第11話 其は地中で溺れる薬なり
カランコロン。カランコロン。
「おや、コレットじゃないかぁ。お帰りぃ」
「ただいま、マスター。部屋は空いてる?」
「水のダンジョンならいいよぉ」
「やった! それじゃあ、一ヶ月分の宿泊費を置いとくね」
「まいどありぃ」
ルメイ堂にはたくさんの常連客がいるのだが、その中には雑貨店であるルメイ堂を宿として利用する者もいる。その一人であるコレットは先の世界大戦で家族を亡くしており、たまたまマスターに拾われてからはルメイ堂を拠点に世界を旅する少女だ。
年齢は十五歳。見た目だけは十五、六歳程度に見えるマスターと並び立てば友人同士に見えるかもしれない。もちろん、二人はそういう関係ではなくあくまでも店のマスターと常連客である。
世界大戦によって孤児となった者は多く、コレットのようにマスターが保護した少年少女は多い。保護した中には成人した者や老人もいるのだが、それは個人だけでは生活していくのに難がある者たちだけだ。庇護する者がいなければ満足に生きていけない少年少女が多く保護されるのもあたり前のことだった。
今では保護した者の多くがコレットのようにルメイ堂を旅立っているのだが、中にはルメイ堂の常連客に引き取られた者も多い。養子として、後継者として、働き手として。様々な理由でルメイ堂を離れていった。
「そういえばマスター」
「なんだい、コレットぉ。ほら、これが今日の夕飯だよぉ」
「やった、シチューだ! じゃなくて、昨日面白い子に出会ったんだよね」
「へぇ? 面白い子かぁ……」
「そう、面白い子」
昨日、コレットは梅廉国のとある町の宿に泊まったらしい。そこで出会ったのが
コレットは先祖代々水属性の魔法を得意とする一族に生まれたため、地上を歩くよりも水上を滑るように移動することが多い。その姿を見た小唄はコレットに近づいてきて、「自分もやりたい」と言ってきたのだとか。
もし、小唄の魔力適性が高く、水属性の魔法に特化しているのならば、今すぐではなくとも努力次第で数年後にはコレットのように水上を移動することも可能であっただろう。コレットの場合は水の妖精の加護を受けているため、幼いころから息をするように水を操ることができる。
しかし妖精の加護も受けず、生まれつき魔力適性が低いため魔術道具もまともに使えそうにない小唄がコレットのようになれるとは思わない。
コレットは素直に諦めた方がいいsと告げたそうだ。
――しかしそれで諦める小唄ではなかった。
「それなら水の上に立てるようになる魔法薬はないのかって聞かれてさー」
「おやぁ。なんとまあずうずうしい子なんだろうねぇ」
「そうなんだよねー。魔力適性が低いから魔法も、魔術もまともに使えない。生活に必要な最低限のものは除いてね。そんな子に風邪薬とか以外の、自分自身の適性を歪める薬を飲めばいいことよりも悪いことの方が多いって幼いうちに教え込まれてるはずなんだけどなあ」
「小唄という少年は、好奇心が強い子だったんだろうねぇ。大人からの教えを守れないほどにぃ」
「そういうものかなあ?」
「そういう人もいるってことさぁ。この店にやってくる客たちの中にもよくいるだろぉ? 度胸試しにやってきては、全く利益にならない客がさぁ」
「ああ、奥のダンジョンに挑戦して魂さえ残せなかったとかいうやつ?」
「そう、それぇ。骨でも臓腑でも血でも魂でも何かしら残っていれば利用することができたのに、何一つ残さずに消えてしまったんだよねぇ。本当、そういう客には困ったものだよぉ」
それからコレットは小唄に何度も諦めるように告げたそうだが、「僕なら絶対にできる!」と言って忠告を聞かなかったとか。その言葉を聞き飽きたコレットは、以前マスターと共同で開発した薬を小唄に渡すことにした。
それは一滴なめるだけで、一日中水の上を自由に歩くことができるようになるという魔法の薬。コレットの魔力とマスター特製の魔術式、そしてルメイ堂の奥にあるダンジョンで採取された薬草や結晶などの素材から生まれたモノで、取り扱いには注意が必要な液体だ。
コレットは小唄に薬の入った小瓶を渡し、「それを飲めば水の上を自由に歩くことができる」とだけ告げたという。
「えっ、アレを渡したのかいぃ?」
「だって、あまりにもしつこかったからさぁ」
「あー、そうかぁ。それならきっと、全て飲み干してしまったんだろうねぇ」
「マスターだーいせーいかーい!」
「いやはや、君も人が悪いねぇ」
「んふふっ、苛ついてたんだもーん。そ・れ・に、良薬口に苦し、忠言耳に逆らうって言うじゃない?」
「そうだねぇ。結局、飲むことを選んだのは彼だから、彼が地面に溺れて行方不明になったとしても関係ないよねぇ」
「うん!」
ソレはたった一滴でよかった。しかし、小唄は全て口にしてしまったのだ。コレットが話の途中で忠告さえ入れれば、彼が薬を全て口にすることはなかっただろう。
一滴なめるだけで、一日中水の上を自由に歩いて移動することができる薬。翌日には効果が消えるが、液体がなくなるか水上での移動に飽きるまで、何度使用しても体に影響は出ないとか。
全て飲めば、一生水の上を自由に歩いて移動することができる薬。その代償として、一生地上を自由に歩くことはできなくなるのだが、地上に上がろうとさえ考えなければ水中でさえ生きていける優れモノだ。
「おや、不思議な死体が見つかったんだねぇ」
翌日、梅廉国のある町で小唄という少年が地面の中に埋まった状態で発見されたという。その顔は恐怖で歪み、唯一地上に出ていた右手は、何かをつかもうと必死に伸ばしていたように見えたとかなんとか。
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