透ルート 第1章
ふたりの花嫁 1
「みさきちゃん、ちょっとこっち来て」
連休初日、朝の稽古を終えて、お昼ごはんも食べたのでリビングで眞澄くんと裕翔くんがテレビゲームをしているのをのんびりソファーに座って見ていた。そこに透さんがやってきて小声でそう言って手招きをする。
「どうしました?」
「まーまー、ええから」
連れられるまま外に出ると、透さんの車がすぐに出発できる状態になっていた。助手席のドアを透さんが開いてくれたので、どうしたのだろうと思いながら乗り込む。
透さんが運転席に座り、シートベルトを締めるとミニバンを発進させた。しばらく世間話をしていたのだけど、車が止まる気配が微塵もない。
「透さん、どこへ行くんですか?」
「別荘」
あまりに自然に返答されたので別荘か、と納得しそうになって、少し間を置いてから驚きが襲ってきた。
「別荘!?」
みんなに何も伝えていない上に携帯電話すら持っていない。
「と、透さん!帰りましょう!」
「ちゃんと手紙置いてきたから大丈夫、大丈夫」
とても大丈夫だとは思えない。血の気が引いていくのを感じる。
「まー、正確には保養所やったとこなんやけど」
「携帯……」
「ケータイは俺が持ってるから大丈夫。着替えはその辺で買おか」
「着替え?」
どうして着替えが必要なのかわからなくてきょとんとしてしまう。
「そりゃ泊まりやもん。女の子は着替えいるやろ?」
満面の笑みの横顔を見ながら卒倒しそうになった。男のひととふたりきりでどこかに泊まるなんて。展開に頭がついていかない。
どう言えば透さんが引き返してくれるか考えるが思いつかないまま、その間にも車は進み、ショッピングモールに立ち寄る。連休だけあって駐車場も混んでいた。
店内も大勢のお客さんがいた。買い物に行くにも財布を持ってきてない。透さんは買ってくれると言っていたけれど、下着を買うのについて来てもらうのは恥ずかしい。などとぐるぐる考えながら透さんに手を繋がれて歩いていると、服屋さんの立ち並ぶ一角に来ていた。
「いるもん
透さんは電子マネーの入っているカードを私の手の中に押し込むと、すぐ近くのベンチに腰を下ろす。私は立ったまま小さなプラスチックでできたカードを眺めて悩んだ。
「俺が無理に連れてきたんや。遠慮せんといて……っちゅーても、みさきちゃんは気にするしなー」
腕組みをして苦笑した透さんは少し俯く。すぐに顔を上げてぱちんと指を鳴らした。
「俺がみさきちゃんに着てほしいの選んで、勝手にプレゼントする」
そう言ってまた私の手を握るとゆっくりした歩調で歩き始める。私の歩くペースに合わせてくれているのだと、その時気がついた。
強引だけど優しい。不思議だなと透さんの凛々しい横顔を見上げる。視線に気づいた透さんがこちらを振り向くと器用に片方の口角を上げた。艶やかな感じがしてどきりとする。
突然、耳元に透さんの唇が寄せられた。
「下着はなるべくえっちなやつ選んでくれると嬉しいな」
「とっ、透さん!」
真っ赤になって抗議の声を上げると、透さんは楽しそうに声を出して笑った。
油断も隙もない、と熱くなった頬に空いている方の手で触れる。恥ずかしいけれど、不快ではない。多分、透さんだから許される言動だ。
他の女の子にもこんな風に接しているのかなと思うとなんだか急に頭がもやもやしてきた。
透さんの期待には多分応えられていない。というか、下着を見られるような事態に陥ることはないと信じているけれど、とにかく買い物は終わった。
飲み物やおやつも買い込んで、再び車に乗り込んで目的地に向かう。到着したらすぐ夕食だからお菓子を食べ過ぎないように気をつけて、と透さんに言われた。
透さんが私に選んでくれた服は、七分袖の白いレースのブラウスと、鮮やかなピンク色をした膝下まで長さのあるアシンメトリーなフィッシュテールのスカートだった。それにそれほどヒールの高くない、歩きやすい灰色のパンプスまで合わせて買ってくれた。
素敵な彼氏さんですね、と店員さんに終始言われた。
きっと今頃、家では透さんと私がいなくなったとみんな心配しているだろう。それも気掛かりだけれど、隣でわくわくしてる透さんのことで心に引っ掛かっていることがあった。
「透さんは……」
おやつの時間だけど高速道路はまだまだ混雑していた。前の車のブレーキランプが赤く光って、透さんもスピードを緩める。ハンドルを握る男性らしい手の甲を見ながら、膝の上で軽く拳を握った。
「みんなにこんな風にしてるんですか?」
口に出してから何を言っているのだろうと後悔して、助手席の車窓へと顔を背ける。のろのろと走る色とりどりの車の列が流れていた。
「こんな逃避行、みさきちゃんとが初めてやで」
私って単純だ。パッと透さんに振り返ってしまう。しっとりと告げられた彼の言葉が嬉しくて安心して気持ちが晴れて、頬が緩んでしまう。
「ふーん……」
透さんが少し意地悪な顔で、端正な唇の端を上げた気がした。
「時間かかってしもてごめんな」
ゆったりとブレーキをかける。デジタル時計は18時になっていた。
とんでもないと首を横に振る。長い時間ひとりで運転していた透さんの方がたいへんだったに決まっている。
「ありがとうございます」
小さくお辞儀をする。だけど車を降りたところは駐車場で、目の前にあるのは別荘というより、小さめのおしゃれなホテルに見える。
「あの、透さん。ここは……?」
「うちの別荘っちゅーか一門の保養所やってんけど、おかんがオーベルジュやりたい言い出したから建て替えて、もうすぐオープンするねん」
世界が違い過ぎて目が点になってしまう。オーベルジュというのは何なのだろう。
「今日やったら夕飯の試食させてくれるって
すごいなあと感心してぼんやり佇んでいると、入り口へ促すように肩を抱かれた。そのまま当然のようにこめかみ辺りの髪にキスをされる。
驚いて顔を上げると、自信に満ち溢れた笑顔の透さんがいた。
「さ、いこか」
指を絡めた手の繋ぎ方になり、洋館へ続く緑のアーチをくぐった。
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