王子様の秘密 2

「……で」

 眞澄くんはこめかみに人差し指を当てる。

「なんでみんなで一緒に寝ようってことになるんだ?」


 私と裕翔くんと誠史郎さんでリビングに家中の布団をかき集めて敷いていた。淳くんは枕の用意をしながら苦笑する。なんだかんだ言いながら眞澄くんもスペースを作ってくれたりして手伝ってくれている。

 順番にお風呂も入ったので準備は完了だ。


「……他に思いつかなくて」

 こんな夜はきっと淳くんが心細い気がして、それを少しでも和らげるにはみんなで話をしながら眠りにつくのが一番なのでは、と思った。


「眞澄くん、淳くんに怒ってないでしょ?」

「それはそうだけど……」

 多分大丈夫だと思っていたけれどそれを聞いてさらに安心した。昔のことはわからないけれど、現在進行形で怒っていたり恨んでいたりしたら、眞澄くんはこんなふうに接してくれていないと思う。


「それなら良いよね?みんなで眠れば少しは安心できると思うの!誰も淳くんを責めたりしてないって」

 眞澄くんに力説してみる。だけど眞澄くんは大きくため息を吐いた。


「違う意味で不安だよ……。男だけならともかく、みさきがいるのはマズイだろ!自覚してくれよ……」

「私だけひとりぼっちはつまらないんだもん……」

 私がしょんぼりして言うと、眞澄くんは困った顔になった。


「大丈夫!不埒な行動に出た者は私が容赦なく引っ掻いてあげるわ!」

 みやびちゃんが爪を出してイキイキと宣言する。

「良いじゃありませんか、眞澄くん。学生はこうして友情を深めるものですよ」

 誠史郎さんがにっこりと笑った。


「誠史郎は学生じゃな……」

「ねー、どういう並びで寝るの?」

 眞澄くんのツッコミも気にせず裕翔くんがわくわくしている様子でみんなに尋ねる。

「あっちゃんとみさきは隣同士ね。みさきが端っこ。あとはジャンケンでもして決めなさい」

 みやびちゃんが一番端とその隣を両前脚で示す。一生懸命広げた指と指の間から覗く毛がかわいくて私は夢中で突っついてしまう。


「みやびちゃん、オレたちの扱い悪くない?」

「これはあっちゃんにちょっとでも元気になってもらうためだもの」

 みやびちゃんに逃げられてしまい、隣にいる淳くんの横顔をちらりと見る。落ち着きを取り戻して一見するといつもの穏やかな淳くんのようだけれど、まだどこか翳りがある気がする。


 どうすれば少しでも気持ちが晴れるだろうと考えていて、ふと思い出したことがあった。あのおもちゃはどこに片付けただろうと物置を探しに行く。


 目的の、お父さんが数年前に買って何度か使っただけの家庭用プラネタリウムが箱に入って物置にあった。それを持ってリビングに戻る。

 部屋を真っ暗にしてスイッチを入れると、天井が人工の星空になった。みんなで横になってそれを見上げる。淳くんの隣に眞澄くん、その隣が誠史郎さん、私と反対側の端は裕翔くんという位置になっていた。みやびちゃんは私と淳くんの足元でいる。


「これ、いつの空だ?」

「星の並びから見て…冬でしょうか」

 オリオン大星雲や冬の大三角形がはっきりわかる。


「すごいね……」

 本物のプラネタリウム顔負けの出来映えに感嘆の息が漏れる。

「いつかみんなで一緒に本当の星空を見に行けたらいいね」

「夏休みに旅行とかいいな」

「オレも行きたーい!」

「……僕も」


「ではそのように計画しましょう」

「ありがとー!」

「裕翔くんに抱きつかれても嬉しくありませんねえ」


 誠史郎さんがしみじみ呟いたのがおかしくて笑っているうちに身体が動いてしまい、布団の上で淳くんと小指同士が触れ合った。

「あ、ごめんね」


 慌てて手を引っ込めようとすると淳くんの手が私の手を包み込んだ。驚いて振り向くと、人工の星に白い頬を照らされた淳くんがそっと艶やかに微笑んで唇に人差し指を添えて内緒という合図をする。


