第72話 ナツコの特別補習③

 リルはナツコより少しばかり背の低い小柄な少女で、栗色の髪を横で1つ結んでサイドテールにしていた。

 小柄な見た目とくりんとしたサイドテールだけ見れば可愛らしい女学生そのものなのだが、表情はそれとは対照的で、鳶色の瞳は釣り目気味でいつも不機嫌そうにしていた。

 そんな表情だからナツコはリルが眉間にしわを寄せたり眼を細めたりする度に、思わず謝罪の言葉が出てきてしまうのだった。


 2人は長距離射撃演習場に入ると持ってきた銃の点検を始める。ナツコが受領した銃は統合軍の機関銃と同じ12.7ミリ弾を使用するセミオートの長距離狙撃用ライフルで、生身でも単身で運用できるよう開発されている。

 リルの手ほどきを受けながら銃の機構を確認し、一度分解して組み立てる。熟練者なら十数秒で組み立て可能だが、初めてのナツコは順番を確認しながら1分かけて組み立てた。


「そういえばリルさん、〈R3〉はどうします?」


 受け取った申請書のコピーには〈ヘッダーン1・アサルト〉の持ち出しも、その他の〈R3〉の貸し出しも記されていなかったので気になって尋ねる。


「必要無い。タマキも言ってたでしょ。あんたは〈R3〉の機能に頼りすぎだって。それに、生身で出来るようにしておけば〈R3〉でも問題無く出来るわ。――あんたの操縦センスにもよるけど」

「なるほど! 合理的です!」


 最後の言葉は聞こえなかったことにしてナツコは頷いた。

 リルはナツコに、射撃場の備品である大型のヘッドフォンを装着して、伏射姿勢をとるように言って、自身も持ってきた狙撃銃の点検を始める。

 ナツコの持つ長距離狙撃戦用のライフルとは異なる、銃身の短い狙撃銃。弾薬は12.7ミリ弾でセミオート機構を持つ狙撃銃であることには変わりないのだが、こちらは近・中距離での狙撃を行うための銃だ。


「そういえばリルさんその銃、ずっと使ってますね」

「競技用の特注品だから。これを手放す気はないわ」

「へえ、大切な物なんですね。それって木ですか」

「そう。クルミよ」


 ナツコが珍しい木製の銃床を示して尋ねるとリルも頷く。クルミ、と聞いてナツコは木の実を思い浮かべたが、そのクルミのなる木を使っているのだろう。


「それより準備できたの? ヘッドフォンちゃんとして」

「ご、ごめんなさい」

「いちいち謝らないで」

「ご――はい」


 リルが眼を細めると思わずナツコは視線を逸らして、伏射姿勢をとったままヘッドフォンをしっかり装着する。咽喉マイクも取り付けて、試しに喋ってみるとちゃんと声が聞こえた。やがてリルからも声が聞こえるか確認があり、ナツコは返事と共に隣に視線を送って頷いた。


『その姿勢のまま真っ直ぐ前を見て。1200メートル先、ターゲットを出すわ』


 リルはナツコの隣に座り込むと、射撃場管理用の端末を操作して指定の距離にターゲットを出現させる。射撃地点から1200メートル離れた先に、30センチ四方の分厚い金属製のターゲットが現れるとナツコは頷いた。


「はい、見えます」

『見えてる?』

「はい、見えますよ」


 リルはちらと隣に目をやって、ナツコの様子を確かめる。

 言われた通りナツコは伏せたまま真っ直ぐ前を見つめている。スコープも使わず、裸眼のままだ。

 さっきのシミュレーター訓練では、ナツコは800メートル先の〈フレアD型〉がよく見えなかったと言っていた。だというのに1.5倍の距離がある30センチ四方の的はしっかり見えていると言うのだからおかしいと感じたのだが、彼女は真剣な表情を崩さない。適当言っている訳ではなさそうだと感じて、リルは一度ターゲットを引っ込めた。


