第五十七話 助けたいと願った時

 遠くから、足音が聞こえてくる。

 帝国兵が、気付いてしまったようだ。

 気配を察したのだろうか。


「やばい、誰か来るぞ……」


「どうしよう……」


 ルチアとルゥは、焦る。

 ルゥは、すぐさま、研究レポートを元の場所にしまうが、足音がだんだんと大きくなっていく。

 鍵はかけてあるが、気付かれてしまうのは、時間の問題であろう。


「ここにいるってばれたら、さすがにやばいよな……」

 

 ルチアとルゥは、すぐさま、身を隠したいところだが、隠れる場所がない。

 変装していたとしても、ここは、厳重に管理されている場所だ。

 ルゥが、鍵もなしに、二本の針を使って、こじ開けたのだが、それすらも、気付かれてしまうだろう。

 どうすればいいのか、ルゥは、思考を巡らせるが、いい案が思いつかなかった。

 その時であった。


「私が、囮になる」


「え?」


 ルチアは、自分が、囮になると言いだす。

 ルゥは、驚き、戸惑った。


「私が、囮になってあいつらを引き付けるから、ルゥは、逃げて」


「だ、駄目だってっ!!危険だぞっ!!」


「わかってる。でも、大丈夫だから」


 ルチアは、自分が、囮になって、帝国兵を引き付けるつもりのようだ。

 その間に、ルゥを脱出させるつもりなのだろう。

 だが、ルゥは、反対する。

 危険すぎるからだ。

 もし、妖魔と遭遇したら、ルチアは、捕まるどころか、殺されるかもしれない。

 そう思うと、賛成できるわけがなかった。

 だが、ルチアは、それすらも、承知の上だ。

 ルチアの決意は、固かった。


「ありがとう」


 ルチアは、ルゥにお礼を言う。

 それは、自分の身を案じてくれたから、そして、自分を励ましてくれたからだ。

 だからこそ、ルチアは、もう一度、前に進もうと決意した。

 たとえ、ヴァルキュリアに変身できなくとも、やれることがあると、信じて。

 ルチアは、地面を蹴り、思いっきり、部屋を出た。


「ルチア!!」


 ルゥは、ルチアを引き留めようとするが、時すでに遅し。

 ルチアは、部屋を出て、帝国兵の元へと向かってしまったのだ。



 部屋を出たルチアは、帝国兵の前に姿を現した。


「な、なんだ!?」


「なぜ、あの部屋にいた!?」


 突然、部屋から出たルチアに対して、帝国兵達は、驚愕し、戸惑っているようだ。

 帝国兵の数は、三人。

 数は、少ないほうだろう。

 ルチアは、意を決した。


「わ、私は……研究室に侵入者がいないか、調べていたんです」


 ルチアは、部屋にいた理由を帝国兵に話す。

 あくまで、帝国兵のふりをするつもりのようだ。

 帝国兵は、ルチアをまじまじと見る。

 警戒しているのだろう。

 だが、ルチアは、平然を装った。

 気付かれないように。


「お前、帝国兵じゃないな?」


「え?」


「帝国兵なら、あの力を感じ取れるはずだ。だが、感じ取れない」


「そうだ。お前、何者だ?」


 帝国兵は、ルチアの事を見抜いてしまった。

 これには、さすがのルチアも、驚きを隠せない。

 なぜなのだろうか。

 だが、あくまで、帝国兵として、演じてみせるルチア。

 帝国兵は、見抜いた理由を明かす。

 帝国兵なら、いや、帝国の者なら、「あの力」を感じ取れるというのだ。

 おそらく、邪悪なオーラの一種なのだろう。

 他の帝国兵も、同じことを考えていたらしい。

 ルチアは、これ以上、騙す事は不可能だと、悟った。


「そうだよ」


 ルチアは、観念し、帝国兵の制服を脱ぎ去って、正体を明かした。


「なっ!!」


「貴様、ヴァルキュリアか!?」


「そうだよ。私は、ヴァルキュリアだ!!」


 ルチアの姿を目にした帝国兵達は、ルチアが、ヴァルキュリアだと見抜く。

 ピンクの髪の少女など、ウィニ島にいるはずがない。

 ゆえに、見抜いてしまったのだろう。

 ルチアは、堂々と、自分が、ヴァルキュリアだと告げる。

 彼女の正体を知った帝国兵達は、不敵な笑みを浮かべた。


「いいねぇ、いいところにいやがった」


「捕まえるぞ!!」


 帝国兵達は、ルチアに迫ろうとする。

 捕らえようとしているようだ。

 だが、ルチアは、捕まるわけにはいかず、帝国兵に迫り、横蹴りを放った。


「ぐへっ!!」


 帝国兵は、吹き飛ばされ、さらに、ルチアは、他の帝国兵に対して、回し蹴りを放つ。

 顔面を蹴られた二人の帝国兵は、吹き飛ばされ、壁に激突した。

 ルチアは、帝国兵の間をすり抜ける。

 研究室から遠ざかるように。


「捕まえたかったら、捕まえてみろ!!」


「こ、この、小娘が!!」


