第29話 爆発! プロゲーマーLIOの実力
《2025年9月21日 10:00 エクシードマウンテン オメガハートVRゲーミングハウス》
「LIOの対戦相手が決まったみたいね」
電光石火の女王ことクイーンはモニターに映ったアリーナの中継映像を見ながらそう呟いた。
ここはオメガハートのVRゲーミングハウス。簡単に言えば仮想現実の中に作られたチームメイト専用のシェアハウス。オメガハートのメンバーはここをABVRでのプレイヤーホームとしており、ここを拠点としている。
それはここ最近チームメンバーでは無いミツルと行動を共にすることが多いLIOも例外では無いし、クイーンやハノもこの家を拠点とする。この家の主な利用用途はチームメイトとの作戦会議や調整、そしてこうした他人の試合の観戦や研究に使われていた。
だからこうしてクイーンがLIOとミツルの試合を見ているのは純粋な応援目的では無く、いずれ当たることになるであろう強敵の研究にある。
ABVRではアリーナで行われる試合は全てネット観戦が可能となっている。それはモニターさえ有ればゲーム内外問わず観戦が可能でこうして現地に赴かずともその全ては見ることが出来る。例え公式戦であろうとそれは変わらない。
「予選一戦目の相手はグレイズとビートン。聞いたことが無い名前ですね。公式戦への出場そのものも初めてのようですが」
クイーンの隣に座ってお茶をすすっていたハノはブラウザの画面を呼び出して2人の対戦相手のデータを集めようとしていたが無駄足に終わったようだ。
「私は知ってるわよあの2人のこと。昔ほかのVR格ゲーでやり合ったことがあるわ」
「してその結果は?」
「余裕の勝利。……と言いたいけれど苦戦を強いられたわ。腹立つくらいに着地狩りが得意でね。下手に跳んだらすーぐ隙扱いして殴ってくるのよ。ぶっちゃけ凄いイライラした。まあ最後はどうにかして勝ったけど」
「どうにかしたというのは?」
「ゾーン入ってたからわかんない。冗談抜きで気が付いたら相手が倒れてた」
嘘のような話だが、自分でコントロールすることが難しいゾーン状態を当たり前に使いこなせるクイーンだからこその芸当だ。そして切り札とも言えるゾーンを使って倒せた相手ということは幸運も絡んでやっとクイーンを倒せたミツルとは互角かもしくはそれ以上の実力を持っていることになる。
「しかしそこまでの実力と言うことはあの2人でも苦しい初戦になるかもしれませんね」
「何よ、そんなこと1ミリも思ってないくせに」
真顔でサラリと大嘘をつく相棒にあきれながらもクイーンはモニターから目を離さない。気になっているのもあるが、それ以上に目を離せば勝負は一瞬で着いてしまうと思っているからこそのこの態度だ。
「確かにグレイズとビートンは格ゲーの世界においては実力者よ。そして本人達もそれを自覚しているからこそこのABの世界に足を踏み入れたのでしょうね」
ABVRはプロゲーマー界でも無視できない超巨大コンテンツへの道を進みつつある。現在はまだ日本国内のみの展開だが、来年には世界展開が予定されており、その先には対人戦の世界大会が開催される運びとなっている。
また日本国内のみの現在でも破格の賞金が出るゲームとしても有名になっており、また25年間続くシリーズの作品だけあって世界的な知名度も高い。他のゲームからABVRに参戦するゲーマーも現在進行形で増え続けている。
公式戦初参戦のグレイズとビートンもその流れに乗ってABに入ってきたのだろう。
「でもABVRは間違っても格ゲーじゃ無い。アクションRPGよ。そしてその世界で一度でも頂点に立った2人が相手ならその技術が通じるとは思えない」
