第124話 〈KS拠点〉攻略作戦

「爆撃機接近」


 サネルマの報告を受けて、タマキは隊員に地下待避を命じた。

 観測のためリルと共に建物屋上にいたナツコも、慌てて建物外壁を伝って地上に降り、そこから地下待避壕として設定されていた、酒蔵の地下倉庫へと急ぐ。

 到着すると既に他の隊員も集合していて、狭い空間に身を寄せていた。


「全員無事ね。統合軍が対処してくれるまでやり過ごしましょう」


 タマキは告げて、中隊長宛に対空砲火支援の要求を出した。

 ツバキ小隊ではサネルマが軽対空機〈ヘッダーン3・アローズ〉を装備していたが、軽対空機では飛行型〈R3〉や低空飛行のヘリは落とせても、高高度を飛行する爆撃機には手が出せない。

 フィーリュシカの88ミリ砲なら手が届くのだが、こちらは対装甲砲仕様のため仰角をつけた射撃には適さないし、火器管制装置の貧弱な〈アルデルト〉では、戦術データリンクで対空レーダー情報を共有したとしても命中弾を出すのは難しいだろう。

 それでもフィーリュシカなら初弾で撃破してしまいそうだが、生憎、事情があって今回は88ミリ砲を装備せず、代わりに30ミリ砲を装備していた。


 ナツコはカリラに空間を作ってもらい、そこに体をねじ込む。更に隣にはフィーリュシカに空間を作って貰ったリルも入り込んできて、地下空間は一杯になった。


「重対空機が欲しい」


 じっとしているしか無い状況に嫌気がさしたのかタマキが呟いた。


「なんなら〈サリッサ.MkⅡ〉を対空機仕様に改修しようか?」


 〈空風〉の装備を許可されてご機嫌なイスラは気分良くそう提案したが、タマキはカリラの方を一瞬ちらとみて、首を横に振る。


「遠慮しておくわ」

「ちょっと少尉さん! お姉様の改修技術は宇宙一ですわ! 少尉さんの想定以上に完璧に改修されます!」

「そうじゃないんだカリラ。なあ少尉殿」

「ええ全く。改修に関して心配はしてません」

「ではどうしてですの?」


 カリラは尋ねたが、その答えは本人以外には分かっていた。

 ナツコだって知っている。カリラは整備士としてはあのユイが認めるくらいには一流だし、〈R3〉の扱いもツバキ小隊の中でもかなり秀でたほうだ。

 ただし1つだけ致命的な弱点があって、それは射撃がとんでもなく下手なことだった。優秀な火器管制装置を積んでいて、射撃姿勢も安定するはずの重装機〈サリッサ.MkⅡ〉を装備しているのに、彼女の放った銃弾はいつも敵機をすり抜ける。

 動いている相手に対しての命中弾はほぼ0。制止目標に対してもたまに外したりする。

 そんなカリラが高高度を飛行する爆撃機に命中弾を出せるかどうかは、試してみる価値もなさそうだった。


「特殊な改修には統合軍の許可もいりますし、改修用資材を受領出来るなら、初めから重対空機を受領すればいい話です」


 それでもタマキはカリラの尊厳を傷つけないように、もっともらしい回答でお茶を濁した。

 カリラはその回答には納得いかなかったようで反論しようと口を開きかけたが、ナツコがすかさず尋ねる。


「カリラさん。軽対空機と重対空機って、何が違うんです?」


 その質問にはカリラは呆れたような表情で返した。

 しかしタマキやイスラは、ナツコへ良くやったと、カリラからは見えない角度で指を立てて見せた。


「そんなことも知りませんの? 厳密に区分するのは難しいのですけれど、簡単に言ってしまうのであれば、突撃機をベースにして機関銃や機関砲を主武装とするのが軽対空機で、重装機をベースにして対空砲を主武装とするのが重対空機ですわ。どちらにしても飛行目標を相手にしますから、対空レーダーと高性能な火器管制装置を搭載するのは共通していますわ」

「なるほど。だから爆撃機に対しては重対空機が必要になるんですね!」

「そういうこと。わたくしのおかげで1つ賢くなれて良かったですわね。それより――」

「統合軍が爆撃機を撃破しました。進軍を再開します。重装機、先に出て」


 タマキが命令を下すと、カリラは話を取りやめて了解を返し、フィーリュシカに続いて地下倉庫から表へ出た。

 爆撃機の脅威が無くなったので、地上戦が再開される。


          ◇    ◇   ◇


 新年反転攻勢による統合軍の大勝利から2週間。統合軍はレイタムリット基地を奪還した勢いに乗って進軍し、レイタムリットを取り囲むようにして構築されていた帝国軍拠点を次々に制圧していた。


