第13話 一つの区切り、続くレール
《2025年8月14日 16:21 大阪 地下鉄御堂筋線》
あれから4時間が経過していた。観光を終えた俺達は既に地下鉄に乗り込み、俺の家を目指している。
色々あったせいで疲れていたので少し短めの日本橋滞在となったが、客人である莉央がとても満足していたのでそこはまあ良しとしよう。
ただし、俺はこの電車の中で最も注目を集めていると言っても過言では無かった。
「なあ莉央。俺としては同じことを何度も何度も聞くのは嫌なんだけどさ」
「うん?」
莉央はこのとき、とてもニヤニヤしていた。正直すぐにでもその顔をぶん殴りたくなる愉快犯的フェイス。
だが俺は嫌がらせを受けながら貸しを作っているという圧倒的弱者なのでそんなに強くは出られない。
けれども今自分の身に降りかかっている不幸の原因だけはハッキリさせておかねばならない。間違ってもこれは自分の意思での行動では無いと証明するために。
「何でお前、痛Tなんざ買ってきたんだよ。しかもアニメのロゴとか名言とかじゃ無くて美少女キャラがデカデカと載った露骨な奴をさあ!」
「え、面白いからに決まってるじゃん」
何を当然なことを? といった様子で言い返してくる莉央にはもう怒り心頭な訳だが、ここで抵抗しても何にもならない。というかこれ以上車内で暴れようものなら余計に白い目で見られる。少なくとも俺だけはTPOを弁えなければ。
経緯を説明しよう。カナに対して宣戦布告をしたあの瞬間、結構な量の雨が降っていた。あの瞬間はアドレナリンやら何やらが影響してさして気にも留めなかったし、雨自体はすぐに止んだのだが、その間ずぶ濡れになった俺の体と服に関しては別問題だ。すぐにでも乾くわけではないし、なにより雨がベタついて気持ちが悪かった。
とりあえずシャワーでも浴びてこいという莉央の意見の元、近くにあったネットカフェに転がり込み、シャワーを浴びることとなった。その間莉央は新しい服を用意してくれていたのだが、どうにもその服がおかしかった。
美少女が所狭しと描かれたTシャツだったのだ。しかもズボンはいたって普通なジャージだったのが余計にミスマッチ感を演出してくれている。
そんなものを着て今日1日過ごすなんて願い下げだったが、残念なことに俺には代わりの服を買い直す金も無かったし、服を乾かす時間も無かった。
返品という最後の切り札も、タグの全てを切り取っていた莉央の策略により封じられていた。つまり今日1日を生きる姿はこのプロゲーマーの形をした悪魔によって決められてしまったのだ。
「行きつけのハンバーグ屋行ったときとか本気で引かれたじゃねえかよ」
「上着持ってないのが悪いと思う」
「今何月だと思ってるんだよ……」
少なくとも俺は8月のど真ん中に上着は着ない派である。日焼けも気にならないし。
「ところで良かったの? あ、服の話はもう良いから」
「分かってるよ。カナの話だろ?」
「そうそう。あんな勢い任せに宣戦布告とかして良かったのかなって」
「やり過ぎだとは思ってるけど後悔はしていない」
結局、俺とカナは再戦の約束をしてしまった。
もちろんそれは大会での話なので予選で当たるか、決勝で当たるか、それともそもそも当たる前にどちらかが敗退するかとか、色々な可能性が考えられる。
けれども俺にはここぞという大勝負であいつと当たるような気がしていた。
「それにしても一部じゃ騒ぎになってるわよ2人の勝負。エクシードマウンテンに現れた超新星が更なる大型新人に倒されたーって」
「そういやVRポッドの試合って誰でも見れるんだったよな」
莉央に見せて貰ったネット掲示板には確かに《ミツル》の文字と《カナ》の文字が躍っている。しかもどこから漏れたのか例の宣戦布告も話題になっているのでネットという世界は恐ろしい。
「1日にしてABの話題の中心になっちゃったね。対戦勢はこの話で持ちきり。まあ攻略勢は帝国がどうこう言ってるけど大したことじゃ無いでしょ」
「いや帝国ってこのABVRじゃ最大のギルドだからな。もっと気にしろよ」
口ではそう言うが、俺の注目も結局は自分のことにしか行っていない。そもそもランクマッチでB3からS3まで4時間で駆け抜けたこと自体が注目を集めていたらしいのに、そこに起爆剤のように今回のバトルだ。
俺が理解できなかったカナの最後の一撃は他のプレイヤーからも驚きを持って迎えられたらしく、今その研究が急ピッチで進められているらしい。
また俺も俺であのレベルのプレイヤーと互角の勝負を演じたことで注目を集めているらしい。……実際は手のひらの上で踊らされていたに過ぎないのだが。
「ミッチーに関しては掲示板だけじゃないよ。いしか……ストリバがブログに書いちゃったから新時代の幕開けが何とか言って」
「今の本名っぽいのは聞かなかったことにする。それにしたって新時代とか言われてもこちとら旧時代の亡霊だぞ。そんな新しい風なんて今更吹かせられるかよ」
「それでもミッチーが1日ランクマッチやっただけでみんなが浮き足立っている。カナって子のたった一回のスーパープレイでみんなが注目してる。私たちプロがやってもそんなに騒ぎにならないのに」
その言葉を聞いたとき、何だか羨ましく思っているように感じられた。こんなこと昔から滅多にないものだから少し動揺してしまう。
「今のABってさ昔ほどノビノビしてないのよ」
「え?」
「ほら、私もだけどプロが大会にやって来たもんだからアマチュアは萎縮しちゃってさ。何ならプロのスーパープレイとかだと『プロだから当たり前』って感じで特に研究しないの。まあエクシードマウンテンの連中は別だけどさ。
けれどアマチュアのものは違う。『私にも出来るかも』ってみんながプレイする方に興味を持ってくれる。小学生の時の逆上がりみたいに身近な憧れにしてくれる。だから界隈は盛り上がってくれる」
「だから俺を誘ったのか?」
「いや違うけど。てか関係ない」
思わず俺は車内でずっこけそうになった。腐ってもこちらは関西人。ごくまれにだが本能的にやってしまうのである。
「そりゃ私と組んだら『プロと組んだおかげ』って処理されるじゃん。だからそう言う盛り上がりをミッチーに期待してない」
「じゃあ何だってんだよ」
ちょっとだけふて腐れたように言ってやった。
けれど莉央は笑っている。痛Tの話の時のような笑みでは無く、心の底から嬉しそうにして。
「実は私さ、ミッチーとならもう一回頂点とれると思ってるんだよね」
「え?」
「あれから何回か大会出て強い強いって言われてもさ、全国規模の大会の優勝はあれっきり。惜しいことは何度かあっても優勝には届かなかった。それでいろいろと考えたのよ。あの日あって、今の私にない物」
それが何なのかは、直接彼女の口から聞かなくたって分かる。
伊達に相棒をやっていたワケでは無い。
けれどあの日、確かに俺たちが持っていたものを、今でも持っているとは胸を張って言い切れない。
「買いかぶりすぎだろ」
「普通は居ないよ。アバター操作の差を戦術だけでひっくり返すプレイヤー」
そこはもはや食い気味だった。多分コイツもコイツであの試合に言いたいことはあるのだろう。むしろとやかく説教すること無く流しているのだから感謝すべきだろう。
「けどまあ、ありがとな。また誘ってくれて。正直嬉しかった」
「そりゃどうも」
俺達はなんだかおかしくなって互いに噴き出してしまった。この距離感が懐かしくて心地よい。
結局俺は7年前から栄光を引きずって、違う道を往くことも前に進むことも求めていなかったらしい。
でも、今になってはそれでも構わない。
次の歴史はここからいくらだって始められるのだから。
◇
電車の中で雑談をしていたその時、莉央の持つ端末が振動した。たぶんメールかラインかのどちらかだろう。
少し待ってというジェスチャーをすると端末を確認し始めた。やはりプロゲーマーにもなると仕事上の重要なメールとかも多いのだろう。真剣な表情で端末を操作する。
「さーてこれからどうすっかなあ」
俺は窓の外の景色を見ながら一人呟いていた。ちなみに地下鉄は地上区間に出ているので間違っても暗闇を見て満足していた訳では無い。流石にそれは鉄オタでは無い俺には無理な芸当だ。
それはともかく、あれだけ派手にケンカを売った以上このままではダメだろう。エクシードマウンテンで山ごもりしてプレイヤーとしての経験値を稼いだ方が良いだろう。とりあえずはプレイヤースキルの向上を目指すしか無い。
「ねえミッチー、来週の日曜暇? ちょっと会って欲しい人が居るんだけど。ゲームの中で」
「え?」
それは突然の提案だった。莉央自身少し驚いているから俺とは全く接点の無い人間だろう。まあABの中での共通の知り合いなんてストリバくらいだ。そうなると莉央の知り合いの中でも最も俺に縁もゆかりも無い人間なのかもしれない。
「暇は暇だけど誰だよ。その会って欲しい人って」
「うん。いや私のチームメイトなんだけどさ。名前は――」
その名前を聞いた瞬間、俺は開いた口が塞がらなかった。
脳裏に浮かぶのは昨日すれ違った金髪の少女。本人は名乗らなかったもののシステム上の仕様で名前を知ってしまった少女。
その名は――クイーン。
第2章 END
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