おまけに言えばVRに不慣れだったミツルも最近では徐々にその動きはトッププレイヤーにも匹敵するモノとなっていた。筋が良いのかスキルアップもかなり早い。
そしてその相方であるLIOに関してはもはや言うことは無い。確かにクイーンにはアバター操作という一点では遠く及ばないが、コマンドカードを使用した対戦ならば互角にまで持ち込める別方向での天才。
それを知るクイーンは静かにこう宣言した。
「この試合、1分もあればカタはつくわ」
◇
試合開始と同時に俺が先行して突っ込んだ。後方で待機している莉央は銃撃で援護。対する対戦相手は不動の構えだ。
「舐めた真似をしてくれる!」
男の片一方――ビートンが前に躍り出て莉央の銃弾全てをその大剣で斬り払った。その動きに一切無駄は無い。敵であるこちらでさえも惚れ惚れしてしまうような正確な動きだ。どうやら結構な実力はあるらしい。
「《メガスラッシュ》!」
更に男はコマンドカードの使用を宣言。メガスラッシュは大剣を装備する者のみが使用できる攻撃コマンド。《ハイスラッシュ》の威力の高い上位互換だ。
当然耐久の低い俺が喰らえば致命傷を負うことになる。そう簡単には喰らってやれない。
「新兵器の出番だ。《エレキスチーム》!」
ガンナークラスのスピードを活かして助走をつけて跳び上がる。そしてビートンの頭を取ったところで銃口から電気を帯びた霧を噴射する。麻痺属性付きの広範囲攻撃。射程距離は《パラライズショット》に遠く及ばないが、回避の難易度ではこちらに軍配が上がる。全国大会に向けた調整の中で莉央のアドバイスを受けて採用したコマンドだ。
麻痺したことによってビートンのメガスラッシュは不発に終わる。更に今は大きな隙を晒した彼を追い詰める最大のチャンスだ。リザーブのコマンドを見ながら着地した後の行動を練っていく。
けれども予想外のことが起きた。着地直後の次の行動に移るまでの僅かな瞬間に俺はもう一人の男、《グレイズ》からの攻撃を受けたのだ。
「――ッ!?」
いつぞやのクイーンの一撃のように反応できなかったのでは無く、反応しても体を動かすことの出来ない瞬間に一撃を貰った。しかもそれは麻痺属性付きの次のコンボに繋がる一撃だ。このまま大剣を叩き込まれ続ければ、俺はもう耐えられない。
だが、あいにく今日の俺は一人じゃ無い。俺なんかよりもずっと化け物めいた相棒が居る。
「《ファントムレイド》!」
俺に今まさに斬りかからんとしていたグレイズの傍に、突然莉央が現れる。それは高速移動でさえも超えた瞬間移動。相手の死角へと瞬時に移動するマスターコマンド、《ファントムレイド》の力だ。
莉央は俺とグレイズの間に割って入るとガンブレードで大剣を受け止めた。
「《フレアバースト》!」
莉央のガンブレードから炎が噴き出す。それに動揺したのか、それともダメージを受けたのかグレイズは一歩下がる。そこを莉央は逃さずに斬りつけた。炎を纏った攻撃は当然、通常の攻撃よりも威力はデカい。相手もソレを分かっているからこそ、麻痺している俺を倒すことよりも自分が負けないことを優先して距離をとった。
「ミッチー、一つ提案」
「なんだよ。ちょっとだけしんどいから手短に」
「今の奴、私が倒していい?」
その提案は意外でも何でも無かった。むしろ俺はこの流れで『両方とも私にやらせてよ』なんて言わないかとハラハラしていた。
たぶんこの時点で莉央は相手の実力を測り終えている。そしてどうすれば勝てるかの計算も既に済んでいて、わざわざこんなことを口にしたということは、彼女はその計算を現実の物とするだけの自信があるということだ。
こうなった莉央に不満なんぞ有るわけは無く、むしろ俺は安堵してしまう。
「じゃあ痺れた輩どうし仲良くやってるわ」