「待て!!」


 ルチアは、帝国兵達を挑発しながら、逃げていく。

 ルチアに蹴られた帝国兵達は、怒りを露わにし、ルチアを追いかけ始めた。


「ルチア……」


 ルゥは、帝国兵達が、研究所から、遠ざかったのを知り、部屋を出る。

 本当は、ルチアを助けたかった。

 だが、ルチアは、それを良しとしなかったのだ。

 ここで、二人、捕まるわけにはいかなかったのだから。

 ルチアは、ルゥに託したのだ。

 ルゥは、歯を食いしばる。

 自分は、なんて、未熟者だと責めながら。

 ルチアを見殺しにしてしまったも同然だ。

 だが、ここで、捕まるわけにはいかず、ルゥは、決意を固めた。 


「船長達に知らせないとっ!!」


 ルゥは、研究レポートを取り戻そうとせず、部屋を出る。

 研究成果よりも、ルチアを優先したのだ。

 ルゥは、ヴィクトル達と合流するために、要塞の中を駆け巡った。



 ルチアは、逃げ続ける。

 妖魔と遭遇しないように、島の民を巻き込まないように、できるだけ、ひと気のない道を選んで。


「待て!!」


 帝国兵達は、ルチアを追いかける。

 ルチアを捕まえることに躍起になっているようだ。

 だが、それでいい。

 今頃、ルゥは、逃げているはずだ。

 ルチアは、ルゥから遠ざかるように、逃げていた。

 だが、その時であった。


「ぐっああああっ!!」


「どうした!?」


「っ!!」


 突然、帝国兵の一人が、叫び始める。

 しかも、苦しそうな表情を浮かべて。

 他の帝国兵は、立ち止まり、驚愕する。

 ルチアも、思わず、立ち止まってしまった。

 知っているのだ。

 帝国兵の異変の理由を。

 妖魔になりかけているのだろう。

 ルチアは、逃げようとするが、他の帝国兵達がルチアを取り囲む。

 これで、逃げ場は、なくなってしまった。


「あっ!!がっ!!」


「皆、妖魔に……」


 その直後、他の帝国兵も、苦しみ始める。

 妖魔になりかけているのだ。

 ルチアは、逃げようとするが、帝国兵達は、すぐさま、妖魔に転じてしまった。

 しかも、ルチアを取り囲んだ状態で。

 これは、ルチアにとって、万事休すであった。


「手こずらせやがって」


「覚悟しろよ」


 妖魔達は、ルチアに迫る。

 ルチアは、窮地に陥っている状態であった。


――何とか、逃げなきゃ!!


 ルチアは、スライディングしながら、妖魔達の間を潜り抜け、逃げ始める。

 だが、妖魔達のスピードは速く、すぐさま、ルチアに追いつてしまう。

 ルチアは、気付くのが遅く、妖魔は、その隙を逃すはずがなかった。

 妖魔は、ルチアの腹を殴りつけた。


「あああっ!!」


 ルチアは、吹き飛ばされ、壁に激突してしまう。

 歯を食いしばり、起き上がるルチア。

 だが、妖魔達は、すぐさま、ルチアの元へと迫っていた。


「さあ、覚悟しな」


 妖魔達は、魔法や魔技を発動しようとする。

 ルチアを殺すつもりのようだ。

 追い詰められたルチアは、立ち上がり、構える。

 戦い抜くつもりのようだ。

 だが、その時であった。


「うぐっ!!」


「え?」


 突如、妖魔達が、苦しみ始める。

 ルチアも驚きを隠せない。

 一体、どうしたというのだろうか。


「た、助けて……」


「誰か……俺達を……」


 妖魔達が、ルチアに助けを求める。

 まるで、正気に戻ったかのようだ。

 ルチアは、手を降ろし、妖魔達の様子をうかがった。


「本当に、魂が……」


 苦しむ妖魔達を目にしたルチアは、悟った。

 本当に、魂が、とらわれているのだと。

 ルゥの言った通りだ。

 そう思うと、ルチアは、彼らを助けたいと願った。


「助けなきゃ……」


 ルチアは、拳を握りしめて呟く。

 すると、宝石が、光り始めていた。

 だが、まだ、ルチアは、気付いていなかった。


「私が、助けなきゃ!!」


 ルチアは、決意を固めた。

 妖魔を倒して、魂を救わなければと。

 その時だ。

 宝石が、まばゆい光を放ったのは。


「っ!!」


 ルチアは、宝石が光りだし、驚く。

 まるで、ルチアの想いに反応したかのようだ。

 まばゆい輝きは、妖魔達を照らし、妖魔達は、ひるみ始めた。


「ほ、宝石が……」


 宝石が輝き始めたのを目にしたルチアは、確信を得る。

 これで、ヴァルキュリアに変身できるのではないかと。

 ルチアは、宝石を握りしめ、目を閉じる。

 すると、光は、ルチアを包み、柱となって伸び始めた。

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