 ツバキ小隊も侵攻作戦に投入され、今はレイタムリット基地南東。通称〈KS拠点〉占領のため、帝国軍防衛部隊と戦闘していた。

 〈KS拠点〉はレイタムリット基地からボーデン基地へ向かう道中。基幹道路から少し外れた地点にある、背の低い建物が密集した小規模な市街地であり、帝国軍はここを補給拠点として運用していた。


 基幹道路上にある最前線基地への攻勢と合わせて、統合軍は〈KS拠点〉へと側面攻撃を仕掛けた。目的は最前線への補給を断ち、敵戦力を分散させること。そして占領後には統合軍の補給拠点として運用する目論見であった。


 投入された戦力は1個中隊と、拠点攻略のために大隊から貸し出された補助部隊と特科部隊。それにおまけのツバキ小隊と、あまり多いとは言えない戦力であったが、帝国軍側の戦力は1個中隊にも満たないため攻略は可能だと判断された。


 帝国軍は市街地に隠れ奇襲をもくろむも、ツバキ小隊は潜む敵を見つけ出し、それを処理しながら進んでいく。

 直感的に操縦でき人間のような動きを可能とする〈R3〉は、市街地のような入り組んだ地形においてその真価を発揮する。

 操縦者の力量が最も如実に出る状況とも言えたが、デイン・ミッドフェルド基地において統合軍一般兵の5倍にも及ぶ訓練時間を費やしたツバキ小隊は、指揮官の意図したとおりに。いや、それに応える以上の働きをして見せた。


『敵分隊発見。機体情報共有』


 飛行偵察機に乗ったリルは、入り組んだ地形をものともせずに市街地を超低空飛行し索敵を行う。

 見つけ出された敵分隊に対して、タマキは側面攻撃を受ける可能性を排除しつつ攻撃を仕掛けるためのルートを策定し、隊員へ進軍を指示する。


 今回の出撃構成は歩兵8。内訳はタマキが指揮官機〈C19〉。サネルマが軽対空機〈ヘッダーン3・アローズ〉。フィーリュシカが対歩兵装備の重装機〈アルデルト〉。イスラが高機動機〈空風〉。カリラが重装機〈サリッサ.MkⅡ〉。リルが飛行偵察機〈DM1000TypeE〉。トーコが突撃機〈アザレアⅢ〉。そしてナツコが20ミリ狙撃砲装備の〈ヘッダーン1・アサルト〉。


 本来装甲騎兵パイロットのトーコであったが、〈音止〉の修理が間に合わなかったため突撃機で出撃していた。それにユイは反対したが、本人の強い希望もあって出撃することとなった。

 ユイはレイタムリット基地外れにある整備拠点に居残りで、〈音止〉の修理を続けている。とはいっても修理用の部品が手に入らない状況なのでやることはあまりないのだが、ユイは整備士なので歩兵として出撃することは出来なかった。


「狙撃班、配置完了」


 本隊とは別行動をとっていたナツコは、〈KS拠点〉の中では背の高い、3階建ての3階部分に配置完了すると報告する。僚機のフィーリュシカは既に30ミリ砲を構えて射撃体勢をとっていた。


 タマキから攻撃指示を受けると、ナツコも20ミリ狙撃砲を構える。

 旧型の〈ヘッダーン1・アサルト〉は20ミリ砲を腕に装着して使用可能な作りはしていないため、肩に担いで移動し、射撃する際は手に持って射撃体勢をとらなければならない。

 最新鋭機とは言わずとも、〈ヘッダーン3〉以降の機体であれば20ミリ砲でも機関銃のように運用可能なのだが、余剰の機体は無かった。

 〈アザレアⅢ〉をナツコ向けに調整する案もあったが、操作系統の異なる〈アザレア〉シリーズへの乗り換えに訓練時間が必要となるため断念。


 そもそも狙撃手には敵から隠れ、攻撃する場合は遠距離から1発で撃ち抜くことが期待される。その運用形態を考えれば、移動中咄嗟に攻撃できないことはそこまで不利にはならない。

 最前線に立たない狙撃手が奇襲を受けるとすれば相手は高機動機か飛行偵察機。

 となれば使用する武装は個人防衛火器で十分。20ミリはおろか、12.7ミリも威力過剰である。


「指揮官機を自分が」

「はい。私は突撃機を狙います」


 僚機の指示に従い、ナツコは意識を集中させる。

 以前フィーリュシカより複数のことを同時に考えられるようにするべきとのアドバイスを受けたナツコだったが、なかなか頭の切り替えが上手くいかず難航し、結局射撃の時は射撃に全神経を集中させるしか無かった。