俺はソレを承諾。そして莉央は笑みを浮かべるとまるで幽鬼のようにフラフラとグレイズへ接近する。動けるようになったビートンが妨害しようとするがそこに俺が割り込んで阻止。グレイズと莉央の一騎打ちの構図となった。
「じゃあ今日はこれから行ってみようか」
まるでカラオケに入って1曲目に歌う曲を決めるかのような気軽さでコマンドカードを決める。そして彼女は、そこからが速い。
「《ソニックスラッシュ》」
ここまでのゆっくりとした動きからは一変。まるで風のような速さで肉薄した莉央にグレイズの反応は追いついていない。超高速の斬撃は狂い無くグレイズを切り裂いた。
「《ダブルスラッシュ》、《ゴッドハンド》!」
一度の斬撃でに二発分の強烈な斬撃を喰らわせるコマンドを発動してグレイズに追撃。だがステータスを防御に振っているのかグレイズは少しも仰け反らない。今もなお反撃しようと剣を振り上げている。けれどもその行動が莉央の前では既に遅い。
彼女は右手に持っていたガンブレードを素早く左手に持ち替えると、空いた右手に光を纏う。そして軽くジャンプしつつもその掌でグレイズの顔面を掴んで力任せに地面に叩きつけた。少女の華奢な腕からは考えられないほどの力強い一撃だが、ステータスという概念だけが世界を支配する仮想現実では決してあり得ないことでは無い。それにゴッドハンドは使用者の腕力を向上させ、パンチや掌底と行った攻撃の威力を上げるコマンドだ。バフのかかっていないプレイヤーを投げ飛ばすなど造作でも無い。
「《バースト・レールガン》」
そして莉央は地面に倒れ伏したグレイズに向けてガンブレードを構える。俺なんかよりもずっと直前の行動からカードを切るまでの速度は速い。それは決着までの勝負の動きを全て読み切っているからというのもあるし、それ以上に莉央というプレイヤーの反応速度の速さが理由だ。
普通なら慣れていても難しい行動中のリザーブに追加されたコマンドカードの確認を彼女は一瞬の内に行える。それはつまり誰よりも速くコマンドカードを使用することが可能だということを示している。だから一度彼女が動き出せばソレを止めることは容易では無い。
そんな他のプレイヤーを凌駕しうるコマンドカードさばきを誇る莉央が次に撃とうとしているのは高威力の超電磁砲。情けも容赦もありゃしない。
「させん!」
俺と斬り合っていたビートンがグレイズの元に向かおうとするが当然ソレも許さない。どうせ莉央は俺が一人でビートンを抑えきる前提であそこまで派手なカードの切り方をしているのだ。
期待を裏切っちゃ悪い。
「《ホーミングバレット》!」
自動追尾する銃弾を発射。その攻撃はビートンが立ち止まってガードしたことで大したダメージにはならなかったが、足を止めてしまったことで救援は間に合わなくなる。その間にもレールガンは無慈悲な閃光となってグレイズを吹き飛ばす。
銃弾によって地面を引きずられるようにしてグレイズは壁へと叩きつけられる。地面に叩きつけられた直後の強烈な一発だ。間違い無く無事では無いだろう。だがその男はまだ立ち上がって見せたのだ。
「まだだ! 《ブレイクエンド》!」
グレイズが使用したのは大剣専用のマスターコマンド。防御バフもガードも貫通する高威力の斬撃。おそらくは自分が倒される前に強烈な一撃を喰らわせたいと言うことだろう。
大剣を構え直したグレイズは吠えながらも莉央に突っ込んでいく。そして莉央はそれをじっと待ち構えていた。
バースト・レールガンによって開いていた距離はみるみる内に縮んでいく。それでも莉央は動じること無くじっと待っていた。
「覚悟ォ!」
やがて莉央の目前にまで迫ったグレイズ。そんなギリギリの距離でやっと莉央は一歩だけ後ろに下がり――
その瞬間にはもう勝負は決していた。
