第47話 不死鳥とメイドの話 その3

 まるで、ドラマのワンシーンのようだった。

 書斎の高級そうな床の絨毯が赤黒い液体で染まっている。

「だっ、旦那様!!」

 私はすぐに駆け寄って旦那様に触れる。

 しかし、ぐったりと力なく倒れている姿は私にどうすることも出来ないとしか、感じさせない。

 勿論、呼吸と脈を直ぐに確認したが、既に事切れているのは明白だった。

 私の両手は旦那様の血で濡れてしまった。

 しかし、私にはまだ出来ることがあるはずだ。

 ポケットにあったタオルで両手の血を拭うと、直ぐに坊っちゃまの方へ戻った。

 開いた扉から彼はその様子を見てしまっていた。

 困惑して腰を抜かしている坊っちゃまに手をお貸しして、立ち上がってもらうと彼は口を開いた。

「親父はどうなってるんだ」

「脈は既にありませんでした、恐らく何者かに殺されたのでしょう」

「犯人は!?」

「分かりません、しかしまだ屋敷にいるかも知れません!」

 坊っちゃまも注意してください!と私は言って、周囲を確認して不審な影がないかを探る。

「ああ、でもなんでこんな事に…」

 失意に陥っている坊っちゃまを見て、私の中に後悔の二文字が浮かび上がる。

 もっと早く私が気付いていれば、防げたかも知れない。

 もっと物音に敏感になっていれば、何か対処できたかも知れない。

 でも、起こってしまったものはしょうがない。

「とりあえず、坊っちゃまは私から離れないでください!」

 私は彼の手を握る。

 今は坊っちゃまだけでも、守らなければならない。

「他のご主人様の様子も確認しに行きましょう」

「ああ、分かった」

 そういうと、私達はそれぞれの部屋がある二階へ向かう。

 すると、広い廊下に背中を冷やすような気配を何処かに感じた。

「坊っちゃま!気を付けてください!」

 嫌な予感をして私は振り向いた。


 坊っちゃまは首から上を無くしていた。


「っ!!」

 思わず握った手を離して口に当てる。

 支えをなくしたそれは、床に大きな音をたてて倒れる。

 メイドの衣装が吹き出す血液でさらに赤く染まっていく。

 そして、倒れた死体の向こう側に人影が見えた。

 それはまるで死神だった。

 そのパーカーは闇世のように真っ黒で、返り血は全くついていない。

 なのに、一目でそいつが旦那様と坊っちゃまを殺したのを理解した。

「貴様っ!よくも旦那様と坊っちゃまを!」

 私は腰の後ろにつけていた箒をそいつに向ける。

「お前は…対象に入ってなかったな」

 そいつは私を一瞥すると、姿に似合わない幼い声で呟いた。

 声変わりを迎えかけているような、そんな声だった。

 私が驚いて一瞬固まった隙にそいつは窓を私がやるよりも素早く開けて、月明かりの出た夜へ飛び立った。

 私が窓を覗き込んだときには既に姿は勿論、足音さえも無かったのだ。

「一体、何だったんだ」

 私は我を取り戻したのち、警察へ連絡した。

 そして、駆け付けた彼らとともに残る二人の様子を見に行ったが、当然の如く息はなかった。

 それからのことはほとんど覚えていないが、その夜が満月に近い夜だったことは覚えている。

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