 その分周囲への注意は疎かになってしまうが、そのあたりはフィーリュシカに全幅の信頼を寄せていた。フィーリュシカなら、例え相手がステルス状態で接近していようと攻撃を受ける前に察知できる。その程度には信頼していた。


「自分が撃ったら合わせて」

「はい」


 返事と同時に、フィーリュシカが30ミリ砲を発砲。

 ナツコも意識を集中し、敵突撃機に狙いを定める。

 帝国軍の主力突撃機〈フレア〉。相手は1つ前の型である〈フレアD型〉だった。距離は600メートル。移動中の相手に当てるには少し距離がある。威力は問題無し。20ミリ狙撃砲なら何処に当てても装甲を貫通出来る。

 当てやすい胴体に狙いを定め、弾丸の軌道を予測。

 それから相手の動きを予想し、ナツコは物理トリガーを引ききった。


 放たれる20ミリ弾。

 銃床は〈ヘッダーン1・アサルト〉の肩を強く叩く。

 銃弾は予測通りに飛んでいる。しかし敵機は一瞬早く撃たれた30ミリ砲によって動作を微修正。

 胴体中央を狙った弾丸は横に逸れ、正面装甲に命中したが弾丸は斜めに入り内側へのダメージが緩和される。


「敵機中破――2発目撃ちます」

「撃たなくていい。戦闘行動は不能。十分」

「はい」


 僚機であるフィーリュシカはナツコに対する命令権を持っている。

 ナツコは答え、構えていた20ミリ狙撃砲に安全装置をかけて肩に担いだ。

 銃弾を受けた〈フレアD型〉は警戒しながら建物の影へと入った。正面装甲を貫通され、肋骨が何本か折れ、恐らくは内蔵も傷つけている。戦闘続行は不可能であろう。

 それでも普段なら止めを刺しただろうが、今はそれを出来ない事情もあった。


「移動する。ついてきて」

「はい」


 フィーリュシカは建物の窓を蹴破るとそこから飛び出し、隣の建物の屋上へと着地して移動を開始した。

 ナツコもそれに置いていかれないよう窓から飛び出して後に続く。

 〈アルデルト〉は高い機動力を持つ機体として設計されているが、それでも重装機。旧型の〈ヘッダーン1・アサルト〉に対しても機動力では劣っているはずなのに、ナツコはついて行くのがやっとだった。


 フィーリュシカは重い機体をものともせず、建物の外壁を蹴り上がり、ワイヤーを射出しては建物から建物へ曲芸師のように移動していく。

 ナツコは突撃機装備だから同じようなルートを進めるが、もし重装機装備だったらそうもいかなかっただろう。


『敵指揮車両発見!』


 リルからの報告が飛んだ。

 どうやら〈KS拠点〉の指揮官を発見したらしい。

 直ぐにタマキは中隊に報告。中隊長からツバキ小隊へ、敵指揮車両攻撃の命令が下った。


『ツバキ3。敵分隊はそちらで対応可能ですか?』

「問題無い」

『了解。狙撃班に敵分隊の対処は任せます。この際、弾薬の使用に制限は設けません。なんとしても食い止めて。可能なら全機撃破を』

「承知した」


 フィーリュシカは応じると、ナツコへ向けて声をかけた。


「進路変更。急ぐ必要が出来た。速度を上げる。遅れないで」

「はい!」


 ブースターに点火したフィーリュシカを追うように、ナツコもブースターを全開にして市街地を駆け抜けた。


          ◇    ◇    ◇


 発見された敵指揮車両は移動を開始。それを守るように敵分隊が展開された。

 リルは建物を使って射線を切りつつも、超低空飛行で指揮車両からつかず離れず観測を続けていた。

 その視界に敵機が映りマズルフラッシュが瞬いた。リルは急旋回し建物と建物の隙間に突入する。発生したGにあらがいながら、建物の壁を蹴って失った速度を取り戻し再び飛行状態に移行。距離をとりながら通信を繋ぐ。