莉央が下がった一歩分の距離を詰めたグレイズの体は何故か麻痺して動けなくなっていた。それまで莉央が何かをしていた様子は無いのに、グレイズの体は指一本動かなくなっていた。
「《パラライズトラップ》。あなたが吹き飛ばされてる間に仕掛けさせて貰った」
「トラップ……だと……」
「見たところあなた達ABに慣れてないでしょ。でもVRゲームは得意だから勝てると思ってた、なんてところだろうけどこのゲームはそんなに甘くないのよ。コマンドカードはおまけの要素じゃ無い、メインで使用する必殺技なの。だからこそ一つ一つの行動に合わせて使用するし、隙さえあれば何枚も使う。だからさ、互いが離れてる瞬間だけ使うっていうのはちょっと考えが甘い」
「クソォ!」
話している間にも莉央の足には青い炎が纏わり付いていく。間違い無くトドメのコマンドを使用した証拠だ。
油断しきってペラペラ話しているようにも見えるが、莉央は麻痺の持続時間も敵の残りHPも全て把握している。その上で一切の無駄なくとどめを刺すだけの準備を完了しているのだ。つまりもう、グレイズは詰んでいた。
「《ブレイキングストライク》」
グレイズの首元目掛けて放たれる蒼炎を纏った強烈な蹴り。人間の急所に目掛けて放たれたそれはグレイズのHPを1も残さずに完全に削りきった。
「あ、兄者がこうも簡単に……」
「残念だけど、あれが莉央だよ!」
HPが尽きてバトルフィールドから消え行くグレイズに注意を向けたビートンに俺は蹴りを入れつつ答えてやった。
そう、あのコマンドカードを連発して相手を圧倒するパワープレイこそがLIOというプレイヤーの真骨頂。7年の月日を経てそのスタイルは更に磨きをかけている。というかもう俺では及びもつかないところにまで進化している。
「こりゃこっちも負けてられないか」
横薙ぎに《ハイスラッシュ》を放ってダメージを与えようと試みる。けれどもそう簡単に決まるはずも無い。この一撃は回避される。しかし代わりにリザーブに加えられたコマンドを見て俺はその笑みを抑えきれなかった。
「何がおかしい!」
「そりゃ笑いもするだろ、自分があと一歩で勝てるって分かったら!」
怒りと共に振るわれた大剣をかわして空高く飛び上がる。そして勝利に向けてコマンドカードを使用する。
「この俺を前にそんな大ジャンプだと……! 恥を知れ!」
ビートンは怒りをあらわにするが動きそのものは至って落ち着いている。その証拠に開幕時のグレイズ同様に俺の着地の瞬間を狩るつもりだ。意地でも思い通りにさせる気は無い。正面から突破する。
俺の着地のタイミングを狙って何らかのコマンドカードを発動しようとするビートン。だが本来俺の一瞬の隙をついて決まるはずだったその行動は通らない。俺の方が先に動いて着地の瞬間を狙っていたビートンを切り裂いたからだ。
「何!?」
「バフかけてスピードが上がったんだ。さっきと同じタイミングで着地が取れるかよ!」
俺が空中で使ったのは《ミーティア》、《ギガ・マグナム》、《ダブルスラッシュ》の3枚。即ち俺は《C
コンビネーション
A
アサルト
》、セブンリーバーストを発動していたのだ。そして今回は俺を遮るものは何も無い。今の一発を含めた七発の斬撃がビートンのHPを消滅させる!
「これで完全攻略
フルコンプ
だ!!」
最強最速の7連撃。バフもかかっていなければガードすることも出来ていないビートンには耐えきることは出来ない。今度はビートンが消滅する番だった。
試合開始から41秒。長期戦になりやすいABでは珍しい短時間での決着となった。
「ナイスゲーム!」
「ナイスバディ!」
こうして俺達は危なげなく初戦を制したのだった。
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