第64話 ツバキ小隊の休日?⑩
「起床時刻です。起きてください」
翌朝、起床時刻5分前に目を覚ましたフィーリュシカは、隣で寝ているナツコの体を揺すった。
だが全く反応がない。
仕方なくフィーリュシカはその隣に居るリルの体を揺する。
「起床時刻です。起きてください」
「――あとちょっとだけ」
昨晩の夜間訓練で疲れ果てていたリルはそれだけ言うとまた眠りの世界へと落ちていった。
フィーリュシカはベッドから這い出すと、はしごを登り上の段のベッドで寝ているカリラの体を揺すった。
「起床時刻です。起きてください」
こちらも反応がない。
次にサネルマの体を揺するが、それも無為に終わった。
「起床時刻です。起きてください」
「ナツコが起きたら起きる」
イスラはそれだけ言って、フィーリュシカを追い返した。
フィーリュシカはそのまま下におりて、爆睡しているナツコの体を再び揺らした。
「起床時刻です。起きてください」
ナツコは全く反応しない。それでもフィーリュシカは声をかけ続けたが、まるで起きる様子は感じられなかった。
刻々と時は過ぎ、いよいよ起床時刻丁度となると、部屋の扉が叩かれた。
紛れもなくタマキだ。
その音に、隊員達は慌てて飛び起きて、通路に整列した。
「失礼します。起床時刻ですが――何ですかその格好は。フィーさん、説明しなさい」
寝間着姿の面々を見てタマキが怒るのは当然であった。
フィーリュシカは恐れることなくタマキの問いに答える。
「隊員の起床を促すも失敗に終わった」
「そうですか。イスラさん、何か言いたいことはありますか?」
「ナツコが起きたら起きるつもりだったんだが、ナツコが起きなかった」
「よろしい。ではナツコさん。何故起きなかったんですか?」
ナツコは重いまぶたをこすり言い訳を考えようとするが、起きたばかりの半分どころか9割方眠っている頭では、これと言って思いつくこともなく、素直に白状するほかなかった。
「眠かったです」
「分かりました。ところで皆さん、良い知らせと、悪い知らせが1つずつあるのですが――」
タマキの言葉に、隊員達は整列を乱し狭い通路で器用に1つにまとまって小声で意見を言い合う。
これまでの経験から何か恐ろしいことを言い出すということは分かっていた。
どちらからきくべきか、瞬時に意見をまとめ、直ぐに整列し直した。
「意見はまとまりましたか? ではイスラさん。どちらからききたいですか?」
「悪い方から」
指名されたイスラが答えると、タマキは困ったような顔で、さぞ残念そうに言葉を紡いだ。
「なんと今日は野外演習場が終日使用できないとのことです。だというのに、ツバキ小隊に押しつけたい仕事もないそうです」
少なくともイスラ以下、その場に居たフィーリュシカ以外の隊員にとって、それは良い知らせのように思えた。
だが問題は、良い知らせの方だ。
「それで、良い知らせは?」
他の隊員と視線でコンタクトしてから、イスラが声を抑え、恐る恐る尋ねた。
タマキはその問いかけに、ほんのわずかばかり微笑んで答える。
「本日は休日とします。皆さんの外出許可もとっています」
言葉の意味が理解できず、隊員は顔を見合わせた。
「えーっと、それは、休んで良いって事ですか? 少尉殿」
「はい、どうぞご自由に」
タマキの返答で暗かったツバキ小隊の顔がぱっと明るくなる。
「わあ、お休みです! リルちゃん、お買い物行きましょう!」
「はあ、なんであたしがあんたと買い物行かないといけないのよ」
「自分もナツコとリルについていく」
「あたしは行くなんて言ってないわよ!」
「わー、どうしましょう。イスラさんたちはどうします?」
「どうしよっかな、酒でも買ってくるか」
「ご一緒しますわ、お姉様!」
「はいはい、静かに」
タマキは手を叩いて騒ぐ隊員を黙らせた。
「それで、本日起床時刻に整列していなかった件についてですが――」
一言で明るかった隊員の表情は暗くなり、互いに視線を送り合う。
一通り視線でお互いを批難しあったあと、その視線は皆、タマキの元へと向いた。
視線の先で、タマキがゆっくりと口を開く。
「不問にしましょう。本日は休日ですからね。ただし、次は――分かってますね? 各自、着替えてヘルスチェックを受けたら消灯時刻まで自由時間とします。間違っても事故や事件に巻き込まれて怪我しないように。いいですね?」
「「「「はい。了解しました」」」」
途中からきいていなかった面々も敬礼して返答する。
その様子を確認して、タマキは満足げに部屋を後にした。
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