「あれ、引っ込みましたね」

『もう少し近い距離からはじめるわ』


 本当に見えていたのだと確信して、次は800メートルの距離にターゲットを出す。

 中距離狙撃に該当する距離で、これで当てられないならセンスが無い。長距離狙撃は諦めるべきだ。どんな狙撃手でも、まずこの距離でしっかり当てられるようになるのが大前提である。


「大分近くに出ました」

『ええ。狙撃の基本となる距離よ。弾倉、セットして』


 指示通りナツコは一度ターゲットへ向けていた目を落とすと、用意していた弾倉を狙撃銃に取り付ける。弾倉には10発の銃弾が装填されていて、これは大きさこそ一般的な12.7ミリ機関銃のものと同じだが、弾頭・炸薬を調整してある高精度狙撃用弾だ。


『見えてるのよね。スコープはどうする?』

「こういう装備って自分で選んだこと無くて。その辺りもリルさんに教えて頂けると嬉しいなって」

『自分の装備でしょ――そんな顔しないでよ。とりあえずこれ、中距離用の一般的な奴』


 ナツコがまた謝りそうになると、リルは相手が口を開く前に先手を打って、アタッチメントケースから取り出した中倍率光学スコープを取り出す。

 スコープには〈R3〉で使用するためのカメラが取り付けられていたが、今は必要無いので取り外すと、ナツコへ手渡した。


「分かりました。使ってみます」


 ナツコも火器の取り扱いには大分慣れてきたようで、渡された中倍率スコープは手順通りに狙撃銃に取り付けられる。

 リルは生身でスコープを覗くときの注意点とコツを簡単に説明して、それから弾薬を装填して安全装置を外すように言った。


「セーフティー解除しました」

『スコープ覗いて、ターゲットは見えてる?』

「はい、しっかりと」

『横風があるわ。風速15メートルってところ』

「右に逸れそうですね。補正した方が良いですか?」

『当てたいならね。距離800だから大袈裟に補正かける必要も無いわ』

「分かりました」

『そう、それじゃ――準備が出来たら撃って』


 リルは銃を置いて、代わりに双眼鏡をのぞき込むと射撃指示を出す。

 ナツコはスコープを覗き、神経を集中させる。

 ターゲットまでの距離と風のながれ。弾薬の直進特性と、横風を受けたときのズレ。認識した情報と、頭の中にある情報を組み合わせて、ターゲットへ当たるようにと左上に若干の補正をかけ、ゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着けると、トリガーに指をかけた。