『敵軽対空機発見。〈ZR-13〉2機。恐らく7.7ミリ3連装装備』


 報告に、タマキは違和感を感じる。


「〈ZR-13〉? 珍しいですね」


 帝国軍の主力軽対空機はプロミネンスシリーズ。最新型のB型とそれを補う形で配備される型落ちのA型。

 しかし〈ZR-13〉は別会社の軽対空機で、しかも1世代前。予備機として保有しているならともかく、前線運用されているのを確認するのは初めてだった。


「レインウェルの海岸線であれだけ機体を失いましたから、〈プロミネンス〉の配備が間に合っていないのではなくて? 最近では〈フレア〉すら調達出来ずに〈ヘッダーン〉シリーズすら前線投入しているようですし」

「確かに、可能性はありますね。トトミ大半島の対宙砲も沈黙したので補給艦を中央大陸に下ろしていると考えていたのですが、間に合わなかったのかも知れません」


 新年攻勢とほぼ同時に、帝国軍はトトミ大半島への攻勢も仕掛けていた。

 トトミ大半島に残っていた統合軍部隊は良く戦ったが、物量で攻め寄せる帝国軍には勝てず、対宙砲を放棄して撤退せざるを得なかった。

 それ以降帝国軍はトトミ中央大陸東部に対して、宇宙空間から補給艦を降下可能になったはずだった。

 新年攻勢の失敗で多大な被害を出したのだから補給艦の到着は急がせるはずなのだが、どういうわけか補給艦降下の観測はされていなかった。


「お相手も物資不足なら良いことじゃないか。なあ少尉殿。敵の指揮車両を叩くなら奇襲が一番だと思わないか。防衛部隊片付けてたら逃げられちまうぜ」

「あなたという人は」


 提案したイスラは自分に行かせろと、装備した〈空風〉を誇らしげに見せつける。

 高機動機〈空風〉は、宇宙最速の機体を目指して開発された機体で、あまりにスペックを追求しすぎたために統合人類政府の工業規格と安全規格と製造規格に通らなかった曰く付きの機体だが、設計者が政府から隠れて秘密裏に12機だけ製造。イスラが装備しているのはその12機目で、肩にはこれ見よがしにその製造番号が刻まれている。


「お姉様なら間違い有りませんわ! 帝国軍如きがお姉様を捉えられるわけがありません!」

「カリラさんの意見は聞いていません」

「本人が出来ると言うなら任せてみても良いのでは?」

「トーコさんまで」


 リルが偵察。フィーリュシカとナツコが狙撃班として別行動。

 その結果タマキ率いる本隊に常識人がほとんど残らなかった。本来ならば常識人枠のトーコすら、最近に至っては〈音止〉の機能を使いたいがために隊員の無茶を後押しする傾向にあり、それはタマキの悩みの種でもあった。


「いやあ危ないと思いますけどねえ」


 1人サネルマはやんわりと否定するのだが、その言葉には誰も耳を貸していなかった。

 作戦指揮は多数決では行わない。

 軍隊では上官が絶対的な権力を持ち、その指示にのみ隊員は従う。

 だからタマキはそれを撥ねのけることが可能だったし、これまでもそうしてきた。

 しかしここに来てタマキは悩む。


 展開された防衛部隊と戦い、これを撃破してから指揮車両を追いかけていたら恐らく逃げ切られる。

 高機動機のみで別行動をとらせて指揮官を襲撃させれば、攻撃は間に合うだろう。


 問題は、単機のみで指揮車両へ奇襲をかけた場合の成功率が低いことと、規格を全く満たしていない密造機体の運用は危険を伴うこと。

 後者については優秀な技術者が2人がかりで整備を行い、真意はともかく安全だと太鼓判を押しているからクリアしていると言ってもいいのかも知れないが、前者については問題だった。


「少尉殿、任せてくれよ。何しろ〈空風〉は宇宙最速の機体だぜ」

「そうですわ! それにお姉様が加われば宇宙最強です! 負けるはずがありませんわ!」

「何を根拠にそんなことを言っているのかわたしには理解不能です――が、そこまで言うなら任せます。ただし危険と判断した場合は即座に攻撃を止め引き返すように」

「さっすが少尉殿! 宇宙最高の士官だよあんたは」

「お世辞はいらないので分かったら返事。敵の指揮官を始末して、無事に戻ってくるように」

「お任せ下さい少尉殿! 指揮車両へ奇襲をかけ、敵指揮官を仕留めて参ります!」


 イスラはわざとらしく大きく敬礼すると、ブースターを点火して隊列から離脱。敵の指揮車両を狙うべく、建物の裏手へと移動した。


「本隊は予定通り敵防衛部隊と交戦。これを突破します。相手は小規模ですがくれぐれも油断しないで。ツバキ5、間違ってもフルオートで連射しないように。次の弾薬補給がいつになるかは保証できかねます」

