第32話 帝国軍上陸阻止作戦

 放たれた銃弾が崖から飛び上がってきた敵飛行偵察機を穿つ。

 20ミリ機関砲の直撃を受けた飛行偵察機は黒煙を吹きながら崖下へと落ちていった。

 更に飛行偵察機が3機。それぞれ崖下から姿を現すと同時にツバキ小隊の放った銃弾が射貫いた。


 次いでまたしても飛行偵察機。しかし顔を一瞬だけ出すと崖下に舞い戻る。

 ツバキ小隊からは死角となったが、ちょうど顔を出した直上で88ミリ榴弾が炸裂。恐らく無事では済まないだろう。


『迎撃継続。ツバキ6、煙幕弾用意』

「つ、ツバキ6、了解しました。――用意完了」


 ナツコは突然の指示に慌てたが、落ち着いてカートリッジ式の煙幕弾を汎用投射機にセットした。主武装は構えたままいつでも煙幕弾が放てるように備える。


『大型機接近――輸送ヘリ』


 ヘリのローター音を聞きつけたフィーリュシカが報告すると、同時に大型輸送ヘリが姿を現す。

 〈R3〉が主戦力となる戦場ではたった1機の対空機がいるだけで無力化されてしまう輸送ヘリは後方輸送にしか使われないのが鉄則だった。

 だが今回の帝国軍の強襲揚陸は、霧状の広範囲ジャミング装置で船団ごと隠匿し上陸を試みるものだった。迎撃が想定されないのならば輸送ヘリは絶大な効果を発揮する。見抜かれなければ兵員をヘリで迅速に上陸させることが可能だった。


 しかしTB爆弾によって甲板上で待機していた輸送ヘリはことごとく海に叩き落とされ、残った機体も黒煙を上げて炎上。上陸を試みているのは、恐らく想定外のTB爆弾の攻撃にからくも耐えた輸送ヘリであろう。ジャミング装置が取り払われた今となっては甲板上に置いておいたら飛行偵察機の発艦の邪魔になるだけだ。厄介払いついでに上陸を命じられたのだろう。だがその行動はあまりに無謀だった。

 ツバキ小隊と海岸線の距離は近い。20ミリ機関砲でも輸送ヘリをばらばらに出来ただろう。

 しかしそれよりも早くフィーリュシカの88ミリ砲が火を噴き、徹甲弾が輸送ヘリの正面から直撃した。木っ端微塵になった輸送ヘリはひん曲がったプロペラを壊れた独楽みたいにでたらめに回転させながら落下していく。


『敵、滞空偵察機射出。地点〈AD-03〉強襲上陸艇着岸』


 またしてもフィーリュシカが報告する。攻撃を受けたことでツバキ小隊の存在が露見し、位置を確認するため滞空偵察機が上げられた。そして別地点でも上陸を開始。

 多方面に展開されると6人だけではどうしようもない。


『敵、正面来たわ。偵察機〈コロナC型〉』


 リルが報告と同時に現れた〈コロナC型〉の頭部を撃ち抜いた。しかし偵察機は次々と現れ、煙幕弾と索敵装置をばらまく。


『ツバキ、後退用意。ツバキ5煙幕散布。ツバキ6、指定地点に煙幕弾投射』


 カリラは返事と同時に機体周辺に煙幕を展開。ナツコは少し遅れながらも、視界に重ね合わせて表示される攻撃目標地点へと向けて煙幕弾を撃っていく。


『ツバキ後退開始――敵弾接近、回避機動』


 ナツコが指示された最後の煙幕弾を投射し終えると目の前が真っ赤に染まった。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、メインモニタに表示される敵弾接近警報とタマキの回避指示を受けて状況を理解する。

 戦術データリンクを接続されたナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉に、基地のレーダーが捉えた敵砲弾の落下予想位置が共有されているのだ。

 赤く染まった地点は敵弾の殺傷範囲。重ね合わせるように着弾予想時間も表示され、速やかに回避するよう指示される。

 ナツコは機動ホイールを緊急後退で動かし、倒れた木に足をとられながらも体勢を立て直して、反転すると全速前進して着弾地点から脱出を試みる。


「そのまま直進。全速力」


 そんなナツコに、同じように緊急後退をかけて仮設防衛陣地から脱出したフィーリュシカが声をかける。


「え、でも――」

「問題ない。真っ直ぐ」


 ナツコの前進する先は真っ赤に染まっていた。それでも近くの安全地帯を見つけられなかったナツコはフィーリュシカの指示通り真っ直ぐに全速力で走った。

 ナツコの真後ろについたフィーリュシカは上空へと88ミリ砲を向け、ほぼ真上へと徹甲弾を発射。直後、レーダーから敵弾の反応が1つ消滅し、ナツコの進んだ先は安全地帯となる。

