騒がしい入学式ー2

 両親と合流して受付をすませたあと、隼介に教えてもらったとおり、くつ箱の前にり出されたクラス名簿をかくにんして新入生の教室へと三人で向かうため、ピカピカの新品のうわきにはきかえた。


「いやぁ、俺って本当昨日からツイてるなー。まさか杏ちゃんと真美ちゃんと同じクラスになれるなんて」

「ツイてるのは私もだわ! まさか入学早々こんなイケメンとお知り合いになれるなんて」

「はぁ……」

 大きなため息をつく私とは正反対に、隼介も真美もテンション高く新入生の教室がある三階へと階段を上がっていく。

 涼真も涼真だ。

 隼介を私にまかすなんて、どれだけ過保護なんだろう。

 たしかに隼介はすぐにさわぐし、周りを見ていないから兄としては心配でしょうがないのかもしれないけれど。


「んっ? 杏ちゃんどうした?」

 そんなことを考えていると、きんきよに隼介の顔が現れておどろきと同時にため息も出た。

「えっ? なになに?」

 ずっとニコニコしているがおをこの近い距離でふりまく。

 こんななおな性格の隼介のことを考えれば、もし意地悪なクラスメイトたちにからまれるなんてことになったら……

 兄としては、そういう弟のことが心配でたまらないんだろうな。

 だからって知り合ったばかりの私にまかせるのはおかどちがいだと思うけれど。


「あれ、兄ちゃん?」

「えっ? お兄さま?」

 教室に向かうちゆうろうの窓から隼介が顔を出し、その横で真美がハートマークがつきそうな声で涼真をお兄さまと呼んでいた。

 私もその一歩うしろから、涼真の姿を窓越しに見つけた。

 涼真は私たちがいる校舎の向かいの二階の窓に背中をあずけ、女子半分、男子半分の約十人くらいの同級生らしき人たちにかこまれて質問ぜめにあっている。

 三年からの転校生がめずらしいのか、それとも涼真自身に興味があるのか、ここから見える涼真の横顔はなかなか困っていた。


「兄ちゃん困ってるなー。見た目がいいから、どこに行っても人気者なんだよね」

「ほうっておいてあげたらいいのにね。こんな時期に転校してくるのは、色々と言いにくい理由があるはずなんだから」

 苦笑いの隼介の言葉のあとに、私はポツリと本音をつぶやく。

 思っていたことをストレートに言っただけなのに、そのことに隼介は大きな目をキラキラとさせ、なぜか感動していた。


「杏ちゃん、やっぱりイイ子……! みんな俺たちのことめずらしい目でしか見ないのに、杏ちゃんだけだよね。そう言ってくれるの……」

「わ、私は別に……!」

 ヤバい、隼介にあのれんあいモードのスイッチが入りそうだ。

「で、でも涼真は本当は口も性格も悪いでしょ!? それに気付いた女の子たち、ショック受けなきゃいいわね!」

「あー……そうなんだよねぇ。兄ちゃん、どうして女の子にもっとやさしくできないかな? もっとモテると思うんだけど」

「お兄さま、きっとこれ以上モテたくないんじゃない? だって、今でもすごいじゃない」


 隼介のテンションが下がり、ホッとしたところで真美が指さした方向を向く。

 そこにはぶっきらぼうにも女子や男子たちにかこまれながらおしやべりをしている涼真の横顔が見える。

 私と話す時もあんな顔をしているなと思うと、口が勝手にとがってすねた表情になってしまう。


「入学式、おくれちゃう。早く行こ!」

 涼真に負けないくらいぶっきらぼうに二人に声をかけてしまう。

 そんな私に隼介も真美もついてきてくれ、朝からのバタバタのせいできんちようするヒマもなく私は一年間通うことになる一年一組の教室のとびらをゆっくりとスライドさせた。



 そしてそれからはとどこおりなく入学式がはじまり、やっと新入生という気分を心から味わうことができた。

 左胸には新入生のあかしの真っ赤な一輪の花。

 新品の制服にうわき、まだ慣れない教室のにおいとクラスメイトたちの声。

 すべてが新しいことばかりで、これぞ入学式だというふんだ。


「明日は自己しようかいだっけ。杏ちゃん、何言うの?」

 初めてのホームルームが終わり、先生も教室を出たところで問いかけてきたのはとなりの席の隼介。

 同じサ行の名字の私たちは出席番号が同じで、席もとなり同士だったんだ。


「なに言おうかなぁ。まようよね」

「俺もどうしよっかなー」

 そんな会話をしながらイスから立ち上がり、「私は部活もやってイケメン彼氏も作って、高校生活をまんきつさせまーす! と宣言するんだー!」と言っている真美と合流し、教室を出て階段を下りていく。