「分かりましたわ」


 無駄弾を撃たれてはたまったものではないのでタマキは釘を刺しておく。

 カリラの装備する6砲身12.7ミリガトリングは、湯水の如く弾薬を消費する。

 発射速度に制限のある銃への変更をタマキはもくろんだのだが、物資不足を理由に受領を断られていた。


 タマキの〈C19〉に搭載された戦術レーダーが、指揮車両を守るべく配備された敵の防衛部隊を捉える。

 軽対空機2。突撃機2。防衛部隊としてはかなり小規模。それでも攻撃側も指揮官機1、突撃機1、軽対空機1、重装機1。

 総数は互角。重装機のいるぶん攻撃側有利ではあるが、装備者はカリラだ。どれほど命中弾を出せるかは疑問だった。


「1機ずつ確実に仕留めます。まずは左側の〈ZR―13〉から。ツバキ7、ツバキ4が指揮車両へと攻撃体勢を整え次第本隊の援護に入って」


 泥沼化した場合に備えてリルへと援護要請を出し、続いてタマキは本隊へ散開を命じた。

 わざわざ一塊になって敵の的になる必要性はない。


「散開。各機、敵の攻撃に備えつつ攻撃開始! 全ての武装使用許可! 敵防衛部隊を殲滅せよ!」


 タマキは指示と同時に汎用投射機にカートリッジ式のグレネードを装填し、ブースターを炊いて敵の前に躍り出た。

 最前線を突撃する指揮官機に敵の防衛部隊は驚きながらも、威力は低いが手数の多い弾幕を展開。

 タマキは銃口の向きを全て読み取り銃弾を回避。

 放たれた対歩兵マイクロミサイルへと迎撃用マイクロミサイルを展開して無力化すると、一気に距離を詰めて敵密集地点へとグレネードを全弾投射。回避行動をとる敵〈ZR-13〉の動きを読み取り、煙幕を展開し後退するその脚部へ狙いをつけて12.7ミリ機銃を3発撃ち放った。


「1機脚部損傷! 集中攻撃!」


 指示を出し、タマキは敵の攻撃を引きつけながら後退し建物の影へと飛び込む。

 煙幕に隠れた敵機に対して、各機から攻撃が放たれた。

 そのうちいくつかが命中弾を出し、金属音が響く。


「1機みなし撃破。このまま残りも片付けます! くれぐれも無茶しないように!」

「一番無茶してるのは誰ですか。突撃する指揮官なんて聞いたことがありませんわ」

「ホント。最近の士官学校は何を教えているんだろうね」


 先陣切って無茶苦茶したタマキに対して、カリラとトーコはわざと聞こえるように通信機を介して口にした。


「戦闘中に無駄口を叩かない。ツバキ5、爆風爆弾投射用意。煙幕を吹き飛ばして。絶対に外さないように」

「はいはい、了解しましたわ」


 カリラは大型の爆弾を専用ランチャーへ装填し、煙幕へ向けて投射した。

 流石のカリラも広範囲に展開される煙幕に対して攻撃を外すはずも無く、生じた爆風によって滞留していた煙幕がかき消される。


「目標〈ZR-13〉。攻撃開始!」


 タマキが攻撃を命じると、散開した隊員から敵〈ZR-13〉へと集中攻撃が敢行された。


          ◇    ◇    ◇


 巡航速度で移動していたイスラは、エネルギー不足を訴える機体に対してバックパックから新しいエネルギーパックを取り出し、腰の左右に取り付けられた古いエネルギーパックへと叩き付けるようにして装填する。消耗寸前のエネルギーパックが地面に転がって、新しいエネルギーパックから機体コアユニットへとエネルギーの供給が開始される。