 私は頷いて、また天井を見上げた。みんなに秘密だと思うとドキドキしてしまう。

 淳くんの手はとても冷たくて、こうして手を繋ぐことで少しでも温められると良いなと思った。

「……みさき」

 小さな声で名前を呼ばれて、再び淳くんの方へ頭だけ動かす。

「ありがとう」

 ふるふると私は枕の上で頭を振った。


「眞澄も、ありがとう」

「俺にまで気を使わなくていいよ」

「誠史郎も裕翔も……。みやびちゃんも。みんながいてくれて、本当にありがたいなって」

 淳くんは目を閉じた。


「そんなに遠慮ばっかりしてたらハゲるぞ」

「大丈夫。譲れないものは譲らないから」

 そっと微笑みながら眞澄くんに答える淳くんの長い指が私の指に絡められた。

「ね?」

 淳くんに同意を求められてどうしたら良いのかわからなかったけれど、琥珀色の瞳に射抜かれて思わず頷いてしまった。




††††††††



「楽しそうだね、翡翠」

 安楽椅子に座って本を読んでいた翡翠と呼ばれたプラチナブロンドの髪とエメラルドグリーンの大きな瞳の絶世の美少年は、自分に声をかけた青年を振り返る。

「うん、とっても楽しいよ!ずっとかくれんぼしてた琥珀をやっと見つけたんだもん。どうやってボクのところに帰ってきてもらおうかなって」


「あまり苛めては琥珀が帰ってこなくなるよ?」

「大丈夫だよ。琥珀はボクのところに帰ってくるから」

「時代が変わってしまって、やり過ぎると長老さまに叱られるから、ほどほどにね。最近、吸血鬼を狩る吸血鬼がいるらしいし……」


「うるさいなぁ、月白つきしろは」

 翡翠に睨みつけられた月白は肩をすくめて離れていく。不機嫌を露わにしていた翡翠は読んでいた本を閉じると嬉しそうに微笑む。

「やっと会えるね、琥珀……」

 琥珀の代わりに本を抱きしめた。




††††††††




 登校すると、校門のところでいがみ合っている人たちがいた。

 風紀委員会の人達と新聞部の人達だ。風紀委員会は主に淳くん親衛隊で構成されている。淳くんのために学校の風紀を守っていると言っても過言ではない。なのでこのところこの風景は見なかったのだけど、久しぶりにこの事態になっている理由は察しがつく。裕翔くんと淳くんと眞澄くんの3ショットを撮影したいのだろう。

 なので私たちは挨拶をして足早に通り過ぎようとした。


 だけど新聞部員たちがカメラを持って校舎の入り口へ走りこんできて、それを止めようと風紀委員たちもやって来て再び諍いが始まる。

 淳くんはその様子に心を痛めたのか、胸のあたりを押さえて悲しげな表情になった。靴箱の前で、制服でそうしているだけなのに儚げでとても絵になることに感心してしまう。


 風紀委員さんたちは一斉に淳くんに謝罪をはじめた。新聞部の人たちも男女問わず淳くんに見惚れてシャッターを切ることさえ忘れている。

「毎回スゲーなって思うんだけどさ……。あれで淳はひとつも計算がないっていうのがな……」

 眞澄くんが言うには、淳くんは所謂天然さんらしい。私は淳くんはしっかりしていると思うのだけど。


 何か話し合っている様子を私と眞澄くんと裕翔くんで見守っていると、わりと早く話がついた。

「裕翔も僕たちと同じようにしてもらえたよ。本当は写真を撮らないでいてもらえると良いんだけどね……」


 本当はいけないことなのだけど、新聞部は学校内で人気のある生徒の写真を撮ってそれを販売して部費を稼いでいる。淳くんと眞澄くんは休み時間の間だけ、きちんと許可を取ってから、撮りたいアングルなどを強要しないという条件で撮影を許している。


 撮った写真はネットに流したりしないというのも約束だ。写真を買ったひとも、SNSなどにアップしたり、他人に譲渡しないという約束を守っている。風紀委員会はインターネットの監視もしているらしい。

 そのルールが他校の生徒も含めてきちんと守られているのもすごいと思う。淳くんたちのファンは良い人ばかりだ。


 とりあえず一件落着してそれぞれの教室へ向った。

 こういうのも、物珍しいからされていると淳くんは思っているのだろうか。やっぱり淳くんはみんなに好かれているということを伝えた方が良い気がしてきた。

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