「撃ちます――」


 1息でトリガーを引ききる。

 強烈な発砲煙と発砲音。衝撃を生身の肩で受け止めて思わず息が詰まる。それでも最新の複合素材で作られた緩衝剤は衝撃を分散させて、ナツコの小さな肩は砕かれずに済んだ。

 発射の瞬間に噴きだした発泡煙と、発射の衝撃で巻き上げられた砂塵が視界を奪う。

 だがナツコはその先のターゲットをしっかり見据え、放たれた銃弾がその側面を舐めるようにして火花を散らすのを確かに確認した。


「少し、ずれました」

『最初にしちゃ上出来よ。補正かけ過ぎたわね』


 それでも最初は外すと思っていたリルは予想外の結果に内心では動揺していた。

 ――もしかしたら、狙撃の才能があるかも知れない。


「――そっか。狙撃用の弾薬でした。通りで真っ直ぐ飛ぶはずです」


 一方ナツコにとっては弾がターゲットの中心から逸れたことのほうが予想外で、今し方撃った弾がいつも機関銃で使用している弾薬とは異なることに気がついて1人頷いていた。


『今の誤差から照準を補正して。次はしっかり当てなさい』

「はい! 頑張ります!」


 ナツコは再びスコープを覗く。

 若干風の向きが変わった。風向きと、弾道特性の情報を補正してその情報を元にズレ量を算出。ターゲットの中心に当たるよう照準を補正し――


「撃ちます――」


 トリガーを引いた。

 強烈な発砲煙と発砲音。衝撃もあるが、1度目でどれほどの衝撃が来るか学習していたため歯を食いしばってそれに耐える。

 見つめる先、発砲煙と砂埃の向こう、ターゲットの中心に、しっかりと銃弾が命中した。


「当たりました!」

『2射目だもの。当てて当然よ。距離伸ばすわよ』


 浮かれるナツコを黙らせて、リルは1200メートル先にターゲットを出す。

 本来訓練では刻みながら距離を増やすが、あまりにナツコが自分の予想を超えて上達したので若干意地悪をしたのだった。


『スコープ変える?』

「ちょっと待って下さい――」


 ナツコは中倍率スコープを覗いて、しっかりターゲットが捉えられているのを確認するとかぶりを振った。


「これで大丈夫です。重くなると、動かしづらいですし」

『そうね。それについては同感だわ。じゃ、しっかり狙って撃って』


 リルは特にアドバイスもしなかった。

 それでもナツコは、スコープを覗き、照準を定める。

 神経を集中させると、辺りの様子が良く分かる。

 ターゲットのある1200メートル先の荒野は風の向きがこことは違う。起伏のある岩石地帯で風は複雑に流れている。目に見える砂の動きから風の動きを立体的に観測。

 800メートルで撃ったときの弾道特性から、そこから先の銃弾の動きを推定。

 2つの情報を元に、後は弾道の軌道予測を立て、1200メートル先のターゲット中央に命中するよう照準を補正してやれば――


「撃ちます――」


 3度目の射撃。発砲音も発砲煙も気にならなくなっていた。

 放たれた銃弾は800メートルまでは予測と寸分違わない軌道を描き、そこから先は若干予測とは異なった物の、ターゲット中央から右に4センチばかりの位置に命中した。


「当たりました! ――え、リルさん、あの……」


 見事命中させられたことを喜んだナツコ。しかし隣に座るリルの表情は険しく、細めた目で威嚇するような視線を返された。


「そ、そうですよね。ちょっとズレましたね。ごめんなさい」

『なんで謝るのよ』


 厳しい口調で言われるとナツコはやっぱり謝ってしまいそうになって、何とか言葉を飲み込んでから恐る恐る尋ねる。


「だってリルさん、怒ってるみたいだったので……」

『怒ってないわよ』

「そ、そうですか。そうですよね」


 半信半疑で頷いてリルの表情を確かめたが、目はキッと釣り上がり、眉根を寄せて目を細めていると怒っているようにしか見えなかった。

 そんな視線に気がついたのか、リルはむすっとしたまま問いかける。


『怒っているように見える?』

「い、いえ、そんな――」

『正直に言って』

「見えます」


 念を押されると素直に白状する他なかった。

 その答えにリルはまたむすっとして、ふてくされたように返す。


『別に、怒ってなんかない。こういう顔なだけよ』

「そう、ですか」


 完全に納得できたわけではなかった。

 でもしおらしいリルの態度は嘘をついているようではなく、本心から言っているようにナツコは感じた。


『あたしもちょっと子供だったわ。訓練に戻るわよ。1500メートル先、ターゲットが出たの見える?』

「は、はい! 見えます!」


 目を凝らしてよく見れば、さっき撃ち抜いたターゲットの向こうに小さな的が出現していた。距離は1500メートル。的の大きさは、今までより小さい。おおよそ15センチ四方といったところ。


『1発撃って、誤差を見てから補正して、2発目では絶対中央に当てて。射撃間隔は任せるから自分のタイミングで撃ってみなさい』

「分かりました、やってみます!」


 呼吸を落ち着けて、ターゲットに集中。

 やることはこれまでと同じ。

 風の動きを立体的に把握。

 弾道特性だけは頭の中に無いので1200メートルから先は予測するしかない。

 800メートルでの軌道から予測した1200メートルの軌道予測と実際の軌道を比較し、その誤差を元にして1200メートルでの軌道から予測した1500メートル先までの銃弾の軌道に補正をかける。

 この辺りは実際に弾道学を真面目に勉強しないと正確な予測は出来ないだろうが、今は出来る範囲で予測するしか無い。

 これが終わったら、タマキから貰った教育用端末に調度良い教材がないか探してみようと考えつつも、風向きを考慮した弾道予測を立てる。

 計算完了。予測された着弾点における弾道のズレ量を元に照準へと補正をかけ、トリガーへと指をかけ――


「第1射、撃ちます――」


 音と煙と共に銃弾が射出された。銃弾は1秒後には800メートル先に到達し、減速し風に流されながらもターゲットへ向かって突き進む。

 ナツコはその銃弾の軌道を視覚を頼りに正確にトレースし、1200メートルを超え、予測と異なる軌道を描きはじめたそれがターゲットに命中するまでの誤差を詳細に把握。

 銃弾がターゲット中心から左に3センチばかりずれたところに命中するのと同時に、誤差の修正を終え、第2射の照準を合わせた。


「第2射撃ちます!」


 トリガーを引ききると爆音と共に銃弾が放たれる。数秒置いての連射に肩が痛んだが、銃弾は予測した軌道通りに1200メートル地点を通過。そのままターゲットの中心付近に吸い込まれるよう着弾した。


 見事命中させはしゃぎたくなる気持ちを抑え、銃に安全装置をかけるとヘッドフォンを外してリルのほうへと視線を向ける。

 リルは覗いていた双眼鏡を下ろしヘッドフォンを外すと、ゆっくりナツコへ視線を向ける。そのじとっとした細めた目は怒っているようにも見えた。


「あんた」

「は、はい」


 威圧的な声。それでもナツコは先ほどの言葉を思い出し、自分に「リルちゃんは怒ってない」と何度か言い聞かせて、真っ直ぐ顔を見据えて返事をした。


「なんで今のが当てられて、訓練だと全然駄目なのよ」

「え、ええとですね」


 返答に困る。

 ナツコだってその理由はさっぱり分かっていなかった。とにかくシミュレーターを使うと普段通りに周りが見えなくなって、予測を立てることも、照準を補正することも出来ず、結局〈R3〉の火器管制が示すとおりの補正と敵機の移動予測だけかけてトリガーを引いていた。その結果として放たれた銃弾は見事に回避され、何の役にも立てない狙撃手になってしまっていたのだ。


 ナツコが明確な返答を示さないことにリルは若干苛立ったものの、指先でサイドテールの先をいじって気持ちを静める。

 元よりリルは負けるのが嫌いだ。だから人一倍努力して飛行偵察機の操縦技術と中距離狙撃の腕を磨き、念願叶って17歳という最年少での飛行狙撃競技選抜戦手の座を手に入れた。


 それが目の前の元飲食店店員ときたら、つい先日まで銃もまともに扱えなかったど素人だったはずのに、リルが数年かけて習得した長距離狙撃の弾道予測をこともなげにやってしまった。

 1500メートルの狙撃なんてのは、〈R3〉補助無しの素人が1弾倉撃ちきったところで奇跡でも起こらない限り掠りもしない。

 それが1発目で誤差3センチ。2発目に至っては誤差5ミリ以内といった結果が出た。それもまぐれではない。この女は間違いなく狙ってターゲットの中心を射貫いている。今もう1発撃ってみろと言ったら、即座にターゲットの中心に銃弾を命中させてくるだろう。


 天才、という言葉が浮かんだ。リルとは無縁の言葉だ。

 リルは自分がその類いの人間で無いことはよく理解していた。なぜなら母親があのコゼット・ムニエだから。

 どこまでも凡庸なあの女から産まれた自分が天才な訳が無い。それでも母親とは違うことを証明したくて、努力に努力を重ねて技術を磨いた。

 そんなリルだからどこかで才能のある人間を疎んでいた。


 最初はフィーリュシカの射撃を見たとき。だけどフィーリュシカのそれは天才とかそういう次元を更に超えたような存在で、世界には自分の想像もつかないようなやばい奴が居るとは思ったが、それ以上の感情はわかなかった。