 それを確認してから、軽率な行動だったと後悔した。

 使い切ったエネルギーパックは可能な限り投棄せず回収するようにタマキから言いつけられていたのだった。


「まっ仕方ねえ。緊急事態だから」


 そう言ってイスラはエネルギーパックの回収を諦めた。

 タマキには怒られるだろうが、適当に誤魔化す自信はあった。

 リルの索敵のおかげで敵の指揮車両の位置は大体分かっていた。最後に確認された位置から移動先を予測して、イスラは路地から路地を移動して予測地点へと向かう。


 ブースターの残りは僅かだが、路地から飛び出す瞬間にそれを点火した。

 急加速した〈空風〉は勢いよく路地から通りへと飛び出した。

 そしてイスラは予測地点から大分手前に位置する敵の指揮車両を発見した。


「おっと。ちょっと早すぎたか」


 だが、発見したことに変わりは無い。

 〈空風〉には敵機の詳細な情報を共有する能力はないので、イスラは発見地点のみ口頭で報告すると、ブースターを全開にして奇襲を敢行した。

 指揮車両までの距離はわずか100メートル。

 発見されたイスラは、指揮車両の監視塔に登っていた敵軽対空機から攻撃を受ける。


 軽対空機〈プロミネンスA型〉。武装は7.7ミリ機銃3連装。

 威力は低いが連射能力が高く、取り回しも早い。

 それでも近距離にいる〈空風〉に対しては、機銃の指向速度は追いつかなかった。


「ツバキ4、敵指揮車両へ攻撃開始!」


 通信機に叫ぶと、肩にかけていたセミオートショットガンを右手に持った。

 速度のみを追い求めた〈空風〉には火器管制装置は搭載されていない。

 自分で狙いをつけて、物理的にトリガーを引くほかない。


 高速で敵の攻撃を躱しながら、イスラはショットガンにカートリッジを装填。弾種はグレネード。威力は低いが、軽対空機相手なら直接当ててしまえばダメージは通る。

 敵もイスラの出現を見て増援を出してきた。前方警戒に当たっていた突撃機〈フレアD型〉が戻ってきて、個人防衛火器を手にする。


「遅すぎる!」


 イスラは〈空風〉を高機動モードへ移行させる。

 搭載された使い捨てブースターが起動し、〈空風〉は設計時目標とした最高速度まで一気に加速する。

 通常状態であっても機銃の指向が間に合わなかった敵機は、高機動モードの〈空風〉を捉えきれない。


 最高速度に到達したイスラは滅茶苦茶な軌道で建物の壁を駆け、指揮車両との距離を詰める。

 相対距離20メートルまで接近すると、まずは厄介な〈プロミネンスA型〉へ向けてグレネード弾を2発撃ち込んだ。

 高速軌道から放たれるグレネードだが、寸分違わず監視塔で構える〈プロミネンスA型〉へ命中。

 敵機の装備するライフルシールドに阻まれるが、距離を詰め、指揮車両を飛び越えながらその側面へ移動。すかさず残弾を全て撃ち込む。

 無防備な側面に着弾したグレネード。炸裂した破片が装甲の薄い部分を貫通し、搭乗者へ危害を加えた。


 イスラを追って〈フレアD型〉も指揮車両の上に飛び乗った。

 指揮車両からは更に突撃機〈フレアD型〉が2機。

 相手は突撃機3機。そして恐らく車両内に指揮官機1と、その護衛機が数機。

 全てを相手にしている時間は無い。

 高機動機が高機動モードを維持できる時間には限りがあった。

 特に〈空風〉は、速度のためにエネルギー効率を犠牲にしている。


「悪いが、遊ぶのは後だ」


 ブースターを巧みに操り空中で軌道修正。気を失いかねないGをいなして再度指揮車両へ突撃。その前方に〈フレアD型〉が立ちはだかるが、銃口を向けられた瞬間に体を回転させ、その横をすり抜けた。


 指揮車両の正面。駆動用のコアユニットがある位置へと、イスラは左腕に装備したパイルバンカーの先端を押し当て物理トリガーを引ききる。

 火薬と電磁レールで瞬間的に加速された金属杭がコアユニットを貫く。臨界に達したコアユニットは緑色の光を放ち爆ぜた。


 イスラは爆発から緊急後退で逃れると、襲いかかってくる突撃機の攻撃をかいくぐり再度突撃を敢行。

 立ちふさがる〈フレアD型〉の攻撃を見切り躱し、間合いを詰めると銃身の下へと潜り込んだ。


「良い装備だな。ちょっと借りるぜ」


 〈フレアD型〉操縦者は緊急後退を使って距離をとろうとするが、間合いの内側に入った〈空風〉からは逃れられない。

 イスラは引き抜いた高周波振動ブレードで〈フレアD型〉の腹部を切り裂く。

 操縦者が倒れ込む前にその背後へまわり首筋をつかみ盾にする。

 同時に敵の主武装を別の機体へと向けさせて、その物理トリガーを引ききった。


 フルオートで放たれた14.5ミリ機銃弾を、2機の〈フレアD型〉は回避。

 その間にイスラは乗っ取った機体が肩に装備していた追尾ミサイルへとケーブルを繋ぎ、整備用端末を手にしてその認証を突破。安全装置を全て解除させると、指揮車両へ向けて全弾発射させた。


