密って話だったでしょ」

「もう賭けは終わったのですから構わないでしょう」


 カリラとしては賭けの決着はついたという言い分だった。

 当然トーコは賭けの無効を主張するが、2人の主張が折り合うことはない。その仲裁にと、サネルマが間に入った。


「ちょっと待って下さい。確かにレインウェル基地出発までという条件ではありましたけど、出発時刻は本日正午と決められてましたよね?

 急な任務で突然早朝に出かけることになって、本来予定していた模擬戦が行えなくなったのでしたら、トーコさん側の言い分にも一理あるのでは?」

「でしたら正午まで待ちましょうか?」


 カリラはサネルマの意見を聞きながらも、端末を見てからそう提案した。

 正午までまだ時間があるが、その間にナツコとフィーリュシカが模擬戦を行える環境は整わないだろうと確信していたからだ。

 当然トーコはそんな提案を呑むつもりはなく反論しようとしたが、先にサネルマが別の提案をした。


「ではなくて、予定していた最後の1戦については後ほど機会が出来次第実施して、その勝敗で結論を出したらどうです? 勝敗がきっちり出たら、皆さん納得するでしょう?」


 その提案には、装備を対フィーリュシカ向けに完全調整したナツコなら一矢報いる可能性はあると踏んでいたトーコは直ぐ賛同した。


「私はそれで構わないよ」


 対してカリラはナツコ側に機会を与えたくないと渋ったが、彼女は昔からのギャンブラーだった。

 賭け事は公正でなければならない。そしてサネルマの提案は、実際に公正であるかはともかく、一見公正そうに思えた。


「ま、よろしくてよ。お姉様にもそのように伝えておきますわ。1戦だけ。先延ばし厳禁。機会が訪れ次第即対戦。よろしくて?」

「もちろん。ナツコ、負けないでね」

「え、ええと、頑張ります」


 賭け事の対象にされたナツコは困惑した様子だったが、フィーリュシカとの模擬戦に勝利したい気持ちは確かだった。

 トーコと協力して作り上げた装備編成を使う機会がないまま終わるのも嫌だったので、もう1度模擬戦の機会が貰えることは嬉しかった。


「フィーさん、そういうことでよろしいですわね?」

「ナツコの訓練には協力する」


 荷室の隅っこで置物のようにじっとしていたフィーリュシカも、カリラに声をかけられると模擬戦について了承した。


「掛け金、準備しといてね」

「こちらの台詞ですわ」


 模擬戦を行う当事者とは別の所で、トーコとカリラは火花を散らしていた。

 知らぬうちに厄介そうなことに巻き込まれてしまったとナツコは思いながらも、次の模擬戦では絶対に負けたくはないと、決意を新たにした。


          ◇    ◇    ◇


 車両はその後も山の中を進み、やがて山々に囲まれた盆地へと出た。

 統合軍と帝国軍の砲撃、その後の白兵戦によって焼け野原になった盆地地帯は、木々は焼き払われ、草の1本も生えていなかった。


「ここに進むの?」

「ああ」


 タマキがユイへと再度進路が間違っていないか尋ねると、即答された。

 仮設道路から外れることをよく思わなかったが、進むべき進路が示された以上、従うほかなかった。


「速度を落として進んで。不発弾には注意して」

「注意はするが、限界があるぜ」

「少し待って。サネルマさん、ナツコさん、出撃を。車両前方の不発弾捜索に当たって下さい」


 荷室へと命令を飛ばすと、即座に返事が返ってきた。

 それから少し遅れて、荷室側から提案。


『こちらトーコ。不発弾捜索なら〈音止〉出しましょうか?』


 問いかけにタマキは隣に座るユイへと目配せした。

 ユイは肯定するでも否定するでもなく、興味なさそうに視線を返す。

 それを了承と受け取りながらも、まだ目標地点が正確に示されていない以上、エネルギー消費の大きい〈音止〉を運用することに不安を覚えたタマキは提案を退けた。


