第11話 VSカナ ~激突する最強戦術~
大前提として、このABに最強のクラスは存在しない。何故ならば全てのクラスの強さが均等になるように調整されているからだ。
しかしながら往々にして、勝ちやすいクラスというモノは存在してしまう。思えば7年前、俺と莉央が勝利したあの日まで最も勝ちやすいクラスは勇者だと言われていた。その理由は簡単で、バランスのとれた大きな隙の存在しないステータスなのであらゆる戦法を扱うことができる。そのため考え得る全ての戦法に対処が出来る柔軟さを持っていた。
当然それにはプレイヤー本人の能力が大きく関わってくるのだが、反対に言えば実力さえあるならそれ以外のクラスをとる理由も無いと言われていた。
当然他のクラスが勇者に勝てないという道理は無い。
その当時の勇者環境と呼ばれた時代でも、勇者以上のスピードを持ち、少しだけ弱体化補正がかかっている魔法防御を狙える魔法使いも流行したし、状態異常を付与してからひたすらに相手の攻撃を避けまくってタイムアウト時の体力差で勝負を決めるプリーストが台頭していた。
だがそれでもその当時は勇者こそが最強だと拝め奉られていた。その理由はこの勇者のクラスで日本一の座を勝ち取り、2度も防衛してみせた2人組が居たからだ。それがユウスケ、カオルコンビ。
俺と莉央のあの決勝戦の対戦相手だ。
あの2人の勇者というクラスへの理解度、そして《AB》というゲームへの理解度は目を見張るモノがあった。その理解度から来る状況に対する適応力の高さがあったからこそ3連続で日本を制するという偉業を成し遂げた。その偉業とどんな状況でも勝利を掴むその姿からはいつしかその2人は神と呼ばれていた。
だが、俺達は恐れずに神に挑んだ。当時無名だった俺達はその適応力を超えるであろうスピードとガンブレードという遠近両用の変幻自在の武器、そして神の全部を洗いざらい研究し尽くすという畏れも知らない所業に手を染めてまで考え抜いた戦術を引っさげて。
そしてあの日、神殺しを成し遂げることが出来たのだ。
だが7年経った今、俺はあの2人の神と同じ戦術に苦しめられている。あの日勝利をもぎ取ったガンブレードをその手に持ちながら。
「これが勇者。これこそが最強戦術。あなたはもう勝てない」
「言ってくれるよ、プレイヤースキルの暴力が……!」
口ではそう言うモノの俺が押されている理由はそれだけでは無い。相手が俺を徹底的に研究しているという事実が確実に俺の勝利への筋道を狭めている。動きを読まれているのもそう。
だがステータスについてもおおよその見当はつけられている。でなければ《セブンリー・バースト》発動中のプレイヤーの動きを力ずくで止められる筈が無い。おそらくは《セブンリー・バースト》を振るう腕に吹き飛ばされない程度に耐久を調整してきている。
素早さのステータスにしたってそうだ。アバターの操作技術込みで俺の動きに先出しで対処出来るように振ってきている。だからこそ自分から突っ込んで俺に受けられることを避けているのだろう。
「ったく、やりづらいったらありゃしねえ。……けど!」
それでも俺は突っ込むしか無い。銃弾を乱射しながら急接近。そのまま近接戦を仕掛ける。しかしこれも当然読まれている。銃弾を剣で防ぎながらカナは半歩下がって俺と距離を取る。そして先程手元からこぼれ落ちた盾を取りに走る。
「させるか! 《エアバレット》!」
玉のような形の小さな台風。そう形容するしかない銃弾を盾に向けて発射。盾に腕を伸ばしかけていたカナはこれを引っ込める。この一瞬だけはカナの動きは止まる。ここを俺は更に接近することに全てをかけた。距離感は掴めている。あとはこの刃を届かせるだけ。
だがカナはその時、人としては考えられないような動きをしていた。俺が振るった刃を体勢を崩していたあの状態からかわし、僅かな隙間を縫って俺の背後に回っていたのだ。
――だが今更驚かない。俺は次のコマンドカードを使用。敵を追い続ける銃弾を発射する《ホーミングバレット》を発動し、花火のように打ち上げた。
空中で弾けた銃弾が今にも斬りかかろうとしていたカナに雨となって降りかかる。対するカナはこれを無視して貯め斬りを行う。《ホーミングバレット》程度の威力ならば喰らっても特に影響はなく、今のうちに攻撃した方が勝利に近付くと踏んでのことだろう。
そしてそれは正しい。
この貯め攻撃を喰らえば今度こそ再起は不能になる!