 しかし今度はナツコだ。この間までてんで駄目で、やれ下手クソだの足手まといだの味方を撃っただのと馬鹿にしてきた相手だ。

 だけどその腕は紛れもなく本物だ。

 認めたくは無い。でも、認めざるを得ない。


「いい。はっきり言うわよ。1500メートルなんて距離、当てようと思っても簡単に当たる距離じゃない」

「え、でも――」

「ヘッドフォンして」


 リルは有無を言わさずナツコにヘッドフォンをさせると、自分も同じようにヘッドフォンを付けて、自分の狙撃銃に弾倉を装填。

 中距離狙撃用のセミオートライフル。弾薬こそ12.7ミリ高精度狙撃用弾を使うが、想定される狙撃距離は800メートル前後。

 リルは伏射姿勢をとって、狙撃銃に長距離狙撃用の高倍率スコープを付ける。高倍率スコープは重く、銃のバランスが崩れる。

 そもそもこの銃は伏射するものじゃない。〈R3〉を装備することを前提にして、立ったまま構える銃だ。

 当たらなかった時の言い訳はいくらでもある。

 でも、リルは銃弾を薬室へと送り込むと、これまで培ってきた狙撃の技術全てを発揮して、1500メートル先のターゲットを見据え、照準を定める。

 風向きを予測し、そこから導かれる横方向への移動量を概算。

 弾道特性とこことターゲットの高低差から導き出される銃弾の落差を概算。

 2つを組み合わせ、更にこれまでの経験から予測されるズレ量を加えて、補正をかけるよう照準を修正。空気の流れを読み、一瞬の風の切れ間を見逃さず、トリガーへと指をかけた。


『撃つわよ』


 発砲煙を撒き散らし、強烈な発砲音と共に銃弾が放たれる。

 固いクルミの銃床はリルの小さな肩を容赦なく叩いた。衝撃を受け止めきれず銃身が浮くが、撃ち出された銃弾は狙い通り、1500メートル先のターゲットへと命中した。


「凄い、リルさん!」


 ターゲットのほぼ中央、中心からの誤差1ミリ程の位置に銃弾が命中したのを、ナツコは見逃さなかった。


「やっぱりリルさんにはかないませんね」

「当然でしょ。あたしは天才だもの」


 ヘッドフォンを外し、ふふんと鼻を鳴らして自慢げに答えたリルはどこか嬉しそうで、そんな顔を見ているとナツコも自然と笑みがこぼれた。


「何笑ってんの」

「だって、リルさんの笑ってる顔、初めて見たから」

「別に……笑ってないし」


 リルは途端に恥ずかしくなって頬を赤く染め顔を背けた。そんな仕草がまた可愛らしくて、ナツコはやっぱり微笑んでしまう。


「何にやにやしてんのよ」


 リルが何とか体裁を整えて振り向いたときにもナツコがにやけたままだったので、目を細めて睨み付ける。――が、まるで効果が無い。そればかりか、ナツコは一層表情を崩してにやけるのであった。


「分かってますよ。リルさん、怒ってないって」

「は? 勘違いしないで、今は怒ってる」

「分かってますって」


 まるで取り合わないナツコに対してリルは手を上げそうになったが、代わりに弾倉を投げて渡す。


「おふざけは終わり。あんた狙撃手の講習受けてないんでしょ。我流でまぐれ当たりさせたようだけどそんなんじゃいつかボロがでるから、あたしが基礎から叩き込んであげる」


 照れ隠しにそう言い放つと、ナツコは目一杯の笑顔で大きく頷いた。


「はい! お願いします!」

「言っとくけど、どこかの適当少尉と違ってあたしは優しくないから」

「分かってます! 徹底的にお願いします! 私も、ハツキ島を取り戻すため、少しでも強くなりたいんです!」


 ハツキ島。その言葉に、リルはほんの一瞬感慨にふける。

 居場所のなかった自分を受け入れてくれた、大切な場所。

 目の前に居る少女は、本気でその場所を取り戻そうとしている。

 自分にも、まだ出来ることがあるはずだ。もっともっと強くなることが可能なはずだ。

 少女は自分にはない何かを持っている。今より更に高みを目指すには、その何かが必要だ。


「そこまで言うなら手加減しないから、覚悟しなさい」

「はい! 何でも言って下さい!」


 ナツコは決意を秘めた瞳でリルの顔を真っ直ぐ見据えると、大きな声で返事をする。

 リルも、その声に応じるよう大きく頷いた。

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