 ナツコがほっとする暇も無く周囲に榴弾が降り注ぎ地面を抉り木々を吹き飛ばす。ナツコは着弾の振動でバランスを崩しながらも後退を続けた。


『ツバキ損害確認』

『ツバキ2問題なし』『ツバキ3問題ない』『ツバキ4輸送車両到着』『ツバキ5問題なし』


 各機が報告を返すとナツコもそれに習って報告。


「ツバキ6問題ありません」


 最後にリルが「問題ない」と報告すると、タマキはカリラへと煙幕弾の展開を命じ、それから大隊基地へと通信を繋ぐ。


『ツバキよりアントン。敵機多数上陸。艦砲に阻まれ迎撃困難。退却の指示を』


 元より無謀な上陸阻止任務だった。しかも艦砲の攻撃が集中している以上、重砲に対するまともな防衛能力の無いツバキ小隊には為す術が無い。


『アントンからツバキ。突撃機中隊が急行中。なんとか持ちこたえられないか』


 応答を受けたタマキは直ぐに返答しなければならなかった。しかし何と答えて良いのか一瞬迷う。そこにフィーリュシカが割り込んだ。


『ツバキ3よりツバキ1。時間稼ぎなら自分が向かいます』

『ツバキ3、許可できません。1人で時間稼ぎなど――』

『このままでは小隊の退却も困難。必ず戻る。行かせて欲しい』


 タマキに与えられた時間は多くない。

 新たに敵弾接近警報が表示され、視界一面に着弾予想時刻が示される。

 大隊基地との通信をいつまでも待機させておくことは出来ない。

 そしてフィーリュシカの言うとおり、砲撃を受けながらの退却は困難を極める。

 全員死ぬか、フィーリュシカを見捨てるか――。

 ここで時間稼ぎに向かい生きて返る可能性は限りなく低い。

 ――だけど、もしかしたら、彼女なら――

 タマキは寸刻悩み決断を下す。


『ツバキ1よりツバキ3へ。必ず戻る。約束ですよ』

『ツバキ3承知した。問題ない』


 フィーリュシカはそれだけ答えると急反転し帝国軍のいる崖へと向かった。

 タマキはアントン基地へと可能な限り時間を稼ぐと応答し、残りの隊員達には速やかに輸送車両まで退却するよう指示した。


「あの、タマキ隊長――でなくて、ツバキ1。フィーさんが、ではなくて……」

『ツバキ3は問題ありません。ツバキ6は移動に専念して下さい、全機回避機動』


 ナツコは質問するよりも前にタマキにぴしゃりと言われてそれ以上問うことは出来なかった。

 機体を安定させてから地形走査をかけて目の前の地形の凹凸を分かりやすくグリッド表示させると、必死に着弾予想位置から逃れるべく〈ヘッダーン1・アサルト〉を走らせた。


          ◇    ◇    ◇


 1人引き返したフィーリュシカは20ミリ機関砲を短く4回発砲し、煙幕に紛れていた帝国軍主力突撃機〈フレアE型〉を4機撃破する。

 〈アルデルト〉を限界速度で走らせながら88ミリ徹甲弾を装填。一面真っ白に染まった煙幕の中で敵機のいる方向に目星を付けると発砲。そのまま前進しながら20ミリ機関砲を数度発砲しつつ、煙幕から飛び出す。


 既に崖の上に登っている敵部隊は歩兵1小隊規模。既に重装機まで登ってきていた。

 敵のレーダーに捉えられフィーリュシカは集中砲火を受ける。

 45ミリ榴弾砲を含む砲火に曝されたが〈アルデルト〉の安全装置を全て解除。操作系統を全てマニュアルへと切り替えて、警告の一切を無視するよう機体設定を書き換えるとコアユニットを熱暴走寸前まで稼働させ、最小限の動きで砲弾を回避、もしくは唯一防御能力を残したフレーム部分で受ける。


 〈アルデルト〉の予想だにしない機動に帝国軍上陸部隊は驚愕したが、小隊長は〈アルデルト〉1機に対して包囲の必要もないとそのまま攻撃続行を命令。

 崖上に陣取った帝国軍部隊とフィーリュシカの相対距離は500メートル。どちらにとっても必中の距離だ。

 フィーリュシカは20ミリ機関砲を撃ちながら回避機動を取る。飛来した榴弾砲を機関砲で撃ち落とし、爆炎に身を隠しつつ射撃。小隊長の指揮官機を含む8機を瞬時にして撃破。