「いいえ、そのまま待機お願いします」

『了解しました』


 返答を受け、タマキは「これで満足か」とユイへ再度目配せしたが、今度は無視された。

 それを不快に思いながらも彼女は出撃完了したサネルマとナツコへ足下に十分注意しながら進むよう指示を出して、イスラにはそれについて行くよう命じた。


 盆地地帯を進むこと十数分。端末をつまらなそうに眺めていたユイが唐突に、停止を命じた。


「車両停止。――どうしました?」


 命令と共に、タマキは尋ねる。

 少なくとも周囲に存在するのは炭になった倒木と、〈R3〉の残骸や空薬莢ばかり。

 荷物のやりとりをする相手が存在するような場所とは思えなかった。


「ここでいい。しばらく待て」

「ここ? この場所ですか? 相手は?」

「これから来る。だから待て」


 ユイの言葉に素直に納得できないタマキだが、やむなく隊員全員へ待機命令を出した。

 出撃状態だったナツコ、サネルマ、リルの3人にはそのまま周辺警戒をするよう命令が下される。


「本当にこんな場所に来るのでしょうね」

「あたしに文句を言ったところで無意味だ」

「だとしても、他に言う相手がいませんから。どちらから来ますか?」

「向こう次第だな」


 不明瞭な内容ばかり告げられたタマキはいよいよストレスで胃がどうにかなりそうだったが、大きくため息をつくと座席を倒してくつろぎ始めた。

 それを見て運転席のイスラも、コア停止の許可をとって車両を完全に停止させると、少し体を動かしてくると外へ出た。


「あ、イスラさん! 危ないですよ」

「大丈夫大丈夫。生身で踏んだ程度で爆発する不発弾ならとっくに爆発してるよ」


 外に出てきたイスラに対して警戒に当たっていたナツコは注意するも、彼女は構うことなく倒木の上に飛び乗ると、その場で体を大きく伸ばした。


「運転お疲れ様です。ここでしばらく休憩ですか?」

「ここが目的地だと」

「え? ここですか?」


 山に囲われた焼け野原。

 辺りに基地があるわけでもなく、道路があるわけでもない。

 きょとんとしたナツコだが、イスラは柔軟体操を終えるとそんな彼女へと任務に戻るよう諭す。


「何が何だか分からない気持ちは分かるが、警戒任務中のナツコちゃんにはやるべき事があると思うね。中尉殿が凄い顔してこっちを見てるぜ」

「あ! そうでした! 警戒に戻ります!」


 ナツコは安全装置をかけた機銃を手にして、周辺警戒に戻った。

 イスラは適当に手を振って見送って車両へ戻ろうとした。だが唐突に、ナツコが短い声と共に空を見上げたのを遠目で見て、釣られるように空を見た。


「何かあったか?」

「何も、無いんですけど、何かあります」

「どうした? 薬が必要か?」

「いえおかしくなったわけではないです。こちらナツコ。空に異変? でしょうか。ちょっと分からないんですけど、変な感じがします」

『不明瞭な報告ばかり』


 ナツコの報告にタマキは不満げに応答して、車両の扉を開けて体を乗り出した。


「ごめんなさい。でも、なんと言ったらいいのか分からなくて」


 報告を受けて、警戒を続けていたリルとサネルマ。それに外に出ていたイスラとタマキが空を仰いだ。

 曇天の空は、太陽がまだ昇りきっていないのも相まって暗い。

 だがナツコの言う異変は誰も感じなかった。


「ナツコさんこちらに」

「はい」


 タマキの手招きに応じてナツコは車両の元へと向かった。

 タマキはより詳細な情報を求める。


「具体的にどの辺りが変なのですか」

「ええと、今で言うと、あの辺り?」

「なんとも無さそうですが――」


 ナツコの指さした灰色の雲を見上げていたタマキは、出しかけた言葉を飲み込んだ。

