第25話 プロゲーマーと学ぶ大会規定~地区オンライン予選編~

《2025年8月25日 13:23 大阪 莉央の家》


 念のため泊まりがけでも大丈夫なように、一回家に帰って準備をしてから指定された場所までやって来た俺。


 そこは高校から程近い場所に建てられた新築のマンション。最寄り駅から少し遠いのが残念だが、健脚の莉央にとっては苦にはならない距離だろう。けれど俺の家からすれば自転車の方が早く着いたりするので公共の交通手段が充実しているかでいえばやっぱりそうでも無い。


「あ、やっと来た」


 マンションのエントランスから出てきたのは私服に身を包んだ莉央だ。

 大阪に旅行に来たときも随分カジュアルな服装だったが、今日の服装はそれに輪をかけてカジュアルだ。

 だってジャージだし。


「外出ないからってもう少し何かあるだろ……」

「いや人前に出るときの服はあんまり着たくないんだよね。値が張る奴だからこそここぞというときに置いておきたいというかね?」

「だからってジャージて……」

「まあ細かいことは気にしない気にしない。さっさと部屋行くわよ」


 そんな訳で連れて行かれるままにマンションの中へ。12階建ての中の3階に莉央の部屋はある。曰く泥棒にも入られ難く、なおかつ何かあったときに逃げやすくて、階段を使うには丁度良い階数という理由で選んだらしい。

 エレベーターを使うという発想は無いとのこと。


 そういう感じで俺も何故かエレベーターを使うことを封じられて共に階段を登ることに。そして真新しい蘭道の表札がかかっている部屋の鍵を莉央が開けた。


「一名様ごあんなーい」


 冗談めかした感じで話す莉央に案内されるがままに部屋に入る俺。そしてその2秒後には俺の口はぽっかり空いていた。


「高校生の一人暮らしのクオリティーかこれ……?」


 入った時の第一印象は盗られて困るモノしか置いていない家だった。作業用のデスクに置かれたデスクトップパソコンも見るからに何十万もしそうな代物だし、周辺機器なんかもこれでもかと置かれている。あと椅子も見るからに値が張りそうである。ついでにテレビは最新型の50インチ。ソファーなんかも試しに座らせて貰ったらフカフカだ。

 そしてそれはあくまでリビングだけの話。他の部屋には簡単なモノとはいえトレーニング用品が置かれていたり、寝室には小さなテレビが置いてあったりと高校生一人の部屋とは思えない。


「あなたのお金はどこから?」

「あ、パソコンとかは全部スポンサーが貸してくれてるやつ。大きいテレビは新年会のビンゴ大会で当てたやつ。それ以外は流石に自腹かなあ。あ、でも炊飯器と冷蔵庫はクイーンのお古」

「それでもものすごい出費だろ……」


 マンションの家賃なんかも怖くて聞けないが、決して易くないはずだ。だって

ぱっと見3LDKはありそうだし。

 プロゲーマーという職業は俺の想像以上に懐の潤い方が凄いらしい。


「さてさて、家のことばかり気にしてない。始めるよ作戦会議」


 俺は莉央に促されるままリビングの隅に荷物を置いてソファに腰掛ける。その間莉央は音声操作でテレビの電源をつけて一枚のテキストデータを画面に映し出していた。


 そこにはこう書いてあった。


「2025年度アルテマブレイバーズ全国大会、大会規約……」

「そう。ここには今年の全国大会についての全てが書かれている。予選から本選に至る全てがね。別に丸暗記する必要はないけれど、一度は目を通しておきたい代物よ」


 莉央は俺に向けて一冊の冊子を放り投げてきた。テレビに映っているモノと同じ大会規約だ。


「とりあえず今日は来月に控えたオンライン予選について説明するわ」

「お願いします」


 すると莉央はどこからともなく度の入っていない眼鏡を取り出して装着。いつもより頭がよく見える。


「まず基本からのおさらいだけど、今年の全国大会は大きく3ステップに分けられる。第1に地区オンライン予選、次に地区オフライン予選。そして東京で行われる最終決戦、全国大会本戦よ。そして地区オンライン予選の受付は9月1日からの一週間。大会そのものは9月21日から27日までの一週間をかけて行われるわ」


「一週間かけて行うっていうのはどういうことだ? プロ野球みたいに日程が決められてて一日ごとに戦う相手も決まってて、それと戦うってことか?」


「残念だけど不正解。この一週間で普段のランクマッチ同様にランダムペアリングでの試合を規定数こなしてその勝ち点で予選を抜けられるかどうかが判定される。ちなみに試合相手は試合直前になるまで分からないからある意味ではトーナメントよりキツいわよ。期間が長めに取られているとはいえ、こなさなきゃ行けない試合数は多いし」


「その試合数は?」


「30試合。祝日含むとはいえ学校があるなかで1日平均4試合以上やらなきゃいけない。それに予選を抜けるには勝率8割は欲しいから一度でも負ければ後に響いてくるデスレース。運営も今回ばかりはエグいルールぶち込んできたわ」


 俺はゴクリと喉を鳴らすしか無かった。正直7年前はこれとは比べものにならないくらい楽だった。

 予選会場となるゲームショップやおもちゃ屋さんに行って精々参加者32人程度のトーナメントに勝ち抜けばそれで地区予選への切符は手に入ったのだ。しかもこれが自分以外誰も居ないショップだと一戦もすること無く上のブロックに進めたのだ。