 フィーリュシカの被弾数は50を超えたが全てフレーム部分で弾くように受けたため機体の動作には問題なし。

 重装機〈フォレストパック〉から放たれた45ミリ速射榴弾砲をまたしても撃ち落とし、次いで放った20ミリ機関砲弾は〈フォレストパック〉の榴弾発射の瞬間にその銃口に着弾し砲身が破裂、機体が中破した。


 小隊長を撃破され、多数の機体を失った帝国軍に動揺が走る。ちょうどそこへと統合軍基地から放たれた榴弾砲が着弾。回避の遅れた数機が損傷を負う。

 フィーリュシカもその瞬間を見逃さず、榴弾砲の回避機動をとった重装機の関節部分を狙って20ミリ機関砲を放つ。重装機4機が大破し、更に放たれた88ミリ榴弾が回避機動をとっていた突撃機3機をまとめて片付けた。


 帝国軍は上陸した小隊の指揮系統の再構築と、次の上陸部隊の投入を同時進行で進める。

 フィーリュシカは優先排除目標に指定され、高機動機〈スフィアB型〉4機が同時に襲いかかる。

 〈アルデルト〉を囲うように展開しようとした〈スフィアB型〉だが、フィーリュシカはPDWを抜くと包囲展開前に1機を撃破。包囲し攻撃に移るべく軽機関銃を構えた〈スフィアB型〉も、移動から攻撃に移る一瞬の隙を狙って撃破する。

 残った2機の〈スフィアB型〉は軽機関銃で距離をとりつつ攻撃を仕掛けたが、命中はするものの撃破出来ず、1弾倉撃ちきると同時に振動ブレードを抜いて近接戦闘を仕掛けた。


 重装機である〈アルデルト〉と高い機動力での奇襲と近接戦闘を得意とする〈スフィアB型〉とでは機動力は雲泥の差だった。

 それが2対1ともなれば負けるはずは無いと〈スフィアB型〉は一気に距離を詰める。

 フィーリュシカの動きを誘うようにフェイントをかけ、完璧に後ろをとった1機が機体コアユニットを狙って突撃する。

 フィーリュシカはその瞬間に身を捻って88ミリ砲に装填を済ませると即座に発砲。

 真後ろをとっていた〈スフィアB型〉だったが攻撃の瞬間に作動した88ミリ砲の駐退機構によって頭部を潰され後ろへと吹き飛んだ。


 もう1機は攻撃の隙を狙って左側面から振動ブレードを横薙ぎに振るうが、その1撃をフィーリュシカは発砲の反動を使って回避。敵機もスラスターによる空中制動とブースターを使った急加速で追撃をかけるが進行方向に向けてフィーリュシカはワイヤー射出。回避機動を予測しPDWを向けるが、攻撃を先読みした〈スフィアB型〉は機動修正。ワイヤーの攻撃を数少ない装甲で受ける。無傷では済まなかったが肉薄し、振動ブレードを突き出した。フィーリュシカはPDWを盾にして振動ブレードを防ぐと、自身の振動ブレードを引き抜く。

 瞬時に緊急後退をかけた〈スフィアB型〉だったがその頭部にフィーリュシカの投擲した振動ブレードが突き刺さる。


 新たな小隊が崖上に上がりフィーリュシカを排除すべく攻撃を開始する。そこへ基地から放たれた榴弾が降り注ぎ、回避機動をとりつつ攻撃を継続。

 フィーリュシカは20ミリ機関砲の箱形弾倉を取り替え反撃を続ける。突撃機を優先撃破し、重装機は味方の榴弾に任せることにした。味方の榴弾砲が着弾すると防御を固めていた帝国軍重装機分隊が丸々吹き飛ぶ。

 出来た道へとフィーリュシカは突撃を開始。邪魔な敵機を次々と機関砲で撃ち抜き、88ミリ砲に徹甲弾を装填。

 そんなフィーリュシカを阻止しようと帝国軍は攻撃を続けるがフィーリュシカは降り注ぐ砲弾をかいくぐり、時にはフレームで受け流し、飛来する誘導弾をものともせず崖へと向けて進む。