 既にコアユニットを破壊され黒煙を上げて停止していた指揮車両へ向けて、4発の対歩兵ミサイルが放たれる。

 この機に及んで、車内に残っていた指揮官機〈ヘリオス12B型〉が飛び出した。護衛として〈フレアC型〉を随伴している。〈フレアD型〉より更に旧型だが、これでも第3世代機。〈ヘッダーン3・アサルト〉並の性能を有する機体だ。


 〈ヘリオス12B型〉は後退。〈フレアC型〉はそれとイスラの間に入って攻撃を防ごうとする。

 更に後方からは〈フレアD型〉が2機。


 イスラは後方を一瞬だけちらと見ると、盾にしていた〈フレアD型〉のバックパックからグレネードを取り出し、ピンを抜いてバックパックへとしまうと機体ごと後方へと蹴り飛ばした。


 同時に〈ヘリオス12B型〉へと向けて全速力で移動する。

 ブースターの残りはほとんど無い。この攻撃で決めきらないと、後は無い。


 〈フレアC型〉は個人防衛火器で弾幕を展開。

 それをイスラは前方へ飛び込みかいくぐり、地面に手をついて速度を維持したまま若干軌道修正。そのまま機体の隣をすり抜け、ショットガンにグレネード弾を装填。

 近接戦闘では勝ち目があるわけない〈フレアC型〉はそのままイスラから距離をとるように後退。


 イスラは緊急後退を続ける〈ヘリオス12B型〉へとショットガンを向け、引き金に手をかけた。

 だがそれを引かず、地面に右脚を強くついて急減速をかけた。

 そしてブースターを再点火すると、横へ逃れようとしていた〈フレアC型〉へと肉薄する。


「あんたが指揮官だな? 悪いな。少尉殿からは指揮官を仕留めるように命令されたんだ」


 イスラが通過すると即座に戦闘を放棄し、戦線を離脱しようとしていた〈フレアC型〉。それを敵の指揮官だと見抜いたイスラは、ショットガンをその頭部に向けて全弾投射。

 装甲皆無のヘルメットはグレネードの爆発によって歪に変形するが、イスラは攻撃の手を緩めず、そのまま邁進して高周波振動ブレードをその首筋へと突き刺した。

 突き刺さったブレードを引き抜くと、その首筋から士官用端末を引きずりだす。


「士官用端末。階級は大尉。間違いなく指揮官だな。機体入れ替えるならもうちょっと一般兵らしく振る舞うべきだったよ、ご苦労さん」


 士官用端末だけ奪い取ると、死体を足蹴にしイスラは後退。そのまま180度転回し、本隊との合流を目指す。

 せめて指揮官機を仕留めた高機動機を始末しようと、2機の〈フレアD型〉が行く手を阻もうとする。

 ブースターは底をついていたが、それでも〈空風〉は宇宙最速の機体だ。

 通常駆動だけでも機動力で〈フレアD型〉を圧倒し、その攻撃を全て回避。

 その片方に肉薄しもう1機からの銃撃を停止させると、銃口の下に潜り込み、その腕へと左腕で肘撃ちをかます。

 二の腕に装備されていた爆発反応装甲が起爆し、外部装甲をはじき飛ばす。それは〈フレアD型〉が装備していた機関銃を破壊し、その弾薬が炸裂。

 その隙を見てイスラは機体の背後に回り、後ろ蹴りでそのコアユニット付近を蹴りつけると加速してその場から離脱した。


「やっぱり蹴りじゃD型は撃破出来ないか。ま、指揮官は倒したし及第点だろ」


 戦線を離脱したイスラは、真っ直ぐにツバキ小隊本隊との合流を目指す。

 既に敵の防衛部隊を突破していた本隊は直ぐ近くまで到達していて、イスラは誇らしげに敵指揮官の士官用端末を掲げて見せた。


 期待とは裏腹に、それを見せられたタマキは頭を抱えて顔をしかめた。


「ありゃ少尉殿。もっと喜んでくれよ」

「あなたが図に乗って次からもバカな提案をしてくるのが目に見えてるからです」

「そりゃ間違いない。だが次からもこれくらいお安いご用だぜ。っと、エネルギーが尽きかけてるんだった。誰かエネルギーパック恵んでくれ」

「あなたという人は……」


 タマキはトーコへ命じてエネルギーパックを1本、イスラへと渡させる。

 それからイスラが空のエネルギーパックを所持していないのを見て、これは好機だと叱責し始めるのだった。


          ◇    ◇    ◇


 ツバキ小隊による敵指揮官機撃破により、〈KS拠点〉の帝国軍防衛部隊は混乱。統合軍は一気に攻勢を仕掛け補給拠点中枢を掌握。帝国軍の残存部隊は〈KS拠点〉を放棄して後退を開始した。