「やらせるか!」
振り向き様にジャストガード狙いでガンブレードを振るう。
二つの剣はぶつかり合い、轟音をあげるがジャストガードには至らない。精々が本来の威力の6割程度に抑えたという所だろう。だがそれならまだ勝負は出来る。
「まだまだ!」
相手が盾を持たず、最も接近できるこの瞬間。攻撃のチャンスを見逃すわけには行かない。2撃目、3撃目とダメージを与えていく。当然そう何発も攻撃を許してくれる訳は無く、4発目は剣でもって防がれるがここで手を緩める訳にはいかない。
「《ハイスラッシュ》!」
コマンドカードを使用して、ガードしてきた剣ごとカナを押し飛ばした。少女はバランスを崩すが、その隙を埋めるために放ってきたのは回し蹴り。
多分これを避けても、避けた先に剣を振られてHPを持って行かれる。だからこそここはあえて受けて次の一撃――いや、それはむしろ悪手になりかねない。
「《ギガンティックハンマー》」
キックに合わせてカナはコマンドを発動。《ギガンティックハンマー》は相手の防御力に関係なく吹き飛ばす力を持った蹴りを放つ技。つまりこれを受ければせっかく詰めた距離を離されることになる。
だから一度は捨てた選択肢である回避を選択。俺の判断は紙一重で間に合い、予想通り飛んできた剣先に攻撃される。だが立ち止まっても居られない。すぐにでも次の一撃に打って出る。リザーブの中からまたもや斬撃系のコマンドカードを選択。
選んだのは《エクスディバイド》。縦一文字にガード不可、防御力無視の斬撃を放つカードだ。
カナはこの攻撃を受けた。しかし《エクスディバイド》は元の攻撃力が低いため、大したダメージに結びつかない。だからこそ無理に避けなかったのだろう。
きっと相手の中ではもう、受けていい攻撃とそうではない攻撃の区別が完了している。そして俺に与えるべき必要最低限のダメージ量も。
それがABにおいて研究してから勝負に挑むというのはそういうことだ。相手の行動の全てを読み切り、対戦前からあらゆる状況を想定して、それを実行する。かつて神と呼ばれた2人もその研究を武器に頂点に立った。
そして俺もまたその頂点を倒すために勇者というクラスを、そしてそれに対抗しうると目をつけたガンブレードに関しても寝る間も惜しんで研究した。
そして目の前のカナもまた、理由は分からないが俺という過去のプレイヤーを倒すために研究を極めてきている。だからこそ俺はカナの掌からは抜け出せなかった。
ここまでは。
「得意のヒットアンドアウェイは使わない気?」
「分かって言ってるんだろ。そのカウンター勇者に溜めの隙を与えるのは愚策。なら距離を離さないように連続で攻撃するのがベター。それがあの日、俺と《ユウスケ》さんで出した結論だ!」
「――――ッ!?」
そう、こちとらガンブレードは死ぬほど使った武器。それに対抗しうる戦術について全く知らないわけでも無ければ、全力を使い果たしたその後に本当に裏目が無かったかを研究しないほど甘くも無かった。
だからこそ7年前の決勝戦のあと、本当に勇者と俺の超高速ガンブレードのどちらが真に優れているかはずっと考え続けた。他でもないそのスペシャリストと!