 味方榴弾砲の援護もあり、フィーリュシカと崖の間に障害物が無くなった。

 フィーリュシカは機体を最大速度で走らせそのまま崖から海へと向けて跳躍。空中で88ミリ砲を構えると、海に浮かぶ1隻の船に向けて発砲。

 空中で重砲を使ったせいで無茶苦茶な反動を機体で受け、損傷レベルが小破となりアラートが鳴る。88ミリ砲は深刻な損傷を受け使用不可能となった。

 しかしその反動によってでたらめな機動をとった機体は敵機から放たれた銃弾を尽く回避し、そのままフィーリュシカはワイヤーを射出して崖上へと戻る。


 やるべき事を終えたフィーリュシカは帰還すべく熱暴走寸前の〈アルデルト〉を走らせた。放たれた誘導弾へ向けて武装解除した88ミリ砲を転がして盾とすると、煙幕を展開しつつ全速後退を開始。

 帝国軍は更に部隊を上げてフィーリュシカを撃破せんと果敢に攻撃を仕掛けたが、榴弾砲と基地からの支援砲撃に阻まれる。

 追撃は少数で、フィーリュシカは倒した〈フレアE型〉から14.5ミリ機関銃を鹵獲するとセキュリティをミリ秒で解除し、追っ手に対して弾幕を張りつつ無事に撤退を完了した。


「ツバキ3よりツバキ1へ。戦術目標を達成。これより帰還する」

『ツバキ1了解。損傷が激しいようですが自力帰還可能ですか?』

「問題ない。損傷は軽微」

『でしたら結構。戦闘は控え帰還を最優先に』

「ツバキ3承知した」


 タマキは指揮官端末に表示されるフィーリュシカの被弾と損傷情報を見て本当に自力帰還可能なのかと目を疑ったが、タマキの心配は杞憂に終わり、フィーリュシカは無事にイスラの運転する装甲輸送車両まで辿り着いた。


          ◇    ◇    ◇


 ズナン帝国軍トトミ中央大陸攻略師団第1歩兵連隊連隊長のシェーレ大佐は帝国軍高速艇の艦橋で未だに橋頭堡の確保が出来ない上陸部隊に苛立ちを隠せず、席を立ち辺りをせわしなく歩き回る。


 ――科学技術開発部の連中に騙された。


 シェーレはそう信じて疑っていなかった。艦隊全てを覆い隠し、目視はもちろんいかなるレーダーからも探知されない広範囲ジャミング機構など夢幻の類いでしかなかった。

 展開された霧に紛れ輸送ヘリで歩兵部隊を上陸させ、夕闇と共に進軍、敵基地を占領する。当初の予定はそうなっていた。


 しかし現実はどうか。

 広範囲ジャミングは見破られ、戦略兵器の先制攻撃を受けた。

 甲板上で待機していた歩兵部隊は衝撃波と3000度の熱によって壊滅的被害を受けた。たった1発の爆弾でシェーレ率いる先行上陸部隊の歩兵戦力、空軍戦力合わせて2000が消えて無くなった。

 衝撃波で広範囲ジャミング機構も全て吹き飛ばされ、敵の基地重砲射程範囲内に無防備な姿をさらすことになった。


 そこまではまだ良い。敵がこちらの予想通りに動いてくれなかったなどとくだらない言い訳をするつもりは無い。

 問題は、攻略師団の師団長たるミード中将が作戦の続行を宣言し、第1連隊へと強行上陸を命じたことだ。

 負け続けの統合軍とは言え侮ってかかってはいけない。奴らにも頭脳があり、防御陣地を構築し、帝国軍の攻撃を迎え撃とうと備えている。

 しかも相手はこちらの新型ジャミング機構を見破り、迷うこと無く戦略兵器を投入してきた、防衛の心得を良く理解した指揮官が居る。こちらが強行上陸を試みるなら、出し惜しみなどせず雨霰の如く砲弾を降り注がせてくるだろう。


 そんな中限られた歩兵戦力を上陸させ、重砲と堡塁に守られた基地攻略を行わなければならない。概算戦力比は統合軍5000。対して帝国軍は先制攻撃を受けおよそ10000。2倍の戦力といえど、この天然の要害たるハイゼ・ブルーネの地においては安心など出来ない。奇襲が失敗した時点で引き返すべきだったのだ。

 だがシェーレも軍人だ。上からの命令に逆らうことは出来ない。何より、師団長のミードはともかく、さらに上層部、帝国軍の中枢を担う軍事官僚達が敵前逃亡を許すとは考えられない。