「戦闘態勢を解除。残存兵が潜んでいる可能性があるので警戒を怠らないで」


 ツバキ小隊は合流し、補給を受けるため統合軍輜重科部隊の元へと進路をとった。


「それにしても、あっけない戦闘でしたわね」

「戦力で勝っていましたからね。広い拠点に対して、敵は戦力を分散させすぎました。中隊長の護衛もほとんど残っていませんでしたし、ろくな士官教育を受けてない人物だったのでしょう」


 タマキはイスラから受け取った敵指揮官の士官用端末を示して言った。


「おっと、護衛の数はともかく、敵中隊長を仕留めたのは事実だぜ」

「そうですわ! お姉様の活躍をもみ消そうとするだなんて、少尉さんは大人げないのでなくて」

「警戒態勢中です。言葉に気を付けなさい、カリラ・アスケーグ一等兵」


 タマキは厳しくそう言いつけてカリラを黙らせる。

 すると前方警戒に当たっていたリルが何かを発見した。


「敵機――〈フレアD型〉。力尽きてるみたいだけど」

「戦闘態勢。生きている可能性もあります。敵機反応確認」


 戦闘態勢に移ったツバキ小隊は、主武装を構えたまま進む。

 先行していたリルはセミオートの狙撃銃を構え路地に転がっていた敵機へと向けたまま、それを確かめた。


「反応確認。やっぱり力尽きてる」

「戦闘態勢解除。警戒態勢へ」


 各機は安全装置を外して進んだ。

 タマキはリルに追いつくと、路地に転がっていた敵機を引っ張り出すよう命じる。

 非力な飛行偵察機に変わってトーコがその機体を通りに引きずり出す。


「〈フレアD型〉。正面装甲を撃ち抜かれてます。肺までいってますね」


 死体の状況を確かめてトーコは判断した。

 操縦者の口からは血が流れ、傷が肺にまで達していることは一目瞭然だった。


「あ、この人、私が狙撃した機体だと思います」

「ナツコさんが? ということは、被弾して、治療のため後退したけれど途中で力尽きたと言ったところでしょうか」

「帝国軍は衛生兵同伴してないのか?」

「そういえばほとんど見ませんでしたね。ツバキ小隊も余所のことを言えたものではないですけど」


 タマキは口にして、帝国兵の持ち物をあらためるようにトーコへ命じた。

 その側でナツコが地面に膝をついて手を合わせていたが、それには言及せず持ち物だけ確かめる。


「予備のエネルギーパックが1つ。他は空ですか?」

「みたいですね。弾倉も装備してる1つきりですから、帝国軍も状況は良くないみたいですね」

「なるほど。お互い様と言うことね」


 補給拠点中枢部分から占領完了を告げる信号弾が上がり、統合軍の旗が翻った。

 統合軍は快進撃を続け、帝国軍の周辺拠点を次々に占領している。

 だからといって安心は出来ない。

 統合軍は、帝国軍の新年攻勢を防ぎ、それに続く反転攻勢で大勝利を手にした。


 だが失ったものは0ではない。

 レインウェル基地に押し寄せた帝国軍に対して、統合軍は保管されていた旧型砲やカノン砲まで持ち出して、雨あられの如く砲撃を仕掛けた。

 それによって大量の砲弾が消費された。

 予備機まで総動員した作戦は、備蓄エネルギーパックのほとんどを消費した。

 それに続く反転攻勢では、この機に奪えるだけ拠点を奪えと、弾薬の使用制限がなされず、機銃弾、機関砲弾が湯水の如く垂れ流された。


 結果として、統合軍はエネルギー、弾薬の備蓄がほぼ無くなっていた。

 それでも前線において人的資源を大量に失った帝国軍に対してはまだ優位に動いていたが、それもいつまで続くか分からない。

 既に帝国軍はトトミ大半島の対宙砲を無力化し、トトミ中央大陸東部へと直接輸送艦を降下させるルートを確保している。

 何を思ってか今のところは輸送艦の降下は確認されていなかったが、いつ輸送が開始されてもおかしくない。


 統合軍は連戦連勝であったが、それは薄氷の勝利であり、いつ負けてもおかしくない状況だった。

 それでも統合軍は足を止めない。

 この反転攻勢を持って、帝国軍へと決定的な損害を与えるために。

 統合軍による第1次反攻作戦は、既に始まっていた。

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