 そのことを考えると今回のルールはかなり厳しいモノと言える。


「あと初日に30試合一気にやるなんて真似は出来ない。1日にできる試合数は6回って決まっててやらなかった分は翌日繰り越しって風に決まってるから」

「つまり一日目に全くやらなかったら二日目は12試合できるとかそういう理屈?」

「そういう理屈。だから最短で5日目には予選を終わらせることも出来る。反対に5日目以降なら1日で30試合一気にできるわよ。ただそんなことやるプレイヤーはまず勝てないけど」

「どうして? 俺もランクマッチでそれくらいやったけど」


 それを聞いて莉央は少しだけあきれ顔。しかし罵倒するようなことはせず、一呼吸置いて落ち着いた声で話し始めた。


「ランクマッチは極論を言えばいくら負けても大丈夫なのよ。時間さえあれば無限に試合が出来るし、何より敗北のペナルティーは簡単に取り返せるから。

 でも大会予選は一度負けただけで即死に繋がる。なんせ負けを帳消しにすることも出来なければ、試合数も制限されてる。だから負けた瞬間にその人は首にロープを巻かれるのよ。それも次に負ければ大会はそこで終わるっていう不安という名のロープ。これは想像以上に自分の動きを制限してくるし、何より知らぬ間に体力を奪ってくる」

「そうか、何日かに分けてやれば体力回復の時間もあるけど1日に全てをこなそうとすれば体力が尽きて負け続けてしまうと」

「しかも2VS2だからね。自分が失敗したら相方にも迷惑かけるとなればプレッシャーもいつもの2倍。ハッキリ言って正気じゃこなせないわよ、1日30は」


 つまりは全国大会という大舞台はあらゆる理由でプレイヤーに苦痛を与える。そう考えれば一つの魔物と呼ぶことも出来るかも知れない。


「あとランクマッチと違うのは――というかエクシードマウンテンと決定的に違うのはその圧倒的な地雷の多さよ」

「地雷? なんだよそれ」

「簡単に言うと環境には存在しない変なスタイル。全く警戒していないところから即死級の一撃を喰らわせてくる。まさに地雷よ」

「でも環境になれて無いってことは全く新しいスタイルか、そのプレイヤーにしか扱えないくらいピーキーなスタイルってことだよな? 全く勝てないスタイルってことは無いだろうし」

「そのまさかよ。地雷っていうのはうまくいけば勝てるけど、そのうまく行くことがまず無い。つまりは勝てる方が珍しいって言い換えても良いようなスタイル。でもそんなスタイルに万が一でも負けてしまえばメンタルはぐちゃぐちゃよ。持ち直せないくらいにね。しかも厄介なことに地雷と呼ばれるスタイルが勝利するとき、決まって圧倒的な勝ち方をするのが特徴よ」

「そりゃまあ怖くて仕方ないわな」

「最近じゃゲームのボリュームも多くなる一方だからね。思いつきもしない戦術が意外なところに転がってたりするモノよ。理論上最強戦術とかもネットじゃ見つかったりするし」

「理論上最強ね……俺も大昔に考えたなそういうの」


 結論はコンピューターしか使いこなせないというあまりにも悲惨なモノだが。とはいえそう言うロマン戦術に一定の理解があるだけにその理不尽さはよく分かる。そしてそれをまともに受けて敗北しようものならただのゲーマーである俺はともかく、プロである莉央は多くのモノを失うのは間違い無い。


「話が逸れたわね。大会の話だけどオンライン予選は《ABVR》のゲーム世界内が会場になる。ようは家で対戦ができるってことね。そして住んでいる地域ごとに設定された会場に運営が配布する《イベント専用ポータルキー》で移動して、そこでさっき言った日程で対戦を行う。そして勝ち点を重ねて上位60名に入れば次のオフライン予選に進めるわ。

 あ、オンライン予選だとゲーム機は自前のやつ使うから間違っても壊さないでね。聞いた話によると今は修理センターがとんでもなく混雑してるって噂だから万が一にでも今壊したら買い直さないと間に合わないから」

「いつもより管理には気を遣うことにする」

「よろしい。まあ大事な注意事項はこんなもんね。それで今日だけどオンライン予選のデッキ考えよっか。ABはこういうの気が早いから受付と同時に提出だからさ。早めに基盤だけでも考えとかないと」


 そう言って莉央が取り出したのはタブレット端末だ。これを使ってデッキ構築を考えようということだろう。

 《ABVR》では遊びやすさの向上のために、タブレットや携帯端末、パソコンなどでもデッキを作ることができる。なのでわざわざデッキを組むためだけに仮想現実にダイブする必要は無いのだ。こういう気遣いが意外と嬉しい。


「こうしてお前とゆっくりデッキ考えるのも久しぶりだな」

「ブランクあるだろうし私が色々教えるわよ。今の流行の戦術とか全国大会で出てきそうな戦術とかね」


 そうして俺達はタブレットを挟んで向かい合う。そして画面の中でデッキを作っては試し、作っては試しを繰り返して今日1日を過ごすことになった。


 具体的には今日の晩――それも眠る瞬間まで。

 そう、俺は何も考えずに一泊してしまったのである。

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