「あっ、それいいね! 俺もそれにしようかな。ねっ、杏ちゃん」

「えっ? どうして私にるの? 私に彼氏とか関係ないし」

「もー、照れなくていいって」

「なになに? 杏と隼介くんっていつの間にそんな関係になったの?」


 鼻息あらく、真美が私と隼介の関係についてきようしんしんに聞いてくる。

 私は投げやりにごまかし、隼介が「まだないしよ~」と言ってふざけていると、一年生のくつ箱のすみっこに背が高い男子生徒が立っていた。

「兄ちゃん? 一年のくつ箱になんか用?」

「用があるのはお前だよ、隼介。まだ一人で帰れないだろ。行くぞ」

「もう、またガキあつかいするー。あっ、それなら杏ちゃんもいつしよに帰ろ」

「えっ? 私も!?」

 ここでお別れだと思ってごとで聞いていたら、隼介に手首をつかまれる。

 そしてとなりにいた真美はテンション高く答えていた。

「私もおともしますー!」

 人が増えたせいか、めんどうそうな表情を見せながらも、黒色のサラッとしたかみをなびかせて歩く涼真を先頭に、隼介、私、真美と続いてしようこう口を出た。

 だけど、真美はご両親が待っていてくれて、正門で別れることとなった。

 その時の真美のくやしそうな顔は、とても言葉で言い表せそうにないくらいだ。


 私の親も待ってくれていたのだけど、「相良兄弟がいるのならこの辺りを案内しながら帰って来なさい」と言われ、泣く泣く涼真、隼介、私というメンバーで電車に乗っている。

 昼間の車内はそれほどこんでなくて、私たち三人はだれも座っていない座席へと並んで座った。


「ねぇ、杏ちゃん。駅の近くでうまい店とかある? 部活帰りとかちょっと食って帰りたいなーって」

「部活? 隼介、どこかに入部するの?」

「うん、俺、サッカー部! 小学生の時からずっと続けててね。杏ちゃんは? 入るところが決まってないならマネージャーとかどう?」

「いやぁ……私、面倒くさがり屋だし雑な性格だから、マネージャーは向いてないかな?」

 苦笑いでさそいを断る私と、私ばっかりを見てほほえんだまま目をそらさない隼介。

 座席のはしに座っている涼真はとなりに座っている隼介の話をだまって聞いている。

 だから、私と隼介だけで話しているようなものだ。

 そんな空間もなんだかいごこちが悪くて、涼真にも話を振ってみた。


「涼真は? 部活には入らないの?」

「入れるわけないでしょ。俺、もう受験だから入部してもすぐに卒業だし。それに家のこともしなくちゃだし」

「俺たちの家って兄ちゃんがずっとそうとかせんたくとかやってくれててね。ご飯は近くに住んでいるばあちゃんが、これから作りに来てくれたりするんだけど」

「隼介、全部言わなくていい」

「だって本当のことじゃん。昨日の引っしだって、父ちゃんがこれから受験生になる兄ちゃんの負担がへるようにって、ばあちゃんの家が近いここに決めたんだから」


 言いたいことをじゃまされたからか、少しげんになって隼介は涼真に言い返している。

 その弟の態度を見ながら、涼真は大きなため息をついていた。

「そ、そうだったんだ……。よけいなこと聞いてゴメン……」

「別に」

 私の謝罪に素っ気なく答える涼真。

 なんだか知らぬうちにみ込んだことを聞いてしまい、苦い気持ちになった。

 ダメだ、もうこれ以上、なにも聞かないでおこう。

 それからはしつもんぜめの隼介の話を適当にかわし、首をゆらせながら、苦手な愛想笑いを続けた。


 そして二十分ほど乗ったところで降りる駅を告げるアナウンスが聞こえる。

「あっ、ここで降りるよ」

りようかい

 明るい声で隼介は返事をする。

 その様子に笑っていると、座席のはしにいた涼真が立ち、ゆかにおいていたカバンを持ち上げるとちょうど私の目線の先にストラップのひもみたいな物が見えた。


 新しいこげ茶色のカバンに、不似合いなボロボロのお守りがゆらゆらとゆれている。

 自然とそこに視線は集中してしまい、つい「どうしてそんなボロボロなお守り、つけているの?」と、口に出してしまいそうになった。

 でも、さっき相良兄弟には複雑な事情があるのだから、これ以上聞かないと決めたところだ。

 私は何も考えないように扉から流れてくる強い風を受けながら先に出る二人のうしろに続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る