第8話 情熱

「馬を用意しろ! 」


 謙信は、千葉 采女うねめに手紙を送っていた。


 〜伊勢の心配はいらない。客人として丁重に扱っている。伊勢は馬が好きだと聞いたので、伊勢の愛馬である天馬をこちらに送ってほしい。親元を離れ、気が滅入っている伊勢に送りたい〜




 伊勢の父・千葉采女ちばうねめから届いた真っ白い天馬と謙信の愛馬・せん厩舎きゅうしゃから城門へ連れてこられていた。



 謙信は、馬の用意が整ったことを確認し、足早に伊勢の部屋へとやってくる。


「伊勢……伊勢は、おるか!!」


 ふくが慌てて謙信に返答する。


「伊勢姫様はご気分が悪くお休み中でございます」



 謙信は気にせず、伊勢の部屋へ入って行く。


 香をいていた伊勢は驚きを隠せない。



「伊勢・・気分はどうだ? 顔色は悪くないようだが大丈夫か? 伊勢に見せたいものがあるのだが……歩けるか?」


「……謙信様? どうなされたのですか?  伊勢は、病気などではございません」


「そうであったか……それは良かった。じゃ、俺についてこい! 」



 謙信は、ふくをちらっとにらみ有無をも言わせず、伊勢の手を取った。




謙信にしっかりと手をつながれ城門まで連れてこられた時……



「ヒヒィーン!!」


馬のいななきが聞こえた。



「天馬……天馬じゃないの。どうしてお前がここにいるの? 」


「俺が引き取ったのだ。この馬は良い面構つらがまえをしている」


「こちらの馬は……?」


「これは、俺の馬だ」


天馬と仲良く、じゃれあっている馬はクリーム色をしており、陽に輝いて黄金色にもみえる。



「もう……お前たちは、仲良くなったのか」

謙信が馬たちを見て笑う。


「可愛い…… 。お口のまわりだけ黒いのですね」うふふっ。


「この馬の名はせん。 どうだ……これから俺が城下を案内してやろう」



 謙信は、伊勢を抱き上げ天馬に乗せる。


「そうか……着物では一人で乗ることはできないな」



 謙信は、伊勢を胸に抱きかかえるように天馬に乗り込んだ。



「……謙信様」



「城下までの我慢だ。行くぞ、天馬!」



 走り出す天馬のたてがみが、太陽の光でキラキラと輝いている。



謙信は、左手で手綱を握り、右手は伊勢をしっかり抱えている。

伊勢は頬を染めて、謙信を見つめている。



伊勢の美しい髪が揺れ……


「伊勢……俺が怖いか? 」


「……いいえ。怖くなどありません」


「そうか」


 たったそれだけの短い言葉だけで、二人の心は温かくなっていた。

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