つまりはこの状況のひっくり返し方くらいは分かっている。だからこそまだ勝負は投げていない。
俺は変わらず近接戦を挑む。ガンブレードのリーチの長さは必要無い。むしろ少しでも距離を開けて、隙を見せ、盾を拾われる方が厄介だ。
ならいっそ、ガンブレードの強みを一つ捨ててでも貼り付き続ける。それこそが対カウンター型勇者、つまりは俺を倒すために作られたスタイルの崩し方。
「それでもVRの操作精度はこちらが勝る」
「なら追い越すまでだ!」
今度はカナの方から斬りかかって来る。しかしこれはガンブレードで防ぎ、ついで飛んできた蹴りも空いている腕でガード。
大体の動きの癖はさっきの《セブンリー・バースト》で把握した。今度はこっちも先が読める。だからこそここからは極限の読み合いと化し、先にミスをした方が敗北する羽目になる。
ただ、耐久値で劣るこちらの方がじり貧になったとき先にぼろが出る。残りのコマンドの数でもカナが大きく勝っているというのが余計にピンチをあおっている。
けれどこのまま負けるのだけは性に合わない。何としてでもHPを削りきる。
そんな想いを込めてカナとひたすらに剣と体をぶつけ合う。カードの使用は必要最低限。威力の大きな攻撃も外してしまえば意味が無い。いつか現れるはずの相手のミスの瞬間を狙ってその切り札を切るしかない。
「動きが良くなってきている……?」
「あそこまでメタメタにやられたらそりゃ少しはな」
最初は対処仕切れなかった動きも徐々に追いつけるようになってきた。1発目とは違って攻撃をカード使用しなければ避けられないという圧倒的不利は抜け出せた。
通常攻撃同士の細かなHPの削り合いが続いていく。そしてカナのHPは半分を切り、俺のHPも7分の1を切っている。
もうあとは先にどちらがカードを使った攻撃を当てるかの勝負になる。
――けれどその決着の瞬間は思ったよりもあっけなかった。
それは数え切れない剣のぶつかり合いの中で、カナが剣を振るった瞬間。俺の腹にはカナの放った掌底が埋まっていた。
「え?」
「これで王手」
動き全てに反応していた筈が、その一撃だけは一切反応が出来なかった。どう考えても素早さで劣っている筈の勇者の速すぎるその一撃。
だが問題は更に別の所にある。それはコマンドカードを使用した一撃であったこと。具体的に何のカードかまでは判別できなかったが序盤に削られすぎた俺のHPは一気に0へと向かう。実際カナ自身もこの瞬間にすべてをかけていた筈だ。
だからこそ彼女からは少しだけ達成感のようなモノが漏れていた。この一手で勝ちが確定したという達成感が。
「悪いな、詰んでるのはそっちの方だ」
だからこそ俺は残り1ドット分だけ残ったHPに勝利を確信したのだ。
そう、勝負が始まるより前からこれが狙い。相手が勝利を確信した瞬間に生まれるこの一瞬の隙、そこを突くためだけに俺は防御ステータスにいつもより多く能力値を振っていたのだ。
《ミツル》
クラス:ガンナー(補正値 ATC1.5倍 SPD1.5倍 DEF0.5倍 MDF0.5倍)
HP(体力):41/1500
ATC(攻撃力):571(+220)
DEF(防御力):394(+132)
MAT(魔法攻撃力):297
MDF(魔法防御力):394
SPD(素早さ):544(+248)
DEFの実数値は263。本来の俺のステータスに対して、ダメージは0.95倍になる。それはほんの些細な差だ。しかしながら俺を初めとする研究勢は無駄なオーバーキルは避ける傾向がある。
何故ならば、もしも最後の一撃を回避されて、《ガイアフォース》なんかでHPを全回復された場合、最悪相手のキル圏内へのダメージを与えることが出来なくなるからだ。もちろんそれは相手に豪運が無ければ早々起こらないが、実際それが理由で勝てた試合を落とすケースは存在している。
それにそういった超火力のコマンドは1発目の削りで使うことも多い。今回のように序盤でダメージレースに優位に立っておくことで圧をかけ、あとはダメージ量が平均的なデメリット無しのカードで戦うのだ。
だから丁度相手のHPが0になることを目安にしてステータスを調整し、カードの切り方を考える。
その事実が5パーセントのダメージ差を、勝利への大きな足がかりにした。そもそも、俺を指名してくるような相手がガンブレードへの対策をしていない筈が無い。だからこそ対処出来る範囲を広くするための耐久調整。つまり今のステータスはガンブレードのカウンターへのカウンターだ。
そしてカナは削りきったと思っている以上、初めから準備していた俺より速くは動けない。
切り札の使い所はここしか無かった。
「《ギガ・マグナム》!!」
ガンブレード専用の超火力コマンドカード。その威力をカナの肩に乗せたガンブレードから解き放つ。この時点でカナのHPは残り2割を切る。
そしてさらにもう一枚。俺のデッキの中にある最強のコマンドを惜しむこと無く発動する。
「来い! 《時空神クロノス》!!」
その宣言と共に現れたのは時間さえ司る、このABにおいては最強の呼び声高い神、《時空神クロノス》。
デッキに一枚しか入れられない制約が存在するレジェンドコマンドカード。俺が必ずと言っていいほどデッキに投入する《時空神クロノス》はその一枚だ。その効果は単純かつ、強力。
――プレイヤー以外の時を5秒間だけ停止する。
それは敵の動作を封じるだけで無く、残り試合時間、フィールドギミック、召喚獣に至る全てだ。このとき敵が防御用のバリアなど展開していたならばダメージは一切入らないが、その様子も無い。
ならば停止した時間の中、残りのHPを削り切るのみ。
「《クロニクル・エンド》……これで
クロノスの効果が起動。これから5秒間、動けるのは俺だけだ。それだけの時間があれば、カナのHPは0に出来る。
俺はカナに肉薄し、ガンブレードを振るう。
《時空神クロノス》の効果が働いている間はコマンドカードを使用できない。だがそれでも通常攻撃で削りきれるほどのHPしか残っていない。だからこそ5秒の猶予があればトドメをさせる。
…………そう思い込まされていたことに気付いたのは、自分の状態異常アラートに『毒』の表記を見た瞬間だった。
「しまっ――」
言い切るよりも先に、トドメを刺すよりも先に毒が俺を蝕んでいく。
クロノスは自分以外の時を止める力。
そしてこのゲームでは毒をはじめとする状態異常はは自分の一部として処理される。。つまり止まったときの中でもその症状は無慈悲にも進行する。
《YOU LOSE》
その文字を見るのに一秒も必要無かった。
◇
試合に負けた後、俺はゲーミングゴーグルを外してVRポッドを出た。その時にはカナはもう足早にVRポッドからは出ており、専用の部屋からも居なくなっていた。俺も追いかけるように外へ出る。
もはやそれは無意識にも近い行動だった。ABストアの店内を走って見て回るが、そこにも彼女の姿は無い。
店内で莉央が待っていることも忘れて、俺は店の外に出た。今日の日本橋は人が少ない。だからこそオタロードを歩いていたその後ろ姿はしっかりと捉えることができた。
「待て!」
カナを見つけた俺はもはや衝動的に叫んでいた。そんな俺を無視すること無く、その少女は俺に振り返った。その顔に笑みを浮かべながら。
「追いかけてきたんだ」
「そりゃまあな。あの負け方で黙って帰られる訳にはいかないだろ」
あの掌底。あれは相手に毒状態を付与する効果を持ったコマンドカードだったのだ。俺はそのことに気付くこと無く、勝利を確信してしまっていた。
だが今はこうも思う。このカナという相手は俺がガンブレードのカウンターを相手にすることを前提にステータスを振っていることさえ分かっていた。
だから最後の一撃を毒殺に決めたのだ。
もしも防御がいつも通りでも倒せるように。
一発耐えれるように調整していたとしても削れるように。
《ガイアフォース》で回復してもプレッシャーをかけられるように。
俺が勝利を確信した瞬間の隙を作れるように。
そして――
「俺のクロノスを真っ正面から突破できるようにってところだろ。あの《毒手》の意味は」
「その根拠は?」
「あんな完璧な俺対策をしたいくらいに俺に因縁があって、それでいて完璧なくらい勇者を使いこなせてガンブレードへの対策も十全なプレイヤーっていうのがどんな人間かを俺なりに考えてみたんだよ」
「へえ?」
「でもって試合中は気にしなかったけど俺が《ユウスケ》さんの名前を出したとき、ちょっと反応しただろ。ってことはさ、あの人の身内か何かだろ?」
カナは帽子を外して満足げに微笑んだ。
そして告げる。その正体を。
「その通り。私は7年前、あなたが倒した《ユウスケ》から勇者のプレイングを教わった。私は彼の妹よ」
晴れていた筈の空はいつの間にか曇っていた。
そしてポツポツと雨が降り始める。なんとなくその雨は激しくなるだろうと思っていた。それでも夏の暑さも、俺の中で芽生えつつあった熱も少しも冷やせそうには無かったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます