第79話 〈音止〉出撃⑤

 雨風のしのげる工場跡が使用可能なのは、タマキにとってうれしい誤算だった。

 堅牢な石壁に覆われた建屋内にトレーラーを隠せるし、何よりテントと違って雨音や風の音で眠れないなんてこともない。


 哨戒任務に就く前に、まずは仮拠点となる工場内の清掃と、備品の準備を整える。

 一番大きな工作室だったと思われる部屋を一面綺麗に掃除し、そこにテント用のシートを敷いて寝袋を並べる。空いたスペースには工場内にあった椅子と、持ってきた折り畳み式の椅子を並べて簡易食堂とする。机はないが、どうせ携帯食料のみだから不便もないし、余裕があったらその辺の廃材を使って作ればいい。幸い、ここは家具用の木材加工場のようで、材料は豊富にあった。ここより東側に広がる古くから手つかずの原生林の木を使った高級家具向けの工場だったらしい。枢軸軍は当時戦争中だったはずだがこんなものを作る余裕もあったのかと、タマキはため息をつく。


 続いて屋上に近い位置に無線中継器を設置した。かなうのならば対空レーダーと対空砲も設置しておきたいが、こんな僻地に融通してはくれないだろう。

 それからもやるべきことは多くあり、タマキは隊員へと指示を出していく。事務室を1つ掃除してタマキ用の個室を作り、水道が通ってなかったので簡易トイレを設置。折り畳み式の給水塔を食堂横に広げると、トレーラーの屋根に積んでいたタンクから飲料水を移した。


 建物の使用環境が整うと次は武装の準備。

 一度荷室の中のものを全部表に出して、奥に積み込まれていた〈音止〉を運び出す。トレーラーには積み込むことはできてもそこから出撃はできないので、出撃待機のためには外に出しておく必要があった。


 車酔いで気分を悪くしていたユイだが〈音止〉を動かすとなると起き上がり、ふらふらとしながらも指示と暴言を出し続けた。

 〈音止〉が外に出ると今度は表に出した〈R3〉をトレーラーへと戻す。こちらはいつでも移動できるように荷室に積んであった方が都合が良かった。

 装着装置をスタンバイさせ、とりあえずタマキの〈C19〉をセット。指揮官機はいつでも即座に出撃できるようにしておかなければいけない。

 新規受領した火器については一度整備を行い、直ぐ持ち出せるようトレーラー内に配備した。


 その他弾薬とエネルギーパックを一カ所にまとめておく。哨戒任務で常に〈R3〉が稼働するようになればエネルギーパックはあっという間に無くなってしまう。〈音止〉で使用する分も含めて数日に1度は補給のためドレーク基地まで赴かなくてはいけなくなるだろう。

 食料、水、弾薬、エネルギーパック、それ以外にも衛生用品や整備用部品等、補給が必要な物は多い。

 補給のスケジュールも組み、当然本来の目的である哨戒任務のスケジュールも組み、更に対装甲騎兵戦闘訓練を行うのは、なかなか日程の調整が面倒くさそうだとタマキはため息をつく。

 しかし士官である以上それらは当然やってしかるべき仕事だ。面倒なことはごめんだが、士官として為すべき事には最善を尽くすのがタマキの信条だった。


 タマキは全ての準備が整うと一同に集合をかけ、全員で哨戒ルートをまわるので〈R3〉を装備するよう命じた。

 哨戒ルートについては移動中にある程度組んでおいたのだが、実物を見ないでそのまま運用することは出来ない。


 装着装置はコネクタ式の通常型と重装型が1機ずつ。全員出撃するためには相応の時間がかかった。まずはタマキが〈C19〉を装着し、その隣ではフィーリュシカが〈アルデルト〉を装着する。タマキが終わると次は副隊長のサネルマが〈ヘッダーン3・アローズ〉を装着。その頃には〈アルデルト〉の装着も終わり、カリラが〈サリッサMk.Ⅱ〉の装着を開始。

 通常型ではサネルマに続き、イスラが〈空風〉、ナツコが〈ヘッダーン1・アサルト〉、リルが〈DM1000TypeE〉、最後にトーコが〈アザレアⅢ〉を装備する。


 かつてハイゼ・ブルーネ基地で受領した〈アザレアⅢ〉は、当初カリラの機体だったが、イスラが〈ウォーカー4〉を失ったことで方針転換し、イスラの機体として運用しようとタマキは画策した。

 しかし〈空風〉をどうしても使いたかったイスラは、トーコに口裏をあわさせて空いている〈R3〉があれば自分用に調整して欲しいとタマキに告げさせ、それなら〈アザレアⅢ〉をトーコ用にしたらいいとしれっと口を挟み、タマキも仕方なくそれを認めた。


 小部隊でしかも基地司令の方針で前線運用に消極的なツバキ小隊が〈音止〉を運用する機会は少なく、トーコ用の〈R3〉を用意しておく意味は多分にあった。ちょっとした任務には当然〈R3〉の方が使い勝手が良い。


 そんなわけでユイを残してツバキ小隊隊員は出撃した。

 小雨が降り薄い霧もかかっていたが、雨中行軍訓練を嫌と言うほどやったツバキ小隊はそんなのものともせず先頭を行くタマキにぴったりついて、指定された陣形をとって進み続ける。


 ツバキ小隊が担当する哨戒範囲は南側を弧にした半円型で、工場跡はその範囲内中央からやや東寄りに位置し、そこから西へと進むほど徐々に標高が高くなる。

 まずは西側に進み、そこから北へと向かう。哨戒範囲の北西端まで来ると、そこが一番標高が高く、なだらかな斜面続く山岳地帯を良く見下ろせた。

 そこから仮拠点の工場跡もよく見えて、高倍率の双眼鏡を覗けばユイが外で嘔吐している姿もはっきりと映った。


 確認を終えると哨戒範囲の北端を通りながらそのまま東へ。北東の端まで来ると南側へと進路を変える。帝国軍が侵入してくるとしたら東から南にかけての範囲がもっとも可能性が高いため下調べは念入りに。

 それから南側を経由して南西側へ。ここはドレーク基地への輸送路となるため、こちらも慎重に下調べをしておく。万が一の時に迅速に脱出できる道を見つけておくことは何より重要だ。

 一周確認を終えるとタマキは哨戒ルートの調整を行い、それに従ってもう1周見て回る。対して広くもない哨戒範囲だ。1周30分程度の道のりだった。


 確認を終えると北西の端で集合しもう一度哨戒範囲全体を見渡した。

 その頃にはすっかり雨も上がり、薄い雲こそかかっていたが視界もすっきりとしていた。

 タマキは隊員達に哨戒範囲の地形を覚えておくよう言って、自身も目に映る風景をしっかり脳裏に焼き付け、重要な部分については画像データを取得しておく。


「さて、この通りわたしたちの任された哨戒範囲は見通しの良いなだらかな斜面です。このような地形でもっとも気を付けなければならない相手は何でしょう」


 タマキの問いかけに、ナツコは隣にいたサネルマと顔を見合わせる。特に言葉も交わさなかったが、サネルマがうんうんと頷いてみせるので、ナツコも頷いて見せる。


「よろしい。ではナツコさん」

「あ、ちょっと待って下さい、今のは違くてですね」

「待ちません。答えは?」


 有無を言わさぬタマキの言葉に、ナツコはあたふたとサネルマへと視線を向ける。サネルマは大きく頷いて見せるが、肝心な答えがさっぱり伝わってこない。やむなくナツコは意を決して口を開いた。


「偵察機です!」

「なるほど、一理あります。他にありますか、サネルマさん」

「装甲騎兵です」

「よろしい」


 タマキがその回答に満足すると、サネルマは声には出さずナツコへと視線を向けて謝った。ナツコも声には出さずいえいえと返して、一連のやりとりが終わるとタマキに咳払いをされて視線を戻す。


「歩兵の隠れる場所がない開けた場所では、装甲騎兵が驚異となります。物陰から不意打ちする機会も少なく、射線が通ってしまえば強力な火砲と正確無比な火器管制によって瞬く間に撃破されます。

 対抗するにはこちらも装甲騎兵を出すのがセオリーですが、相手より数が多くなければ返り討ちに遭うだけです。とかく開けた場所では数の多い方が有利になります。

 しかし知っての通りツバキ小隊が運用可能な装甲騎兵は1機のみ。援軍を呼ぶにも、ドレーク基地からここまでそれなりに時間がかかります。もし帝国軍が装甲騎兵で攻めてきた場合には、不利とはいえ歩兵でも対処しないわけにはいきません。

 ここまではよろしいですね?」


 隊員達は皆頷き、ナツコも大きく頷いた。


「よろしい。今後は哨戒任務をこなしつつ、手が空いた隊員には対装甲騎兵戦を想定した訓練を受けて頂きます。哨戒、拠点防衛、輸送、訓練とやることは多いですが、この機会を無駄にしないように」


 隊員は大きく返事をした。

 ナツコも頷いて、〈R3〉の機械の手をぎゅっと握る。

 最近はナツコも自分でも操縦の腕が上達しているのが分かって自信がついてきた。

 でも、フィーリュシカはもちろん、他の隊員と比べるとどうしてもまだまだ劣っていることも、上達すればするほどひしひしと感じるようになっていた。

 もっと、もっと強くならないと。

 タマキは必要な訓練をしっかり施してくれる。言う通り、この機会を無駄にしてはいけない。これは絶対、ツバキ小隊の目的を達成するために必要となる訓練だから。

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