 最早、シェーレに残された選択肢は指示通り戦い、ハイゼ・ブルーネにズナン帝国の旗を掲げる事だけだ。

 そのためには迅速に上陸部隊を上げ、橋頭堡を確保し、後続の主力部隊を万全の状態で上陸させなければならない。切り立った崖のせいで艦砲による上陸支援には限界がある。橋頭堡の確保が何よりも重要だ。

 だというのに――


「先行した上陸部隊はどうなってる」


 シェーレは連隊付通信士に直接問いただし、上陸部隊を指揮する大隊長に連絡を取らせる。


「――先行部隊、敵の迎撃部隊により壊滅とのこと。敵部隊も退却しましたが、少数の〈R3〉が残り遅滞作戦を展開中。敵機排除のため行動中――」

「急がせろ」


 シェーレの短い命令に、通信士は再び大隊長へと通信を繋いで可及的速やかに障害を排除するよう指示した。


 ――少数の〈R3〉如きに何を手間取っている。


 シェーレの苛立ちは最高潮に達し、少し待っても撃破の報告が届かなかったため通信士から通信機をひったくる。


「連隊長から前線指揮官。敵〈R3〉の排除はまだか」


 シェーレからの直々の通信に、通信を受けた最前線で指揮をとる大隊長は慌てて応答した。


『こ、こちらアルファ大隊。ただいま交戦中――』

「敵は少数と聞いている。何をやっているのか」

『はっ、敵は少数ながら100ミリクラスの榴弾砲を装備し、こちらの攻撃を受け付けず――』

「馬鹿を言うな。重装備ならば囲って始末すればいい。全力で対処しろ。こちらも援護する」


 シェーレはそれ以上前線指揮官と口をきく気にもなれず通信機を通信士へと返すと、副官へと命じた。


「レーダーは敵機を捉えているな。この船の誘導弾を全て撃ち込め」

「しかし敵は少数で――」


 口答えをした副官はシェーレに凄まれると口をつぐんで直立姿勢をとった。


「数は問題では無い。この瞬間にも橋頭堡の確保が遅れている、それだけが問題だ。全ての手段を使って邪魔者を排除せよ。前線指揮官どもにも伝えておけ。待機している装甲騎兵部隊も投入しろ。全てだ」

「はっ! 直ちに――」


 副官は敬礼し、すぐさま高速艇火器管制室へと攻撃指示を出そうとしたが、艦橋の外に見えた光景に目を疑い、思わず視線をそちらへ向けた。


「何だあれは」


 シェーレも同じように、突如現れたそれに目を向けた。

 帝国軍が上陸を試みる岸壁の上から、何かが飛び出して来た。

 シェーレが双眼鏡を構えるとそれは〈R3〉だった。重装機ながらそこそこの機動能力を持ち合わせる〈アルデルト〉だ。それが1機、崖上から海へと向かって飛び出して来た。


「自決か――まあいい。橋頭堡の確保を急がせろ」

「敵機発砲!」


 シェーレの命令と、〈アルデルト〉の発砲を確認した副官が叫ぶのはほぼ同時だった。高速艇のレーダーも飛来する88ミリ砲弾を捉え、直撃の危険性有りと警報を発する。


「馬鹿なことを。いかに高速艇といえど、あの程度の対装甲砲で抜けるものか」


 岸壁からシェーレらの乗る帝国軍高速艇までは2000メートル。有効射程範囲内ではあるが、高速艇の装甲はそう易々と抜かれない。――はずだった。


「回避不能! 直撃来ます!」


 高速艇の展望艦橋に怒号が響いた。艦橋要員は咄嗟に伏せ砲弾の直撃に備える。シェーレも帽子を押さえ、頭部を守るようにその場にかがみ込んだ。

 徹甲弾が直撃。

 艦橋が衝撃に揺れる。

 直撃を受けた防弾ガラスが割れたが、衝撃を十分に吸収しその役目を果たした。

 すぐさま損害評価が行われ、高速艇の機能には問題は無いことが報告される。


「ヒヤリとしましたね――シェーレ大佐?」


 立ち上がった副官は、シェーレがうずくまったまま動かないのを見てその場へ駆け寄る。


「ご無事ですか、大佐――大佐!?」


 その身を揺すると、シェーレの体はその場に力なく倒れた。辺りに真っ赤な鮮血があふれ、艦橋の床を染める。

 たった1つ。砕けた防弾ガラスの隙間を縫って飛び込んだ、徹甲弾のほんの数センチばかりの破片が、シェーレの首筋に深く突き立っていた。

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