 視線の先で、雲が突然ズレた。それは一瞬の出来事で、錯覚では無いかとタマキは目をこすった。再度注視しても、異変は見当たらない。


「今何か見えました」

「はい。あ、次はあそこ、でもあっちも。あれ、何か空全体が変ですか?」

「変ですね。――全機出撃準備」


 局所的だった異変は突如として広範囲に拡大し、灰色だった雲がプリズムのように光を乱反射させ始めた。それを見てタマキは全員へ出撃命令を出す。

 同時に、空の異変が実態となって現れた。

 雲の下、何も無かったはずの空間に亀裂が現れ、その中から巨大な何かが降下してくる。地表から僅か高度200メートルばかり。

 タマキもナツコも、その光景に思わず息を呑んだ。


「嘘でしょ、宇宙船!? 大気圏内ですよ!」

「あれが、宇宙船――」


 強襲艇のように無理矢理降下する以外では、宇宙港にしか降下出来ないはずの宇宙船。

 それが突如として姿を現し、大気圏内をゆっくりと航行している。

 統合軍勢力下にあるこの地点において、対宙砲陣地の監視をかいくぐって宇宙船が侵入するのは本来不可能なはずだった。


 その姿が明らかになるにつれて、タマキの顔から血の気が引いていく。


「巨大すぎる。あのサイズの船が大気圏内を航行できるはずが――」


 全長は確認できるだけでも150メートル。

 民間船ではありえないその船体を見て、タマキは士官用端末のカメラで船を撮影。艦種の特定を急ぐ。


「――あった。次世代型試作強襲輸送艦〈レナート・リタ・リドホルム級〉――」


 元は父親の意向によって宇宙軍士官になるはずだったタマキは、その艦について多少の知識はあった。

 前大戦中、中立星系だったフノス星系の技術総監、レナート・リタ・リドホルムが在任中最後に設計し、自身の名を冠した船。

 レナートはその後歴史上から姿を消し、フノス星系は独立を保つことが出来ず瓦解し、艦の存在も闇に消えたはずだった。


 だが目の前の空に浮かんでいるのは、紛れもなく〈レナート・リタ・リドホルム級〉強襲輸送艦。

 舷側に描かれていた艦名表示はタマキの知らない言語で書かれているため読めなかった。

 だが艦の全体が明らかになると、宇宙艦には不釣り合いなほど大きなマストに描かれた、相手の所属を主張する紋様が明らかになった。


 ――黒地に白で描かれた骸骨。


「宙賊艦!? 各員待避準備――」


 戦闘能力未知数の次世代型宇宙艦相手に戦闘するのは自殺行為だ。

 だが待避を命じながらも、依然として所属を示す信号を出さない相手へと、タマキは通信機を手にしてオープンチャネルで一方的に停船命令を出す。


「宙賊に告ぐ。こちら統合軍。直ちに機関停止し着陸せよ。繰り返す。宙賊艦、〈レナート・リタ・リドホルム級〉直ちに機関停止し着陸せよ――」


 停止命令を繰り返しても、相手は一切速度を落とさずそのまま降下を続ける。

 だが降下しながらも、タマキの通信へと応答が返された。


『――違う。貴官の認識は誤っている! 我らは宙賊にあらず!』


 中年から初老と思われる男性の声。

 熟練の宣伝家の如きよく通るその声にタマキは圧倒されたが、それでも通信機を掴んだ。


「だったら何だというのですか」


 相手は一呼吸置いてから、やはりよく通る声で、高らかに宣言した。


『我らは宇宙という名の大海原を駆け巡り、数多の銀河を征服し恐怖に陥れる存在。

 ――誇り高き、宇宙海賊だ!!』


 今度こそ絶句したタマキは通信機を取り落とし、車内で呆れた表情を浮かべていたユイへと静かに問いかける。


「まさかアレが荷物の受け渡し相手ではないでしょうね」


 ユイは辟易とした様子で、口元を引きつらせながらも答えた。


「……だから真っ当な人間じゃないと言っただろう」

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