第47話 夏祭り
「伊勢〜、支度は出来たのか?」
もう! 健太兄様ったら、今日は紅華も一緒だからって、張り切ってるのはわかるけど……。まだ待ち合わせの時間よりだいぶ早いのに……。
夏祭りの日のためにと、祖母・しまが縫ってくれた薄黄色に小さな花をたくさんあしらった可愛いゆかたに袖を通していた。
越後上布という特別な布で作ったこの浴衣は、謙信が伊勢のためにと取り寄せた特別な反物だった。影家が、持って来た時、謙信がしまの大切な髪飾りに合わせてこの反物を選んだと耳打ちした。
しまは、謙信のやさしさに、遠い若い頃の
影家はあの日から毎日、祖父・
「お嬢様、お似合いですよ。とても素敵です。やっぱりお嬢様にはこの色がお似合いですよ」
「うふふ。ありがとう」
謙信様は、お仕事があるので仕事が終わり次第、夏祭りに来てくれることになっている。
勿論、みんなには内緒。
偶然あったことにすればいいと手紙に書いてあったのでこれは二人だけの秘密。
「おばあさま、素敵な浴衣をありがとうございます」
「姉上は、新しい浴衣でいいですね。僕は兄上のお古ですよ」
「
「兄上。私には兄上の事情などよくわかりませんが、今日は・・美味しいものをご馳走してくださいよ」
三人は、ワイワイと出かけて行く。
お祭りが行われる
早く着いた三人は、神社にお参りしてみんなを待つことにした。
パン・パン・・お辞儀をして・・お祈りする三人。
「どうか、謙信様と私を見守ってください。交際が認められ、ずっと一緒にいられますように。あと・・私の夢も叶えば嬉しいです」
ちょっと欲張りすぎかなと思いつつも・・・長い時間、手を合わせる伊勢。
「姉上、そんなにたくさんお願いするには、もう少しお賽銭をはずんだ方がよいのではないですか・・」
「直胤。
「伊勢〜」
向こうから走り寄ってくる紅華と進之介。
「あら、政宗様はまだいらしてないの」
「政宗ならもうすぐ来るだろう」
権太が答える。
「みんなで金魚すくいでもしないか。伊勢は金魚すくいがしたかったんだよな」
権太は紅華から政宗を忘れさせたく話し続ける。
「伊勢はまだ子供ね」
「紅華・・紅華だって本当は好きなくせに・・・」
笑いながら、みんなが金魚すくいへと走り出す。
◇ ◆ ◇
政宗は少し遅れて神社に到着していた。仕事が長引き浴衣に着替える時間さえなく、仕事からそのまま急いで来たのだが、それは仕方がない。早く伊勢達と合流し、伊勢の可愛い笑顔が見たい。
夜店へ向かって歩き出すと、
なんで、謙信がこんなところにいるんだ。
政宗は、苛立ちながら目を合わさないように走り去ろうと足早に駆け出した。
謙信は、仕事を終わらせ一人、伊勢と約束したとおり、夜店へ来ていた。
人だかりの中、伊勢を見つけるのは至難の技ではあるが、どんな浴衣を着ているかを知っている。伊勢のために特別に取り寄せた反物で作った浴衣だ。きっと伊勢に似合っているだろう。伊勢の浴衣姿を想像すると、謙信の胸をときめかす。早く伊勢に会いたい。
「お兄様、今日はここで皆が踊るそうよ。踊りは私、得意ですもの。ぜひ参加しなくちゃ」
「絶は、昔から踊りが好きだったな」
近衛公爵と二人、櫓のそばにやって来る。
あっ、「お兄様みて!! あそこに謙信様が一人でいる。・・・謙信様〜」
グウォオーン!! キーン。ヒュー。ゴー。⚡︎⚡️
それは・・・突然の出来事だった。
急な耳鳴りを感じ辺りを見回すと、真っ黒い雲が空を覆っていた。
空は急に暗くなり、冷たい風がヒューと吹き抜けて行く。
激しい雷の音が聞こえたと同時に
ドカーン。ザザザー。
降り出した嵐のような
皆の動きが雷の音で止まる中、絶だけは謙信の姿しか見えていないように走り出す。
「謙信様〜」
その・・瞬間だった。
危ない!!
絶の真上に積乱雲で持ち上げられた大きな木が一直線に落ちて来る。
謙信は絶をかばうため、力一杯、絶を押し除けた。
ドスン。
鈍い音とともに、絶の体は、強く地面に打ち付けられる。
竜巻は、あっという間にこの場を立ち去り、辺りには静寂が戻っていた。
「絶、大丈夫か」
「足が・・・足が・」そのまま絶の意識が遠のいていく。
「ひどい竜巻だったな」
「おい・・あそこで人が倒れているぞ」
人々が叫んでいる。
政宗は、謙信が絶を助けようとして起こした行動の一部始終をはっきりと見た。
「謙信。おい、大丈夫か? 」
「政宗。絶を今から病院に連れて行く。お前は伊勢に、会えなくなったと伝えてくれ。頼む……」
「わかった」
病院に運ぶため、謙信の背に絶を乗せ、
畜生、こんな状況を見てしまったら……
今日は伊勢に迫ることなんて出来ないな。
謙信の野郎。
いつも、俺の邪魔しやがって……
1884年(明治17年) この年に発生した台風・暴風は2000人近くもの人が亡くなるという大惨事として、歴史に刻まれることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます